9月11日(月)・神宮司パーティー・6
別館を飛び出して、通路を走った。
暗い館内から出て、湖の反射に目を細める。もう冷たくなってきた風が向かい風となって俺を押す。
「あっ……!」
走っていて七海のヒールが脱げた。そのまま通路に座り込む。
息がゼーゼーと激しい。肩で息をしている。そうだ、七海は高熱を出してるんだ。
「七海、俺の背中に乗れ!」
俺は座っておんぶの姿勢になった。
「……もう、無理……」
七海は息苦しそうに目を閉じた。
「七海!!」
「息が出来ない……それに一秒でも早く皆の所に行って……私はここで待ってる……」
「七海!!!」
「諒真行って!!!!!」
七海が顔を上げて俺を睨み、力の限り叫んだ。
「っ……」
俺はその場から動けない。手を離したら七海は……!!
「みんなを守ってよ!! 私はみんなを殺したんだから、今度は諒真が守ってよ!!」
七海は顔をグシャグシャにして泣きながら、叫んだ。
離しちゃいけない。
でも、離さないと大事なものを失う。
俺は繋いだ手を、離した。
掌から温度が消えて淋しくて何もない空間を握った。そしてその腕を振り上げた。高く、高く。
そして走り出した。
待ってろよ、七海。絶対にそこで待ってて欲しい。
気が付いたんだ。ここで七海を守っても、クラスに撒かれるナノマシンを止めないと【結局七海の心はもう一度死ぬ】。
もう耐えられるはずがない。七海を守る。そしてクラスメイトたちも、俺が絶対に守る。
通路の横の抜け道を走り抜けた。
七海が俺にパーカーをかけて、キスしてくれた場所だ。
涙が出てきて喉が苦しくなる。たった数ヶ月前だったのに。
元気な七海はすぐ目の前にいたのに。
俺は全部に甘えて何もしてこなかった。
七海の優しさに甘えて、ずっと……!
暑くてスーツの上着を脱ぎ捨てた。ネクタイを緩めて、そのまま走る。
椎名より遅いけどさあ、俺だって走れるんだよ!!
本館に着いた。
何人ものスタッフが俺の状態を見て驚くが、そんなこと気にしてられない。
そのまま館内を走って、会場へ向かう。
間にあってくれ、お願いだ。
俺だって、あんな風になる皆をもう一度見るなんて、無理だ!!
階段を駆け下りて一階へ向かう。体が勢いで振り回されて、重心を失い、転がる。
それでも立ち上がって皆がいる部屋に行った。
「諒真?」
クラスメイトの何人かが俺をみて驚く。
料理は?!
隙間をぬって前に進む。
みんな手に持ってるのは、オレンジ色のゼリー?!
もうデザートなのか、間に合わなかったのか!!
視界が開けて、目の前に食事をリザーブする机が見えた。
そこに今チョコレートソースのかかったケーキが出されて、それを浜島が食べようとしている。
「待てっ!!!!」
俺は叫んで、走る勢いそのままに浜島の背中に体当たりした。
浜島は大声で叫び、手に持った皿を落としてそのまま床に転がった。
机に体をぶつけたので、チョコソースがかかったケーキの皿は、何十枚も机に転がって、割れた。
連続して花火が爆発するような高い音が響いて、皿が次々に割れた。
部屋に悲鳴が響く。
「んだよ?!」
浜島が叫ぶ。
「これ、誰も食べてないか?!」
俺は立ち上がって叫んだ。
クラス中の注目が俺に集まっている。
みんな俺の異様な雰囲気に言葉を失っている。
俺は皆が持っている皿に注目した。
皆が手に持っているいるのはオレンジ色のゼリーで、チョコケーキを食べてる人は居ない。
息を荒くして見渡す。居ない、本当に? 間に合った?
「そちらは、ついさきほどご準備したものですが……」
スタッフの方が、俺におずおずと話しかける。
俺はその場に座りこんで天を仰いだ。
……間に合った……、間に合った……、間に合った!!
荒い息を整えていると涙が出てきた。間に合った……本当に良かった……。
俺を取り囲むように出来ていた人垣が割れて、裸足の指先が見えた。
「ごめん、なさいっ……私……間違ってた……」
そこに神宮司さくらが立っていた。
神宮司は俺の横に座り込み、膝を抱えて泣き出した。
「どうしても……椎名くんと一緒になりたくてっ……三本さまがデータがあれば商品化できるって……私バカだった……!!」
疲れて脳内が痺れてくる。データ……そうだ、七海!!
戻らないと。
再び立ち上がって走り始めた。異様な様子を見て分かったのか、みんなが道を空ける。
ネクタイも邪魔になり、俺はそれを引っ張りながら走り、投げ捨てた。
階段の手すりを握って体を回転させて、勢いそのままに二段飛ばしで駆け上がって、通路へ。
七海、間に合ったんだ! 七海!!
話を聞いて欲しくて、七海を抱きしてたくて、たまらなかった。
俺は七海の心をきっと救えた。
七海、もうあんなことしなくていいんだ!
息を切らして通路を走って戻る。
さっき手を離した場所に、七海の姿が見えない。
「な、な、み?」
抜け殻のように口にする。
七海がいない。
いや、ここだった。
この柱の場所で、湖が見える場所……。
行って、戻って、何度も場所を確認する。絶対にここだ、この場所で七海と別れた。
俺はそのまま別館まで走った。さっきの部屋に戻ってるのかも知れない。
部屋のドアを明けると、朝倉先輩が窓の近くに立っていた。
「朝倉先輩、七海知りませんか?!」
「ねえちょっと……!」
朝倉先輩は、俺の方をチラリと見て、窓の近くに寄せた。
そこからは駐車場が見えた。大きな黒い車に、大きな荷物が運び込まれている。
荷物……違う、布がずれて顔が見えた。あれは……
「七海だ!!」
俺は叫んで走り出した。俺と一緒に朝倉先輩も走り出す。
「ちょっとまって諒真くん、あの車っ……」
「え? なんですか?!」
「ごめんっ……ちがう、あのっ……!!」
「なんですか!!」
俺は立ち止まって叫んだ。もう汗だくで、息が苦しい。
七海が連れ去られそうになってるんだ!! 再び動き出した俺の腕を朝倉先輩が掴んだ。
「あの車、三本の社長のものよ」
「えっ……」
でも瞬時に全てが繋がった。
一番の悪はアイツなんだ!!
アイツは自分の父親、三本地所の取締役からナノマシンの事をしった。
そして自分で使うためか、売るためか知らないけど、神宮司に焚きつけた。
人体実験のデータが欲しかっただけなんだ。
そしたら通路にすでに「過程が進んだ状態の七海が転がってた」。
「分かりました、追います!!」
俺は走り出した。
「待って!!」
「なんですか!!」
「あの車には、私のお母さんも乗ってるの」
「っ……不倫ですか」
俺は吐き捨てた。
朝倉先輩が顔を上げた。
「知ってたの……?」
駐車場からバン……! と扉を閉める音がした。ヤバい車が動き出す!!
動きだそうとする俺に朝倉先輩が大声で言った。
「あの車、高速に乗るけど、そこで止まるわ!!」
「え……?」
「ラジエタードレンから冷却水を抜いたの。ここから数キロも走ったら……止まる」
「なんでそんなことを?!」
「あの二人にバカみたいなこと止めて欲しかったから!!」
朝倉先輩は顔を上げた。目はまっ赤で充血している。
さっきのゲーム時の強い朝倉先輩を思いだす。そうだ、守りたいもののために、朝倉先輩は迷わない。
音大より何より、家族を守りたかったんだ……。
「……高速ですね」
「そこで止まるくらいの量にしてもらった。高速上で止まったら、誰かくるでしょ。人目につけば……って、私思って……」
「わかりました。高速に向かいます」
俺は走り出した。
駐車場を見ると、丁度車は走り出していた。
今から車を同じ道で追うよりも……! 俺は別館の反対側へ走った。
柔らかい絨毯を抜けて、外に出る。湖畔の反対側……、やっぱりだ!
俺は見慣れた景色に安心して走り出した。
ここは俺と七海が秘密基地を作っていた道に繋がっている。
敷地の網が小さく破れていて、そこと、別館は近いんだ。
あ、ひょっとして……! 前の時に神宮司と椎名が話しながらあの道を通っていたのは、ここから別館に入るため……?
「くっそ……!」
焦っているからか、小さすぎる穴に上着が引っかかる。これ以上脱ぐわけにも行かず、俺は強引に穴を抜けた。シャツが少し破れたが、もうそんなのどうでも良い!!
そして山道を走り出した。この近くまで七海と来たことがあった。その時は網に穴が開いてなくて、外から神宮司邸を見ていた。
こんな所に繋がってるんだね! 微笑んだ七海を思い出して足がふらついた。
くそっ……、動け俺の足! 七海を取戻さないと。荒い息を吐き、汗が噴き出す顔を腕でぬぐった。
俺がいないと七海は死んでしまう。俺が居ないと!!
下りになっている山道は走ると膝や腰に体重がかかり、何度も滑った。だって俺が履いているのは革靴だ。
土で何度も滑って、そのたびに左右にある草を掴んで、なんとか体制を立て直した。
手を草で何度も切って痛い。
でも……!
七海のほうが絶対に痛い。
痛いし苦しいし、何より今、苦しんでるはずだ。
発熱して、それにあのままアザが発光を始めたら……!
「くそおおお!!!」
俺は革靴を脱ぎ捨てて、靴下も抜いだ。そして裸足で山を下りた。
痛みを覚悟していたが、どうして早くそうしなかったのだろう? というほど、痛みはない。
むしろ踏ん張りがきいて走りやすかった。視界にブルーシートが見えてきた。
俺と七海が作っていた秘密基地だ。立ち止まるわけにも行かず、横目で見る。
前回の時は二人で屋根を付けたけど、今回まだここには来てない。
だから屋根はない。でも二人で運んできた大きな板にブルーシートがかけられている。
絶対に七海を取り戻して、七海とここにくる。
そして屋根を付けるんだ。ブルーシートの隙間で眠っていた七海を思い出す。
ブルーの世界に包まれた七海、俺の横で静かにはにかむ笑顔。
絶対に取り戻す!!
高速に繋がる道に出た。ここから細い車道と合流するが、田舎の山道なので車など来ない。
俺はその道を走り出した。右側に高速道路が見える。
朝倉先輩は「三本の本社に行くと思う」と言っていた。だったら絶対にここを通るはず。




