50th Card 真実
玉座から立ち上がった皇帝の右手が、すっと前に出る。やつの念力が発動される。それよりも早く、おれは左へ動く。初撃を逃れることはできた。皇帝の左手が上がり、二撃目が来る。アウェイクニングで生えた翼をはためかせ、玉座まで向かう。これも捕まらずに済んだ。しかし、すぐに三撃目が右手から放たれる。念力というのは通常見えず、さらに速い。つまり、避けるのは容易ではない。ましてや空中となると尚更だ。そこで、おれは衝撃波の力を使う。その反動を利用して自分の軌道をずらした。翼で回避するよりも予期せぬ動きができたおかげか、回避できた。
「ほう」
敵に感心している場合か、皇帝。距離にしてすでに二メートル。一気に接近し、斬りつける。
がん、と音が響いた。手応えは、ない。
「我に武器を使わせるとはたいしたものだ」
皇帝の手には刀身が赤い光を纏う剣が握られている。先ほどの一撃はそれで防がれていた。すぐに後ろに跳び、距離を取る。
どういうわけか皇帝と剣を交えていたときにマナを感じた。あの剣の光はマナでできているのは見ればわかる。おれが感じたのはマナの中身だ。とても禍々しく、深い闇を感じる。当然普通のマナではない。なんと言えばいいのだろう。まるで、恨みや怒り、そんなものだ。
「感じるか、この剣に宿りし人々の邪念を。我は人間に創り出された最初の力だ。多くの人間に行使された。故に、数多の邪念を吸わされたのだよ」
そう言うと、皇帝の手からその剣が消えた。まさか戦いを放棄すると言うわけではないだろう。構えは解かないでおく。
「君と戦うにはこの剣では相応しくない」
皇帝は玉座の後ろへ手を伸ばす。そこに立て掛けてあった物を手に取る。ぶん、と回し地面に突き刺した。それは刀身が人の身長の三倍はある片刄の大剣だった。ところどころ錆びており、かなり古いもののようだ。
見たことはないが、おれにはその刀に覚えがある。北条が今際の際に言った言葉、あれが本当だとしたら、皇帝が出した大剣は五人目の守護者の得物だ。
「どうしてお前がそれを」
守護者の得物を軽々と皇帝は持ってみせた。おかしい、これは守護者にしか扱えない代物。どういうカラクリだ。
「この得物は、すでに守護者の力を失っている。いや、封印されているというべきか。どちらにせよ、扱うための制約はない」
「封印……?」
皇帝は「封印」という単語を敢えて強調したように聞こえた。おれは過敏に反応しているだけだろうか。
「君も察しがついているのではないか。これは封印の力によって、守護者の力を封印された得物なのだよ」
まさか皇帝がエルーを利用して……いや、それはおかしい。エルーが封印の力を使って得物の力を封じ込めたのだとしたら、それをやったのはいつかという話になる。そんなことができるタイミングはなかったはずだ。
「封印したのはこの得物の使い手だった男だ。君に真実を教えてやろう。
我ら力の化身と守護者は激闘を繰り広げた古代。結果は知っての通り我らの敗北だ。だが、ただ負けるつもりはまったくなかった。札に還元された我は、その状態でもなお自我を保っていた。そこで、守護者の一人の身体を乗っ取ることにしたのだ。無論、相手もやすやすと譲ってはくれない。彼が取った行動は、自身の魂に我を封印することだった。我は長き間、守護者の魂に囚われていた。しかしその封印も現代に蘇った臣下の助力によって破られ、我が真に解放されるに至った。
守護者の魂に囚われたせいか、彼の思考を読み取ることができた。我を封印した後に得物の封印をおこなった理由は、守護者の魂が肉体の命尽き果てるとき、その魂が得物に宿るからだ。我を封印したまま守護者の得物になることを拒んだ結果、得物の力を封印せざるを得なかったのだろう」
得物に、守護者の魂が、宿る。だとしたら、おれの刀にも先代の魂が……。思い当たる節はある。何度か見た白い空間。あそこでおれは得物と話した。北条と戦った後、女帝復活を阻止しようと戦った後、そして最初に得物を手に入れたとき。あれは先代の守護者だったのだ。
「さて、これで疑問は晴れただろう。戦いの邪魔をする雑念は消えたな」
大剣の切先が向けられる。空気が変わった。
皇帝が大剣を突き出してくる。一見して大きく、重いそれを素早く操っている。おれは身体を反らすが、連続で繰り出される二撃目を回避することはできなかった。右腹部に斬撃が直撃する。呻き声を漏らしながら左方に飛ばされた。地面に叩きつけられたわけだが、断然大剣の一撃による痛みのほうが大きい。体内の臓器が震えて熱を起こしているようだ。アウィクニングを使っていてもこれほどのダメージを食らうとは。
痛みを堪えながら立ち上がり、三撃目に備える。が、三撃目は来なかった。
「ふむ、まだ立てるか。基本的に守護者は物理攻撃には強い」
皇帝が左手を前に出す。
やられた。大剣ばかりに気を取られていた。
念力で皇帝の攻撃範囲に引き寄せられてしまう。やつは身体を翻して一閃、今度は左腹部に攻撃を狙われた。さすがにもう一度食らうわけにはいかない。おれはなんとか刀で防ぐ。空中だったせいで踏ん張ることはできず、また吹っ飛んだ。しかし、黙ってやられ続けるわけにはいかない。反撃として風の刃を放つ。
「それは、ウェアドの力か」
風の刃は皇帝の前で消えてしまう。遠距離攻撃だと簡単に防ぐ。
空中で体勢を立て直し、再び風の刃をぶつける。今度は複数飛ばした。皇帝を狙ったものもあったが、デタラメな方向に放ったものもある。
「それが君の本気か? だが、甘い」
皇帝は大剣を一振りし、自分に向かっていた風の刃を一掃する。
やった、予想通りだ。
「それはどうかな」
皇帝は勘違いしている。おれは皇帝のみを狙って風の刃を飛ばしたわけではない。皇帝自身に攻撃してしまえば念力や大剣で防がれることはわかっていた。だが、それに紛れて皇帝の後ろにあるカプセルに攻撃したらどうだろう。自分に当たらない攻撃まで防ぎにいくやつはいない。それこそ、守護者でない限り。
作戦通り、マナの入ったカプセルに風の刃は当たる。ガラスが割れ、小規模な爆発が起こる。なかに閉じ込められていたマナが外へ出ていく。
「マナが!」
皇帝は気づいたが、すでに遅い。解放されたマナがカプセルに戻ることはない。マナが出していた光はすぐに消え、大気中に溶けていった。
「これで神の力を創ることはできなくなった。お前の計画もこれまでだ」
皇帝の赤い瞳がこちらを睨みつけてくる。マナがなければ、再び集めるまで神の力を創られる心配はない。この戦いで皇帝を倒す前に完成させることを防ぐことはできた。
せっかく集めたマナを解放されたことで激しい怒りをぶつけてくるかと思ったが、皇帝はすぐに平静を取り戻す。
「……やるじゃないか、人間も。一からやり直しだが、それもまた一興だろう」
大剣を構え直す。
「さあ、かかってくるがよい」
まだ敵に攻撃を当てたわけではない。こちらが有利と言える形になっていないが、それでもいくらかマシだろう。集めたマナがなくなってしまったことは、皇帝にとって痛手なはずだ。
「じゃあ、遠慮なく」
言ったのはおれではない。どこからともなく声がした。聞いたことのある声だ。それでいて不快感が伴う。
おれの視界に黒い物体が映り込んだ。それがくるくると回転しながら皇帝に近づき、攻撃した。よく見ればそれは人の形をしており、手には金色の刀がある。おれの刀と同じものだ。ついでに言うと、姿形もおれと同じ。
「シャドウめ」
皇帝は大剣を振るう。シャドウは跳びながら回転して下がる。おれの隣に並んできた。
「よう、木崎剣一」
相変わらず、自分と同じ人間がもう一人いると気持ち悪い。
「あれ、驚かないのか?」
「お前がアンチ皇帝っていうのは知ってたからな。協力してくれるのか?」
期待はしていないが、皇帝相手に一人で戦うのは難しい。できれば協力してもらいたいものだ。ただ、皇帝を倒したあとでどうなるかはわからないが。
「協力? 違うな。お前が協力するんだよ」
シャドウはおれの反応を待たずして攻め込んだ。
協力って、なにをしろと。
シャドウが進んでいくなか、皇帝は掌をシャドウに向ける。シャドウが攻撃されないように風の刃を放った。見事命中し、皇帝の狙いを逸らすことに成功する。
「良いアシストだ」
これで協力になったようだ。
シャドウは進路を変えることなく皇帝に近づき、斬りつけた。
まさか、皇帝に最初の一撃を決めたのが同じモンスターであるシャドウだとは思いもしなかった。
「一撃決め」
たぜ、と言いかけたシャドウだが、皇帝の大剣により弾き飛ばされる。油断大敵のいい例だ。
「お前は同じ力の化身でありながら、我に刃向かうとは愚かにもほがある」
シャドウの身体が念力の捕まり、宙に浮かぶ。
「くそっ……。おれはお前のやりかたが気に入らねえ。おれは人間のいない世界なんてまっぴらだぜ」
「人間は愚かで自分勝手な生き物だ。我は人間が気に入らん。だから滅ぼす」
おれと同じ顔が苦痛に歪んでいく。さすがに見ていて気持ちのいいものではない。皇帝とシャドウの間に、文字通り割って入る。皇帝は後方へ退いたおかげでシャドウは拘束から解かれる。
「敵であるシャドウを助けるというのか」
「あいにく、いまのこいつは『人間』だ」
皇帝は大剣を横に振る。すると斬撃波がこちらに向かって飛んでくる。アウェイクニングのおかげでわかったのだが、この斬撃波にはマナが込められている。ただの突風なら防ぐことも考えたが、マナが練りこまれているとなると迂闊に手は出せない。おれとシャドウは二手に分かれて回避する。
着地した先で身体が動かなくなった。目だけ皇帝に向けると、掌がこちらに向けられているのがわかった。
身体の自由を封じられたまま、念力でぐいっと引っ張られる。その先にいたシャドウと衝突させられた。おれたち二人はぶつかった衝撃で倒れたが、攻撃の手は緩まない。
「いってぇな、おい。……うわっ」
シャドウが不服を申し立てようとしたとき、おれの背中とやつの背中が密着した。
「おい! 二人とも縛られちゃ意味ねえぞ!」
「わかってる!」
こんな言い争いをしている場合ではない。徐々に息苦しくなっている感じがする。早く抜け出さなければならない。
皇帝の手が、少しずつ閉じられていくのが見えた。念力でおれたちを握り締めようということか。
「おい、シャドウ。お前の力で抜け出せないか。力の強いモンスターに変身するとか……」
「さすがだぜ、おれも同じことを考えた。だがな、エンベイルの力に捕まったら最後、あらゆるものは圧倒されるしかない」
「なんだと!」
「他者に触れることなく圧倒する力、フォース。すべてを封殺する力だ。変身もできない」
おれたちを締めつける力は強くなっていく一方だ。身体中から悲鳴が上がる。このまま黙っていると圧死してしまう。
身体は宙に浮かんだまま、皇帝の前まで移動する。その途中でアウェイクニングの効果が切れてしまい、元の姿に戻ってしまった。
くそ、よりによってこのタイミングで……。
「最期に言い残すことはあるか」
必死に抜け出そうともがいてみるも、状況はまったく変わらない。まさか本当に最期だとでも言うのか。死ぬ。そう思った瞬間が何度かあった。負けそうになったときも何度もあった。その度に、なんとかして切り抜けてきたじゃないか。
まだ手はなにか残されているはずだ。
まだ。
「諦めたまえ。我に囚われた以上、抜け出す術はない」
締め付ける力がより強くなる。
「今回ばかりは皇帝の言う通りだぜ、木崎剣一」
「お前はなんのためにここまで来たんだ? 皇帝を倒すためだろ。ここで諦めていいのか? お前の意志は、その程度のものだったのか?」
おれはまだ諦めない。守護者が諦めたら、いったいだれが人間を守れる。突破口は必ずあるはずだ。
皇帝は目の前にいる。こいつをなんとかすれば、きっと拘束からは解かれる。しかし、身体は大きく動かない。いや、腕だけでいい。それさえ動けば……。それさえ動かせれば衝撃波を撃ち、隙を生ませることができる。
全神経を左手に集中させる。
頼む、動け。動いてくれ。おれはここで、負けるわけにはいかない。旅先で会ったあの人たちの未来を守るためにも、負けられない。そして、エルーを助け出すまでは死ねない。頼む、おれに、力を。
「いい時間稼ぎだったぜ、木崎剣一」
シャドウがおれにしか聞こえないほどの声でささやく。すると、おれの手に、一枚のカードが渡される。これは、解放の力? なぜシャドウがそのカードを持っているのかはわからないが、考えるのはあとでいい。いまはこれにすべてを賭けよう。発動。
カードから光が放たれる。
賭けは、おれたちの勝ちだ。おれたちを縛っていた力から解放され、床に降りる。
「上手くいったか」
おれは青のカードを見つめる。これを使えば、皇帝を倒せるかもしれない。そんなことを思っていると、シャドウにそのカードをさっと取り上げられる。
「おい」
「気にすんな」
皇帝の前で争っている場合ではないが、引っかかることをしてきたのはシャドウのほうだ。しかし、いま皇帝から目を離すわけにはいかない。また念力に捕まりたくはない。
そのとき、部屋の扉が勢いよく開けられた。三人の人影が見える。
「邪魔ものたちが勢ぞろいというわけか」
皇帝が憎々しくつぶやく。
どうやら、最終決戦としての舞台と役者は整ったようだ。




