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9月15日(金)朝~昼

「どうしたの、諒真。やっぱりシラタキ、多すぎた?」

 姉貴は食欲なく夕食をつつく俺に言った。

 今日は両親が遅くなるので、姉貴が夕飯を作ったのだが

「……そうだな、これは牛丼じゃなくて、シラタキ丼だ」

 姉貴が作った自称牛丼は、半分以上がシラタキで、少し入った牛肉の味でなんとか食べれる物だった。

 牛肉2、シラタキ6、ネギ2……といった配分だろうか。

 事実上、ただのシラタキだ。


「ちょっとダイエットしたくて。じゃあ私の肉あげるから。ほら、ほら、ほら!」

「いいよ、もう……そんなに食欲ないし」

 

 どんどん肉を投げ込んでくる姉貴から、丼を遠ざけていった。

「じゃあ何よ、どうしたの? ほら、お姉さまに話してごらん?」

 10も年が離れた姉貴は、いつも俺の悩みに強引に顔をつっこんでくる。

 もう少し年が近かったら本気で嫌うと思うが、これだけ離れていると、親でもない、姉貴でもない、ちょっとした話相手になる。

「……なんかさあ、椎名に彼女がいるっぽいんだよねえ……」

 俺はシラタキをすすった。

 姉貴はキョトンとして、首を傾げた。

「あの、なんだっけ、モンスターみたいな?」

「それは婚約者ね。そうじゃなくて、違う子」

「……へー。意外。あの子、婚約者がいるのに、そういうことするんだ」

「だよなあ?」

 椎名が家によく来るので、姉貴とも仲が良く、よく話している。

 三人でゲームしたり、家には何度も泊まったことがある。

 俺が先に寝てしまい、二人で延々と話してる声を聞いたこともある。

 椎名は精神的にかなり大人びてるので、姉貴と話すのは楽しいらしく、俺が居なくても二人で食事に行ったりしてるみたいだ。

 俺の親友と、姉貴が仲良しなのは良いことだけど、超旨い飯にいく時は誘ってほしいと心底思う。

 この前のこの街唯一の高級料亭のお土産を持って帰ってきた。あんなの絶対椎名としか行けないだろ?

 なんでも話しているように見えたけど、やっぱり話は聞いてないか。

 本格的に秘密にしてるんだな……と俺は心のなかでため息をついた。

「……へえ、意外だわ」

 姉貴はシラタキをすすって静かに言った。

 口元につるつると長いシラタが消えていく。

 姉貴の丼には、どれだけのシラタキが入ってるんだ?

 俺は、はー……とため息をついた。

「よく分からないんだけどさあ、椎名が言ってくれるまで待つよ。でも何か淋しくてさあ……なあ?」

 俺が姉貴の方をみると、姉貴は冷凍庫からビックアイスモナカを取り出していた。

「ちょっ、でかっ。ちょっと、ダイエットどこいったんだよ」

「ん? なんだか食べたくなっちゃって。諒真も食べる? 二個あるよ」

「牛丼とアイスでダイエットって、何だよソレ」

 意味不明すぎるだろ……と言い、俺はシラタキ丼を口の中にかき込んで、リビングを出た。

 気にしない、時を待つと言ったけど、それでもやっぱり悲しくて、食欲が無かった。


 椎名とのライン画面を見ながらベッドに転がった。

 カーテンの隙間から七海の部屋を見ると、まだ電気がついている。

 もう1時なのに。

 あんなに疲れていて、ブルーシートの隙間で寝ちゃうのに?

 何をそんなに頑張っているのだろう。

 日に日に顔色が悪くなっていて、気になってるんだけど、何も話してくれない。

 体調不良……? 俺はラインの画面を七海に切り替えた。

 付き合い始めてからは、頻繁にラインでやり取りしてて、それだけで嬉しい。

 秘密基地の前で二人で撮った写真、二人で食べた巨大パフェ。

 何ヶ月も止まっていたトークが動き出して、今度は二人の写真が増えていく。

 こうやって何枚も増やしていきたい。

 ずっとずっとこの画面が下に長く続くと良いと思う。

 画面が暗くなるまで見て、そのまま眠りについた。



 朝、ラインの通知で起きた。

 七海からだった。

 今日は神宮司に誘われたから、二人で自転車で学校いくね! ……だと。

 俺は画面をじっくり見た。


「……こりぇマジですなあ……」


 俺はスマホを投げ出した。

 だってそれは、昨日椎名と神宮司が話してた内容じゃないか。

 体力がないのは、車で通学してるからじゃないか? そう椎名言っていた。

 だって神宮司が自転車で通学するなんて、ここ一年で一度も無かったんじゃないか?

 神宮司が自転車持ってたことも、知らなかったけど。

 だって常に車移動だろ? 超超お嬢さまなんだから。

 まあ、椎名も超超お坊ちゃまだけど、アイツは金があっても、無くても変わらないだろ。

 椎名に一言言われて、自転車通学……?


 やっぱり付き合ってるのかな。


 脳内でグルグル考えたが、答えが出なくて、階段を下りた。

 いつも通り洗面所で姉貴が……音がしない。


「おはよう。姉貴は?」

「なんか用事があるとかで、朝早くに出て行ったわよ。珍しいわよねえ。今日って何かの握手会? でも平日よねえ」

「しらね。とりあえず、いただきまーす」


 姉貴はアイドルが好きで、コンサートや握手会によく行っている、ドルオタ……というものだ。

 部屋でPV見ながら踊り狂ってる変人。たまに歌いながら飛び出して行く公害。

 特に女性アイドルが好きで、ほんの数分握手するために、出掛けるけど、今日は平日だしなあ。まあ、何でもいいや。


「昨日、七海ちゃん、うちに来てたの?」

 母さんは、パンをトースターから出しながら言った。

「ああ」

 何で知ってるんだろう? と思ったが、七海の母親と俺の母さんは超仲がいいので、全て筒抜けだろう……と自己完結した。

「七海ちゃんのママに聞いたんだけど、七海ちゃん最近すごく痩せちゃって、ご飯も食べないんだって。何か聞いて無い? マスクも手袋も、自分の意思らしいわよ」

「俺もそれは気になってて、聞いてるんだけどさ……」

 パンにバターを塗ると、ざらりと鈍い音を立てた。

「言わないかー。七海ちゃんって意思固そうだもんねえ」

 母さんも、そうよねえ……と言いながらパンを一口食べた。

 シャクシャクと軽い音が響く中、俺は昔からそうだなあ……と思い出していた。

 七海は言わないと決めたことを、絶対に口にしない。

 高校もいく所をずっと悩んでいたみたいだけど、最後の最後まで俺に言わなかった。

 曰く「言う必要がないことは、言わない」だって。

 マスクに手袋なんて……。

 俺と一緒にいることがイヤなのか? そんなこと考えて、昨日ブルーシートの下で微笑んだ表情を思い出して、違う、と思う。

 青みがかった世界に二人だけだった。甘く微笑んだ瞳と、かすかに俺に寄ってくる動き。

 思い出してもヤバいくらい可愛かった。

 昨日はお弁当も半分以上残して、窓際で本を読んでいた。

 マスクのふちを指先で触りながら、真剣な表情で。

 茶化そうと思って内容を横からのぞき見たが、全く理解できなかった。

 なんだよこれ、と笑う俺に「面白いよ? 一緒に読む?」と微笑む目の下にはクマがあって、あんまり楽しそうには見えなかったけどな。

 それに遺伝子とか、そんな本だったぞ。

 七海の進路希望は文系だったはずだけど、理系に変更したのかな。

 俺が理系にしようかあ……と言ったから?

 その前に俺は理系にするのか?


「わかんね」


 呟きながら、一人で自転車に跨がり、学校へ向かった。

 まだ16才なのに、どうして人生を左右することを決められるんだろう。

 ここで決めて、やっぱり無理だったら戻れるのか?

 戻れない選択なんて、俺は怖くてしたくない。


 教室に入ると、椎名は自分の席で本を読んでいた。

「おはよー。今日は一緒じゃなかったんだね」

 椎名は文庫本を閉じて、楽しそうに話している神宮司と七海のほうに視線を送った。

 お前が神宮司に言ったからだろ……とのど元まで出かかったが、本人が言うまで黙ろう。

 ここで問い詰めても「何のこと?」ととぼけるのが、椎名の特長だ。


「ん? お揃いじゃないですか」


 椎名は俺の手元を見て言った。

「お前、本当にその超観察眼やめろよ」 

 俺は制服の袖を伸ばしてミサンガを隠した。

「二人で作ったの?」

「俺が昔な。ずっと忘れてたわ」

「俺には?」

 椎名は手首を見せた。

「キモくて吐きそう。椎名とお揃いとか、呪いかよ。同時に発火しそう。死にたくない」

 俺は吐き捨てて鞄から中身を出して、机に入れた。

 ふーん……と椎名は目を細めた。

「じゃあ、今夜のお揃い、モンブランは食べられないな。最高級の栗を使わせたんだけど」

「なんだよ、最高級の栗って。栗は栗だろ。……中にはたっぷり生クリーム入ってるんだろうな?」

「もちろん」

「やべえ、学校終わった速攻食わせろ」

 俺は中にたっぷり生クリームが入ったモンブランが大好きだ。

 コンビニでかうモンブランは、たまに中がただのスポンジでガッカリする。

 それを椎名に言ったら「作らせるよ?」だって。

 金持ち最高すぎる。持つべきものは、金持ちの友達だ。

「でも、今日簿記のテストあるんじゃね? あれが終わったヤツからしか帰れないだろ」

 椎名がスマホを確認しながら言った。

「へ……? そんなのあったっけ?」

 俺は口から空気が抜けていくのを感じた。

「時間割に書いてあったよ。明日模試なんだから」

「あはは……余裕だぜえ?」

「魂浮いてるぞ」

「教えてください」

「お前、当日に言うか」

 俺はやってなかった宿題を取り出して始めた。

 椎名は将来経営者になる可能性も高いから、取れる資格は全て在学中に取ると宣言している。

 親から叩きつけられてもすねずに、凄いよなあ……。

 椎名は丁寧に説明し始めたが、全く分からない。

 あー、俺は卒業までに二級取れればいいや。


「四時間目の体育は滅びるべきだ」

 俺は更衣室で着替えながら呟いた。

「お腹空いてるほうが、体が軽くていいよ」

 椎名はシャツを脱いだ。体のどこにも無駄がないのに、適度についている筋肉。もう二度と太るのはイヤだと宣言して、椎名はいつも走っていて、体はいつも絞られている。

 俺は……たまに腹筋しよう、そうしよう。

 自分の柔らかいお腹をつまんで、小さく決意した。

「俺はいつでもイヤだ。体育自体が滅びてほしい」

 浜島もシャツを脱いだ。

 同時にポヨリとお肉が出てきた。シャツとズボンに押し込んでいるようだ。

 浜島の主食は駄菓子なので、かなり太っているし、運動全般が苦手だ。

 まるでお相撲さんのように丸い背中。すごい脂肪の量だ。椎名に三倍くらいある。


 ん……?

 ……俺は浜島の背中が気になった。


「……お前、こんなのあったっけ?」

 そこには紫色のアザがあった。紫色で、本当に体の奥のほうに蜘蛛が巣をはったような変なアザだった。

「え? 何?」

 浜島が体を確認しようとするが、背中の真ん中なので自分では見られない。巨大な脂肪の塊が大きく動いた。俺は椎名を呼んだ。

「ホントだ。なんだろうね、これ。さわっても良い?」

 椎名は浜島に了解を取って、触れた。

 皮膚の一枚下にあるような……内出血みたいにも見える。言うなれば蜘蛛の巣のような場所に体を打ち付けたような? なんだろうな。

 俺と椎名は「?」と目を合わせた。

「あ、それ、俺にもあるんだよ」

 野球部でこの夏真っ黒に焼けた織田が、もう着た体操着を脱いで、背中を見せた。

 みんなで織田の背中を見た。

「本当だ」

 同じような紫色のアザがそこにあった。

 形も似ているけど、浜島のほうが体が大きいからか、少しアザが大きいような。

 織田のほうが少しだけ小さい? でも紫色で蜘蛛の巣のような形状であるのは間違いない。

 肌の下に張り巡らされている血管……じゃないよな。なんだろう、これは。

「部活の時に後輩が見つけたんだけどさ、なんだろうな。昨日からあるっぽい。三日前も水浴びしたんだけど、その時は無かったって」

 織田は体操服を着ながら言った。

「水浴び……」

 俺は絶句した。9月だけど、最近は結構寒い日が多いのに。

「シャワー室が欲しいよなあ。あれは公害だ。グラウンドでパンツ一枚でやってるアレだろう? 近隣の保護者からクレームがきてもおかしくないぞ」

 椎名はなぜか学校経営者視線だ。

「この紫のヤツ、椎名はないの?」

「俺は?」

 俺も同じように皆の前で裸で回った。

「……無い……けど、椎名と比べると圧倒的にブヨブヨだな」

 織田は眉間に皺をよせて言った。

「お前、今それ関係ないだろ」

 人が気にしてることを!

 結局なんだか分からずに、俺たちはグラウンドに移動した。


 体育の授業はハードル走で、俺たちは空っぽの腹を抱えて、何度も飛んで走った。

「……人生で、ハードル飛んだことが、何か得になるのか」

 疲れすぎて、椎名の隣に座り込んで言った。

「大人になっても無駄なことは沢山あるんだ。しかも逃げられない。それを学ぶためじゃないか?」

 椎名は冷静に言った。

「……お前は、大人じゃないけど、もう逃げてないじゃん。なんなの?」

 椎名があまりに大人びたことを言うので、思わず言った。

 親の文句を言いながら、ちゃんといつも受け入れている。

 それに秘密祭りだ。

 椎名はいつも最後にしか俺に言わない。

 どうせ俺は子どもだ。

「もっと子どもで良いんじゃねーの? 大人なんていつか自動的になっちまうんだし」

 椎名はきっと、何か隠してる。10年以上友達の俺に話せない何かを。

 俺はそれが、知りたくてたまらなかった。

 神宮司のことも、聞きたい。正直首根っこ捕まえて吐かせたい。

 椎名は目をぱちくりさせて俺を見て、ふっ……と微笑んだ。

「実はショートケーキも作らせてるんだ」

 何の話だよ! と思ったけど、もういいや。

 椎名は策士で狸で、嘘つきで、俺の親友だ。


「七海!!」

 走っている女子の方から、叫び声が聞こえた。

 先生が走り寄って、確認している。

 その先に倒れているのは……七海だ。

 ダラリと垂れた腕が見えた。全く力無く、白い手袋をしたままの指先が柳のように揺れている。

「おい」

 椎名に言われて、俺は立ち上がった。

 俺の行く先を皆が開けてくれる。

 先生に抱かれた七海の顔色は、青とかいう次元ではなく、もう白だった。

「保健室」先生と言ったので俺は「連れて行きます」と腕を伸ばした。

「突然倒れて……!」

 俺の後ろで神宮司が心配そうに見ている。

 俺は完全に脱力している七海を赤ちゃんのように抱いた。

「重いだろ。俺も手伝うよ」

 椎名が来たが、俺は振向いて、頷くことで断った。

 手伝ってもらう必要は、全く無かった。


 メチャクチャに軽い。


 これは何だ。

 本当に七海なのか?

 ずっと「ダイエットしてるのー」と言いながら甘味を食べる万年ダイエッターだったけど、これはダイエットの領域をこえている。

 背筋がゾクリとして、悪寒が頭皮を駆け抜ける。

 本当に何か病気なんじゃ……?

 だから焦って俺に告白してきた……とか? 移さないようにマスク? 手袋?

 ……でも病気なら、七海のお母さんたちが知らないはずないだろう。

 そうだよな。俺は七海の背中を抱きしめた。

 細くて細くて、腕が余裕で回る。

 拒食症とか、そんなのか? ……いや、俺とお弁当の時はちゃんと食べてる。もちろん量は少ないけど、それなりの量を。

 だったらこれは何なんだ?!

 俺は保健室に向かって歩きながら考えた。


 保健室に入ると先生は居なかった。

 俺は七海をベッドに寝かせた。

 体操服がめくれて肌が見えていたので、下を直そうと手を伸ばすと、お腹辺りに光が見えた。

 光? なんだろう。

 俺は肌を見た。

 七海の肌には、あの紫色のアザが見えた。

 でも皆と違ったのは、そのアザが紫色に発光していたのだ。

 なんだこれは……?

 俺はじっと見た。形状は完全に浜島と織田と同じものだ。紫色で蜘蛛の巣のような形状。

 でも光ってる……よな? 保健室がかなり明るいので、見にくい。

 俺はカーテンを閉めた。

 保健室が暗くなり、やはりアザが少し発光しているのが分かった。


「……だよ、これ……」


 俺はそのアザに向かって手を伸ばした。

 光は弱々しく、でも間違いなく、スマホの画面よりは弱く、それでいて蛍の光よりは明るく、光っていた。

 ゆっくりと、一センチの距離を一分かけるような丁寧さで、七海のお腹のアザに触れた。 

 するとその光は、ゆっくりと消えていった。

 大きな装置の電源を、落とすように、ゆっくりと、でも確実に、そのアザの発光は止まった。 


「……き、えた?」


 でも俺の指の下には、間違いなくアザが残っている。

 やっぱり浜島と織田の体に合ったものと同じだ。

 いや、それよりもっとハッキリ見える気がする。

 浜島と織田のアザは、四枚くらい薄い皮膚の下にある感じだったが、七海のものは、真下にあるような……。

 俺はもっと見たくて、指を無遠慮に動かすと、そのお腹が動いた。

 バッ!! と一瞬で七海が体操服を下に下ろして、アザを隠した。

 七海が目覚めた。

 真っ白な顔色が、更に白くなっていく。

 俺と七海は無言で見つめあった。

 保健室にカーテンが風で揺れて丸い円を描いていて、落ち着いた。

 七海の真っ白な唇が震えている。

 何度も瞬きをして、その大きな目からは、涙がこぼれ落ちそうだ。

 震えた唇がゆっくりと開いて歯が見えた。

 何か言おうと開いた唇が、キツく閉められた。

 かわりに俺が口を開く。


「……これ、どうしたんだよ」

「触った?」

 

 七海は俺の言葉に乗せるように聞いてきた。

 その迫力に、七海の顔を見る。

 七海は俺の目を食い入るように見ている。


「あ、ああ」

 俺は頷いた。

 その瞬間に七海の表情が、高い場所から落として潰したカボチャのようにゆがんだ。

 そしてベッドにあった布団を掴んで、その中に丸まった。

 カーテンから入ってくる光に、布団の埃が乱反射して見える。

「……ごめん」

 俺は謝った。

 勝手に触られたり、したくないよな……。

 布団の中で丸まった七海が、小さく震えている。

 中から押し殺すような声……何を言ってるのか聞こえない。

 耳を近づけようと、体を近づけた瞬間。布団が大きく動いて、中から七海が飛び出してきた。

 大きく腕を広げて、倒れ込むように、俺にしがみついてきた。

 細い腕を俺の背中に押しつけて、胸元にしがみつく。

 七海の頭が、俺のアゴの下で小さく震えている。

 今にも折れそうに細い腕が、俺の体をキツくしめていく。

 俺はゆっくりと、七海の背中に腕を回した。

 七海は俺にしがみついたまま、頭を小刻みに振っている。

 小さな声で、何度も同じことを言っている。

 耳を澄ますと

 

「……諒真、ごめんね、ごめん……本当にごめんね……」


 そう何度も言っていた。

 俺は全くワケが分からないが、震える七海の背中を何度も撫でた。

 カーテンが何度も風を届ける昼下がり、俺たちはずっと抱き合っていた。

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