9月11日(月)・神宮司パーティー・4
パーティー会場の外の広場に皆が出た。
「じゃあ……第一問!」
俺はさっきから必死に頭を動かしていた。犯人が絞り込めるような質問……どう責めていったら良いのだろう。
これが最後のチャンスだと思うと手が震えた。
「はい、じゃあ」
七海がツイと前に出た。そして俺の方を見て軽く頷いた。意図はお互いに理解できているようだ。
「大切な人がいる人!! いる人はA、居ない人はB!」
なるほど。俺は軽く頷いた。大切なものがあるからこそ、何か意図を持って【こういうことをしたのだと】俺も思う。
試したかった、皆殺しにしたい……なら、もっとばらまくだろう。そうじゃない。
犯人は悪魔で限定的にテストしてる気がするんだ。
広場の真ん中には、真ん中に紐が置かれていて、Aという張り紙と、Bという張り紙がしてある。
家族でも何でもいいよーと七海が声をかけると、過半数がAへ移動した。
「じゃあ次は俺から……その人のためなら、なんでも出来る。できる人はA、出来ない人はB!」
七海が俺と繋いだ手を軽く握った。七海なら間違いなく【出来る側】だろう。
広場に集まった人たちが「なんでもー? それはなあ……」と言いながら別れていく。
これで半分に減った。
「次は私ね……。その人のためなら、周りのことはどうでもいい」
七海が言い切ると、広場から「えーーー?」という声が広がった。
そして朝倉先輩が、スッと手を上げた。
「家族が一番大事、とかでも良いの?」
朝倉先輩の目は氷のように冷たくて、真っ直ぐに俺を見ていた。
「……はい、もちろんです」
俺は静かに言った。
朝倉先輩が【できる側】に移動する後ろを榊さんがついていく。
そうだよな、榊さんなんて、椎名家の為なら、本当になんでもしそうだ。
考えて震える。
一気に人が減るんじゃ……? と思ったが、さっきとほぼ同数が残っていた。
なんでも出来る人は、それくらいの覚悟があるって事なのか?
まあ俺だって、七海や両親、それに姉貴のことを考えたら、正直周りはどうでもいい。次は俺か。
「何があっても、叶えたい夢があるひと!」
夢ーー? という声と共に、何人かが無い側に移動した。
思いがあるからこそ、やれることだと俺は思う。
「次は私ね。何がなんでも、手にしたいものがある」
メンヘラじゃねーか! と広場から笑い声が出る。この質問で20人以上いた人が半分に減った。
犯人がナノマシンを使って何か考えてるとしたら、やっぱり……。
俺は前に出た。
「来世とか転生を信じてる人」
なんだよそれ!! と会場から笑いおこる。
七海は俺の手をキツく握った。犯人が手にしているのは【記憶をもったまま、別の人間としていきる】ナノマシンなのだ。
そういうことを信じてないと、撒くことなど出来ないと思った。
人数が一気に減り、10人くらいになった。
七海が唇に触れながら考えている。そして前に出た。
「今の自分が、嫌いな人」
あははは……と笑い声がおこる。たしかにそうかもしれない。
今の自分が嫌いだからこそ、今の立場がイヤだからこそ、それを捨てて別の人になる。
そこでずっと残っていた三本亜佳音が【そうじゃない方】に移動した。
それを見て納得してしまう。三本家の力があるからこそ、椎名と婚約することが出来たんだ。
その理屈で言うと神宮司は……? と見ると、まだ残っていた。
神宮司が今の自分を嫌いなのか?
意外だった。何より誰より自分を愛してそうなのに。
そこには榊も居た。これも意外だ。榊は嫌いの前に好きという感情さえ無さそうだが……。
そして朝倉先輩。本当に? 俺は螺旋階段の上から聞きたくなる。
朝倉先輩のピアノほど素晴らしいものは無いのに。あれほどの腕前で、自分が嫌いなのか?
いや……両親の不倫の事のが大きいのだろうか。
すべて前の時の知ったことで、俺と朝倉先輩には現時点ではほぼ接点がない。
でも朝倉先輩のピアノをまた聞いて、あの感動を味わいたいと思う。
見ると、あと六人ほどになっていた。
そこには佐伯も居た。七海を好きな男。
まっすぐに俺を見ている。佐伯はあの時「死んだ」から、違うとは思うけど、手をつないで階段の上にたつ俺たちを見ている目線は、誰よりも強い。
実はすごくわかり合えるのかも知れないな、佐伯とは。だって七海を好きという同士だ。無事になんとかなったら、話しかけてみようかな。……佐伯は望まないかも知れないけど。
そろそろ本格的に絞り込む質問にしようと思った。
俺は息を吸い込んで、言った。
「大事な人のためなら、誰かを不幸にしても良いと思う人」
残った六人は、笑いもせずに俺を見ていたが、他の人たちは完全に引いていた。
そうだ、そのレベルの事を、聞きたい。
俺は七海の手を握った。
そこから佐伯が抜けた。そうだよな、そんな佐伯だからこそ、俺はちょっと話をしてみたいと思ったんだ。
数人が抜けて、そこには神宮司、榊、朝倉先輩のみが残った。
周りで見ている人たちは、少し異物を見るような目で三人を見ている。
この中だと神宮司が意外な気がした。それほど強い意志を持って何かを得たいと思ってるように、俺には思えない。
こんな大きな家、身分、お金。神宮司には全てがある。
榊は、椎名の気持ちでここに立っているのか、榊自身なのか、正直わからない。でもあの二人はずっと一緒で、兄弟のように大きくなってるから(しかし榊さんの年齢は不詳だ)椎名とも榊さんとも言えるのだろう。
朝倉先輩は……正直この中で一番の強さを持っていると俺は思う。
母親が不倫していると分かっていて、それを突き詰める中でも、ピアノを見事に引きあげた。むしろそれを打ち消すように、昇華するように。
あの人は全てを肥やしにして前に進むと思う。だからこそ、排除したいものも、大きい気がするんだ。
三人は無言で俺たちを見上げている。
「最後の質問です」
七海が前に出た。
俺は七海の顔を見た。
七海は静かに、動いたか、動いてないか、分からないような細さで頷いた。そして口を開いた。
「人を殺しても、成し遂げたいことがある」
もう誰も口を開かない。
三人は俺たちを見上げたまま、動かない。
やがて神宮司が【そうではない】方へ移動した。
その場には、榊と、朝倉先輩だけが残った。
二人は迷うことなく、俺と七海を見ている。正直この質問で残った二人に聞く問題は持ってなかった。
「……二人とも勝者です。上でどうぞ」
俺は言った。
そして静かに思う。
この二人のどちらかが、犯人だと。
もちろん人は嘘をつく生き物で「この質問を答えてこっちに来ることに何か意味を持たせている」可能性だってある。
誰かに見せたい、示したい。分からないけど、俺が想定する犯人像は、この質問を全て「イエス」で答える人だ。
そう思っていることをパーティーにいる他の人にバレても良いという気持ちにある人。
二人は螺旋階段をゆっくり昇ってきた。そして俺たちの目の前に立った。
俺は七海を見た。七海も頷く。そして七海はハイネックをずらした。
そこには紫色のアザが広がっている。
「このアザを見て、何か感じることはありますか」
「えっ……?」
朝倉先輩が一歩前に出て、七海のアザを近くで見た。
そして指を伸ばして、触れて良いのか、悪いのか分からず、その指を引っ込めた。
「……痛くないの? どうしたの? 何これ」
朝倉先輩は心底心配そうに、そのアザを覗き込んだ。
この態度は本当に何も知らないのか、知っていて演技をしているのか分からない。
朝倉先輩の母親は、三本地所の父親と不倫をしているのだ。
情報を持っていておかしくないし、何より「人を殺しても成し遂げたいこと」があるのだ。
それって……やっぱり音大に行くこと、だよね? 音楽で生きていきたいってこと、だよね?
俺は朝倉先輩を注意深く見守った。
その前に朝倉先輩は母親の浮気について、どこまで知ってるんだろう……。
前回の時間では、かなり後半になってからそれが発覚した。だから今は「誰もクロと言えない」状態なはず。
そんな不確定な状態で、ナノマシンをテストする必要があるのか?
いや、その前にそれに関係があるのか?
脳内を色んな考えが駆け抜けて、全く答えが見つからない。
俺は朝倉先輩のほうに一歩進んで口を開いた。
「もし、よからぬことを考えているなら、やめてください。ただ、人が死ぬだけです」
俺は言った。
それ聞いた朝倉先輩の顔色が変わった。
さっきまで七海のアザを心底心配している様子だったのに、鋭い眼光で俺を見た。
「……君は私の何を知ってるの」
冷たい目で言い切った。
俺は怯まず口を開いた。
「誰のことも、何のことも、分かってません。ただ、誰かが傷つけた人は、誰かの大事な人なんです」
俺にとっての七海のように。
朝倉先輩は、何も言わずにその場から立ち去った。
目の前には榊さんだけが残された。俺たちをじっと見ている。
「……いつも変装して神宮司のパーティーに……?」
俺は聞いた。
「私は椎名さまのためなら、誰だって殺します」
榊さんは静かに言った。深夜の台所で貯まった水に、たった一滴の水滴が落ちるように、静かに。
でも圧倒的な力を持って。
「それをやめろと、椎名が言っても?」
「バレません」
榊さんは顔色ひとつ変えずにその場を離れた。
俺と七海は近くにあった椅子に、ヨロヨロと腰掛けた。
そして目を合わせて、繋いだ手を握り合った。
これで何か出来たか分からない。自己満足でも、何か出来たと思いたかった。何もせずにまた同じ時間を繰り返すのは、イヤだったんだ。
「……何か、出来たかな」
俺は柔らかすぎるソファーに体を沈めて言った。
「ね。お願いがあるの」
七海が繋いだ手の上に、反対側の手も乗せてきた。七海の両手で、俺の手が挟まれている。
俺は黙って握り返した。
「もうダメな時は、諒真が私を殺してね」
「っ……?!」
俺はソファーから体を起こした。
七海は静かに微笑んでいた。まるであのタロットカードのラファエルのように、優しく、今すぐにでも泣き出しそうで、それでも決意に満ちた表情だった。
なんでそんなこと言うんだよ、と言おうと口を開くが言葉が出てこない。なんとかしようと思ってるのに、どうしてそんなこと言うんだよ。
無力で、でも圧倒的に正しくて、一番聞きたくない言葉だった。
「……いや、だ」
気が付いたら口から漏れていた。
だってそんなの、絶対にイヤだ。そんなことしなきゃいけないなら、俺は七海に食われて死ぬ。
もうそれでいい。俺は何度も首を左右に振った。溢れてくる涙が顔を伝って、水滴となって落ちてくる。
イヤだ、イヤだ、俺はそう言い続けた。
でも言いながら思った。
そのイヤな仕事を、七海はひとりでやり続けた。バットの練習をして、計画を練って、ひとりで。
そんな七海に、俺が何を言えるのだろう。
俺は何も分かって無い。七海の辛さも、苦しみも。分かったつもりで、居るだけだ。
「……そうならないようにしたい」
殺すなんて言えなくて、俺は言い切った。
「そうだね」
七海は俺の肩にトン……と軽く頭を預けた。
その頭の熱さに俺は血の気が引いた。また熱があがってる……?!
「大丈夫か、七海」
俺はおでこに触れた。七海は目を閉じて静かに頷くだけだった。
姉貴のマシン飲んで良かったのか? 悪かったのか? もう分からないことだらけだ。当たり前なんだけど、それでも……!
その時、俺のポケットの中でスマホが振動した。
見ると椎名からラインだった。
【来ちゃった。湖の反対側にある別館にいるから来いよ】
「……マジかよ」
俺の呟きに七海が目を開けた。俺はスマホの画面を見せた。
「行こう」
七海は立ち上がった。その瞬間体重を支えきれずに、膝から崩れ落ちそうになる。
俺は七海を支えた。そして手を強く握った。
行こう。




