9月10日(日)・朝・二回目
朝、目が覚めるると頭がズン……と重くて体が重かった。
くそ……そうだった、風邪で……と思ったら、俺の体半分に七海がどっすりと乗っていた。
「な……」
その状態で思い出した。そうだった、俺たちは時を戻って、七海と一緒に眠って……。
肩の上に七海のアゴがあり、反対側の腕も俺のほうに回されていて、俺は抱き枕のように掴まれていた。
完全に身動きが取れない。俺は首を動かして七海の方を見た。
柔らかい髪の毛、まるいおでこ、こんなに近くで眉毛を見たのは初めてだ。
まつげも長くて朝日に反射して立体的に見える。
「ん……」
七海の口が開いた。今回から、俺と七海、交互にマスクをすることにした。
今日は風邪もひいているし、俺がマスクをして眠った。
だから今日は七海の顔を、じっくり見ることができる。
起き出した七海の薄くて細い唇から丸い舌が出てきて、俺は小さく目を反らした。
寝ている七海を見ていたと気が付かれたら恥ずかしい。
でも可愛くて、頬を小さく動かして頭にスリ……と頬ずりをした。
七海はそれに気が付いたのか、俺の肩に頭を乗せたまま顔を上げた。
「おはよ」
「……おはよ」
俺も静かに答えた。正直嬉しくて抱きしめたくて、このまま頭にずっと頬ずりして居たいが……やっぱり少し体調が悪い。
頭の芯がグワン……とした。これは熱があるときの症状だ。
今日は祭日で病院もやってない。たしか前は明日の火曜日に病院に行ったのだ。
でも貰ったのは熱冷まし程度で、特に何も出なかった。
明日の神宮司のパーティーには、何があっても行きたい。
何か栄養があるものを……と思い、体を起こすと、七海と手が縛られていることに気がついた。
ごめん、というと七海も「起きられる?」と俺の方を見て言った。
左側、俺にくっついて眠ってからか、壮大な寝癖がついていて、髪の毛がビョーンとはねていた。
「っ……七海、髪の毛すげえ」
「え、あ、ヤダ!」
「いただだだ!!」
七海は俺を一気に引きずって、机の上にある鏡まで移動した。
突然引っ張られて、俺はベッドからズルリと落ちた。
「ねえ。何か無いの?! 何か、櫛とか貸してよ」
七海は叫びながら、俺の机の上を漁る。お前、男の机の上を勝手に漁るなよ! それに男が櫛なんて持ってるわけないだろ。
「ちょっとまてよ」
と立ち上がって机に行くと、上にバナナと漢方薬……それに新しいアクエリアスが置いてあった。
あとコンビニのパンや食べもの……。
【諒真はバナナ食べる前にこの漢方。汗が出るんだって。あとよく寝ること。七海ちゃんは好きに食べてね! うちの両親と七海ちゃんの親には上手に伝えたから】
姉貴だった。
俺たちが眠っている間に、置いてくれたのだ。
「……嬉しい。ほら、ヤマザキのロングスティック」
七海はパンを持った。
「うわ、懐かしい。ていうか、これ全部姉貴の好みだな」
机の上に置かれていたのは、大量の菓子パンだった。姉貴は菓子パン……特にヤマザキパンが好きで、ランチパックの新作が出るたびに買っている。
この前にラーメンが入ったランチパックを買ってきて俺にくれたけど正直楽しみ方がよく分からない。
置いてあった漢方は粉で、全く見たことがない。
姉貴が漢方? そんな健康志向だっけ? 俺は不思議に思いスマホで検索してみた。すると高い商品らしく、レビューも良かった。
大丈夫そうだ。俺はまずソレを飲んだ。
口の中に雑草を二年間寝かせて、叩いていぶったあとに、天日で三年干したような苦い味がして、俺は一気に飲み込んだ。
ぐええ…マズすぎる……。でもこれで明日までに熱が下がるのなら、何でも良かった。
漢方を飲んだら30分は待てと書いてあったので、俺は七海がパンを食べ始めたのを横で見ていた。
大きな口をあけてランチパックに噛みついている。七海が噛みつくと、白いランチパックが、七海の口の形に減っていくのが可愛くて、ずっと見ていた。
七海がそれに気がついた。
「……見ないでよ」
「七海が俺にお弁当を作ってくれたのは、誰かに何かを入れられるのが怖くて?」
七海は俺の言葉に静かに頷いた。
「私が知ってる限りでは、うちのクラスだけだったから。諒真のお弁当とかに、こっそり誰かが何か入れたりしたら怖くて」
「そっか、うん……ありがとう」
俺は飲み終わった漢方の袋をガサガサ言わせて気を紛らわせた。
自分の腕をふと見た時に、あのミサンガが見えた。ふと見ると、七海の腕を見ると、七海にもあった。
要するに体はそのままで、時間だけがループしている世界なのか……?
七海はごちそうさまでした、とパンを食べ終えてスマホをいじりだした。
「さくらちゃんに、明日のパーティー、衣装多めにしようよって連絡する」
着替えの時にアザを確認したいから、それは良いかも知れない。
「でもさあ、ドレスって、女子の更衣室だろ。俺、さすがに一緒に入れないぞ」
「それは仕方ないかなって思ってる。それに、気のせいかもしれないけど、ほんの少しアザが薄くなってる気がするの」
「本当か?」
俺は勢いよく立ち上がったが、少し考えてすぐに座った。普通に七海の服を覗き込む所だった。
七海は胸元を押さえながら
「お姉さんが写真撮ってるから、後で確認してみるね。少しでも薄くなってたら嬉しいけど」
俺は無言で頷いた。
「でも本当、なんでだろう。諒真に触れてると発光しないなんて……」
「なんでもいいよ」
俺は握った手に力を入れた。
七海が顔を上げた。
「発光が止まって、もしこの変なアザが消える方法があるなら、俺はなんでもする」
七海は目を闇夜に浮かぶ三日月のように細くして微笑んだ。
なんでもいい。ほんの少しの可能性も捨て無くないと強く思う。
そうじゃないと、七海を「あんな風にして」失うことになる。
ハッキリと牙が生えて、指が、腕が長くなったクラスメイトたちを思い出した。あんな風になる七海なんて、絶対に見たくない。
もし本当にこれを解決する方法がないと分かったら、七海は俺が知らない場所で一人で自害するだろう。
また首に縄をかけて、それこそ笑顔で。
絶対にする。七海はそういう子だ。
それが何より怖い、と思った。
「なあ、七海。絶対にひとりで何とかしようと思わないでくれ」
スマホをいじりっていた七海がへ?と顔を上げた。
「言葉は悪いけど、ひとりでやって、その結果クラスで……あれ、だろ?」
「うん……」
七海は目をふせた。分かってる、あんなことを思い出させたいわけじゃない。
ただ、俺を頼って欲しいと思う。非力で、何のアイデアもないけど、それでも同じ結果になることだけは避けたい。
「今度は変えないとダメだ。だからお願いだ。一人じゃなくて、俺と、にしてくれ」
「分かった」
七海は顔をクシャクシャにして笑った。目を細めて笑ったので、同時に目尻に貯まっていた涙が頬を流れ落ちた。
机の上に置いてあるティッシュを何枚も抜き、顔を拭いた。
俺はゆっくりと、ずっとずっと、七海の髪の毛を撫で続けた。
熱を測ったら38度。ここがマックスだと思いたい。
俺は眠ることにした。でも七海は眠くないし、少しでも調べことをしたいと言う。
「調べるって、何を?」
「お姉さんが遺伝子の話をしてたでしょ? 何かそういう関係でヒントがないかと思って……」
「無理するなよ」
七海はスマホを机に置いて、俺にしがみついてきた。
柔らかい体の奥に、しっかりと骨を感じる。また痩せた気がする。
回された腕が、指が、細い。
俺は背中に手を回して、ゆっくりと着地させた。
七海が震える声で話し続ける。
「……ずっとひとりで、考えてた」
「ん」俺は静かに頷く。
「また同じことがおこるって。だったらどうしようって、ひとりでずっと、ずっと。もうあんな風になる諒真を見たくなくて、イヤで、絶対にイヤで……」
「ん」
「今回もどうにもならないかもしれない。同じ事の繰り返しかもしれない。でも……」
七海は俺から離れて頬におでこをすり寄せた。
「ひとりじゃないだけで、もう、何も怖くないんだよ」
俺は静かに七海を抱き寄せた。
促されるようにベッドに入った。
手が繋がったままの状態で、俺は眠り、七海は起きていたい……結論、七海がベットに座り、その太ももの間に俺が挟まり、眠ることにした。
膝枕というか、太ももに挟まれたような状態。そして俺が右手をあげて、七海の左手と繋がっている。
「ちょ……うわ……マジかよ……」
俺は圧巻の景色に言葉を失った。
両サイドにスエット越しとはいえ、七海の太ももがあって、上をみると七海の胸があって……。
「……死ねる」
「イキロ?」
七海は俺のおでこにトスンとハードカバーの本を打ち付けた。
俺は本の下でモゾモゾと声を出した。
「しんどい……ひどい……この状態……っと!」
ブツブツ言ってる俺の頭を、七海が両方の太ももで挟んだ。
「痛って!!」
「あははは!顔ぷにょぷにょ地獄ー」
七海は何度も太ももで俺を挟んだ。こんな地獄なら何度も来たい。割と本気だ。
頭を右に左に揺らされて、眠くなってきた。頭のしんがボンヤリしてきた所で、おでこに置かれていた本が退かされて、視界が開けて七海の胸越しに、顔が見えた。
「おやすみ」
下を向いたので、耳からはらりと落ちた髪の毛を耳にかけて、七海は微笑んだ。
「……寝れねーーーーーー」
「ここに居るから」
七海は静かに言った。
そうだな。ここに七海にいてもらうために、俺は今眠らなきゃいけない。
熱を下げないと、明日行けないんだ。
俺は目を閉じた。繋いだ手を握り、七海の体温を感じながら……。




