9月14日(木)
「うわ……この道自体が、強烈に懐かしい……それに、こんなに坂道だっけ」
俺は体を前屈みにして、必死に登った。
「毎回走ってたのに、情けないなあ」
七海は軽い足取りで俺の前を歩く。
「七海は意外と体力あるよな……うへえ、キツい」
「諒真は意外と体力ないよね」
話しながら細い山道を歩いた。
学校が終わり、俺たちは懐かしい場所を歩いていた。
俺たちの家は山の中腹にあり、その頂上には神宮司遺伝子研究所とお城のような神宮司家、そして湖がある。
そこに繋がる細い山道があるのだ。
俺たちは小学生の時に、その道を発見して、そこに秘密基地を作った。
小学生って、どうして秘密基地が好きなんだろう。
俺も七海も夢中になって作った。
落ちていた木材を拾い、運んで、お小遣いでビニールシートを買い、お気に入りの物を運んだ。
屋根を作る手前で俺たちは中学生になった。
そしてそのまま、来ることは無くなっていた。
俺は存在さえ忘れていたけど、七海はたまに来ていたらしい。
でも小学生の時に何度も歩いた道だ。
体は覚えてるけど完全に体力が落ちている。
「こんなに距離、あったっけ?」
「もうすぐ。あ、ほら、見えてきた」
大きな木の横に、俺たちが作っていた秘密基地が見えてきた。
この山道で一番おおきな木を探して、その横に作ったのだ。
まだ骨組みはしっかり残っていて、あまり変わって無いように見えた。
テレビ番組で家を作ったりするのを見ていて、完全に影響され、彫刻刀で木を彫り、組み合わせたりしたからだろうか。
小学生なりに勉強して、頑張ったのだ。
「現役じゃん」
「そうなの。たまにブルーシートかけたりしてたんだよ。ほら、床板もまだ生きてる」
「懐かしいな、これ。建築現場で貰って、二人で運んだんだよな」
「そう! りっちゃんの家でね。すごく重たかったよね」
近所の家を建設してる時に、捨てる用に置いてあった大きな板を貰ったのだ。
それを二枚、二人で運び出したのだが、とにかく重くて、俺の家にあった台車を持ってきたのだが
「木が落ちてきてな」
俺は思い出して笑った。
「それを私が支えて、なんとか運んだんだよね」
俺たちは笑いながら、床の上に立った。
持ってきたんだーと七海がリュックからブルーシートを出して、ひいた。
この感じ、懐かしくてたまらない。
こうやってブルーシートを持ってきて、そこに寝転がり、ジャンプを読んだり、絵を書いたりした。
七海もタロットをしたりして、二人で過ごしたんだ。
一気に気持ちが小学生の時に戻されて、嬉しくなった。
横に座った七海が、えへへと言いながら立ち上がった。
「実は、やりたいことがあるのですー」
七海は木の横から、大きな板を引っ張り出した。
それは、屋根にしよう! とブルーシートで包んで置いておいた物だった。
ブルーシートをはがすと、全体的に黒くなっていたが、まだ使える状態だった。
「懐かしい」
俺は立ち上がって、ブルーシートを一緒にはがした。
土の匂いと、腐った木のような匂いがする。
ブルーシートを外して横に置いた。
「上にあげてみない?」
七海は嬉しそうに言った。
マジで? その前に柱大丈夫なの? 俺は笑いながら柱に触れたが、大きな木で守られていたのか、柱はちゃんとしていた。
載せられる、か? 俺と七海は大きな板を持ち、二人で持ち上げて、柱の上に乗せてみた。
大量の土埃に咽せたが、なんとか板は屋根として乗っかった。
「あはは、一応乗ったな。乗っただけだけど」
「でも屋根だよ」
七海は嬉しそうに微笑んだ。
上から、下から叩いて、まずは土埃を落とした。
そして落ちていた木の枝で、もっとキレイにする。
木に登って叩いたり、下から叩いたり。
俺たちは年甲斐もなく騒いで、屋根をキレイにした。
そして屋根の下に潜り込んだ。
草木に囲まれているので、屋根がついたことにより、やたら安心する空間になった。
「……悪くない」
「悪くないね」
二人で吹き出すように笑い続けた。
奥に俺。入り口に七海。
二人で乗っけただけの屋根の下。
「しかし汚い板だな」
「四年だよ? 綺麗なほうじゃない?」
七海は転がったまま、静かに笑った。
屋根の真ん中……何が文字が見える。工事現場の書き込み……?
俺は体をおこして、それを指でこすった。
土が深くまで入り込んでいて、文字が読めない。
土をはがしていくと……読めた。
「おい、七海、なんだよコレ」
「へ?」
七海も体を起こして、文字を確認して、エヘヘ……と誤魔化すように笑った。
そこには【りょうまのバカ】と書いてあった。
「……なんじゃろ?」
七海は小首を傾げて何度か瞬きをして、誤魔化した。
「なんじゃろじゃねーよ、なんだよ、これ、いつ書いたんだよ」
「……四年前……屋根でしょ……あ、分かった」
七海はマスクの位置を正しながら続けた。
「これ、あれだ。屋根を持ち上げようって話してた日に、諒真が来なかったんだ」
七海は目だけ移動さえて、俺を睨んだ。
俺は突然向いた矛先に、動揺した。
「え? そんなこと、あったっけ」
全く覚えてない。
「あったよー。あー、思い出してきた。石川ちゃんの家に遊びに行ってたんだよ、突然約束無くして」
「えー……あー……?」
なんだろう……記憶の彼方に何かあるけど……思い出せない……。
「そうだよ、それを石川ちゃんに次の日に聞かされて、私すっごくショックで。それからここにくるの辞めたんだもん」
石川ちゃん……小学校六年生……あ、ああ……?
記憶の奥の底が開いて、俺は思い出した。
七海に誘われた日。
俺は断って、石川梓ちゃんの家に行ったんだ。
そうだ、思い出した。
あれは……。
「あー……」
俺は口から息を吐き出しながら、記憶を繋いだ。
「もう良いけどさあ、あれ、すごく悲しかったよ。そうだ、だから屋根が乗ってなかったんだよ」
七海はパーカーの帽子部分を自分にかぶせて、ブルーシートの横になった。
そうだよー、そうだそうだーと何度も言いながら、ゴロリとうつぶせになった。
俺は思い出し始めていた。
そうだ、そんなことがあった。
あれは……。
「イヤな事思いだしたー」
七海がブルーシートに転がったまま、文句を言い始めた。
石川ちゃん可愛かったもんなあ。髪の毛長くてサラサラで。七海は小さな声で言っている。
俺は七海の背中に向けて、手を動かした。
そしていつものパーカーに向けて、手を着地させた。
指先から、ゆっくりと、掌にかけて、七海の背中に着地させた。
七海がビクリとする。
でも、服の上からなら触れても怒らないのは、実証済みだ。
一瞬こわばった体が、ゆっくりと柔らかくなった。
俺は、一度手を離し、また置いた。
それを何度も繰り返して、俺の体温を七海の体温と馴染ませるように、何度も触れた、撫でた。
掌で七海の呼吸を感じる。ネコの背中を撫でるように、何度も撫でた。
「……今ごろ機嫌取るつもり……?」
七海が俺の方をチラリとみて言った。
「あはは、まあ、そうとも言う」
七海は俺に撫でられながら、目を細めた。
「……気持ち良い」
七海が呟く。
俺は何も言わずに七海の背中に触れていた。
七海は頭にパーカーをかぶったまま、小さな声で言った。
「もっとして」
「……ん」
俺は撫で続けた。
「でも、それ以上変な所触らないで」
「んだよ、それ」
「撫でてて」
「……ん」
「温かい……」
それだけ言って、七海は目を閉じた。
何度も撫でていると、そのまま寝息を立て始めた。
……マジかよ。
俺は寝顔をマジマジとみた。
まさかこんな小屋にビニールシートをひいただけの場所で七海が寝るなんて……と思って、昨日の夜のことを思いした。
昨日の夜も、七海は夜中まで起きていた。
どうやら椎名から本を借りたらしく、ものすごく分厚い本を何冊も抱えていた。
それは全部遺伝子や、DNAに関する本で、七海は文系の大学にいくとばかり思っていたので、意外だった。
椎名に聞いたら「諒真と同じ大学行きたいんじゃないの?」とニヤニヤされるだけで、よく分からなかった。
中休みも、ずっと本を読んでいるし、簿記の勉強をしてると言っていたけど、本当はあの難しそうな本を読んでいるのだろうか。
俺はほんの少しパーカーを持ち上げて、顔を見た。
思っていたけど、本当に顔色が悪い。
こんな所だけど、少しでも眠ったほうがいいな……。俺は自分が着ていたネルシャツを脱ぎ、七海にかけた。
他に暖を取れる物はないか? と思い、屋根をカバーしていたブルーシートを思い出した。
汚いけど、風邪をひくより良いだろう。
俺は屋根からそれを持ってきて、自分と七海にかけた。
「…すげえ」
恐ろしいほど温かい。ブルーシートすごいな。
俺は七海の隣に転がった。
ブルーシートとブルーシートに包まれて、気分は完全にホームレス。
でも横で七海の寝息が聞こえて、ほんの少し幸せだった。
そうだ、俺は、ずっとこんな風に七海の隣に居たかった。
俺が七海との約束を反故して、石川ちゃんの家に行ったのには、理由があった。
その理由を言えない理由も……。
でも今なら言えるかもな。
俺は寝ている七海を見ながら思った。
そして七海の隣で目を閉じた。
ふわりと七海の匂いがする。
七海はいつもこの灰色のパーカーを着てる。
七海を思い浮かべると、七海はいつもこのパーカーだ。
ポケットに手を入れたり、帽子部分をかぶったり、顔を隠したり。
……俺に貸したり。
俺は湖事件を思い出して、俺のネルシャツを、キッチリと七海にかけた。
七海も、こんな気持ちで俺の寝顔を見ていたのかな……。
俺は眠る七海の頬に指を伸ばした。
その時、遠くから足音が聞こえてきた。
俺は手を引っ込めて、丸まった。
ガサ……、ガサ……と近づいてくる。
一人……いや、二人?
話し声がどんどん大きくなってくる。
ここは本当に獣道に近くて、地元の人間でもほとんど来ない。
神宮司遺伝子研究所は、セキュリティーに厳しくて、大きな道は警備が付いている。
だからこんな道がある知ったら、閉鎖する気がする。
それくらいマイナーな道だ。
……誰だ?
足音と共に声が近づいてくる。
「この道は高速に抜けてるんだよ」
「知らなかった。パパに言ったら閉鎖されそう」
「それは勘弁。俺もよく散歩する道だから」
「たしかに誰も通らないね、ここは」
この声……。
俺はブルーシートに挟まれたまま、息をひそめた。
「うわっと……」
「気をつけろよ。根っこがゴツゴツしてるから。ほらこっち」
「……椎名は、本当になれてるね」
「神宮司はいつも車で学校来てるだろ。だから体力無いんじゃない?」
「えへへ……やっぱりそうかなあ。椎名はたまに自転車乗ってるよね」
「気持ちいいよ、自転車」
「えへへ……一緒に学校いく人が居ればなあ」
「七海誘えばいいじゃん」
「七海は今、諒真くんに夢中じゃない」
「確かに」
二人の声はどんどん遠ざかっていく。
俺はビニールシートを少しだけずらして、去って行く二人を見た。
椎名は大きな鞄を左手に持っている。
ボストンバックのような大きさで、重たそうだ。
ヨイショ、と言って椎名は荷物を持ち直した。
「しかしこの荷物、クソ重いな」
「全部入ってるもの。重くて当然よ。でもあの時は本当に楽しかった」
「笑ってろよ。でもまあ感謝してる」
「完璧だったのは榊さんだよね。あの人、何才なの? その前に本当に男の人?」
「わかんねえ。振向くと女にも男にもなってるよ、アイツは」
椎名と神宮司さくらは、手を繋いで湖の方に歩いて行った。
楽しそうな笑い声が小さくなっていく。
手、繋いで、無かったか?
もう一回脳内で再生するぞ?
手、繋いでた、よな?
それになんだよあの神宮司の話し方。「えへへ……」って誰だよ。
心の奥から、あり得ない言葉が沸いてくる。
……あの二人、付き合ってる?
「いやいや」
思わず自分で自分につっこみを入れる。
学校では毎日ケンカしてるじゃないか。
……あれ、ひょっとして痴話ケンカだったのか?
「いやいや」
百歩ゆずって痴話ケンカだとしよう。
でも俺には言うよな、友達だぞ。小学校一年生からの。
横で寝てる七海より付き合いは長いんだ。同じ学校で、一番付き合いが長いんだ。
その俺に隠し事……
しないな、椎名は。
そこまで考えて肩の力が抜けた。
椎名は、俺にだけは隠し事をしない気がする。
椎名は俺にいつもガスを吐いていて、そこに嘘がないと思うからだ。
むしろ剥き出しの本音しか見てないと思う。
だったら何か意味があると考えるのが、一番納得がいく。
付き合って無い?
でも手を繋いでて……。
「……わかんねえ」
俺は頭を抱えた。
元々椎名はかなりの秘密主義者だ。全部作戦が終わってから「実はね」と話すことも多い。
いつもそんなこと……気にして無かったけど、今回はなんとなく淋しい。
そして、横で眠る七海を見た。
七海は神宮司と仲がいい。ひょっとして、何か知ってるのかな。
いやでも、七海も口が堅い。小学校の時も悪さした友達をかばって、最後まで誰にも言わなかった。
全部ひとりで抱え込んで、それでいて解決しちゃうタイプだ。
この小さな手で、いつも一人でなんとかしてるタイプ。
パーカーの袖から出ている数本の指を見る。
手には今日も手袋をしている。
ほんとに、何なんだろうな、これ……。
姉貴にも聞いたけど「七海ちゃんがアレルギー? ……知らないあ」だった。
学校で触ろうとしたら逃げられて……あれから一度も触れてない。
手を繋いで歩いていた椎名と神宮司を思い出す。
七海。お前は、俺に秘密なんて、無いよな?
俺はゆっくりと手を伸ばして、七海の白い手袋に触れた。
その瞬間に、七海がビクリと大きく揺れて起きた。
俺の手は、七海の白い手袋に、ほんの少しだけ触れている。
七海は、俺の手と、自分の手を見た。
「……寝不足で、ごめん。温かいとすぐ寝ちゃう」
「無理しすぎんなよ」
俺は七海の白い手袋に、ほんの少し触れたまま、全く動かずに言った。
七海はパーカーをかぶったまま、俺を見ている。
俺も七海を見ている。
ブルーシートをかぶっているので、世界は青くて、まるで海の中に沈んでいるようだ。
白い手袋は水色に染まり、木々が揺れる音が水音のように響く。
まるで海中にいるようだ。俺は七海の手袋と、俺の指先を見ていた。
七海の手袋が、ゆっくりと動いて、俺の人差し指に乗った。
ほんの、一センチ。
それだけで、俺の中の血液は、一瞬で沸騰するように熱く脈を打った。
七海は指先をくいと曲げて、そのまま俺の指を抱え込んだ。
七海の指先に、俺の指先が挟まっている。
体中の神経が、指先に集まっているように緊張してしまい、浅く息を吐いた。
ブブ……と頭の上に置いていたスマホが振動した。
七海が手をひく。
俺はほんの少し安心していた。
触りたいと思って、自分から指を伸ばしたのに、どうしようもなく緊張してしまった。
スマホを見ると椎名だった。
【モンブランとショートケーキとチーズケーキとチョコケーキ、どれ作らせる?】
椎名は明日俺が泊りにいくのが、楽しみなようだ。
たった一週間程度行ってないだけなのに。アホだろうか。
俺は【モンブラン】と打ち返した。
すぐに【オケ】と骸骨が踊るスタンプが返ってきた。
椎名を信じよう。
椎名ことだから、何か考えが、理由があるはずだ。
俺があの時石川ちゃんの所に行っていたように。
スマホをポケットに入れて、さっき持ち上げた天井を見た。
あの頃だから言えないことも、今だから言えることも、ある。
言葉は時を選ぶと、信じよう。
「七海、このあと、ちょっと家に寄れる?」
俺は横で目を閉じている七海に声をかけた。
「オッケー」
七海はブルーシートの海で、微笑んだ。
山を下り、家に戻った。
まだ九月なのに、空気は半分だけ秋になっていて、首筋をぬける風が涼しい。
七海を家に入れた。
「……諒真の家、結構久しぶりじゃない?」
七海は少し緊張した面持ちだった。
確かに小学校の六年生の卒業パーティーの時以来のような気がする。
何も変わって無いね、あはは、当たり前かあ……なんて七海は呟きながら階段を付いてくる。
俺はずっと、部屋の片付けぶりについて思い出していた。
風邪が治った日に母さんがシーツを洗濯するために入っていたから、それなりに片付いていると思う。
この年になって母さん頼りってのは恥ずかしいけど、正直部屋に入られるのより、汚いほうがイヤなので、俺はたまに頼んでる。
隠すものも、恥ずかしい物もない。それは大体パソコンの中だ。
パソコンは死守するけど、部屋はシンプルな状態だ。
服にも興味がないし、欲しいものもあまりない。
絵をかくためのものが一式あるけど、それも最近押し入れに片付けた。
俺は七海を部屋に入れた。
「おじゃましまーす……あ、ひょっとして、こっち側になってから入るの初めてかな。奨太の部屋の間取りだもんね……」
七海は入り口に立ったまま、俺の部屋を見渡した。
うん、やっぱり今日は比較的片付いている……良かった。
それでも床に落ちているパジャマや服や本を、俺はベッドに投げ込んだ。
そして空間を作り、どぞ……と七海を座らせた。
昔はよくお互いの部屋に行っていたけど、もう四年、秘密基地の頃と同じくらい時間が空いてしまった。
落ち着かないのか、正座のままで、出ている膝小僧が丸くて可愛い。
俺は、ちょっと待ってな……と言いながら、机をひっくり返した。
たぶんある。
というか、去年も捨てようと思って、捨てられなかった。
だから奥にしまいこんだ。
ということは、捨ててないってことだ……。
机の奥に手を伸ばすと
「……あった」
俺は机の奥から小さな紙袋を取り出した。
石川ちゃんに貰ったピンク色の紙袋だ。
中の物を確かめる。うん、間違いない。
俺はそれを七海の目の前に置いた。
ミサンガを二本。
赤糸と黒糸と白糸で編んだものだ。
あの日、石川ちゃんに作り方を教えてもらい、作ったものだ。
たしか石川ちゃんがあの日しか空いてない……と言い、占いとか迷信が大好きな七海のために、編んでやろうと思ったのだ。
俺は七海より手先が器用だったし、石川ちゃんがしているのを見て、七海が「いいなあ」と言ってたからだ。
少し恥ずかしかったので、秘密にしたくて黙ってたけど、そのまま仕舞い込むことになって……。
「これ、諒真が作ったの……?」
七海はそれを手に取った。
「あの屋根の日。俺、七海に内緒でそれを作りに行ってたんだ。覚えてないか。石川ちゃんって、六年生の最後に引っ越していっただろ。ミサンガの名人だったんだ」
「そうなんだ……」
七海はミサンガを手に取って、見ている。
俺ももう一本を手に取り、ゆっくり見た。
六年生の俺が編んだだけあって、目が飛んでいたり、グチャグチャだったり……それなりに酷いものだった。
でも七海は
「……すごい。こんなの作りに行ってなら、教えてよ」
とミサンガに触れながら言った。
俺はそのミサンガを持った。七海が腕を伸ばしてくる。そして長いパーカーの袖をめくった。
手袋はしたままで、白く長い手首がぬるりと出てきた。
俺はそこに、ミサンガを巻いた。
今度はもう一本のミサンガを七海が手に取り、俺の腕に巻いた。
七海は腕についたミサンガに触れて
「……えへへ。お揃いだ」
と微笑んだ。その微笑みは、いますぐに崩れ落ちてしまいそうな、泣き出してしまいそうな表情で、俺は困ってしまった。
「……なんで泣くんだよ」
「泣いてないし」
七海は鼻をすすった。
ありがとう、すごく、本当に嬉しい。
七海はあふれ出す涙を、パーカーの袖で拭いていた。
そして「泣くと眠くなる……帰るね……」と両親たちが帰宅する前に出て行った。
うさぎのようなまっ赤な目をして。
「……今日は早く寝ろよ」と俺は送り出した。
「オッケー」と七海は腕を振って出て行った。
ミサンガが揺れる腕を振って。




