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9月11日(月)・神宮司パーティー・5

 別館は湖の反対側で、距離的には数百メートル離れている。

 湖畔を歩いていくことも出来るし、専用の通路もあるし、神宮司曰く「湖の上をボートで移動することもできる」らしい。

 俺たちは専用の通路を歩いた。長い渡り廊下のようなものだが、湖側がすべてガラスになっているので、景色が美しい。

 湖じゃないほうを見ると、車が走っているのが見えた。なるほど、別館に行く専用の道があるんだなー。

 一本の道じゃなくて、色んな逃げ道を作っておくもんだよ、金持ちは。と椎名も言ってた。

 まあ俺には逃げ道なんて必要無い人生だけどな。

 七海の手を引いてゆっくりと歩く。

 この通路は何度も歩いたことがあった。通路を外れると湖側に出られたり、あの……俺たちの……キス……? の場所にも繋がっている。

「……懐かしい」

 七海が記憶をかみ砕くように柔らかく言う。

 どうやら同じことを思い出していたようで、俺はくっ……と黙った。

「諒真ってさ……」

 ん? とさりげなく何も気が付いてませんよ? という雰囲気で返事した。

「諒真って……どこでも眠れるよね」

「っ……、そんなこと言うなら、七海だって俺の布団で瞬殺で寝たじゃねーか」

「諒真は寝られなかったの?」

 繋いでいた手が、クンと引っ張られた。

 俺は道路側に顔を背けたまま

「寝られねーだろ……」

 と言った。

 七海はふはっと小さな風船が空気を吐き出すように笑った。

「なんだよ!」

「すぐに寝たけどね。起きちゃって。ずっと諒真の寝顔見てた」

 え? くそ恥ずかしいんだけど。七海は続けた。

「あの時、キスしといて良かった」

「ファッ?!」

 俺は勢いよく振向いた。七海は俺を真っ直ぐに見ていた。

 頬に湖の反射が光って、それが七海の顔を美しく見せていた。

「そうじゃないと、ベットで襲ってたよ」

「ふえっ?!」

 俺は思わず濡れたスリッパを踏んだような変な音を出した。

「っ……あはははは! なにそれ! 変な声!!」

 七海は俺の腕にしがみついてきた。

 熱い体、まっ赤に蒸気した頬。小さい耳も朱色の染まっていて、俺は言葉も出てこない。

 笑い続ける七海と共に、通路を歩いた。

 ……やっぱりキス、してたんだ。

 俺は静かにかみしめた。

 もっと聞きたい気持ちと、聞かされても何も言えなくなる自分がせめぎ合って、にやける唇を噛んだ。

 

 別館の入り口にはスタッフさんが立ってたが、俺と七海をみて、すぐに入れてくれた。 

 中に入ると絨毯が変わった。とんでもなくフカフカだ。

 よく考えたら通路は何度も歩いたけど、別館に入るのは初めてだった。

 ここは最上級のゲストをもてなす場所なのかも知れないな、と思う。

 豪華な絵画が飾られていて、今度ゆっくり見せて貰おうと思う。

 指示されるままに廊下を歩くと、大きな部屋にたどり着き、奥に人の背中が見えた。

 椎名……と思って口を開けようと思ったら、その背中は大きく開いていて、そのドレスに見覚えがあった。

 そのドレスの子は、ソファーに座る椎名に馬乗りになっていた。

 そして両手を椎名の首に回している。細い手首がリボンのように椎名の首に垂れている。

 スカートが巻き上がって太ももが露わになっていて、昼間の日光が反射して滑やかに椎名を挟んでいる。

 細い足首からつま先も丸出しになっていて、靴が下に無機質に落ちている。

 腕を必死に椎名に回して、何度も椎名に顔を近づけている。

 細い指先で椎名の頬を掴み、自分の方に向ける。グイと近づけて唇に唇で蓋をした。

 驚いたのか、開いた椎名の口に自分の舌をねじ込むのがハッキリ見えた。

 濡れた水音と共に、女の耳が朱色の染まっていく。

 椎名はダラリと垂らした腕に力をいれるすべもない。されるがままに口内を舐め尽くされている。

 執拗に続く口づけに、椎名はオデコで女を押し返した。


「神宮司、やめろよ」

「……やだ」

「戻れよ、主賓だろ」

「うー……」


 神宮司は最後にもう一度椎名の唇に自分の唇を触れさせて、膝の上から下りた。

 カンッ……と高い音を立ててヒールを履いて、最後に思いっきり椎名を抱きしめた。

 抱きしめられた椎名の氷より冷たい表情に、俺はぞっとした。

 長い付き合いだけど……あんな顔、見たことがない。

 遠くを見ているような、何も感じてないような、怒りに震えているような……。

 神宮司は反対側の出口から出ていった。

 俺たちはなんとなく扉に体を隠す。

 そしてお互いに目を目を合わせた。

 ……なんも言えねえ……。

 七海も目をぱちくりさせているのを見ると、完全に想定外なのだろう。

 俺だってそうだ。二人がこんな関係だなんて……。

 と、とにかく行こう。

 いつまでもこの隙間に挟まっていられるわけじゃない。

 

「よ、う」


 俺はなるべく自然体で部屋に入った。

 椎名はスマホをいじっていたが、顔をあげて

「よ! 手を繋いで登場だ。貴重だな。二人が素直になって嬉しいわ」

 椎名は笑顔を見せた。その唇に……神宮司の口紅がついてるんだけど……言い出しにくい。

 その前に何が俺たちの手繋ぎが貴重だよ? お前と神宮司のキスシーンのが衝撃だよ。

 俺は静かに睨むが、当然椎名は完全にスルーだ。

「一番の理由は祝福なんだけどさ、ひとつ聞きたいことがあって来たんだよ」

 椎名はスマホの画面を暗くして、ソファに置いた。

 まあ座れよ、と俺たちを促した。

 いつの間にか来ていた榊さんが俺たちにお茶を運ぶ。

 さすが忍者……。これくらいじゃ俺はもう驚かない。でも忍者なら暗号で椎名の唇についている口紅を教えてやってほしい。

 俺たちは手を繋いだまま、ソファーに座り、紅茶を一口飲んだ。 

 それを確認して、椎名は足を組んだ。

「なあ、諒真」

「あ?」

 顔を上げると、椎名の顔がすぐ近くにあった。その距離感に少し驚く。

「汐里さん、結婚するの?」

「え……は? ええ?」

 想定外の質問に俺はポカンと口を開けた。

 姉貴が結婚? 何の話だ?

「昨日大滝駅に行ったら、汐里さんが男と話してるの見たけど。調べたら同僚らしいじゃん。ソーシャルに写真ありまくり」

「へ? あ、ああ、なんだっけ」

「尾野大地」

 椎名がスマホを俺の方に投げた。そこには尾野さんのソーシャルサイトがあった。確かに何枚か姉貴と写ってる。

「ああ、そうだ、そんな名前だった。俺が風邪で寝込んだ時に漢方の店を教えてくれたんだよ」

「ただの同僚か、どうか、聞いてる」

 椎名の迫力に俺は押し黙る。お前、どうしたんだよ……と茶化そうと少し笑うと、俺の腕を七海が引っ張り前に出た。

「結婚前提で付き合うつもりだって、汐里さん言ってたよ」

 七海は断言した。

「そうだっけ? なんかもっと濁った言い方だった気が……」

 俺は思い出せない。というより、椎名の迫力に完全に押されている。

「いつから付き合ってるって?」

 椎名は七海をじっと見たまま言った。

「最近じゃないかな。お姉さん、バイクに乗る回数が増えたし、意識的に乗ってる感じ」

 おいおい、なんで俺の姉貴の行動パターンに隣の家の七海の方が詳しいんだ?

「へえ、あの人はそうやって俺を遠ざけるんだ」

 なあ、ちょっと待ってくれよ、理解が追いつかない。

「椎名くん、やっぱり汐里さんと付き合ってたんだね」

「え? だって椎名お前、神宮司とキスしてたじゃん」

 俺は思わず思っていたことをそのまま口に出した。

 椎名が上着を床に叩きつけるのと、七海が「諒真!」と叫ぶのは、ほぼ同時だった。

 立ち上がった椎名はもの凄い形相で俺を見ていた。

「あんなの、どうでも良いんだよ」

「えー……」

 俺は完全に怯えている。

「あんな女に興味あるわけねーだろ!! クソが!!」

「えーーー……」

 と思ったけど、全く興味なさそうにキスされていた顔を思い出して、そ、そうなの? と思うが、椎名は俺の方に一歩近づいて、俺のネクタイを引っ張った。

「結婚? 俺がちゃんと家を継いだら考えるって言ったのは嘘だったのかよ。んだよ、……んだよ、諦めろって、子どもなんて興味ないって言ってくれたほうが楽だったよ」

「椎名、俺は姉貴じゃないぞ……」

 首を絞められたような状態で俺は喘いだ。

「顔がそっくりなんだよ!!」

「関係ねーーーー! 苦しいって!!」

 椎名が俺のネクタイを投げ捨てた。

「私、知ってたよ。二人が恋仲なの」

 咳き込む俺の横で、七海が言った。

 椎名が顔を上げる。その目に涙が見えて、俺は動揺した。椎名が泣いたのを見たのは、何年ぶりだろう。

 泣いてる暇があったら努力するっていつも言ってる椎名が、目からポロポロと涙を流していた。

 流れる涙に触れるわけでもない。椎名はただ泣いていた。

 俺は何も言えない。椎名と姉貴が本当に恋仲だったのも全く理解出来ないし、この状態の椎名にも頭がついていかない。

「大滝駅で二人が歩いてるの、見たよ。あの時の汐里さんの表情、嘘じゃないと思う。私ね、椎名くんのために汐里さんは結婚するんだと思う」

 七海は静かに続けた。

 椎名は動かない。ただ涙を流しながら七海の言葉を聞いている。

「汐里さんは、椎名くんを好きだと思う。ロマンチックな所がある人だから」

 ロマンチックって、あの姉貴だぞ?

 いつもビックモナカ食べてパンイチでうろつく姉貴だぞ?

 いやいや……と思ったけど、同時に姉貴が研究を続けていたナノマシンの事を思い出す。


 ひょっとして記憶を持ったまま別の人間って……椎名のことが頭にあったから? 嘘だろ?!


 七海は続ける。

「でも、椎名くんは椎名家の一人息子でしょ。そんなのちゃんとしないとダメだから、そうしたんじゃないのかな」

「姉貴はバカみたいに真面目な所があるからなあ……聞いてみれば? 聞いたら普通に答えるタイプだけど」

 俺はまた頭の中にあったことをポロリと口に出した。

 その言葉に椎名が顔を上げた。

 涙で濡れていて、顔がグチャグシャだ。今までみた椎名の中で、一番……ちゃんと15才だった。

「今日は研究室に行くって行ってた」

 主に七海のために。ここから研究室は近い。同じ山の頂上だ。

「聞いて見ろよ。姉貴は答える」

 椎名は「ふっ……」と声を漏らして、顔を拭き、部屋から出て行った。

 それを追うように榊さんも付いていく。

 二人が出て行ったドアの奥……見覚えのあるドレスが見えた。


 神宮司だ。


「椎名、くん……? 椎名くんは、私を好きなんだよね?」

「ごめん余裕ない」


 椎名は神宮司をチラリと見ずにスマホを取り出し「榊、車!」と早足で出て行った。

 神宮司は椎名を見送り、膝から崩れ落ちるように床に座った。

「さくらちゃん!」

 七海が俺を手を引っ張って、神宮司の元に走る。

「椎名くん……椎名くんは……私を好きなんだよね……?」

「さくらちゃん……」

 七海が神宮司を抱きしめる。

「だって三本のおじさまが……そう言ったもの……椎名はお前を好きだからって……言ったもの……」

 三本の名前に俺は耳を近づけた。

 七海は神宮司を抱く手に力を入れた。

「ねえ、さくらちゃん、三本さまは、さくらちゃんに何を言ったの?」

 神宮司は小さく首を振りながら顔を上げた。顔が真っ青で、唇が震えている。

「椎名くんと一緒になれる薬があるって……でもそれは……まだテストが足りなくて……人間には使えないって……」

 背筋が泡立つ。

「さくらちゃん、何に入れたの?! ナノマシン!!!」

 七海が叫ぶ。

 ハッと神宮司が顔を上げる。

「だって……人間に使ったデータが沢山あれば三本さまが……」

「何に入れたの?!」

 七海は叫んだ。

「……デザートのチョコソースの中……っ……」

 それを聞いた瞬間に俺と七海は走り出した。

 俺たちが会場を出た時は、まだマグロを切っていた。つまりメインだ。

 間に合うか?!

 俺たちは走り出した。

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