5th Card 狙われた街
今回は二部構成となっていてその前編になります。
与えられた役割を果たせる状況ではないなかで、それを果たせないでいるということは、怠けているということになるのだろうか。
どういうわけか、ここ何日かの間、モンスターの行動は見られなかった。平和なのはありがたいが、いずれやつらが人間を襲うことは確実である。所詮は現状なんて仮初めの平和に過ぎない。おれに真の安らぎが与えられることはなかった。
同じ数日の間に、古代人は伊部から服を譲り受けていた。古代人の服装で外を歩くには目立ってしまうというのもあるが、女の子ならずっと同じ服を着ているのもどうかという伊部からの提案でもあった。当然のことだが、おれは女物の服を持ってなどいないし、それを選んでやるセンスも持ち合わせていない。それをわかってか、伊部は服を譲ってくれたわけだ。伊部のセンスのおかげか古代人に似合っていないということはなかった。しかしこの古代人、なかなか外へ出ることはない。まあ、モンスターが出れば一緒に行動することになるわけだから、そのときのためにもらったものと思えばいいか。
朝。古代人は今日も伊部の服を着ていた。
学校へ行く支度が整ったおれに、現状に対する古代人が自信の解釈を打ち明けてくれた。
「もしかしたら、まだモンスターは復活したばかりで充分に力を発揮できないのかもしれません」
それを聞いて、一つ気になることが出てきた。
「モンスターの力はどうやって生み出されているんだ?」
「マナです。能力の発動には、大気中のマナよりも生命に宿るマナを必要とします」
「なるほど……。ん? 能力の発動ってことは、おれがカードを使うのにもマナは必要ってことなのか?」
「そうです」
だから、分身モンスターと戦ったとき、青のカードを使って一瞬力が抜けた気がしたのか。そのマナとやらを使ったせいで、おれに黒のカードが使えなかったのかもしれない。つまり、青だろうが黒だろうがカードを使うのならマナが必要ということだ。それを知らなかったせいで前回の戦いではかなり苦労した。もっと早く教えてくれよ、と言うべきだろうか。
「マナはどうやって、その、溜める、というか、集める、というか……」
くっ、言葉が思いつかない。
「強く、なにかを念じたり、思ったりすることでマナは作られます」
作る、なのか。生命に宿っているものなのだから、溜めるというのは違うか。
「けんいちさんの場合だと、『人を守ること』を強く念じればマナが作られると思います」
いや、そこまでは訊いていない。けれども、知っていて損ではないか。
「ならモンスターは、マナを作るためになにかを念じているかもしれないということなのか」
想像したらなかなか滑稽に思えた。だが、やつらは生命ではないはずだ。生命ではないやつらにマナは作れるのだろうか。
「おそらく、マナを奪っているんだと思います。人間以外の生物から」
「どうして人間から奪わない?」
モンスターは人間を襲うことを本能としている。それなのに、人間を襲わないでマナを得ようとするのはどうにも納得ができなかった。
「モンスターのなかには、マナを吸い取る能力を持ったものもいます。ですがマナを奪うというのは、吸い取る能力とは別なものです。モンスターが人間からマナを奪わないのは、人間を襲うときにこそ能力を発揮したいからではないでしょうか。人々が襲われていない現状から、そう考えます」
彼女の言うとおり、実際のところはよくわからない。ここで議論していても推測の域を出ないのだろう。モンスターの考え方なんて、わかりたくないものだ。
「もしかしたらモンスターが、他にモンスターが封印されてる場所を探してる、とも考えられたりするわけか」
「ええ、その可能性も充分あるでしょう」
「もし封印が解かれたりしたら厄介だな。いまのうちから対策は練られると思うか?」
「難しいと思います。私自身、どこに封印されているのか現在の地形からは判断しかねます」
封印場所がわかってしまえば、モンスターがそこに現れる可能性から対策は講じ易いが、場所がわからないのであればこちらからはなにもできない。結局のところ、おれたちはなにか起きてからでないと行動できないということか。
「おれは学校へ行く。留守番頼むぞ」
「はい。いってらっしゃい、お気をつけて」
この生活にも慣れてきたな、とわずかに思ってしまったが、そんなことはなかった。
通学路を歩いていると後ろから雅志がやってきた。振り返って肉眼で確認したわけではないが、なぜか足音だけで雅志が向かってきているのがわかった。これも守護者の力なのだろう。便利な力だ。
「おはよう、剣一」
「よう」
「守護者の役割は順調かい?」
「そもそもモンスターが現れないんだ」
「なにもニュースがないっていうのは、やっぱりそういうことだったんだね」
「ああ」
「この前話してくれた、金澤くんにもなにもないのかな?」
「多分ないだろう」
特に連絡を取り合っているわけではないが、あいつから変わった連絡は入っていない。
「じゃあ、エルーさんとはどうなんだい?」
「は?」
大分素っ頓狂な声が出てしまったものだ。おまけに雅志の顔まで見てしまったではないか。
「いや、異文化との交流はなかなか大変なものだからね」
「ああ……。まあ、そこまででもない」
あいつは魚料理に戸惑っていたが、それでも苦手とはしなかった。
「仲良くやってるならよかったよ!」
はいはい。別にそこまで仲が良いというわけではない。しかし、反論する必要もなかったのでこの話はこれで終わりにしよう。
と思ったが、このままなにもしないで終えてしまうのもつまらない。雅志に一矢を報いてみたい気持ちになった。
「お前こそ、伊部とはどうなんだよ」
雅志がおれを見てくるので目をそらす。
普段、雅志とこういった会話はほとんどしない。二人とも色恋沙汰には興味を示さない。
「あはは。剣一、気づいてたの?」
否定せずに答えてくれるのが、雅志の良いところだと思う。だからおれも素直に返すことにした。
「うん」
「わかりやすかったかな?」
「うん」
「いやあ、こまったこまった」
困っているふうには全く見えない。
「里花も気づいているのかな……」
「それはわからん」
わからないのは事実だが、気づいている可能性は充分に有り得る。それくらい、雅志もわかっているはずなのだ。おれがトドメを刺す言葉を言う必要はない。
なにかを感じ取った。随分と久しぶりな、それでいてまだ二回しか知らないこの感覚は、間違いなく人が助けを求めていることを知らせるものだった。これを感じ取ったのと同時に、パトカーのサイレンが響いてきた。ついにモンスターが現れたのか。
「剣一、もしかして」
「行ってくる」
おれはすぐさま駆け出した。
パトカーが向かった方向から場所の予想は大体できていたが、やはり街のほうだった。辿り着いた場所は、もはやおれの知っている街とは思えないほど酷く荒れ果てていた。これが全部、モンスターの仕業だというのか。だとしたら、いや確実にそうだろうが、これはたった一体のモンスターがやったことではないだろう。一体で破壊したとしては、随分範囲が広い。まさかそこまで能力の高いモンスターの仕業ということなのだろうか。いずれにせよ、本日の授業は欠席を覚悟しなければならない。
感覚を研ぎ澄ましてみる。先ほどまで強く感じられた、助けを求める声が一気に薄れてしまった。嫌な予感が頭のなかを駆け巡る。そのせいで集中できない。
なにかが近づいてくる気配。おれは振り返る。そこにいたのは、案の定モンスター、ではなくて、傷ついた警察官だった。
「大丈夫ですか」
おれは警察官に駆け寄った。それと同時に、警察官が倒れる。
「早く……逃げるんだ……」
途切れそうな声で彼は言った。
「なにが起きたんですか」
「怪物だ……。あいつらが、街を……」
やはりそうだったのか。
警察官を追ってきたのか、モンスターが前方からやってきた。真っ黒な全身に、目が真っ赤に光っている。また、手が翼と一体化していた。コウモリを連想させるモンスターだ。
こんなときに限ってエルーは家にいる。相手がどんな能力を持っているのか、わからないまま挑まなければならない。そのうえ、こいつ一体ではないはずなのだ。他は近くで見ているのだろうか。
周囲への警戒をしつつ、目の前のモンスターに刃を向ける。すると、モンスターが飛翔してこちらに向かってきた。この警察官だけでもなんとか守り切らなければならない。
向かってくるモンスターに刀を振る。ところが身を翻して左にかわされた。そのまま距離を取られ、再びこちらに向かってくる。
……どうするかな。
頭に浮かんだ作戦をやるかどうか悩んでいるうちに、モンスターの突進がおれに直撃する。ある意味作戦通りではあるが、なかなか行き当たりばったりだと思う。相手に攻撃してもそれが避けられてしまうのなら、敢えて攻撃を受けてやったうえで相手の動きを封じてしまえばいいのだ。
守護者の力がどれほどのものかはわからないが、このモンスターの突進に耐えることは可能だった。この間合いならおれの斬撃は避けられない。二三度、おれが攻撃を加えてやると、やつはすぐに離れてしまった。
このモンスターの能力は「飛行」なのだろうか。断定できたわけではないが、とにかく間合いを取られることは非常に厄介だ。遠距離戦はおれ向きではない。
光弾がモンスターへ直撃した。タイミングがいいと言うべきなのか、それとももう少し早く来てくれよと言うべきなのかわからないが、その攻撃は金澤絢十の登場を表していた。攻撃が放たれた方向を見れば、やはり絢十がいた。しかも、バイクに跨がっている。
「よう。絢十、バイクに乗ってんのか」
「高校生にもなってバイクの一台や二台に乗れなきゃ損だろ、木崎」
なにがどう損に繋がるのかはわからないが、戦い易くなったことは事実である。結局、おれはあいつに頼らなければならないのなら、もういっそ開き直ってやろう。
「絢十、おれがサポートするからお前が倒せ」
「当然でしょ」
絢十の攻撃を敵に気づかせないため、また、負傷した警察官への意識をそらすために、おれは足を動かした。モンスターに近づいてやれば、意識はこちらに向くはずだ。一気に距離を詰める。そのときばかりは周囲への注意を怠っていた。
「木崎、避けろ!」
絢十が珍しく大きな声を上げた。普段クールな絢十が叫ぶなんて、いままで見たことや聞いたことがあっただろうか。それだけで充分よくないことが起きたのだと悟ったが、おれの足はすぐに止まることはできない。間もなくして視界が真っ黒に染まり、全身に衝撃が伝わった。視界を奪い、さらに衝撃を与えてくるという、敵の特殊能力かと疑う自分がいた。実際のところは違ったわけだが。




