7th Card 信じてみる
前回現れた守護者、瀬戸の話を聞いた木崎は再び役割について悩みます。
おれに、人を守る役割を背負う力はあるのだろうか。
逃がしてしまったモンスターのせいで、つまりはおれのせいで、関係のない人間が傷ついてしまった。おれではない人間が傷ついた。その時点でおれには最早、人を守る資格なんてないのかもしれない。これが普通の役割ならば、自ら役割を放棄することもできたであろう。ところが、おれの場合だとそれをすることはできない。自分の過ちを背負ったまま、役割を果たしていかなければならない。
そんな重たい役割を背負い続けることがおれにできるのか。おれに相応しいのか。
家に帰ると、古代人が見ていた番組で、街にモンスターが襲撃してきたことがニュースとして大きく取り上げられていた。しかし、目撃証言があいまいで、情報としては使えないものばかりだった。警察も動き出している。さすがに亡くなった人も多かったので、当然と言えば当然のことであろう。
絢十の話によると、あの警察官はなんとか助かったそうだ。それを聞いたうえで学校へ向かったのだが、どうやらモンスターが街へ襲撃してきたことにより、しばらく休校となってしまった。生徒を外に出させるのは危険、という判断なのだろう。欠席扱いにならなかったのがせめてもの救いだった。
「大丈夫でしたか」
「一応な」
「ニュースを見て、私もなにかできることはないのかと思いましたが、場所がどこかわかりませんでした」
あの場所へ行かなくて正解だっただろう。警察官一人を守るのも大変だった。
「なあ、守護者は何人いるかわかるか?」
「たしか、四人だったかと思います」
「四人か」
多いか少ないかと人に尋ねられたら、きっと「少ない」と返事が来るだろう。だが、おれにしてみれば二人以上の時点で多い。役割は何人も同じというのはおかしいと思う。特に、その活動場所が近ければ近いほど。
「もしや」
「ああ、一人増えたぞ。しかも女だったよ」
「それは心強いですね」
苦笑いするしかなかった。
「どうしました? ため息なんて……」
気づかないうちにため息までついていた。
「別になんでもない」
古代人に話して解決することでもないだろう。おれはただ、与えられた役割をやっていけばいい。そう自分に言い聞かせた。
「けんいちさん、もしかして悩んでいますか、役割のことを」
「……いや」
見抜かれている。それでも、おれは素直に認めようとはしなかった。
「けんいちさんは、守護者の役割が自分一人でいいと思っているんですか?」
「そんなことはない。そうじゃなくておれは」
言いかけて、自分が否定したはずの問いかけを認めてしまったことに気がついた。もう隠し続けるのもばかばかしいので話すことにした。
「おれはただ、自分以外にその役割に相応しい人間がいるのなら、そいつに任せればいいと思うだけだ」
「自分が守護者の役割に相応しくないと思っているんですか?」
「ああ」
「どうしてですか」
「さっき話した新しい守護者、そいつの親しい人間がモンスターに殺されたんだ。おれが、逃がしてしまった例のモンスターによってだ。おれが役割に相応しい人間なら、そんなことはなかったんじゃないかと思えてくるんだよ」
「それは……自分に厳し過ぎではありませんか」
たしかにそれもあるだろう。しかしおれはいつも、可能性に裏切られてきた。「もしかしたら、自分にできるかもしれない」という言葉を信じて挑んできたものは、おれ以外の人間によって達成されてきたのだ。それを繰り返されていくうちに、いつしか努力を恐れる自分が現れた。その結果がこれだ。
「そうかもね。でも、守護者の役割っていうくらいなんだから、多くの人を守らなくちゃいけないだろ?」
「はい」
「なら厳しくもなる」
「守護者というのは、人間全体を守ることを役割としています。だから……」
古代人は酷く言いづらそうにしていた。なんとなくその理由を察した自分がいる。
「多少の犠牲は仕方がないことなんだと思います」
つまりは、いくら犠牲を出そうとも、それより多くの人間を救うことができれば正義ということになる。その考え方はあまり好きではない。
「でも! 私はその考え方に納得できません」
古代人もおれと同じ思いのようだ。先ほどの発言はこの古代人自身の考えというわけではなく、守護者の役割を創った者の考えを読み取ったもの、ということなのだろう。
「私には、けんいちさんが役割に相応しくないとは思えません。けんいちさんのその姿勢、その心構えなら、大丈夫だと私は信じています」
「これから、また同じ役割を背負う人間が増えたとしても、か?」
「けんいちさんが、その思いを曲げなければ」
本当にそうなのだろうか。この言葉を信じていいのだろうか。仮に、こいつの言葉が本意からのものだとしても、他者から見れば違うという可能性は大いに有り得る。
おれはただ、特別になりたかっただけなのだ。
自分だけの役割があれば、おれは特別になれると思っていた。そして、その役割が自分の居場所を作ってくれると信じていたのだ。
そのことを古代人に話したら、あいつは困ったような笑顔を浮かべて、こう返してきた。
「欲張りですね」
おれはなにも言えなかった。
考えてみれば、彼女には封印の役割がある。それは彼女にしかできない役割だ。しかし自分だけの役割があることは本当に幸せなことなのだろうか。たった一人の役割なんて、自分しかいない寂しい場所しか作れないのではないだろうか。それでもおれは、自分だけの役割を欲したいのだろうか。
そう己に問いかけてみても、簡単に考えが変わるとも思えない。でも、少しは変えたほうがいいのうではないだろうかと思えた。
「すみません」
「なんでお前が謝るんだ」
「私が言えた身ではないと思いまして」
「お互い様ってことでいいよ」
「はい……」
こいつは納得していないだろう。だがこれ以上、この話題を続けていいものだろうか。おれには疑問だ。
おれも少しは前へ歩かなければならない。いつまでも、自分に相応しい役割なのかどうかで悩んでいても、なにも変わりはしない。おれには一歩が必要だ。
エルーへ向けた言葉、精一杯考えた言葉ではあったが、それを発してみると随分安っぽく聞こえた。
「信じてみる、エルーの言葉を」
そして、おれ自身の可能性も。
「けんいちさん……いま、名前で呼んでくれましたね」
無意識に名前を呼んだというわけではなかった。多分、自分のなかで、エルーを認めようという感情が働いたのだろう。エルーのこの言葉に対して、素直に答えてやることはできなかったが。
人が助けを求めている声が聞こえた。またモンスターが現れた。
「役割、果たしに行ってくる」
「私も、けんいちさんが役割を果たすところをこの目で見届けたい。これからも、私はあなたの戦いをそばで見ていきます」
おれはその言葉に対してなんと言って返せばいいのか、すぐには頭に浮かんでこなかった。言いたい言葉もいくつかあったことにはあったが、人がモンスターに襲われている以上、なにを言うのか考えている時間はない。半ば無視する形で家を飛び出してしまった。
機械仕掛けで動く人形を思わせるモンスターだ。黄土色の頭に感情なんて欠片もないような真っ黒な二つの目を持っている。
そんなモンスターが自身の掌を建物に向けると、少し時間を置いてからその建物は崩れた。その様子を、離れたところからエルーと共に見ていた。
「あのモンスターは手から衝撃波を放ちます。手を自分に向けられたら、すぐに避けてください」
エルーの説明を聞いて、避けてはいけないのではないかと思うのは気のせいだろうか。そんなわけがない。どう考えても避けてしまえば、そこに被害が出るではないか。
「お前は隠れていろ」
それだけ言って、モンスターへ奇襲をかける。最初の一撃は見事に命中した。モンスターが地面を転がっていく。
おれにとって、このモンスターは実に相性の悪い相手だろう。相手に近づいて斬る、おれの戦闘スタイルといえばそれしかない。他にもなにかできることはあるのかもしれないが、おれはそれしかやらない。しかし相手は、敵との距離があろうがなかろうが、自由に攻撃できると思われる衝撃波を放つという。中距離から攻めてくる絢十と戦っているみたいなものだろう。
モンスターに攻撃の隙を与えてはいけない。おれはモンスターが起き上がる前に再び攻撃を仕掛ける。だが、モンスターは起き上がらずに、地面に向けて衝撃波を放った。その反動で宙に舞う。
追撃のためにおれは跳躍するが、やつの衝撃波によって追撃を阻まれてしまう。おかげで地面に叩き付けられてしまった。一つ遅れて、モンスターも地上へ降りてくる。
起き上がると、モンスターがこちらに掌を向けていた。避けるという選択肢はあるが、それでは他への被害が及んでしまう。いまのおれ自身のダメージなら、耐えることも不可能ではない。連続で耐えるのは難しいが、一度だけならできるはずだ。
衝撃波。刀と全身でそれを受け止める。
なんとか持ち堪えてはいるが、足が地面を滑っていく。それでも歯を食いしばる。そんなおれに対して、やつは両手から衝撃波を放ってきた。単純計算で二倍の衝撃波。かなり耐えるのが辛い。しかし、これをやめるわけにはいかない。ここで防ぐのをやめてしまえば、また後悔することになる。おれが守護者であるなら、その役割に相応しくありたいと思うのならば、負けられない。
おれの左手に、黒のカードが握られる。それを使うことにした。
手からカードが消えると、おれは瞬間的にモンスターへ近づき、そして真一文字に斬り伏せる。いつもこうやってモンスターに攻撃していたのだろう。黒のカードを使って意識が飛ばなかったことなんて初めてだった。
振り返ってみると、モンスターが立ち崩れていた。そこまで相手にダメージを与えていたわけではない。ということは、黒のカードで与えるダメージがより大きかったということなのだろう。
もしかすると、おれの意志に応じて、技が強くなったのか。
そんなことを考えているうちに、モンスターは赤い光に包まれてカードへと変化していた。初めて見る、赤いカードだった。
「けんいちさん」
エルーが駆け寄ってくる。
「攻撃を避けようとしませんでしたね」
どうやら気づかれていたようだ。避けられなかったと思われているのではないだろうか、とも考えてはいたのだが。
「やっぱり、けんいちさんなら相応しいと思います」
そうありたいと思う。少なくとも、一人くらいにはそう思われていたい。
「ありがとう」
でもやっぱり、自分だけの役割が欲しいという気持ちがなくなったわけではないのだ。こういうのも悪くはないかな、と思うようになっただけ、一歩前進したのかもしれない。だとしても、おれは欲張りなままだった。




