表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/33

9月16日(土)運命の日(諒真視線-2)

 俺は理解が出来なくて、でも目の前の状況は間違いなく七海の言う「全部殺す」状況で。

 だったらこの妙な内容の事を信じろって?

 七海が一度俺が食われたのを見て、時を飛んで? 今度は俺を助けるためにクラス全員撲殺したって言うのかよ。

 

「……んだよそれ、何言ってるのか、全くわかんねーよ……」

 俺は手紙を手に持ったまま、何度も首を振った。

「分かる。理解出来ないと思う。でも理解してほしいなんて言わないよ」

 音がして顔を上げると、七海がパーカーを脱ぎはじめていた。

 そして制服のシャツのボタンも取り始める。

「ちょっと……」

 俺が言うより早く、七海はシャツの前を開けはじめた。下着が見えて一瞬目を反らすが、そこに紫色の光るアザが見えた。

「これが現実で、証拠。もうダメね、首元まで来てる。もう私もお終い」

 こんなところ、諒真に絶対見せたく無かったけど……と七海は教室内を歩き始めた。

 そして前方の廊下と教室の間の柱に、紐をかけた。

 よし、っと体重をかけて、紐が外れないことを確認した。

 七海はずるずると机を移動させて、その紐の近くに立った。

「警察に連絡してね。状態を説明して、この部屋には専門的な知識を持った人以外、近づかないように、ちゃんと説明して。手紙も渡して」

 七海はその紐の輪の部分に頭を入れた。

 首つりするつもりだ……!!

「おい……ちょっと待てよ……おい……」

 俺はその言葉を何度も何度も口にした。言っているのか、口から何度も吐き出されているのか、もう分からない。

 でもそんなの見たくなかった。

 七海が死ぬ所を目の前で?

 待てよ、なあ……と俺は何度も呟いた。

「怖いのは後処理だけ。諒真、絶対私に近づかないでね。教室に一歩も入らないで。絶対だよ、そうじゃないと守ったのに感染しちゃうかもしれない。あ、そもそもうつるかどうかも分からないままだったけど。今の時点で諒真が発症してないから、きっと大丈夫だよね……?」

 七海は早口で話ながら、目から大粒の涙を流した。

 今度は隠しもしない。

 もう顔はグチャグチャで、ずっと泣きながら俺の名前を呼んで、謝って……を繰り返している。

「諒真のこと、守れたかな」

 ひっく……としゃっくりをあげる。

 俺は首を振ることしか出来ない。

「少しだけど、恋人になれて嬉しかった」

 七海は紐を持っている右手のミサンガにキスをした。

「ずっと諒真に触りたかった、ちゃんとこの手で、触りたかったよ……」

 七海は手袋してない素の手を俺に見せた。

 久しぶりにみた七海の指先、小さな爪、細い指。

 俺が一番好きな七海の手。

「マスクなんてイヤだった。可愛くないじゃん。イヤだよ……、せっかく恋人だったのに……イヤだったよ……」

 七海は制服の袖で涙をぬぐうが、どんどん流れてきて止まらない。

 胸元の紫色のアザがフワリと強く発光する。

「でも、もう終わりにできる。良かった。行くね」

 七海は、クッ……と顔を上げて紐を首に通した。

 体が紫色に発光している。




 発光……死……?




「七海!!」


 俺は机の上に立つ七海に向かって叫んだ。 

「発光、止める方法、俺は知ってるぞ」

「え……?」

 七海は首に紐をかけたまま、俺の方を見た。

 目はぼんやりとしていて、焦点が合ってない。

 涙のあとが無数にあって、もう顔がドロドロになっている。

「七海!」

 俺は再び大きな声を出した。とにかく紐を首から外してほしかった。

 七海はボンヤリしたまま動かない。

「七海!! 紐を外してこっちに来い。俺はそのアザの発光を止める方法を、知ってるんだ!!」

「え……止める……発光? これを?」

「ああ、だから、見せるから、一度こっちに来てくれ。そうしないと教室に入るぞ」

 俺は足を一歩前に動かした。

「ダメ!!!」

 七海は首から紐を外して、机から下りた。

 俺はそれだけで涙がでるほど安心した。

 七海はゆっくりと俺のほうに歩いてきた。一歩、一歩、踏みしめるように。

 シャツの前は開かれたままで、ブラが見えている。

 その隙間から紫色に光るアザが見える。

 光はどんどん強くなっているように見えた。

 七海は俺の前に立った。

 

 俺と七海の間には、教室と廊下を分ける扉のレールがある。

 俺は廊下側。

 七海は教室側だ。


 俺は七海に向かって、手を出した。

 七海はビクリと体を動かした。

 そして軽く何度も首を振った。

「……触れないよ」

「じゃあ俺が行くか」

「ダメ!!」

「じゃあ、ほら!!」

 俺は教室のほうに手を差し出して、待った。

 どうしても七海から来て欲しかった。

 七海はゆっくりと手を持ち上げた。七海の開かれたままの胸元のアザは見事に紫色の発光している。 

 そして俺の手に触れた。

 七海の一差し指を、俺の親指と一差し指で挟んで、やわらかく摘まんだ。

「……んっ!!」

 七海が声を上げる。

 俺は七海の指先を摘まんだまま、七海に言った。

「……ほら、見ろよ」

「え……?」

 七海の胸元の紫色の光は、収まっていた。

 アザが発光してない。

「体育の授業の後……倒れただろ。保健室で七海のアザに気がついた。発光にも。その時に触れたら、発光が消えたんだ」

「え……嘘……」

 七海は自分の胸元を見たまま、またポロリと大粒の涙を落とした。

 俺は七海の指先の間に、俺の指をさしこむ。

 七海の指の隙間すべてに、俺の指をさしこんだ。

 そして強く握った。

 発光は消えたままだ。

 俺は決めていた。

 手紙を読んだ時から、決めていた。


「……七海、どこでタロットしたら、時間が巻き戻ったんだ」


「え……? 私の部屋……」

「今から行こう」

「え?! もう一回タロットして戻るつもり? でも同じことの繰り返しだよ。みんな同じようになったの、前と同じ……!」

「違うだろ!」

 俺は叫んだ。そして握った手を力を入れて、廊下側に引っ張った。

 七海は教室から出て、俺の胸元に入った。 

 ああ、七海の体温、ちゃんと温かい体温だ。

「全然違う。俺が触れることによって七海の発光は止まるし、何より俺も一緒に戻るんだ。七海は一人じゃない、俺も一緒だ」

 俺は七海を抱きしめたまま叫んだ。

 この事を、この事実を消せるなら、可能性が一つでもあるなら、賭けるべきだと思った。

 だってこのまま終わらせたら、七海は死ぬんだろ?

 俺が触れていたって、アザが消えるわけじゃない。

 戻っても消えるわけじゃない。

 でも、万が一の可能性に賭けてみるしか、七海の死は回避出来ない。 

 だったらもうやるしかないだろ?!

 俺は七海を抱きしめる腕に力をこめた。

「……諒真あ……」

 七海は俺にしがみついてきた。

 崩れるように、足の力が抜けて俺にしがみついてくる。

 俺が抱きしめていることで、なんとか体制を保っている状態だ。

 七海はうう……と何度も頭を押しつけて、ずっと泣いていた。

「みんな殺しちゃったよ、もう殺しちゃったよ、どうしたら良かったの? 殺しちゃった殺しちゃった殺しちゃったよおおおお!!」

 何も出来なかった、殺しちゃった……と七海は何十回も連呼して泣き叫んだ。

 俺は小さな子ども落ち着かせるように七海の背中を撫で続けた。


 俺も一瞬だけどちゃんと見た。

 紫色の支配された織田の口元と、目元を。

 あれは完全に人間じゃなかった。

 俺は七海の守られたんだ。

 あの近くにいたら、間違いなく食われた。

 七海がいう通りに。


 もし本当に戻れるのなら、今度はこんなことにならない運命を、俺と二人で模索できないのか?

 俺はそう決めていた。

 俺だって、何かの役にたてるはず。

 こんな風に七海が全てを背負って終わりなんて、悲しすぎる。

 今度は俺が七海を守りたい。


「行こう」


 俺と七海はすぐに教室を出た。

 このアザがどういう物なのかなんて分からない。

 でも俺が触れて発光が止まるなら、もうその事実だけでいい。

 俺は七海の手を強く握った。七海も握り返してきた。

 絶対に離さない。そう決めた。

 七海のアザはもう首まできている。

 さっき発光して意識を失ったように見えた織田たちは、顔も全部発光していた。

 要するに、それが【終わり】なのだろう。

 靴を履くとき手を離さず、自転車は二人で一台に乗ることにした。

 俺は座席に座ってシャツを引っ張り上げた。そして素肌を出した。七海に触るように促す。

「ちょっと……本気……?」

 七海は制服をまくり上げる俺を見て戸惑っていたが、俺は軽くキレてしまった。

「お前、死にたいの? 俺を食いたいの?」

 七海は静かに首を振った。

 俺だって七海のいうことを全部信じたわけじゃない。でも、アザがあるのは確かで、発光して牙も見た。

 俺がふれて発光が止まるのも事実だ。事実だけ全部並べても、七海が手紙で告白したことは正しいと思える。

 だったら恥ずかしいとか言ってるレベルじゃない。

 七海はゆっくりと手を伸ばしてきた。

 そして俺のお腹に指先を伸ばして、着地させた。

「……つめた」

 七海はつねに体温が低い。

 その七海の指先は、更に冷たい。

 でもずっと手袋だったから、生の七海の指が嬉しかったりする。

「ごめん……」

 小さな声で謝る七海の方を見て発光を確認すると、やはりしてない。

 素肌が触れているのが大事な気がする。

 今まで指先ひとつ触れてなかったのに、突然こんな……。

 俺だって心臓が強く握られるほど緊張したが、もうそんなこと言ってる場合じゃない。

 お腹に触れた指先に俺の温度が伝わって、ひとつになっていく。

 俺の背中に七海がしがみついてきた。

 急いで、自転車を発進させた。

 今まで触れられなかった隙間を埋めるように、離したらその瞬間に全てが終わると意識して。


 家までは上り坂なので、七海が俺に触れやすいように、いつものように立ちこぎもせず、自転車を走らせた。

 かなり呼吸がしんどいが、そんな事言ってる場合じゃない。

 インターをくぐり、坂を上った。

 七海と一緒に自転車に乗ったことは何度もあるが、こんな風に密着して乗ったのは初めてだ。

 ずっとしてみたいと思っていたことを、こんなタイミングですることになるなんて……。

 俺はペダルを踏む足に力を入れた。

 七海の家に着いた。両親はお仕事で忙しいので誰もいない。

 七海が鍵をあけたので、手を繋いで一緒に中に入った。

 フワリと懐かしい匂いがして、俺は足を止めた。

 ここに入るのは小学生の時以来だった。

 変なピエロの置物も、飾ってある絵も変わらない。ひいてある敷物は変わったかな。

 同じタイプの建売なので、玄関の形も間取りも俺の家と同じなのに、全然違って見える。

「どうぞ」

 七海に手を引かれて家に入った。

 ずっと繋いでいる手が湿っている気がして、ポケットからハンカチを出して、隙間をなんとなく拭いた。

 すると七海が、小さく笑った。

「……なんだよ」

 俺は恥ずかしくなって、ハンカチをしまった。

「そのハンカチ、小学生の時、プレゼント交換会で私が準備したやつ」

「え?」

 俺はハンカチを見た。

 そうだったのか? 全く知らなかった。

「私も今日使ってから」

 七海がポケットから同じハンカチを出して、俺と繋いでいる部分の手を拭いた。

 俺は繋いでいる手を、改めてキツく握った。

 失いたくない。


 だからこそ、この可能性に、賭ける。

 

 そして七海の部屋に入った。

 場所が変わったので、感覚的には姉貴の部屋に入った気分になる。

 同じ間取りというのもあるし、妙な気持ち……だけど、全然違う。

 かけてあるパーカーに、服は全部七海の物だし、置いてある本や漫画……。

「あ、これ、俺が貸したヤツ」

「そうだっけ?」

 そんな普通の会話を、無理矢理探した。

 そうしないと、苦しくて息が詰まる。

 小学生の時に入った部屋とは全く違う【女の子の部屋】に俺は目を伏せた。

 当然だけど七海の香りが充満していて、どういう表情をしたら良いのか分からない。

 七海は戸惑う俺を引いて机の前に立ち、引き出しからタロットカードを出した。

「……タイムジャンプしてから、ずっと封印してたの。怖くて」

 そりゃ……そうだろうな。

 七海は俺と手を繋いだまま、いつものタロットカードを床に置いた。

 母さんがイギリスから買ってきたタロットカード。

 とても古いもので昔の人が画家に書かせたものだと言っていた。一点物で手に取って香ると図書館の一番奥にある書庫のような匂いがする。

 これにそんな力が……?

 俺たちはタロットカードを無言で見つめた。見つめていても仕方ない。

 七海は決意したように、細い指先を伸ばした。


「始めるよ」


 七海は俺と左手を繋いだまま、右手だけでタロットを始めた。

 でもやりにくそうで……きっとどこかに触れていれば良いんじゃないか? と俺は七海に言ってみた。

「え? じゃあどこを触るの?」

「えっと……」

 俺は七海から手を離したが、そのまま体を伝って……サラリとおかっぱの髪の毛を持ち上げて後ろの首筋に触れた。

「やだ……、くすぐったい……」

 七海は首をすくめた。俺の指先が七海の後頭部と首に挟まれる。

「少しの間だろ」

「もう……すごく緊張してるのに……力抜けちゃうよ」

 七海は俺の方をチラリとみて言った。

 その笑顔がすごく可愛くて、泣きそうになった。

 このまま抱きしめたくて、たまらないがなんとか我慢する。

 七海がタロットを床に置いて、俺の手に触れてきた。

 温かくて細い七海の指が、俺の指に絡む。

「……出来るかなんて、分からないよ」

 七海は静かに言う。

 俺はその指先を撫でるように触った。

「分かってる」

「……何が起こるかなんて、分からないよ」

「分かってる」

 七海は絡めていた指を、更に深く握った。

「……もう最後かも知れないよ?」

「何もしなくても七海は死ぬんだろ?」

 七海が俺の掌をキツく、キツく握った。

「そうね。戻っても地獄。進んでも地獄なら、やってみるしか無いわね」

 七海は、ふう、と息を吐き出して、ん……と顔を上げた。

 そしてタロットカードのシャッフルを始めた。

 はー……と何度も息を吐き、大きく吸い込んだ。

 俺は七海の首に触れたまま、後ろから抱きしめているような状態になっている。

 七海は体は小さく震えている。体中に力が入っていてマネキンのように固い。

 俺は優しく後ろから七海を抱きしめた。

 前と同じ展開じゃないと、時間を戻ることは出来ない。

 それは俺も七海も分かっていた。

 だってこれだけあるカードの並びが、全く同じ、それが三度も出るなんて……確率論的にはあり得ない。

 それでも賭けたい。俺は七海の体を後ろから柔らかく抱きしめた。

 七海の体が大きく膨らみ、深呼吸をした。

「よし」

 七海は決意した。そして震える指先で、最初に一枚を持ちあげた。

 ひっくり返すのが怖くて、カードと指先が小さく震えている。

 でも決意するように、床に裏返して置いた。



 死に神。



「やった……!」


 俺は七海を後ろからキツく抱きしめた。

 この前と全く同じ1枚目。


「やっぱり……いけるんだ……」


 七海は迷わず二枚目も引いた。

 同じカードが、連続して出てくる。

 そして完成した。

 審判の逆カードに、死に神の逆カードに、運命……最後に……七海は自信を持って、カードを開いた。



 世界。



 ガブリエルが微笑んだ瞬間に、俺と七海の世界から、音が消えた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ