アカデミー
今回は予告通りアカデミーの話をメインに書きます。
小戯れた喫茶店に入ると、外の看板同様、店内のところどころに動物の木彫りが飾ってあった。
「あら、エミ。いらっしゃい」
「こんにちわ、レイナさん」
どうやら行きつけというだけあって、店の人と顔見知りのようだ。
レイナさんと呼ばれた女性はエミに気がつくとニッコリと笑って呼びかけてくれた。
見た目は二十歳くらいだろうか、亜麻色のロングの髪を下部分で束ね、薄化粧した上品な顔立ちに膝丈の黒のタイトスカート、白ワイシャツ、黒ベスト、ストッキングにローヒールと完璧な正装だった。
「そちらの方々はエミの.......お友達?」
ナツメとサツキに気がつき、レイナは驚きの色を示す。
「ええ、こっちがナツメで、この子がナツメの妹のサツキです」
「はじめまして」
(ぺこり)
「あらあら、まぁ!はじめまして、ナツメくん、サツキちゃん。どうぞ、ゆっくりしていってね」
「あの、どうかしましたか?」
ナツメはレイナの表情を読み取り、不思議そうにレイナに問いかける。
些か呆気にとられるも、嬉しそうにレイナは答えた。
「ふふ、あのね?エミが初めて友達をお店に連れてきてくれたのが嬉しくって」
世話の焼ける妹の話をするみたいに心配するようで優しさのあるその表情は、姉の顔そのものだ。
傍らでレイナの内心を察したエミは、まくし立てるように慌て取り乱す。
「も、もぉ!レイナさん!余計なことはいわなくていいですからっ!」
そう言って、レイナを店の奥へ奥へぐいぐいと顔を真っ赤にしながら何かを誤魔化すように、押しやっていく。「ご注文がきまったら教えてね」と、肩越しに振り向きながらエミにされるがままに店の奥へと消えていくレイナ。
店の奥から戻ってきたエミは「ふぅ....」と一息き、瞳の奥に安堵の色を滲ませる。何事かとナツメとサツキは怪訝そうな表情でエミを見るが、そんな視線はスルーして空いてる席を見つけると、おかまいなしに座るエミ。
「さて、なに頼みましょうかしら」
「おい、いいのかよ.....」
「ん、なにが?」
焦点を失ってほうけた目をするエミは、さも「なんのことかしら?」と惚けた。そんなエミの気持ちをなんとなく察したナツメは一度深いため息をつき、席に着く。
そのあと、適当に飲み物を注文し、注文に伺ったレイナがニコニコと嬉しそうにやってきて、それに顔を真っ赤にしてわー!わー!と騒ぎ出すエミを、まぁまぁと落ち着かせようとするサツキと、先ほどより一層深いため息をつくナツメ。
また、注文の飲み物をうきうきした気分を隠しきれないような顔つきのレイナが持ってきて、更にわー!わー!と騒ぎ出すエミを、(言うことを聞かないなら子には物理で)と縄のアルテを生成するサツキと、「いい加減お前ら落ち着けよ」と出口を持たぬ怒りを全身に閉じ込め、小刻みに揺れているナツメ。
そんなことがあったりして、落ち着きを取り戻したエミが話を切り出す。
「それで、あなたたち、これからどうするの?」
「どうするって聞かれてもなぁ....。元の世界に戻れるなら、そうしたいのは山々だが」
「まぁ、簡単にはいかないでしょうね」
「だろうな」
非現実的な方法で、異世界に迷い込んだことを理解した時点で、その希望は望み薄だと理解していた。
「だから、どうするかと聞かれても、おれたちに選択できるほどの選択肢は持ち合わせてないわけだ」
「そうよね。だから、そんなあなたたちに一つ提案があるわ」
人差し指をたて、初めから用意していた言葉のようにスラスラと語る。
「あなたたち私と一緒にアカデミーに入学してみない?」
「アカデミー?あぁ、奨学制度がどうとか言っていたあれか」
「ええ、そうよ。アカデミーは武術を学ぶために設立された学校のことよ」
武術、それは赤のプレートが証明する才。
幾世紀も前から重宝された続けてきた武術の才を持つ者は、現代において秩序を守るべく国の重要機関に身を置かれるのだと言う。
「さっき、才には関係なしに自由に自分の道をいくことができると言ったけど、武術の才を持つ者においては、それに当てはまらないの」
「言っていることが違うだろ......まぁ、さしずめ、赤のプレートが出るとは思わず、説明を省いたといったところなんだろうが」
「あははは......」
図星をつかれたエミは、困ったように頭を掻いて笑う。
「別にいいさ。それで、武術の才を持つ者は国の宝物ゆえに、アカデミーに入学させなければならない、っていうことか?」
「ズバリ、そういうことよ。ナツメは頭の回転が速くて助かるわ」
武術の才を持つということは、言い換えるならば才を持つだけで、実質的な実力は人並みということだ。そのため、価値ある才を開花させるために設立されたのがアカデミーである。
アカデミーはさまざまな武術を取り入れ、個々に適したカリキュラムを組まれる。そうして武術の才を開花させた者は、お国お抱えの機関に置かれる仕組みになっている。
「だが、そんな国の一存で人生を決められるなんてつまらないだろ。自分の人生だぞ?自由に生きたいとは思わないのかよ」
エミはそんなナツメの言葉に何の話?とキョトンとする。
しばらく固まっていたが、そのロジックが頭の中でカチリと合い「あぁ、なるほど」と理解した。
「なるほどなるほど、そんな考えもあるのね。ふふ、ナツメと話していると色んな発見があるわ」
ナツメの発言をようやく理解できたと、満足そうに頬をほころばせる。
「おいおい、おれたちにとってはそんな考えが普通なんだが」
「そう言われても、この世界では私の考えが普通なのよ。せっかく与えられた天賦の才を国のために役立てることができるのは、家族にとっても自分自身のとっても一番名誉なことなのよ」
「どうにもおれには理解できないな」
「まぁまぁ、いいじゃない。価値観なんて人それぞれでしょ?この場合は世界それぞれ、かな。それじゃ、話の続きをするわね。アカデミーに入学を強制されるのは武術の才を持つ者だけ。逆を言えば、それ以外の才を持つ者及びナツメみたいに才を持たない者は、個人の自由意志で入学することができるわ。もちろん、アカデミーには赤以外の人も多く居るわ。特に橙黄緑の3色が多いわね。理由としてはアカデミーで好成績を残せば国の機関に採用される可能性があるからよ」
あくまで強制されるのは赤のみ。それには差別的な意味が込められているとナツメは感じた。つまりは「国としては武術の才だけあればいい、他は石ころ同然」ということなのだろう。
だが、逆を返せば武術の才を持つ者に国としての存続が掛かっているとも考えられる。国の重要機関というのは何も全てが安全安泰と言うわけでもないだろう。
そんなナツメの考えはエミが発した言葉によって証明された。
「なぜ武術の才を開花させる必要があるかと言うとね、国の仕事には危険を伴う仕事もあるからよ。私はまだアカデミー在学だから、詳しい話はわからないんだけどね」
エミは哀愁が募る表情で呟いた。
「昔ね、私の両親も国の重要機関で働いていたの。生まれつき武術の才に恵まれてアカデミーを好成績で卒業して、未探索地域の捜査員として配属されていたわ。赤の中でも一流の赤のみが配属される機関と名高いだけに、周りの期待も高かった。両親はそれに応えるように常に最前線で活躍していたわ。未探索地域は国から離れた場所にあるから、両親が何日も家に帰らないことは良くあったわ」
「でもね...」と言葉を詰まらせると同時に、透明な二粒の水滴が瞬きと一緒にはじき出された。「ご、ごめん...ねっ」はじき出された水滴を拭うが、その瞳の奥から悲しみの色は消えない。
「いつものように出かける両親を見送った私は、また数日したら元気な姿で帰ってくるだろうと思い、いい子にして待っていたわ。けれど、何日も何週間も待っても両親は帰ってくることはなかった。帰ってきたのは母が身に着けていたネックレス、ただそれだけだった」
胸元から赤いネックレスを取り出すと、涙と一緒に突き上げてくる呼吸を、唇を堅く結んで押さえつけながら、それを見つめる。
「国のせいで両親が死んだんだろ。それなのに、なぜ国を恨まない。なぜ国のために、名誉のために自分を差し出すことができるんだよ」
理解できないエミの考えに、じんじんと音を立てて湧き上がる怒りをぶつける。
涙を押し込めるようにぐっと表情に力を入れて、エミは声を振り絞った。
「ナツメが言いたいことは理解できるわ。でも.....私は見てみたいの。両親がどんな所で仕事をして、どんな光景を見てきたか。なにより、両親の死を無駄にしないために」
断固として初心を貫徹する決意を固める表情をするエミの瞳には、先ほどの悲しみの色は見えず、何者にも臆さない真っ直ぐな瞳になっていた。
「なんとなく、エミという人間がわかってきたよ。こりゃ、とんだ変わった者だな。いや、この世界ではおれたちのほうが変わってるのかもな」
(こくこく)
ナツメとサツキは互いに顔を見合わせ、口元を少し嬉しそうに歪める。
「あっ、ごめんね!?いつの間にか私の話になってて......。あれ、どこまで話したかしら?」
「気にすんな。おかげで色々と理解できたし、なによりエミのことを知ることができたし、な」
(こくこくこくこく)
そういってまたサツキと顔を見合わせ、悪戯っぽくニッと笑う。
「もぉ!私で遊ばないでよ!それにサツキは必要以上に同意しすぎよ!?」
どこか嬉しそうに怒るエミの目じりには先ほどの雫は見当たらず、力ない歪んだ微笑を口の辺りに浮かべていた。
「えっと....そうそう、アカデミーと国については大体話したわね。それでねサツキ、あなたは赤だけど絶対アカデミーに入学しないといけない、ってことはないわ。異世界から来たというレアなケースだけに、国には知られていないから。それに、さっき私が話したように危険な仕事に及ぶかもしれない。だからサツキには―」
エミの言葉はサツキの指先によって遮られていた。
『ありがとう、エミ。でも大丈夫。元の世界に戻れない以上、先に進むしかないと思っているから。それにたぶんお兄ちゃんも一緒の考えだと思う』
「は?この声.......ちょっ、サツキ!?え、サツキ!?!?」
「え....え?ど、どうこと....?頭の中から声が聞こえて.....」
『むふふふ、どうやら聞こえたみたい?さっき練習してて、試しに今使ってみたら成功したみたいだねっ。ふふふ』
してやったり!と大満足なサツキ。それにどういうことだ、と説明を要求するナツメに、未だ大困惑のエミ。
どうやらサツキは包丁のアルテを生成したあとに、ひたすら声について試行錯誤していたようだ。
エミの説明によるとアルテは明確なイメージを持たないといけない。ということなら、声の波長の形をイメージすれば、声を生成できるんじゃないのかな...でも、その場合だと空気との整合性がとれないから、たぶん空気中は原理的に無理。だったら直接脳が認識できる範囲にアルテを生成して、脳波に声の波長を同調させることさえできればきっと......
そんな常識では考えられないことを平然とやってのけるサツキに、エミは開いた口が塞がらない。「形ないものを生成するなんて、信じられないわ...。そんな発想だれもできないわよ....」頭からプスプスと煙をあげ、呆然と現実と夢の境にさまよう。
「なるほどな.....よく考え付いたなサツキ。推測だが、声色は小学生のときのままってことは、声色もイメージなのか?」
『そうだよ。4年経った今の声はたぶん声変わりしていると思うけど、それを確かめる術はないから。それに、お兄ちゃんはこっちのほうがいいでしょ?』
「まぁな。その声しかおれも思い出せないし、なによりまたサツキの声を聞くことができて、嬉しい限りだ」
『ふふふっ、お兄ちゃんが喜んでくれてよかった。お兄ちゃんも試しにやってみたら?アルテの生成先を特定すれば1対1で会話することも可能だと思うよ』
「なるほどな。さっきはエミとおれとアルテを2つ生成していたのか。」
『うん、そういうこと』
「試しにやってみるか。んーっと.........『あーあー、どうだサツキ、聞こえるか?』」
『うん、聞こえるよお兄ちゃん』
『おぉ、こいつは便利だな。』
『でしょっ。こっちの世界に居る限り、これで毎日話せるね』
元居た世界でのサツキの夢だった、もう一度声を出せるようになりたいという願いは、異世界で形は違えど、確かに願いが叶った瞬間だった。
意識を現実へと戻したエミは、目の前で繰り広げられている兄妹の和気藹々とした様子に気が付き、仲間はずれは嫌!と言わんばかりに突っかかる。
「ちょっとちょっと!2人だけで楽しまないで私にも教えてよー!」
子どものように駄々をこねるエミに、サツキは、異世界について色々教えてもらったしと、躊躇うことなく丁寧に教えてあげた。
そしてサツキに教えてもらうこと、1時間
「ダメ....できないわ....どうして!?」
『お兄ちゃん、エミはダメな子。諦めよう』
「センスないな、諦めろ」
「ちょっと、2人揃って諦めろって、ひどくない!?」
恩を仇で返すとはまさにこのことだ。
とはいっても、いくらレクチャーしても、できないエミにいつまでも構っていられず、イメージボイス(サツキ命名)はまた後日となった。
どうにか22日に投稿できた!
だがしかし
な、ぜ、か、エミの昔話に........どうしてこうなった。
それにサツキが予定していた以上に天才に....
あるぇ、これナツメ最強になれないんじゃない?
いいえ、絶対最強にしてみせます。
設定がめちゃくちゃになってしまっているかもしれません...
ちょっと1話から見返して修正する箇所が多々あるかもしれません!
その際は後書きでご連絡いたします。
さて、明日は大筋を決めて1話または2話更新する予定です。
もうしばらく、説明話が続きます。
よろしければ、次回もご愛読いただければ幸いです。