神器 #4
ゴールデンウィーク.......オワタ
『身体の節々が痛い......』
「だから言ったじゃありませんの。慣れないうちは身体に相当な負担がかかりますよと」
『力の使い方に欲が出た。致し方ない』
「致し方なくありませんわ。慣れないうちは徐々にですのよ?まったくもう、私は疲弊することはありませんが、サツキは自分がキツくなるんですわよ?」
我が子を思うようなヘカテーの眼差しに、サツキは申し訳なさそうに目を伏せる。自分のことを気遣っての言葉に、思うところがあったのだろう。
『ん、気をつける』
サツキ自身、なにを根拠にヘカテーへと信頼を寄せているのかわからないが、相対的な関係になったからか、パートナーの言葉に耳を傾けるようになっていた。
「そんな落ち込まなくて良いんですのよ。分かっていただけたのならば、それで十分ですわ。ですが、それよりも..........」
ヘカテーは何か言いたげな表情で、サツキが手にする自身の鎌へと目をやる。
その視線の先には、黒い柄の上を赤い液体がゆっくりと垂れていた。
「少し概要を教えただけで、2つ目まで開花させてしまうとは.......想像以上ですわね」
『コレは便利。1つ目が身体強化なら2つ目は武器強化。ヘカテーの創始者というのは、物事を合理的に考えられる人だったみたい』
サツキはおもむろに握っていた柄を天へと掲げ、そのまま重力に従って振り下ろした。
そして、振り下ろされた鎌の刃先が地面に触れた瞬間、音もなく地面に亀裂が入った。
神器、ヘカテーの鎌に構築されっている2つ目のアルテ。
『交換生成』
使用主のエタが混じった血液を媒体とし、武器自体が強化されるという交換条件によって生成されるアルテ。
通常の体内ではエタはエネルギーとして存在し、決して血液のエネルギーとは混ざり合わないものだ。
しかし、ヘカテーの鎌は“死”に関連深い媒体ゆえに、生き血というのは言うまでもなく、媒体として相当なエネルギー量と成り得る。
それをエタと混ぜ合わせ、1つのエネルギーとして取り入れることによって、ヘカテーの鎌は切れ味も強度も何倍をも強化されるという代物だ。
1つ目のアルテを教えたあとに、次を早く教えてとせがむサツキに、じゃぁ少しだけ.......と、ヘカテーが助言をしたが最期。
サツキは、与えられたほんの些細な情報で、いとも簡単に2つ目のアルテを生成してみせたのだ。
「サツキの才能というのは凄まじいものですわね.......。ですが、何度も言いますように、身体的にも肉体的のも負担の大きい力ですから、徐々に身体に馴染ませてくださいな。パートナーである私からのお願いですわ」
『善処する』
「ご存じですの?善処すると口にする人ほど、その場しのぎに使う方が多いんですのよ」
『うっ.......』
現実に戻って成すべきことをしたら早速、神器の鍛錬に取りかかろうと考えていたサツキはパートナーから釘を刺された。
「鍛錬に励むのは大いに結構ですわ。力を付けてサツキの願いを叶えるのに、私も惜しみなく力をお貸ししますわ。ですが、決して忘れないで。熱愛的な感情が多くを占めるサツキでも、黒い感情に支配される可能性が無いわけではない、ということを」
哀愁の募る表情で口にしたヘカテーはじっとサツキの瞳を覗き込むようにして見つめる。
そんな表情をされてはサツキとて、なにも思わないわけでは無かった。
『.......わかった。無茶はしないと約束する』
渋々ではあるが、パートナーの言葉に小さく頷いたサツキは気だるさを覚える身体を起こし、ヘカテーへと向かい直った。
「良い子ですわね。では、ひととおり私との契約は済んだことですし、そろそろ現実へとお送りしますわ」
『また来てもいい?』
「ええ、もちろんですわ。契りは結びましたので、いつでもサツキの来たいときにいらしてください」
『ありがと。今度は鍛錬じゃなくて、話しに来るから』
「ふふっ、お待ちしていますわ。あ、契りの付加物というわけではありませんが、先ほど私から些細なプレゼントをさせていただきました。この先、少しでもサツキの力になれたらと思いますわ。では、また会う日まで―」
ヘカテーが優しく微笑むと、回しの景色が霞み出した。
それに伴い、サツキの視界も朧気になり、気がつけば元の訓練場へと戻ってきていた。
右手はしっかりと鎌の柄を握りしめており、最初に感じた禍々しい妖気などは一切感じられなかった。
「おかえりなさい、サツキさん。どうやら無事に神器をモノにできたようですね。さすがです」
すぐ隣で学園長は膝に手をつき、前か屈みで嬉しそうに頬を綻ばせていた。
しかし、それを見た瞬間、サツキは思いがけない行動に出た。
「ッ!?こ、これはいったいどういうおつもりでしょうか?」
『黙れ』
サツキは視認できない速度で学園長の背に回り込み、背中合わせで右手に柄を持ち、鎌を学園長の首元へと押しつけたのだ。
『お前にどういう事情が在って私とエミにいろいろと教授するのかは知らない。でも、それでお前が半年前に犯した罪は消えることはない』
「な、なるほど。いまここでその復讐を成そうということですか」
『愚問』
サツキは学園長の指導を仰いでいるなかで、決して学園長が犯した罪を忘れることは無く、胸の内で沸々と憎しみの音を立てていた。
そもそも、サツキが学園長に愛しい兄を窮地に追いやったにも関わらず逆らわなかったのは、まだこの世界にきてから日が浅かったことと、なにより己に力がないことを自覚していたからだ。
右も左もわからないうちに兄を失い、自分の無力さを突きつけられ、サツキひとりではどうすることもなかった。
そんなところに、張本人である学園長からのまさかの申し出に、当然最初は探るように打ち込んでいた鍛錬だったが、着実に実力を付けていくうちに、自分への自信も同時に高まっていった。
そして迎えた今日。実力も備わった上に『神器』をも手にした今、目的のひとつである愛しき兄を窮地へ追いやった張本人への制裁。
『絶対殺すと言った』
「た、たしかにそう......おっしゃいましたね。し、しかし、いま私をここで殺せば、あなたはナツメさんをぐぅッ!!」
『ナツメ』という単語につい力の入ってしまったサツキは刃を押しつけるように自分の方へと引いてしまった。
それにより、ツーっとひと筋の赤い線が学園長ののど元を走る。
『半年間、私がなにもしてこなかったとでも?知識も力も付けた。知り得る範囲でこの世界のことを学んだ。それでもまだ私が未探索地域に行って死ぬとでも思う?』
「し、死には......しないでしょうが、きっと、あなたは........お兄さんには会えない......でしょう」
徐々にサツキの引く力が強まり、学園長は言葉にするのも苦しそうだ。
しかし、サツキはその力を緩めることは無く、更に言葉を続けた。
『神様がどうとかっていう話?それなら、ある程度折り合いはついている。言ったでしょ、私がこの半年間何もしてこなかったと思う?って』
「!!?ま、まか......か。エミの.........ッ!!」
『やっぱり、そっちも裏で糸を引いていたのはお前か。エミが毎年卒業できなかったのも.........やっぱり殺すしかない』
「ぐぅぅッ!!!」
よりいっそう引く力が強まり、更に学園長は苦しそうに音を上げる。
そして、サツキが「ふぅ」と一息つき、そっと瞳を閉じた。
これで一つ目の目的を達せられる。そう思い、引く力に一気に力を加えた瞬間。
―キィィインッ
金属同士がぶつかり合う甲高い音が室内に木霊した。
それに思わずバッと振り替えるサツキの目の前には、レイピアを盾にしてガチガチと打ち鳴らすエミの姿があった。
「そこまでよ、サツキ」
『邪魔をしないで』
「するわよ。今の私たちにとってこの人はまだ必要な人なのよ」
『........なにか仕入れてきた?』
「そうよ。だからその鎌を引きなさい」
まるで別人のような気迫のエミに、サツキは目を伏せると『契解』と口にした。
「なっ!!?」
「そんな!!?」
目の前で神器が消えたことにより、エミと学園長は驚愕の色を示した。
『今回はエミに免じて見逃してあげる。次はない』
そう言い残してサツキはひとりで、訓練場を出て行った。
それを見送ったエミは、首から血を流す学園長へと歩み寄り、身体を支えて上げる。
「大丈夫ですか?」
「え、ええ。ありがとう、エミ。傷は深くありませんし、なによりあなたが助けてくれたおかげで、こうして首も繋がってます」
少しおどける学園長に、「はぁ」を安堵を漏らすエミに続けて学園長は言葉を口にする。
「それより、まだ私が必要というのはどういうことでしょうか?実質、これ以上私はあなた方に教えることなんて在りませんし、与えるモノだって在りませんよ?」
そんな学園長の言葉に、エミは哀しげな目をしてそっと抱きかかえた。
「もう私の前では装わなくてもいいんですよ、学園長。いいえ...........クレル元女王陛下」
エミから発せられたその言葉に、学園長は今までにないくらい目を大きく見開いた。
「エミ、どうして........それを........」
焦点の合わないブレる目線は自然と吸い寄せられるように、エミの腰に下げてあるレイピアへと意識が移った。
学園長の目線があったことを確認したかのように、『ウラノスの剣』はあたかもそれが肯定であるかのように、カチリと音を鳴らした。
「なぜあなたがこの国の機関の人間でありながら、私とサツキにこれほどまで尽くしてくださるのか、ずっと疑問に思っていました。半年前にサツキから聞いたときは本当に生きる希望というのを捨てそうになるくらい、絶望的な気持ちでいましたが、事情を知った今となれば、それは当然の出来事だったと思い返すことができます。サツキもある程度事情は把握しているとは思いますが、学園長の事情というところまでは気が回らなかったのでしょう。あの子ほど、他人のことに夢中になれる人はいないと思います。ですから、きっと私からある程度話せば、サツキも理解してくれると思いますわ」
根拠のない説明だが、慈愛の精神で語りかけてくるエミに、学園長はゴクリと喉を鳴らしてその顔を見つめ返していた。
「といっても、私も全てを知ったわけではありませんので、また今度、いろいろとお話をお聞かせくださいね?」
そう口にしたエミは優しく学園長を背負うと、訓練場を後にした。
そのまま治癒室へと学園長を運び、治癒室の職員が応急的な処置を済ませたのを確認すると、エミは「では、また明日」と言い残して、帰路へと着いた。
『説明を求める』
「そんなに眉間に皺を寄せていたらとれなくなるわよ?」
『エミが話をもったいぶるだけ、私の皺が増える。責任をとって、この家から出て行って』
「だからどうしてそうなるのよ!!?」
神器を手にしていたときの勇ましいエミとは違い、いまは普段どおりのエミの姿に、サツキは内心ホッとしていた。
すっかり日が沈んだ時間、互いに神器の適格者として認められた二人は、エミの家のリビングでティータイムを楽しんでいた。といっても、普段からあまり料理のしない二人ゆえに、紅茶以外の甘いお菓子などはテーブルには一つもないのだが。
『お菓子は?』
「サツキが作りなさ『無理』......あんたねぇー!」
『ほら、きりきり働く』
「ないものはないの!我慢しなさいっ!!」
『ぶぅ........ケチ』
訓練場のシリアスな空気はどこへ行ったのか。
エミにぶーぶーいうサツキは唇を尖らせて、そっと紅茶を口に運んだ。
「それにしてもいいわよね、サツキの神器は。収納できて」
『ヘカテーはエミと違ってできる子』
「どういう意味かしらぁ!?」
『おつむは相変わらず?やっぱりダメな子........哀れ』
「ッ!!..........はぁ、こんなんじゃ本題に入れないでしょ。ほら、膝抱えていないで下ろしなさい。パンツ見えてるわよ」
『別に気にしない。エミは私の身体の隅々まで知り尽くしているし』
「ちょっ、誤解を生むような言い方しないでよ!?」
エミが本題に入ろうとすれば、サツキが話を逸らしての繰り返しを幾度無く行い、すっかり日が落ちた頃になってようやく訓練場での出来事に話を持っていくことができた。
『どうして邪魔をしたの』
「さっきも言ったでしょ。あの人が必要だからよ」
『.............どうして?」
「どうしてって........んー、そうねぇ........よし、この機会だし、ちょっとこの世界についてサツキはおさらいしましょうか」
『おさらい?』
「そう、私もさっき知ったばかりの話もあるしね、ちょうどいい機会だわ」
次回、あれからふた月後。
よろしければ、次回もご愛読いただけたら幸いです。




