51st Card 最後の敵
H.O.P.E.本部。かつてそう呼ばれた施設の階段を駆け上がる一人の少年。通路に明かりはないため、窓から差し込む月明かりが頼りとなる。照らし出された姿は金澤絢十のものだった。彼は幻想を操りし力の化身ファルゲンを打ち破り、上層階で強敵と激戦を繰り広げている仲間のもとへ向かおうとしている。
地上では普久原雅志が解放の力の化身ネオとの戦闘を終え、階上では瀬戸紫苑が人を操る力の化身シオエルドとの因縁浅からぬ死闘を終えた頃だ。残る最後の敵は、最上階にて待ち構えている。
他の二人も最上階を目指しているはずだと予想した金澤は、人間離れした鋭い五感を与える青のカードを使い、仲間の居場所を探ってみる。すぐ近くにいる一人は、階下だということがわかった。そのものは息が荒く、足音から推測するに手負いらしい。金澤は、ついさっき上ってきた階段を降りることを億劫に思いながらも、その人物のもとへ向かう。
普久原雅志が守護者の得物である槍を支えにしながら階段を上っているところだった。
「大丈夫か」
普久原に駆け寄る金澤。普久原は見知った顔に出会えたことで、強張っていた表情から力が抜ける。
「金澤くん。ありがとう……」
普久原は目を伏せる。
金澤は肩を貸し、踊り場まで一緒に上がる。そこで一旦足を止め、話を聞くことにした。上級と格付けされる力の化身と戦ったあとであれば、傷だらけの状態でもおかしくはない。しかし、どうにもそれだけがいまの普久原に及ぼした影響ではないのではないかと感じた。普久原自身、なにかを伝えたい様子でいる。
「どうしたんだ」
金澤は穏やかな口調で尋ねた。
「解放の力には勝ったんだ。けれど、そのあとにシャドウが現れて……」
続けるのを渋る様子を見て、察しがついた。金澤はシャドウと呼ばれるモンスターのことを話で聞いただけでしかない。実力の程は計り知れないが、完全擬態能力という力の持ち主であり、しかも木崎剣一の姿にもなれることは理解していた。
「つまり、カードを取られたのか」
「……うん」
あからさまに気を落とす普久原。金澤はこういったときにかけるべき言葉がわからないし、意味もなく励ますような適当な言葉はかけない。そうなるとこちらが次々に話を振らなければならないことはわかっていた。心中ため息をつく。
「いまはそれどころじゃない。木崎を助けに行こう」
「シャドウもきっとそこにいると思うんだ」
普久原はシャドウが皇帝に刃向かう、異端の力の化身であることを知っている。ひょっとしたら、木崎と共闘しているのではないかと考えていた。しかし、金澤は同じ考えではない。二体の力の化身が木崎の相手をしていると思案したのだ。
「尚更急いだほうがいいな。普久原も走れ」
金澤は普久原に掌を向け、以前自分がしてもらったときのように、マナを分け与える。マナには傷や体力の回復を促進する力がある。マナが多ければ多いほど癒える時間は短縮される。一分近くマナを与えると、金澤は普久原を待たずに上の階へ進んだ。
「あっ、金澤くん!」
待ってくれそうにはない。普久原も急いであとを追う。
階段を上がっていると、同じく最上階を目指していた瀬戸と合流を果たす。彼女は傷を負ってはいるものの、普久原ほど動きづらそうにはしていない。金澤は、
「木崎を助けよう」
と一言だけ伝える。深く問いただすことはせずにうなずき、ついてくる。
普久原は彼女の横に並び、声をかける。
「結局、みんなそれぞれで戦うことになってたんだね」
「うん。金澤くんはファルゲンと、わたしはシオエルドと戦ってた」
「シオエルド?」
「女帝」
普久原は彼女の表情を見て、シオエルドとの戦いで溜飲を下げることができたことを悟る。声には出さずに「お疲れ様」と言った。
最上階まで駆け上がった三人は、一室から力の化身の気配が強く漂ってきているのを感じ取る。先ほどまで自分たちが戦っていた相手とは数段も上回るマナの量に驚きを隠せない。しかし、扉の先に彼と戦っている木崎のことを考えると、黙っていられるはずがなかった。
いち早く扉を開けたのは金澤だ。勢いよく開くと、そこには木崎と彼に瓜二つの顔を持つ男が、大剣を携えた皇帝と対峙していた。
「邪魔ものたちが勢ぞろいというわけか」
エンベイルは、正面にいる二人と後ろの入り口からやってきた三人を交互に見た。
金澤は照準をエンベイルに合わせ、引き金を引く。銃口から光の弾丸が発射し、エンベイルの頬に直撃する。衝撃で首を曲げたが、大きなダメージを負った様子は見られない。
「ぼくも行くよ!」
普久原が槍を片手に跳躍し、エンベイルまで一気に詰め寄る。着地に合わせて槍を突き出した。エンベイルは突きを避け、普久原に念力を使う。普久原の身体は捕まり、木崎に向かって飛んでいく。木崎は普久原を受け止めるが、勢いが強すぎて二人とも倒れてしまう。
「いてて……。剣一、大丈夫かい?」
後頭部をさすりながら、普久原が尋ねた。
「お前のほうこそ大丈夫か」
木崎は愛想なく返したが、そんなやりとりでも普久原は頬笑んだ。しかし、目線の先に木崎の姿をしたシャドウがいたことで表情が一変する。シャドウは自分に向けられた視線に気づき、肩をすくめた。
「二人とも無事か」
「しっかりしてよ」
金澤と瀬戸が駆け寄ってくる。木崎は二人とも戦いを無事に切り抜けたことを知り、内心安堵する。
平穏なひととき。お互いにお互いの無事を確認する。
「大勢集まったところで、我が力に勝てるとでも?」
仮初めの平和はエンベイルの一言によって壊された。木崎たち守護者とシャドウは、手にある武器を構える。彼らは扉を背に、エンベイルは玉座を背にして向かい合っている。
壁や床には先ほどまでの激闘を物語るように傷や残骸がある。玉座の向こうにある壁には穴が開いており、その周りには小さな火柱が上がっている。壁の穴からは風が吹き抜け、甲高い音が響く。
エンベイルは木崎とシャドウを相手にして戦っていたのにも関わらず、まだ力を出せる余裕を醸し出していた。
「奪われたマナはすべて解放した。神の力はしばらく創れない。ただ、奥の部屋にエルーがいるんだ。多分、そこにドレンもいていまもマナを吸収されているはずだ」
木崎は刃をエンベイルに向けたまま三人に話す。
「早く助けてあげなくちゃいけないけれど……」
普久原がその先を言いかける。
「まずはやつを倒さなきゃいけないってことか」
瀬戸の目つきが鋭くなる。力の化身を倒すと決めたときは、いつも同じ表情をしていることを彼女自身気づいてはいない。
「オレたちであいつを倒すぞ」
金澤が引き金に指をかける。
そのとき、エンベイルの左掌が木崎たちに向けられる。それがなにを意味するのか知っている木崎は、声を大にして叫ぶ。
「散れ!」
エンベイルの念力を固まっているときに受けるのは最悪の事態であることを、木崎は身を以って理解していた。この一声のおかげで一同は四方八方に分かれ、誰も拘束されずに済んだ。もしも念力を受けていたら、だれも動けない事態になっていたことだろう。
エンベイルは標的が分散したことにより、だれを狙うべきか一瞬迷う。大剣を捨てることによって両手を空け、左右にいる守護者に向けて念力を飛ばす。金澤と瀬戸が捕まった。
二人は念力から抜け出すこともできず、エンベイルによって攻撃の道具とされてしまう。金澤は木崎のほうへ、瀬戸は普久原のほうへ、それぞれ飛ばされる。
唯一攻撃を受けなかったシャドウだが、すぐに攻めることはなかった。自分を援護してくれる存在がないため、機会を窺っている。
木崎と金澤、普久原と瀬戸がぶつかったとき、エンベイルの左右の手から放たれた念力が四人を捕らえる。エンベイルは彼らを使ってシャドウに攻撃することを考えていた。広げていた両手を交差させると、左右の守護者は中央のシャドウへ引っ張られる。
「待ってたぜ、このときを!」
シャドウは跳躍しながら姿を変える。ライオンに似た姿の、雷を操る力の化身ガミオに変身したのだ。エンベイルの両手は四人の守護者を捕まえているため空いていない、この機会を利用して攻撃してしまおうという作戦に出る。
ガミオ=シャドウの身体が光を帯びる。稲妻が所々を駆け巡り、一秒も経たないうちに全身を稲妻状に変化させた。そして、目にも止まらぬ速さで四人の守護者との衝突を回避し、エンベイルに突進を食らわせた。腹部に一撃を受けたエンベイルは体勢を崩し、後退りする。木崎たち守護者の拘束は解かれた。
「……まだまだ、これしき」
エンベイルは腹部を押さえ、五人に赤い瞳を向ける。彼の攻撃の道具にされた守護者の四人は立ち上がり、すぐさま構える。エンベイルは肩で息をしている。
ガミオ=シャドウは着地すると、ガミオの姿から元の真っ黒な衣に包まれた姿に戻った。漆黒のフードの奥に潜んだ顔は深い闇に閉ざされていて見えない。
「いまだ、攻撃するぞ」
木崎の言葉に、三人はうなずく。それぞれの手には黒のカードが握られている。
普久原雅志は槍でエンベイルを突いて空中へ飛ばし、跳躍して貫く。天空突破。
瀬戸紫苑は長刀と自身の腕に力を込め、落下してきたエンベイルに向けて得物を振る。タイタンハンマー。
金澤絢十は照準をエンベイルに合わせ、瀬戸が離れたところを見計らって引き金を引く。銃口から巨大な光線が吐き出され、エンベイルに直撃する。ラストシューティング。
木崎剣一は一瞬の速さにしてエンベイルとの距離を詰め、その勢いのまま胴体を斬り、通り過ぎていく。瞬速斬。
四人の必殺技をすべて食らったエンベイルは、足元のおぼつかない様子でいる。牙を剥き出しにし、憎らしげな目で正面にいる敵を見ていた。
「おのれ……」
唸るような声を出し、その手にエンベイル自身の武器である赤い光の刀身の剣を握る。さらに、柄頭と呼べる部分からも赤い光刃を出す。
「許さんぞ」
エンベイルの身体から煙が上がる。黄色の模様が徐々に赤く染まっていく。守護者はどことなく、これが還元の合図ではないことを察した。
「なんだ、あれは……」
木崎は思わずつぶやく。敵の予期せぬ変化に戸惑いを隠せない。
「あれが皇帝の真の姿ってわけだ」
シャドウが剣を構え、僅かに後ろに下がる。
身体はかつて黄色だった部位が完全に赤くなり、頭にあった王冠のような角の長さも増した。エンベイルは、ゆっくりと動き出す。歩くたびに足の着いた場所から小さな火柱が上がり、すぐに消える。怒りの業火を体現する姿へと変化を遂げた。
守護者の四人は攻撃を加えるが、すべて防がれ反撃を受けた。一対四をものともしない動きを見せつける。だが、自身が受けたダメージが相当のものだったため、動きの終わりに息切れを起こしている。
「もう少しで、あいつは倒せる。だから、みんな頑張るんだ」
木崎は肩を押さえながら立ち上がる。その声に応じるように、普久原、金澤、瀬戸も立つ。
四人が攻め入ろうと思ったそのとき、部屋の奥にある扉が開かれ、そこからドレンが飛び出してくる。主君の窮地を悟り、応援に駆けつけたのだ。ドレンはエンベイルの前に立ち、五人と戦う意志を見せつける。
「どけ! これは我の戦い。お前が出る必要はない!」
エンベイルは怒鳴り、退けるよう身振りするがドレンはそれに応じない。強制的に退かせようと掌を向けるエンベイルだが、マナが足りず思うようにはいかなかい。悔しげに己の手を見つめる。
ドレンはそのまま守護者へ向かっていく。木崎は攻撃をかわして斬りつけ、金澤に頭を狙い撃ちされ、瀬戸に床へ叩きつけられ、普久原に貫かれた。ドレンの身体は、黄色く発光を始める。
守護者の四人はドレンを倒すと、エンベイルへの攻撃にかかる。もはやエンベイルに残された体力はなかったのだが、人間に対する憎しみや怒りでもって抵抗を続ける。守護者を一人、また一人と攻撃し、四人を退けたと思った瞬間その言葉は聞こえた。
「皇帝と呼ばれたあんたもここまでだ」
木崎の姿に変身したシャドウは、するりと身を回しながら近づき、守護者の刀でエンベイルを一突きする。そして肩に触れると、さらに刀を奥へ押し込む。
「ついでに、あんたの力もいただくぜ」
耳元で囁くと、シャドウは一気に刀を引き抜き、黙っていても倒れるエンベイルを押した。どさっという音とともに、エンベイルの身体は赤く光る。ついに、力の化身がカードの姿へ還元される合図が出た。
四人が倒れたエンベイルの姿を見つめているなか、シャドウの口の端が上がる。目は細くなり、恍惚とした表情を浮かべている。その手には、一枚の青のカードが握られていることは、彼以外のなにものも知らなかった。




