44th Card 決戦は聖なる夜に
目の前に広がる景色は、どこまでも光輝いている。それでいて、自分の手足だけははっきりと見える。おれ以外には誰もいないこの空間に、以前にも来たことがある。あのときも、ここで会話をした。だから今回はおれから声をかけてみることにした。
「いまも見てるんだろ」
『ああ。こうして会話できる日が再び来るとは』
あまり喜ばしく思っていないように聞こえる。
ここは、おれと守護者の得物の意識が交じり合った世界。以前ドレンの攻撃を受けて、気を失ったことで来たことのある場所だ。
「今度は、マナを使いすぎたのが原因かな」
前回は過剰な量のマナを浴びたせいだったが、今回はその逆だろう。
と、思っていたのだが、守護者の得物からは違う答えが返ってくる。
『いや、今回は伝えたいことがあるから私が呼んだ。守護者として人間を守ることは大いに結構だが、自身が死んでしまっては多くの人を守れなくなるぞ』
怒られてしまった。もちろん、感情を表に出して言われたわけではないが、内容は説教そのものだろう。
守護者の得物が言っていることは正しい。守護者が死んでしまえば守れる人間が減ってしまい、そのぶんだけ人が傷つくことになる。あのとき、北条を倒そうとしてやった行動は間違っていたのかもしれない。
『どう思い、どう行動しようとお前の勝手だ。だが、お前がいなくなることで起こりうる負の側面を考えておけよ』
心を読まれたのかな。でも、たしかに自分がいなくなったらどうなるか、という考え方は欠如しているかもしれない。
「覚えておく」
ふと、せっかく向こうから話しかけにきたのだから、おれからも二つばかり聞いてみようと思った。
「……北条を倒したのは、正しかったと思うか」
『後悔しているのか?』
「わからない。ただ、モヤモヤしていて気分が晴れないんだ」
『彼はあのまま放っておけば確実に人の脅威となった。お前の行動で多くの人が救われたことになる。それに、彼はもう人ではなかった』
「見た目は、な」
『心も、だ。北条颯人は自身の研究を進めたいがあまりに、大事なことを見落としていた。多くの人間を犠牲にしてもいいという考えが、すでに怪物そのものじゃないか。その結果が、いま私たちが会話しているという事実だろう』
北条がモンスターを解放なんてさせなかったら、いまこんなことにはなっていなかったかもしれない。それはその通りなのだが、すんなりと飲み込むことができない。
「彼を人間に戻すことはできなかったのかな」
『不可能だ。自分から怪物になってしまったものは、自らの意志で戻るしかない。それに彼自身、倒されることを望んで現れたんだ。お前は間違っていない』
間違っていない、か。だとしても、この手に残るのはあのときの嫌な感触。
北条がいなくなったいま、彼に代わって別の角度から人間を守ることはできるのだろうか。
「人が自滅の道から守ることって、おれたち守護者にできるのか」
おれとしては、この答えが一番知りたい。
『それはそのときになってからでないとわからないが、私はできないと思っている』
やっぱりそうか。肩を落としていると、得物は続ける。
『守護者の役割は、脅威から人間を守ること。自滅の未来が相手では我々の出る幕はない』
「出る幕はないって、それでも人間の脅威なんだろ?」
『脅威は脅威だが、異質な脅威だな。私たちが戦うべき脅威ではない』
戦えない脅威。だからこそ、北条のような人間が必要だったのではないかと思う。
『破壊の力は人間が生み出したものだが、守護者の力も人間が生み出した。つまり、人間には二面性があるといえる。それを踏まえて考えれば、自滅の道を辿らんとするものもいれば、それを防ごうとするものも現れるということになる』
彼のように、と付け足した。
『ただし、彼はやり方を間違えた。彼は、真の意味で『救済者』にはなれなかったのだ』
「じゃあ、どうすればいいんだ。おれたちは黙って人間が自滅するのを眺めることしかできないのか?」
『先ほどの繰り返しになるが、守護者の役割ではないとしても、守るか守らないはお前の自由だ。君が尋ねたのは、守護者にできるか、ということだろう?』
おれの、自由。
守護者の役割に囚われて考えてはいけない、ということか。守護者はあくまで人間を傷つけることはできないという制約があるが、それを守ったうえでなら自滅の未来から守ることはできる。脅威を倒すことだけが、守る方法ではない。
『自滅の未来なんて確定事項ではない。それよりも先に太陽に滅ぼされるかもしれないぞ』
と、得物は冗談めかす。
「ちょっと暗く考えすぎていたかもしれない」
『そうだな。お前が考えるべきなのは、いまの世界だ。未来はそれからやってくる』
「ああ」
とにかく、立ち止まっている場合ではない。北条が残した言葉も正しいかもしれないが、それに囚われて現実が見えなくなってしまっては意味がないのだ。
『忘れるな、木崎剣一。我々はお前と共にある』
そういわれてみれば、おれたちはずっと一緒に戦いを続けてきている。そろそろ歴戦の友と呼べる頃だろうか。得物が言いたいのはそういうことではないが。
「おれも、死ぬつもりはない」
まだ、この世界を救うまでは、死ねない。
世界が、より一層輝きを増す。目覚めのときは近い。
『行け。お前の役割を果たすために。そして、お前を必要とする人のもとへ』
暗くてほとんどなにも見えない。瞬かせることでようやく視界が慣れてくる。随分と懐かしいものが見える。自室の天井だ。枕元が微かに明るい。火のついた蝋燭がある。その隣でエルーが椅子に座って眠っている。
上半身だけ起こす。痛みはない。北条との戦いの後で気を失い、それから家に運ばれたようだ。
他のみんなはどうしているのだろう。そして、いったいどのくらいおれは眠っていたのだろうか。おれは寝床から出ようとする。
「けんいちさん、目が覚めたんですね」
エルーが目をこすりながら言った。
「大丈夫なんですか?」
エルーが慌てておれを止めようとする。
「ああ、大丈夫だ。それよりみんなはどうしてる」
「みなさんなら居間です」
みんなも無事だったようだ。安堵の息が出る。
「おれはどのくらい眠っていたんだ」
「一週間ほどです」
一週間、と心のなかで反芻する。
長い。それがマナを限界まで使った代償か。たしか絢十も結構な期間、戦いに参加できないでいた。そのことを覚えておくべきだった。
まだ世界があることから時間は残されているのだろうが、それでも一刻を争う事態に変わりはない。ベッドから出てリビングに向かう。
「待ってください!」
と、言いながらエルーが追いかけてくる。待たない。
廊下を歩いていると、仄かな明かりに照らされたリビングが見える。テーブルの上にはやはり蝋燭がある。
足音で、ソファーに座っていた三人が一斉にこちらを見た。
「剣一!」
「木崎」
「やっと起きたんだね」
と、それぞれの声がかけられた。
「すまない、みんな」
「なあに、おかげでこっちも傷を癒すことができたから問題ないさ」
雅志が親指を立てる。
「おれはもう大丈夫。早く皇帝を倒しに行こう」
「言うと思った。こっちはとっくに準備できてるよ」
瀬戸がソファーから真っ先に立ち上がる。それは申し訳ない。
外は冬の匂いが漂っている。多少の防寒は必要だろう。おれたちは着込むと、玄関に向かった。
「ついに、最後の戦いですね」
後ろに立っているエルーが、静かだが力の籠った調子で言った。
泣いても笑ってもこれが最後。きっと、もうチャンスは巡ってこない。扉に手をかける。そのとき、エルーが言う。
「私も、お供させてはもらえませんか?」
突然の申し出に振り返る。エルーも着込んでいた。
「なに言い出すんだ。無理に決まってるだろ」
「私、言いましたよね? けんいちさんが役割を果たすところをこの目で見たい、と。私に封印者以外の役割があるのなら、まさにそれだと思うんです」
人の役割の邪魔をする趣味はないが、言わずにはいられない。
「いや、だとしても今回ばかりは諦めてくれ。お前を守りながら皇帝たちと戦える自信はない」
「つまり、足手まといってことですか?」
そうは言っていないが、そういうことになるのだろうか。おれは答えられなかった。
「木崎はあんたのことを思って言ってるんだよ」
絢十が優しく言う。否定したいところだが、かえって話がこじれると思い黙っておく。
「そうそう。そんな悲観的に捉えないであげて」
と、雅志まで調子に乗って言う始末。
「おい、そろそろ」
その辺にしておけよ、と言いかける。
「いつまで茶番やってんの。さっさと行くよ」
先に瀬戸が急かせた。鶴の一声というやつだろうか、みんな黙ってしまう。
「エルー、お前の役割は、ひとまずこの家の留守番ということで我慢してくれないか」
「……わかりました」
さすがのエルーも食い下がる真似はしない。
「よし、今度こそ出発だ。絶対に、世界を救おう」
おれたちは家から出る。目指すはH.O.P.E.本部だ。
冬の空。月は満月。いつか見たときよりも星は美しく煌めく。そして、オーロラも妖しく輝いている。青のカードを使う必要はない。
走って向かうには近い距離とは言えないが、それ以外に向かう方法はない。スピードアップのカードを途中まで使う。また、途中からはマナを回復させるためにただ走るという作戦で進む。絢十に関して言えば、乗り捨てられたバイクを使って行くこともできたのだろうが、単独で本部に向かうのは危険が伴う。目的地に着くまでは集団で行動するしかない。
ただ暗い夜道を、黙々と進むには寂しすぎる。寒さによるものか、最終決戦を前に控えての武者震いかはわからないが、立ち止まれば途端に身体が震えてしまうのがわかる。多分、四対六で後者の勝ちだ。
戦う前に身体が硬直してしまっては意味がない。どうにかして気を紛らわすために、だれがそうしようと宣言したわけでもなく、声を潜めて会話を始めることにした。
それから三十分ほどが経ってから。
「そういえば、剣一は白のカードをエルーさんに渡したのかい?」
鏡で自分の顔を見たら、きっと間抜けな表情をしているだろう。雅志に言われるまですっかりと忘れていた。
「……本当に起きてすぐだったんだね」
「仕方ないだろ。おれのせいで一週間も先延ばしになったんだから」
「剣一が責任感じることないのに。まあ、エルーさんに渡すのはこれが終わってからってことになりそうだね。でも、クリスマスプレゼントには似合わないかな」
そういえば、北条と戦った夜にもそんなことを話していたか。蝋燭の明かりだけが頼りの部屋で、あと一週間遅ければ良い雰囲気を味わえたのに、と。
「今日はイブか」
「そうだよ。しかも、あと一時間でサンタクロースの就業時間さ」
つまり現在、十二月二十四日の午後十一時。良い子は寝ている時間というわけだ。各ご家庭のサンタクロースも、本来なら準備に取り掛かる頃だろうか。そういえば、しばらくクリスマスプレゼントをもらっていない。最後にもらったのはいつだろうか。
「ぼくたちもモンスターに還元という名のプレゼントを贈り、世界には平和を届けてあげるんだ」
「くっさ」
瀬戸の笑いの壷を押さえたのか、かつてない笑顔を見せている。というか、声が大きい。人がいないからいいものの、普通なら近所迷惑だ。絢十まで釣られている。笑われた当の本人は苦笑い。さすがに同情するが、おれも笑っている。
景色があからさまな変化を見せる。それを見て、笑っている仲間はだれもいなかった。
さっきまで、無人ということ以外はなんの変哲もない住宅や建物が並んでいた。ところがある地点に入ってからは、足元にやたらと瓦礫が増えた。建物は崩れかけているものやすでに倒れてしまったものばかり。無事に立っているものでも黒い焼け跡が目立つ。すでに壊れていて動く気配はないが、戦闘機や戦車といった兵器と思われるものまである。まるでフィクション世界の世紀末を見ているようだ。辺りに目を配りながら走っていると、しまいには歩兵と思われる格好をした人間の骸骨まで見つけた。頭にはヘルメット、肩には自動小銃が掛けられている。
雅志が骸骨のところまで向かい、そこで手を合わせる。手こそ合わせないが、おれも会ったことのないその人を思い浮かべながら悼んだ。性別はわからないが、おそらく彼も守るべきもののために戦ったのだろう。そして、散っていった。そんな人間がいったいどれほどいたのか。
「もう、後戻りはできないな」
絢十がつぶやいた。全員がおそらく同じことを考えている。
ここからは戦場だ。一層気を引き締めて、先へ進む。
ついにH.O.P.E.本部の建物が姿を現したのは、それから三十分後のことだ。同時に守護者の感覚によって、誰かが助けを求める声も同じ方角から聞こえた。この声、エルーのものによく似ているが。
「いま、悲鳴聞こえたよね?」
雅志が確認する。
「ああ。しかも、どこかで聞き覚えのある声だよな」
絢十が応じる。
どういうことだ。あいつは家で待っているはずなのに。嫌な予感がする。
あらゆる残骸を掻い潜って、あるいは飛び越えて、かつての本部の前に辿り着く。天空を彩るオーロラに照らされて、そびえ立つ敵の牙城がおれたちを見下ろしている。おれたちが使っていたときよりも黒ずんでおり、一部は崩れ落ちている。「希望」という名前はすでに過去のものとなってしまったことが見た目からも判断できた。
このまま一気に入ろう。
そう思ったところへ、一体のモンスターが現れる。全身を包帯でぐるぐる巻きにされたミイラのような格好。かろうじて顔に巻かれた包帯の隙間から、紅に光る瞳がこちらを見据えているのがわかる。頭には兜、手には青龍刀のように湾曲した片刃の剣と盾。戦う気は充分ある様子だ。
このモンスターが解放の力。実体化した状態で見るのは初めてだ。名前はたしかネオ。能力はわかっているが、それをどうやって戦闘に活かしてくるのだろうか。
「話は聞いている。お前たちがこの時代の守護者だな」
ネオが少年のような幼い声で言った。初対面なのはお互い様。
「ま、見ての通りさ」
雅志が肩をすくめる。
「それでどうするつもりだ。先ほど神の力を完成させる手筈は整ったというのに」
まさか、とおれたち全員が驚く。
「お前たちの家にいた娘は、僕たちに等しい量のマナを持っている。その娘からマナを吸収してしまえば、神の力を完成させられるほどのマナを手に入れることができるというわけだ」
「お前ら! エルーをさらったのか!」
考えるよりも先に言葉が出た。
ネオはうなずく。
「ヴェルティナのおかげだ。彼女はいま、僕らの手中にある」
頭のなかで勝手にイメージが流れる。家で待つエルー。そこへやってくるヴェルティナ。なにも抵抗できないまま、連れ去られる。
なんということだ。エルーを戦いに巻き込まないよう家に待機させていたというのに、それが裏目に出てしまうとは。
甘かった。
ここでネオと戦っている場合ではない。早くエルーを助けださなければ、あいつのマナは吸い尽くされ神の力が完成してしまう。
「ここはぼくに任せて。みんなは先に行くんだ」
「雅志……」
雅志は前に出ている。本気で、一人で戦うつもりだ。
「早くプレゼント、届けてあげなくちゃね。エルーさんに渡せるのは剣一だけだよ」
雅志は振り返らない。ネオから視線を逸らさないでいる。
「わかった。必ず、勝てよ」
「もちろんさ」
雅志は親指を立てる。
おれと絢十、瀬戸の三人はH.O.P.E.本部の入り口へ向かう。それを阻もうと、ネオが立ち塞がる。進んでいるおれたちも得物を構え、迎撃の準備をする。
が、雅志が槍で薙ぎ倒した。
「言ったはずだよ。君の相手はぼくだ。三人に手出しはさせない」
おれたちを先へ進めようと、今度は雅志がネオの前に立ち塞がった。その隙に屋内に入り込む。
本部のなかは荒れ果ててはいたが、人が歩ける空間ではある。
広いロビーを通り抜ける。電気は通っていないせいで暗いが、絢十が青のカードを使ってくれたおかげでなんとか進むことはできる。
「上だな」
絢十が天井を見上げるとさっさと階段を目指していく。おれと瀬戸も後に続いた。
「まさか、普久原があんな真似するとは思わなかったよ」
絢十がつぶやく。
「ああ、おれもだ」
以前なら、伊部を守ることが自分の役割だ、と言ってあのような危険な真似はしなかったかもしれない。
「あいつ一人で大丈夫かな」
瀬戸が気にかける。
「大丈夫だ。あいつも守護者だから」
と、格好つけて言ってはみたものの、心配ではある。しかし、あいつの意志を無駄にするわけにはいかない。皇帝の野望を打ち砕くためにもおれたちは先へ進む。
一体のモンスターが近づいてくる気配がする。
「気づかれたか」
絢十が舌打ちする。先頭の絢十が進路を変更したのでおれと瀬戸はそれに従う。廊下を通り抜け、別の階段から上がっていく。
しかし。
「思った通り、こっちに来たようじゃな〜」
上の階段の陰からひょっこりと顔を出すファルゲン。口角を上げて、細長い舌を素早く出し入れしている。
おかしい。気配を感じた方角とは正反対に進んだはずなのに、どうして気づかなかった。
「この空間はいまや我輩の支配下にある。守護者の感覚を狂わせることなど容易い」
そうか。いまのおれたちは青のカードによって感覚を鋭くさせている。そのぶん、ファルゲンによって見せられる幻の影響を受けやすいということになる。だから、ファルゲンを察知できなかったというわけだ。
三対一なら数でこちらが有利だが、相手は幻を操る。迂闊に攻めれば同士討ちを誘われる可能性もある。どうやって戦おうか。
「残念だったな。こっちもお前を操ることは容易かったぜ」
絢十が言い放つ。
どういうことなのかわからない。はったりだろうか。すると、
「瀬戸さん、木崎を連れてさっきの階段から上に行ってくれ」
と、小声で言った。
「金澤くんは?」
「それ訊く? 普久原と同じことするんだよ」
絢十は銃口を階上にいるファルゲンに向ける。そして、発射。
「いまだ、行け」
「……またあとでね」
「おい、ちょっと待てよ」
瀬戸はおれの意見を無視して引っ張り、先ほど進んでいた階段に向かう。
「金澤くん、わざと階段を変えたんだね」
絢十はファルゲンの存在を感じ取ったときから一人で戦うつもりだったのだ。別の階段に移動したのも、ファルゲンをおびき寄せるため。
これで戦力が一気に二分の一にまで減ってしまった。
「いま、あいつはファルゲンの幻術を受けやすくなってるんじゃないのか。大丈夫かな」
おれが不安を口にすると、瀬戸は廊下で立ち止まる。
「馬鹿。金澤くんが負けるはずない。あんた親友なんでしょ? 信じてあげなよ」
雅志のときとは正反対な状況だ。瀬戸の言う通り、絢十のことも信じるしかない。
「そうだな」
「そうだよ」
瀬戸は再び走り出す。おれもあとを追い、階段を駆け上がる。
しばらく上っていると、踊り場が瓦礫で塞がれているところへ出た。壊して進むことも考えたが、時間がないので迂回することにした。
ここまでファルゲンから離れると、感覚も戻って来る。上の階にはモンスターが四体いるのがわかる。単純計算で一人頭二体を相手にしなければいけない。やむを得ない状況だったが、戦力を減らしながら進むというのは決して良い策とは呼べなかった。
廊下を通り抜けて階段を駆け上がる。二つ上がった階にモンスターが一体待ち受けているのがわかる。別のルートを進んだところで最終的に倒さなければならないことには変わりない。遭遇したら戦うつもりでそのまま進む。
「この気配……」
瀬戸がつぶやいた。
どうした、と尋ねる前にモンスターのいる階に着いてしまう。モンスターはどこかの部屋に潜んでいるのか、姿は現さない。
瀬戸は足を止め、壁の向こうにいるモンスターを見つめている。
「木崎、先に行って」
おいおい、お前までか。
「一人で戦うつもりなのか」
「そう。倒さなきゃいけない相手がいる」
瀬戸がそこまで言うということは、因縁の相手。女帝だ。
さすがに女帝相手に、たった一人で立ち向かわせるのは認められない。
「女帝はわたし一人で倒したいの」
「でも、以前負けたんだろ」
「あ?」
ああ、しまった。言ってからでは時すでに遅し。
ぎろり、と瀬戸がこちらを睨む。下手をすればモンスターよりも恐ろしい。女性がそんなに眉間に皺を寄せるものではないと思うのだが。
「わたしは、この前とは違う! もう絶対に負けない!」
大声で言うものだから、慌てて静かにするように身振り手振りをする。
「いまさらなに気にしてんの。どうせバレてるって」
それはそうだが。
「それに、他の二人が一人で戦ってるっていうのに、わたしだけあんたと一緒っていうのも変な話でしょ」
それもその通りだが。
なにか言い返したい。言い返したいのだが。
「他の二人のことを信じられたんなら、わたしのことも信じてよ」
結局言い負かされてしまい、なにも返せなかった。
雅志も絢十も一人で戦い、早く皇帝のもとへ行くようにしてくれた。事実、時間がない。みんな一緒になって戦っている場合ではないのだ。
「わかった」
なにも手助けしてやれないわけではない。おれはワインレッドのカード、アウェイクニングをコピーして瀬戸に渡す。
「コピーだから長持ちはしない」
「わかった。待ってて、すぐに追いつくから」
カードを受け取ると、薙刀を片手に瀬戸は駆けていく。その後ろ姿を見届けずに、おれは階段を駆け上がる。
とうとうおれ一人になってしまった。残るモンスターは三体。
おれ一人で、やるしかない。




