8th Card 守りたいもの
『5th Card 狙われた街』から数日が経過した日の話です。
モンスターの大襲撃による混乱は何週間と続いていた。そのせいか、学校は休みとなったままだった。大襲撃の後すぐに、またモンスターが攻めてこなかったことが、せめてもの救いかもしれない。守護者が太刀打ちできないことはないだろうが、そんなおれたちの心配よりも周りへの心配のほうが大きい。まだ復興作業が進む街のなかで、再び戦闘を行うことには多少の気は引ける。
あるとき、雅志は学校が休みであることを言い訳に、西部緑地へ行こうと電話越しに提案してきた。当然、おれは反対したのだが、どうにもあいつには調べたいことがあるみたいで、どうしても行きたいと言ってきた。
まさかとは思うが、新聞の記事のネタのためだろうか。夏休み前に発行する予定の新聞記事のネタは、いつの間にか伊部の案に決まったのだからそんなことはないとは思うのだが、ふと頭によぎった。いまは理由を訊かないでおこう。電話越しではきっと答えてはくれない。それにあいつのことだ。いつか会ったときにでも話してくれる。
そんなことよりも、西部緑地は平和だろうか。雅志を外に出しても大丈夫だろうか。まあ、モンスターが出てしまえば、家のなかだろうが外だろうが、危険なのは変わらない。
エルーに一つ訊いてみることにした。
「西部緑地……おれたちが初めて会った場所のことなんだが、そこへ雅志が行こうと言うんだ。大丈夫だと思うか?」
「モンスターがあの場所に滞在している可能性は低いと思いますよ。けんいちさんがいるなら大丈夫ではないでしょうか」
おれがいるから大丈夫ということにはならないが、ここは、モンスターがいる可能性は少ないというエルーの言葉を信じることにする。そもそもモンスターは人を襲うのに、人の少ないところにいるだろうか。いや、正確なことはなにもわからない。
万が一、モンスターが潜んでいた場合のために、保険は用意しておいたほうがいいだろう。
「なら行くか」
雅志に電話越しにそう伝える。
「ありがとう! 剣一がいてくれたら怖いものなしだよ!」
調子のいい奴だ。電話を切る。そして別のところへ電話を掛けることにした。
新聞部の三人とエルーが一箇所に集合した。学校から少し離れた場所だ。まさか伊部までいるとは知らなかった。全員が集まったところで移動を始める。
校門の前の道を素通りし、西部緑地のなかへ入っていく。この前よりも、草木が生い茂っていた。
雅志に近づいて小声で話しかけた。
「伊部まで連れてきたのか」
状況を考えれば、外へ出ることは決していいことは言えない。街中へ行けばモンスターに遭遇する可能性はゼロではないのだ。西部緑地は街中ではないが、それでも伊部のことを想うのなら外へ出してやるべきではないだろうに。
「モンスターの解放された原因が知りたくなってね。それで今回出かけることにしたんだよ。そのことを里花に話したら、彼女もそれが気になったみたいなんだ」
「だからといってなあ……」
「でも本当はね、里花と二人だけで会いたかったんだ。ぼくの想いを打ち明けたかったよ。でもそれをやると、まるで剣一のことを信じていないみたいで嫌だった。だからそれはやめにしたよ。いつかみたいにみんなで調査することにした」
「どうして告白することがおれを信じていないことに繋がるんだ」
「なんだかね、いまそれをやらないともうできない、みたいな感じがそうとも捉えられるかなって思ったんだ。別にいま言わなければならない必要性はないからね」
必要性がないかどうかはわからない。モンスターに襲われずとも、人間は今日か明日には死んでしまうかもしれない生き物なのだ。言えるときに言いたいことを言うことは間違いではないだろう。
「人間、いつ死ぬのかなんてわからんもんだ。生きているうちにやりたいことをやっておくって考えがあってもいいとは思うぜ」
「そうさ。だからぼくはこのメンバーで会うことを、最終的に選んだのさ」
こいつはおれのことを信じている。だから、伊部へ想いを告げることを延期することにした。ならば人として、友人として、おれはこいつの気持ちに答えてやるべきなのだ。それなのに、おれの役割は人間を守ること。こいつらだけを守ってやることはできない。
もし二者択一を迫られたとき、雅志と伊部の命か、全く知らない他人の命のどちらを取るのか迫られたとき、おれはどう決断すべきなのだろう。
「ごめんね、剣一。プレッシャーになっちゃった?」
「別にそんなことはない」
いまそのことを考えるのはよそう。後ろで伊部と会話しているエルーに声をかけた。
「エルー、モンスターを封印していた場所はどの辺りだ?」
「はい、この奥になります」
この辺りはエルーがモンスターから逃げていたところだった。ふと思ったのだが、おれと雅志が先頭を歩く意味はあるのだろうか。
「うっ……」
雅志の顔が引きつった。
「なにかあったか」
「どうも嫌な感じがする」
なにも感じないおれが変なのだろうか。エルーは平然としている。だが、伊部を見てみるとあいつまで表情を曇らせていた。しかもその場から一歩も動こうとしない。一体どうしたのだろう。
「ここです」
そこは、折れてしまった人間より頭二つ分ほど高い塔以外にはなにもないところだった。ただ、どことなく近寄りがたい雰囲気はあるかもしれない。それを、二人は感じ取ったということなのだろうか。
「雅志、調べてみよう」
「あ、うん」
おれと雅志は塔のほうへ近づいた。
「この塔はどういう役割があるんだ」
「それは外側からの封印を担うものです。私の力が弱まっているときに助けとなります。塔が壊されたことと、私の力が弱まっていたことが原因で封印が解かれてしまいました。
人がその塔に近づかないように特別な施しがされています。この塔から、なにか近寄りがたい雰囲気が伝わってきませんか?」
なるほど。だから雅志や伊部はここへ近づくことに抵抗を感じたわけなのか。ではどうしておれは割りと平気なのだろう。守護者の力を持っているからと考えるのが妥当か。
「大丈夫か」
「……うん、大丈夫」
全然そうは見えないぞ。しかし、それでも雅志は倒れた塔を調べていた。おれはなにを見ればいいのか全くわからないため、雅志の行動を見ることにした。
「ううん、これどうやっても人為的なもので壊したようにしか見えないんだよなあ」
雅志が塔の折れた部分を指した。人がやった場合とそうでない場合との違いがよくわからない。
「どうしてそう言えるんだ?」
「だってこれ、ハンマーかなにかで壊した跡だよ。自然に壊れたにしてはこんな跡つかないだろうし。もし雷とかで壊れたなら、焼けた跡があるはずなんだ」
誰が、一体なんの目的でモンスターを解放したのだろう。あんなやつら、飼っても可愛くないだろうし、なにより手懐けることなんて普通の人間には不可能だ。その前に殺されてしまう。目的が分からないうえに正体不明となると、もしかすればモンスターよりも恐ろしい存在かもしれない。
そんなことを思っていると、別のある考えが浮かんできた。これが実現してはまずい。できることなら、おれの空想の世界だけで終わって欲しいものだ。それを確認するために、あえて口に出してみる。
「他の封印場所が、そいつによって解放されるなんてことは……あるか?」
「もし場所を知っているのなら、有り得るかもしれませんね」
やはり可能性はあるよな。そもそもこの場所を知っていて、他の場所を知らないとは限らない。しかしそれをわかっていても、おれたちは未然に防ぐことはできない。他の封印場所を探す他ないのか。封印場所は離れている。すぐに見つかるわけではないだろう。
たとえ、封印を解こうとする人間やモンスターが現れたとして、人間のほうはどうにかなるだろうが、モンスターの場合ならどうする。モンスターを一網打尽? 場合によってはそれも可能かもしれないが、酷く楽観視しているとしか思えない。ならば、これが正しいとは思えないが、人間が襲われそうになったときだけ動くしかない。
「とりあえず、いまは、おれたちがモンスターと戦うことでなんとかするしかないか」
「おれたち?」
雅志が訊いてきた。
「おれや絢十、あと瀬戸っていう守護者だよ」
「あ、ああ。なるほどね……」
ん? どうしたのだろう、なにか様子が変だ。そんな疑問を抱かせたまま、雅志は話を続ける。
「うん。しばらくは剣一たちに任せるしかないね。……ぼくたちにできることは、なにもないかもしれないけど」
雅志の言うとおり、二人にできることはないだろう。なにせ当事者ではないのだから。モンスターの標的という視点から見れば、ある意味当事者かもしれないが、そんなことを言ってしまえば誰もが当事者になってしまう。
「二人は、もう関わらないほうがいい」
二人のためであると同時におれ自身のためでもあるのだ。助けようとしてくれる気持ちはありがたいが、踏み込み過ぎてもしものことがあった場合、おれは自分自身を呪うであろう。
「そうだよね」
それだけ言うと、雅志はおれの横を通り過ぎていく。
「里花、帰ろう」
「もういいの?」
伊部の隣まで歩いた雅志は足を止めた。
「……うん」
雅志は再び歩き出した。伊部はそのあとを追おうとする。
「木崎くん、エルーちゃん、またね」
伊部は早口に言って、雅志のところへ向かった。
なんとも後味が悪い雰囲気だった。
「なにか間違ったことを言ったかな」
「そうですね、間違ってはいなかったと思いますよ。ただ、正直過ぎました。それと、まさしさんは、けんいちさんと行動できると期待に近いものを持っていたように思えます。まさしさんも、役割が欲しかったのかもしれませんね」
そうか、そういうことか。
雅志は伊部に好意を寄せている。あいつのおかしな行動は、好きな人を守りたいが故の悔しさから来るものだったのだ。だからこそ、あいつは無茶をすることも否めない。守る力がないくせに下手なことをされるくらいだったら、やはりストレートに言って間違いはなかっただろう。
「これでよかったんだ」
おれ自身そう言ったものの、どことなく自分に言い聞かせているのはどうしてだろうか。
「けんいちさん、しばらくここで調べますか?」
思わず苦笑いしてしまった。調べるというのはおれの役割ではない。雅志の役割だ。おれにできないことというわけではないが、やるなら雅志が適任だと思っている。
おれは頭を振った。
「おれたちも戻ろう」




