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9月16日(土)運命の日(七海視線-2)

 チャイムが鳴って簿記の模試が終わった。

 終わったということは、始まるということだ。

 心臓が耳元のあるように、大きく脈打っている。

 苦しくて息を吐いて、大きく吸い込んだ。それでも息が苦しい。

 服を引っ張って胸元を見る。

 光ってる……でも範囲は昨日の夜から広がってない。

 毎日範囲を見てるけど、広がる日と、広がらない日がある。その差も全然分からない。

「……ふう……」

 大きく息を吸い込んで、吐き出した。マスクが濡れて、少しだけ隙間を作って空気を入れ換える。

 ずっとマスクをしていたから、耳の上が切れて痛い。

 もう少し……もう少しだから……。

 手を持ち上げてミサンガを見た。これを貰えて良かった。私のお守りだ。

 小学校時の悲しい思い出が、大事な思い出に変わった。大丈夫、私は出来る。

 絶対に諒真を守るんだ。

 私にしか出来ないこと。

 この時のためにずっと準備してきた。

 かすかに指が震えている。

 心臓が脈を打ちすぎて痛くて苦しくて、音が遠ざかる。心音が私を支配していていくのが分かる。

 怖い、怖い、怖い。今すぐ泣き出して走って逃げ出したい。人殺しなんてしたくない。

 いやダメだ、諒真を守るんだ。

 二つの感情が同時に襲ってきて、涙が止まらない。

 ……ダメ。

 怖がってる場合じゃない。

 この直後から、始まったのだから。

 私は予定通り、本を持って、席を立ち上がり、諒真に近づいた。


「ねえ、諒真、この本を、図書室に返しておいてくれない?」

 私は本を諒真に押しつけた。

 この棟から図書室がある棟までは、渡り廊下を二度も渡る必要があり、遠い。

「え? 何で俺が」

 諒真は分かりやすくイヤそうな表情をした。

 拒否されるなんて分かってる。

 でも絶対に引けない。

「……お願い。返してきてほしいの。お願い」

 私はまっすぐに諒真をみて言った。

 私の真剣な表情に押されたのか、諒真は本を受け取ってくれた。

 なんだよ……と言いながら教室を出て行く。

 私は教室を出て行く諒真の後ろ姿を見ていた。


 

 もう諒真を見るのは、これが最後だ。


 

 その背中。まさか触られてあんなに反応すると思わなかったよ?

 男の子の背中なんだね。ちゃんと筋肉がついてて、それでいて固くて、でも長い背筋。

 私とは違うね。肩も大きくて、後ろからしがみついたのを忘れないよ。

 腕も太くなったんだね、私よりずっと長いね。肘の大きさとか、手首の細いのにごつい感じとか、好きだよ。

 指先が一番好き。先っぽが細いの。あの指先が何より好き。

 あの指先で髪の毛を触れられて、信じられないくらいドキドキしたよ。

 諒真にもっと触れてほしかった。

 もっと諒真を知りたかった。

 諒真、諒真。

 ドアから完全に諒真の姿が消えた。


「諒真……さようなら……」

 

 私は溢れる涙をマスクでかくして、鼻をすすった。

 諒真に渡した本には手紙を挟んだ。

 それに諒真が気が付いてくれることを祈る。



 よし、殺そう。



 私は静かに決意した。

 掃除道具入れにもたれて、スマホで時間を確認した。

 ううん、織田くんが発光しはじめた時間なんて覚えてないし、最悪私のほうが先に発光する。

 とにかく、もう時間との勝負のはず。

 チラリと掃除道具入れの中を見る。開ければすぐにバットが取り出せる。

 発光が始まったら、一気に殴る。発光が始まってから、どれくらいの長さで人に噛みついたか覚えてないのが残念。

 でも発光したら噛みついてた。

 だからそれを目星にいけば大丈夫。

 掌を開いて、閉じて。そうだ、バットが握りやすいように手袋を外そう。

 かなりの運動量になるから、マスクも取ろうか。諒真がいないなら、もう良い。

 マスクを外して、思いっきり息を吸い込んだ。

 外でマスクを外したのは久しぶりだ。

「……はあ」

 息を長く吐き出して小さく笑ってしまう。諒真が教室にいなくなった瞬間に、決意が決まるなんて、私は本当に分かりやすい。

 みんなが帰り支度を始めた。

 前回もそうだった。


 私も荷物を片付けていて、斜め後ろの織田くんが発光して、諒真を噛んだ。

 大丈夫、もう諒真はいない。

 大丈夫。今回は大丈夫。


 髪の毛を耳にかけた瞬間。

 ゆらりと椅子から立ち上がった織田くんが、そのまま机に突っ伏した。

 頭から崩れ落ちるように、思いっきり。

「おい、織田、何のギャグだよ」

 うまい棒を食べている浜島くんが聞いた。



 私はスマホをねじ込んで、目を閉じた。そして息を長く吐き出し、瞳を開けた。



 始まる。



 私は掃除道具入れからバットを出した。

 持ち手の部分が金属で冷たい。

「え? 七海ちゃん? なにそれ?」

 クラスメイトの女の子が背中から言う。

 その横を抜けて、椅子を踏み、そのまま机の上に上がった。

 視界が一気に高くなり、みんなが私を見たのが分かる。

 私は机に突っ伏している浜島くんを机の上から見下ろした。

 顔まで全部紫色のアザに包まれていて、体中が光ってる。

 目が高速で、上下左右に移動して、完全に【中は死んでる】。

 歯がカチカチと鳴っている。これで噛まれると、終わる。

 私はバッドを振り上げて、思いっきり織田くんの頭を殴った。

「……キャーーーーーーーーー!」

 クラス中に悲鳴が響き渡る。  

 織田くんが机から崩れ落ちた。発光は止まり、カチカチとなっていた歯も止まった。やっぱり人を噛む前に殺すのが正解だ。

 人に食いついていた織田くんは、狂ったように泣いていて、見ていた私も辛かったから。

 私はバットをコンと鳴らした。

 視界のふち……廊下をさくらちゃんが走り抜けていくのが見えた。

 このタイミングで消えてるのね。前は教室にいないことしか分からなかったけど。

 やっぱり黒なのかな……?

 戻ってから何度もさくらちゃんを調べた。

 でも何も分からなかった。

 調べれば調べるほど、さくらちゃんは純粋で……ただの恋する乙女だった。

 私の方がずっとゆがんでるよ。



 

 諒真を守るためなら、クラスメイト全員を殺したってかまわないなんて。 




 さて、と顔を上げた。

 次に発光した人間までは、ハッキリ覚えている。織田くんの目の前に居た浜島くん。

 私を取り押さえるかも知れないと思い、ひとつ隣の机に移動したけど、その必要性はないみたいね。

 浜島くんの顔を覗き込んだら、アザが顔まで包んで、目が回っていた。やがて体中が紫色の発光し始めた。 

 もう意識は無いね。

 私は迷わず浜島くんの頭をバットで殴りつけた。

 織田くんを殴った時より、明らかに重い。

 さすが超重力級の浜島くん。

 でも何度も練習したし、人を一瞬で気絶、もしくは殺すための急所は、かなり調べた。

 簡単に言えば脳を振れば人は倒れる。

 その点、浜島くんは首が短くて太いから、一番心配だったけど、見事に崩れた。

 よし次。

 発光してる子を先にやらないと、襲いかかれたら最後。

 いくら諒真を遠ざけても、教室から逃がしてパンデミックしたら諒真が食われる。

 それだけは絶対にイヤ。

 もうあんな景色みたく無い。

 私はギッ……と奥歯を噛んだ。

 クラスメイトは何がなんだか分からないといった表情で私を見上げている。

 私は冷静にみんなを見下ろした。 

 ここから発光した順番は覚えてない。前回は椅子に座って頭を抱えてたから。

 見極めるしかない。

 発光しはじめたクラスメイトを見つけては、殴りかかった。

 心がギシギシと軋むけど、そんなことより絶対に全員逃がすわけに行かない。


 あの樹の下に戻った時思ったんだ、夢だったのか。

 なんて悪い夢をみていたのだろう。

 良かった、食われる諒真なんて無かったんだ。

 悪趣味な夢。

 そう思うために、震える指で自分の服を引っ張った。

 胸元には何も変わらない……むしろ範囲が広がったアザがあった。

 なんのために、なんのために、こんな時を繰り返すのか。

 分からなくて泣いたけど、今なら分かる。


 私がもう一度この時に戻った理由はきっとただ一つ。


 全員殺すためだと思う。

 そして諒真を守るため。

 私には今、それが出来る。



 視界を紫色の光が駆け抜けた。

 発光が始まってる子が黒板の前を抜けて逃げようとしてる。

「逃が、さないっ……!!」

 私は教台の上に乗って、そのままバットを振り抜いた。

 体制を崩したので、急所を外したのか、その子は黒板に顔を打ち付けて、血を流した。

 血が黒板をダラリと流れて、追うようにクラスメイトがズルル……と落ちた。

「血が出ちゃった……やっぱり脳天狙わないとダメか」

 血液は残さないほうがいい。

 噛みついて諒真も発病したから、血液はきっとダメだと思う。

 そのために狙う場所を、何度も何度も学んだのに。

 くそっ……。

 軽く肩を動かした。

 次。

 強くバットを握った私に、大好きな声が聞こえてきた。




「どう、して……?」




 その声に私の心臓がわしづかみにされる。

 廊下後方からその声は聞こてきた。

 そんな、ダメ。

 戻らないでって手紙に書いたのに……どうして?

 絶対にイヤだったのに、どうして。

 私は目だけで後ろを見る。

 でもそんなの分かってる。

 静まり帰っている教室。

 後方のドアに諒真が見えた。

 手に本を持ったまま、呆然と立ち尽くしている。

 なんで戻ってきたの?

 中に絶対戻らないでって書いたのに。見てくれたの? 見てないの?

 見て無くても図書室はこの教室から一番遠くて、諒真が戻るころには、全員処理終わってるはずだったのに。

「うう……」

 声が漏れる。

 絶対見られたく無かったのに。

 イヤだ。諒真に見られたくなかったのに。

 昨日の夜の私を最後にしてほしかった。

 こんな私を最後にしたく無かったのに……!



「……諒真。ダメだよ、図書室で待ってて」


 

 見られたくなかった。

 でも、どうしようもなく言い訳したかった。

 諒真、違うの。諒真のためなの。どうしても諒真を守りたくて、もう二度とあんな風に噛まれている諒真をみたく無くて。

 諒真、違うの。私……。

 言い訳したくて、分かってほしくて、気が付くと机の上を移動して諒真のほうに来ていた。

 私は一歩近づくたびに諒真は半歩下がる。私に完全に怯えている。

 震える唇に全く理解できないという表情。

 少し開いた唇からは、異音だけが漏れている。

 怖いよね、意味分からないよね。

 当たり前だよね。

 こんなの、理解できるはずがない、許されるはずがない。

 今すぐ教室を飛び出して、屋上から飛び降りて終わりにしたいと強く思う。 

 ああ、もう死にたい。

 いますぐに死にたいよ。

 こんな姿見られるなんて……



「くそおおおおお!」



 後方の声に私は我に返って、そのままバットを振った。

 誰かが宙を舞い、机に派手にぶつかって、中身が全て飛び出した。

 おもちゃ箱をひっくり返したように軽い音が響き渡る。

 転がった顔を見ると、佐伯くんだった。

 私のことを好きだと言ってくれた佐伯くん。

 顔を見ないで殺せて良かった。

 本当に良かった。

 

 最後に諒真を見たくて、一番近くの机の上に座り込んだ。


 諒真は完全に怯えていて、こんな表情を最後にみたく無かったなあと思う。

 でも大丈夫。

 私には昨日一緒に眠った諒真との思い出と、このミサンガがあるもん。

 あともう少し。

 もう少しで全員殺せる。

 そしたらここで被害を食い止めることが出来る。

 ちょっと待っててね、ちょっとだけだから。ぜったい守るから。

 手首のミサンガに私はキスをした。

 

 諒真、絶対守る。

 本当に、本当に今までありがとう。

 諒真との日々が、私を強くした。


「ありがとう。今から殺します」

 

 私はバットを持って、残りのクラスメイトの脳天目指して、殴りかかった。

 同時に反対側から、加賀くんが飛びかかってくるのが見えた。

 完全に死角だった……というか、違う、もう発光して長い牙がが見えていた。


「ヤッバ……!」


 殴るのが遅かった。

 私は机の上から加速をつけて加賀くんの頭を殴るが、長く伸びた腕で止められた。

 バットを握られたら、きっとお終いだ。

 私は素早くバットを振り上げて逃げた。足を振り上げて加賀くんのお腹を突き飛ばす。

 加賀くんは一気に机に叩きつけられて天を仰いだ。

 目の前から蹴飛ばしたのに、反応しなかった。

 やっぱりあの目は、状態が進むにつれ、見えてないのかもしれない。


「だったらイケる!」


 私は思いっきり頭を殴りつけた。横から脳みそを揺らすように一気に。

 巨大なゴミ箱がひっくり返るような音をたてて、加賀くんは床に転がって泡をふいた。

 でも口元の牙はそのままだ。鋭利で、長さは30センチ以上ある。

 なんでこんなものが一気に生えるの?


「七海後ろ!」


 諒真の声に振向いてバットごと回転すると佐伯ちゃんがフラフラと歩いてきていた。

 目は完全にグルグルと回っていて、視界は無い状態だ。

 そして口から牙がどんどん伸びてきている。

 顔がグチャグチャに濡れて……泣いている。苦しいの?

 私は思いっきり脳天からバットを振り下ろして、佐伯ちゃんを床に叩きつけた。

 ゴポッ……と、まだ作りかけの水風船が栓もしない状態で落ちたような鈍い音がして、佐伯ちゃんは床に転がった。

 後ろから気配を感じて、机の上に駆け上がり、発光して震え始めていた桃田くんを殴りつける。

 桃田くんは「おえええ……」と小さく叫び、机に倒れ込んだ。

 指先の爪が割れて、そこから更に何かが出てきてる……指? 指先が割れて、そこから指が生えてきている。


「……うっ……」


 吐き気がして唾を飲み込んだ。

 私も、こうなるの? 私もこんな風になっちゃうの?! 怖い……!


「ああああああ!!!」


 発光が始まった中畑くんが教室の中をグルグルと走り始めた。

 やがて机にぶつかり、派手に転んだが、足だけはまだガタガタと走り続けている。

 私は転がった中畑くんの頭を上から思いっきり殴りつけた。

 視界の奥に呆然として立っている諒真が見える。


 絶対に守る

 諒真を食わせない。

 こんな風に、しない。




次から諒真視点に戻ります

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