人生の選択
今回は前回同様アカデミーの説明話です。
「もうちょっと頑張ってレクチャーしてくれてもいいじゃないの...」
自分のセンスの無さに愚痴ってるのか、レクチャーに対して愚痴ってるのか、はたまた両方か。エミは悪態をつく。
「まぁいいわ。イメージボイスについては、また、後日たっぷり教えてもらうとして、アカデミー入学の話に戻りましょうか」
「まぁいいわ、て。教えるこっちの身にもなれっつーの」
『っつーの』
「あら、そんなこと言っていいの?私色々コネクションあるんだけどなぁ。アカデミーの学園長に顔がきいたり、表には決して出回らない情報を提供してくれる情報屋だったり。それに、こっちの世界のこと、まだまだ知らないことばかりでしょう?」
「『ごめんなさい、教えてください』」
「よろしい、それじゃ改めてナツメ、サツキ。私と一緒にアカデミーで学ぶ気はないからしら?」
赤であるサツキは普通ならばアカデミーに入学しなければならない。しかし、事情が事情だけに、この世界で赤でありながらも自分の道を選択することができるのだ。
紫であるナツメは国から一番見離された存在と位置づけされているため、どうとでも好きに道を選択することができる。もちろんその中にはアカデミーに入学するという選択肢も含まれている。
「入学を選択した場合、プレートの色によって大まかなカリキュラムは組まれる。ただし、サツキは赤だから私と同じ場所で同じカリキュラムで受けることになると思うわ。なにせ赤が一番人数が少ないからね、力量に応じて個々に別々のカリキュラムを組まれることもあるけど、私とサツキの力量は大差ないからきっと同じになると思うわ。」
色の割合同様、アカデミーの人数の割合も赤橙黄緑青藍紫の順に少ないとのことだ。いまさらながら、サツキが羨ましく思うナツメ。けど、こればっかりはサツキを責められない、責めるべき相手は他でもない親父ただ一人。
一度は収まった怒りはふつふつと音を立て、親父(故)を思い出しては怒りを爆発させるナツメ。
そんなナツメを横目にエミはやれやれと思いながらも話を続ける。
「ただし、ナツメがアカデミーに入学するなら絶対に私たちとは別のカリキュラムが組まれることになるの」
「それは紫だからか?」
「ご名答よ。正確には赤と赤以外に分けられるの。紫が橙と同じカリキュラムを組まれることがあっても、決して赤と同じカリキュラムが組まれることは在り得ない」
『どうして赤だけは別のカリキュラムを組まれるの?』
「単純な話、赤のカリキュラムには実践訓練が主に組まれているの。武術の才を持つ者に武術の才を持たない者では、自然と大きな差が生じてしまうからよ」
才を持とうが、持つまいが、スタート地点は同じである。しかし、例え同じカリキュラムをこなしたとしても、それから得られる技量は必然的に赤が多くなる。次第にその差は広がり、ゆくゆくは授業についていけなくなってしまう、ということだろう。
「だから、ナツメは決して同じ授業を受けることは無いの。そうなるとアカデミーでは必然的にサツキと私と別々の行動をすることになるわ。」
「まぁそうだろうな。けど、おれとサツキには他に選択肢は無いから、入学するほかないんだけどな」
『そういうこと。お兄ちゃんと離れるのは本意じゃないけど』
2人の意見を聞いたエミは嬉しそうに頬をほころばせる。
「それじゃ、入学するということで、今から手続きに行きましょうか」
「は?今から行くのか?」
「えぇ、だって入学式は明日だもの」
「『......』」
エミはうきうきした様子で席をたち、レジへ向かった。
「今日はエミがお友達を初めて連れてきた記念すべき日だからサービスしとくわ」
レジではレイナがニコニコと上機嫌でそう話す。
「ありがとっ、レイナさん。今度は美味しいカレーでもご馳走してね」
「ふふふ、またお友達を連れてきたら考えてあげるわ。ナツメくんだけだったらお赤飯にするのだけど」
「な、な、なななな!なんでそうなるのよ!!?」
レイナの言葉にエミは耳の付け根まで真っ赤にする。
そんなやりとりをナツメは聞き耳を立てては、「絶対にエミと2人きりで来るやるものか」と思うのであった。
そのあと始終ニコニコするレイナに見送られ、3人は店を後にした。
「そういや、入学の手続きたってどこにいくんだ?」
西洋の街並みに似た道を歩きながらナツメは問いかける。
「学園長のところよ。入学するときに限らず、アカデミーのことにおいてはすべて学園長に決定権があるから、直談判するのが一番なのよ」
通常ならば事務所と通して入学手続きは行うが、学園長に顔がきくことで、そっちのほうが手っ取り早いとエミは考えた。
なにより余計な手続きをせずに済むなら、それに越したことはないという事なんだろうが。
「出会ってから思っていたんだが、エミっていったい何者なんだ?」
家の地下にはあのような、どでかい訓練施設を設けていたり、学園長には顔がきいたり、両親は国の重要機関及び一目置かれる存在。
この世界について、まだまだ知らないことばかりとは言えど、エミが一般人とはかけ離れた存在ということは、それだけで十分知りえる事実だった。
「あれ、言ってなかったかしら?私の家系は代々国を治めるマヤウェル家の分家に位置するフォーンス家なのよ。だから、それなりに顔はきくし、経済的には何不自由ない暮らしをしているの」
そう言うエミは、特に自慢気に話すことは無く、ただ単にそれだけの存在とでも言うようにすまし顔で説明する。
「国を治める分家って、それってつまり、赤であろうがなかろうが、勝ち組同然だろうが.....」
「かちぐみ?いったい何のことを言っているのかわからないけど、家系によって色々と恩恵があるのは確かだわ」
ナツメはそんなエミをサツキ以上に羨ましく思えた。
鹿波家の家系はエミのような特殊な家系では当然無く、一般人と同列であるゆえに、何一つ特別なことなんてなかった。
普通に学校生活を謳歌し、普通に家に帰っては、普通に本を読む。そんな日常に退屈することはなかったにせよ、やはり自分より特殊で特異に位置するエミに対して思うところはあるのだ。
だが、異世界に迷い込むという通常ではありえない体験をしているナツメは「自分も特異といったら特異か」と自分を納得させる言い訳を考え、気持ちを落ち着かせる。
「それで、学園長はどこにいるんだ?」
「たぶん、今はアカデミーに居るわ。いろいろと事務手続きが残っているみたいで、『猫の手も借りたいくらいですよ』なんて言ってたくらいだから、たぶん、学園長室に閉じこもっているんじゃないかしら?」
学園長の言葉を思い出すようにエミは言う。
事務処理に追われる学園長ってなんだかシュールだなと、そんな暢気なことを思いながら3人はアカデミーを目指して歩いた。
そして、喫茶店を出てから20分程歩いて、アカデミーへと一行は着いた。
「ここが私が通うアカデミーよ。設立されて300年は経っているみたい。それなりに見た目は年期が入っているけど、内装は改装を重ねて近代的な造りになっているわ」
建物の外観にはところどころヒビが入っていたり、苔が生えていたりと、本当に大丈夫か?と思わせるが、補強されている部分も見受けられる。
一番高い建物の屋根には鳥の象徴だろうか、羽をモチーフにしたような国旗らしきものが立てられていた。
「あの旗はなんだ?」
「あぁ、あれはねこの国の国旗よ。ご神木に宿っている神様の話をしたでしょ?その神様は黒い羽を纏いこの世界を見守っているって伝えられていることから、黒い羽をモチーフにして国旗を作ったみたい」
「黒い羽、ねぇ。おれの居た世界じゃ、黒い羽はカラスを連想するから、良くも悪くも祭られていることはあったな」
「からす?それは鳥なの?」
「鳥だよ、真っ黒い鳥。だが、こっちの世界じゃ鳥ではなく、神様なんだろ?なんの関係もないと思うから気にすんな」
「まぁ、そうね。神様は人型体って伝えられているから、きっとそこでの接点はなさそうね」
ナツメたちが元居た世界と、エミが居る世界では、ことわざやら、武術やら、さまざまな接点は在るようだが、神様についてはそうでもないらしい。
そもそも、ナツメたちが元居た世界でカラスを祭っている地域及び国は本当に極少数であった。一般人のカラスのイメージはゴミを漁ったり、動物の死体に群がったり、電線に集まり黒い集団をつくったりと、善いイメージはない。それゆえに、黒い羽を掲げる国旗に対しても同様に、善い気持ちはしなかった。
「分家の私が言うのも何だけど、国旗なんてただの飾りよ。象徴とか、逸話とか私にとってはどうでもいいこと。ただ国の役に立てるならそれでいいの」
本当に心底そう思っているのだろう。自分の両親がそうしたように、エミもまた自身の身を国のために捧げ、全身全霊をかけて、その責務を全うすることだろう。
エミという人間をある程度理解はしてはいるが、未だその感覚に疑問を抱くナツメとサツキは怪訝そうな顔をする。
それからアカデミーの門をくぐり、学園長室を目指し校内を歩いていった。しかし、アカデミーの校内は人気の無い静かさを醸し出していた。
「やけに静かだな。今日は休みなのか?」
「えぇ、そうよ。今は春休み中。明日入学してくる学生のためにさまざまな手続きの処理に学園長含め、国の機関は追われているんでしょうね」
春休みという言葉は、なんとも身近に感じるナツメたち。
つい昨日まで元居た世界では春休みだったため、タイムスリップしたような気分だった。
アカデミー内の建物の構造は特に凝った様子は無く、シンプルなものだった。
中庭には飼育室のような建物や花壇があり、教室らしき部屋には後段が高くなった席と、無機質の四角い枠が各席に設けられていた。
『あの四角い枠はなに?』
「あれは紙の代わりになる物よ。サツキが最初、私に事情を説明するために紙に書いてくれたけど、普段は紙に書くことは滅多に無いの。あの四角い枠にアルテでノートを生成させ書き込み、解除するとエンプティを知識と共に体内及び脳に取り込むの。そうすることによって、一言一句間違うことなく脳で理解することができるという仕組みよ」
『よくできているんだね。でも私だったら眼前にそれ相応のアルテを生成して、視覚で得た情報をそのまま脳に送るかな』
またも常人離れした発想と、それを難なくやってしまうであろうサツキにエミは乾いた笑いしか出ない。
傍らでサツキの考えを聞いたナツメは、「おれなら聴覚にそれ相応のアルテを生成して、寝て授業を受けるけどな」と、サツキ以上の常人離れした発想をしていた。
それからも気になることはエミに聞いては、『私だったらもっとこうする』というサツキの意見にいちいち驚きながら、学園長室の前まで来た。
エミが数回ノックすると、「どうぞ」と応答があり、学園長室の扉を開けた。
その先はデスク上に山積みになった書類が目の前を埋め尽くしていた。
「あら、エミじゃない。どうかしましたか?」
山積みになった書類からひょっこりと顔を出した人物は、齢60くらいだろうか、白髪交じりの髪を後ろで束ね、シスターのような黒い修道服を身に纏っていた。
話の大筋を決めていたらすっかり遅くなりました。
日を跨ぎそうだったので、少なめに書いております。
次回はちょっとしたバトルを予定しておりますので、戦闘シーンがお好きな方はお楽しみに!
初の戦闘シーンを描写するので、これまた表現がおかしいところが多々出てくるかもしれませんが、ご了承ください。
更新時間は夕方を予定しております。
よろしければ、次回もご愛読いただければ幸いです。