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STRUGGLE  作者: 春巻き系男子
36/54

35th Card 背中

 朝に昇った太陽はいまでは傾いている。林道にはわたしが乗っている自動車のエンジン音しか聞こえない。車の窓から覗いてくるオレンジ色の光が眩しい。静かに確実に、夜へと近づいている。一見すると平和な午後でも、わたしたちは怯えたまま、隠れながら過ごさなければならない。世界はおかしいままだ。

 あちこちで異常気象が起こっている。現在の暦は十一月だが、九月の下旬には、すでに北で雪が六十センチほど積もったというニュースを聞いた。南では火山活動が活発になり、噴火している山も多くある。東では大規模な地震が起き、それにより起こった津波で更なる被害が出ている。そして、わたしが住んでいるところから近くにある西の地域では台風が猛威を振るっている。まるで自然がいままでいいように使ってきた私たちに復讐を始めているみたい。そんなことを言う人もいた。でも、実際のところ原因は違う気がする。そして、なにより厄介なのは……。

 住んでいる町でなかなか食料が手に入らなくなって一ヶ月くらい。ちょうど異常気象が目立ち始めた頃だった。現在、町では当番制でいくつかの組が町の外に食料を調達しに行くことになっている。わたしの父親がその当番になったので勝手についてきた。いつまでも家に引きこもり生活を続けるのに嫌気がさしてきたからだ。以前までは、そう、四ヶ月くらい前まではこんな生活じゃなかった。高校に行って、部活をやって、家に帰ってご飯を食べる。ひどくむかしのことに思えてならない。

東華(とうか)、大丈夫か?」

「大丈夫だよ、わたしは」

 窓の向こうを眺めながら答える。そう、わたしは大丈夫。

「まあ、世界がこんなんだと気も滅入るが、こんなときだからこそ前向きに生きないとな!」

 出たよ、父さんのポジティブ精神論。わたしにはついていけない。

「そういえば、さっき食料をもらったときに聞いたんだが、ヒーローが出た地域もあるらしい。うちのところにも来てくれるといいなあ」

 馬鹿馬鹿しい。どうせヒーローと言っても被災地でボランティア活動をしている類の人間のことだろう。そんなものはヒーローでもなんでもない。わたしたちに必要なのはそんな人たちじゃない。例えば、この事態を収束に導いてくれる存在、それがヒーローなのではないかと思う。

 それに、ヒーローなんているわけがない。いるならこうなる前に世界を救ってくれてもいいはずだ。テレビ番組でもそうだが、どうして人類が窮地に陥らないとヒーローは出てこない? それまで黙って待っているのか。だから現実に、ヒーローなんていやしない。父さん、わたしを気遣ったのはわかるけどそんな嘘をつかないでよ。

「ん、あんなところに人がいる」

 運転している父親がつぶやいた。わたしは助手席の窓から視線をずらして前方を一瞥する。歩いている二人の後ろ姿がある。

 こんなところを散歩? こんな状況で?

 頭がおかしいのか世間知らずなのか。どちらにせよ、普通の人間じゃない。わたしは再び助手席に深く背中をつけた。

「ここから町まで車でも一時間はかかるぞ。乗せていくか」

 ええっ、父さん本気かよ。そんな得体の知れないやつら乗せるほど、わたしたちに余裕なんてないのに。

 しかし、父はわたしの気持ちなど知る由もなく彼らの隣に車を停める。そしてパワーウィンドウを開けて声をかけた。

「きみたち、こんなところでなにやってんの? 町まで結構かかるから、よかったら乗ってかないか?」

 初対面の相手に気さくすぎる。怪しまれないか、そんな言い方で。

 すぐに返事は返ってこない。向こうも戸惑っていることだろう。

「いいんですか」

 若い男の声が返ってきた。せっかく乗せてあげようと申し出ているのに無愛想な口調。あえていままで彼らの顔を見ないできたが、ちょっと気になったからそちらに顔を向ける。

 わたしと歳が近そうな男と女がいる。男は平凡過ぎる顔でこれといった特徴もないが、女のほうは同じ国のものには見えないがまるで人形のように端正だ。なにかの芸術作品のモデルをやれるのではないかとさえ思う。そして白くて長い髪が目立つ。ウィッグではない。

 地毛でこれってどこの国の人間だよ。こんなご時世に旅行か? それにしても荷物が少ない。

 なにが言いたいかってこの二人、怪しすぎるということだ。

「荷物で狭くなってるけど、後ろに乗ってくれ」

「わかりました」

「ありがとうございます」

 男の口調は変わらず愛想のないまま。女は丁寧に頭を下げる。男は運転席の後ろの席に、女は助手席の後ろの席に座る。すぐに車は発進した。

「俺は立花というものだ。こいつは娘の東華。お二人さんは?」

 勝手に紹介されたが、相手の素性を知るためには仕方のないことだ。

「木崎剣一です。彼女はエルー」

 エルーとはこれまたなに(じん)だ、と内心突っ込み。

「こんな人気のないところを歩いて、お二人さんはなにしてたんだ?」

 気になるところをストレートに尋ねる父。こういうとき、非常にありがたいと思う。わたしには真似できない。

「なにというほどではありませんが、町を目指して歩いていました」

 答えたのは木崎のほうだ。わかりきっていたことを言う。さすがに率直に答えてくれない。一筋縄ではいかない相手か。

「もしかして避難民か?」

「いえ、なんて言えばいいかな……」

 木崎は説明に困っている様子だ。すぐに「はいそうです」と言わないあたり、見た目から受ける印象と違って正直な人間なのかもしれない。

「私たち、モンスターを追っているんです」

 エルーが言う。それも平然と。

 わたしはもう一度言ってもらいたい衝動に駆られた。

 わたしたちが怯えながら、隠れながら、そんな小動物のような生活をするようになったのは四ヶ月前に突然姿を現すようになったモンスターのせいだ。人間の力を遥かに上回るやつらは数多くの人間を虐殺した。世界中の軍隊が出動する事態に至るもまったく歯が立たず、すべてが返り討ちにあった。モンスターが最初に現れた町は、いまでは兵隊の死体や建物の瓦礫で埋まっていると聞く。

 そんな恐ろしい怪物を追っているだと。いまどき、小学生でもそんなことは言わないうえにしないだろう。

「おい……」

 木崎が小声でエルーに注意を促すように言う。そんなことをしたところで、もうわたしたちに聞かれてしまったのでは遅い。

「おいおい、本気か?」

 案の定、父が確認する。木崎は溜め息をついてから答える。

「……こいつは嘘や冗談が苦手なんです。彼女の言う通り、おれたちはモンスターを追っていますよ」

「どうして? 君たち、ジャーナリストかなにかか?」

 その問いかけに対して明確な返答はなかった。

 ジャーナリストにしては若過ぎるよ、父さん。

「まあ、町に着いたら詳しく話を聞かせてくれないか?」

「わかりました」

 またかすかに溜め息が聞こえた。木崎はあまり乗り気ではなさそうだ。

 でも、この男はきっと答えるだろう。父に借りができてしまったのだから。なんとなく、この男はそういう恩とか義理とかに弱そうだ。


 町に着く頃にはすっかり日が暮れていた。「自然に囲まれた」という手垢まみれの表現がよく似合う町だ。田舎ほど退屈する町ではないが大都会ほど緑の少ない町でもない、なんというか、いろいろと丁度いい、そんな町だった。ただ、現在は以前まであった活気はないし、歩いている人がいれば目立つくらいには人通りも少なくなっている。葉も色づき、落葉も見かける。

 まず、わたしたちが乗っている車は、食料を渡すために町の指導者たちがいる役所へ向かう。指導者と言っても公的な選挙で決まった人たちではなく、有志で集まった人たちだ。彼らは食料や備品、資源などを管理し、住民たちへの分配供給を管理している。ろくに物を手に入れられないからこそ、みんな平等に手に入れられるようにしなければならないということでそうなっている。本当に平等に分けられているのか定かではないが、住民から苦情が出ていないところを見ると大丈夫なのだろう。ただ、食料を調達してきた人に対して優先的に支給されることは言うまでもないことだ。

 役所は縦に小さな建物だが、敷地が広いぶん横に大きい。駐車場に入り、役所の建物に近いところに父は車を止める。庁舎に明かりがついているところを見ると、まだなかで仕事をしている人がいるようだ。

「よし、荷物を降ろすぞ。手伝ってくれ」

 全員が車から出る。そして、トランクや後部座席に積んでいるダンボールを降ろした。どれもかなり重たい。力のあるほうではあると自負しているが、それでも重い荷物たちだ。数分かけて積荷をすべて出し終えると、父は二箱を両手で抱えて役所のほうへ運んでいく。これをあと何周もするのか。

「おれも運びます」

 木崎が大きな箱に手をつけようとする。そんな細腕で大きな箱に入った大量の食材を持てるのだろうかと不安になる。先を歩いていた父も同様のことを思ったのか後ろを振り返って言う。

「ああ、ありがとう。でも、無茶はするなよ」

 そんな心配を他所に、彼は軽々と荷物を持って見せた。見かけによらず力持ちなのかもしれない。本当、見かけとは裏腹だが。木崎は表情を変えずに箱を持ったまま父の後についていく。

「私も運びますね」

「えっ」

 エルーは木崎が持っていった荷物と同じくらいの大きさのものに手をつける。

 いやいや、あんたじゃ無理だろ。

「よいしょっ」

 掛け声は立派だったが、持ち上がらない。

「あれ? よいしょっ。よいしょっ」

 何度か持ち上げようとするも持ち上がらない。

「……やっぱり、体力くらいしか違いはありませんか」

 ひとりごちたがなんのことを言っているのかわからない。気にせず、わたしは持てそうな荷物に手をつける。結構腰に来るな。

「どちらまで運べばいいのでしょう?」

 エルーはいつの間にか違う荷物を抱えていた。

「わたしについてきて」

 口で説明するよりも手っ取り早い。彼女は「はい」と答えてわたしに従う。

 庁舎内に入り、一階の受付を目指す。だいぶ掃除されていないせいか床に光沢はなく、どことなく埃っぽい。

 先に入った父たちの姿が見えた。なにやら神妙な顔つきで父と受付の男性が話している。

「立花さんが食料を調達してきてくれたおかげで、あと二週間は持ちこたえられそうです」

「二週間か……。他の調達係の人はどうした?」

「まだ連絡が取れません」

「……そうか」

 と、そこで男性はわたしたちに気づく。

「東華ちゃん、今日もありがとう!」

 あくまで気さくに声をかけてくれるが、無理をしているのはわかる。そんな状況ではない。

「こんばんは」

「こんばんは」

 わたしが挨拶したあとに、後ろのエルーも言った。

「立花さん、その二人はどなたですか?」

 男性の疑問はごもっともなものだ。気にせずわたしは荷物を受付台の上に置く。エルーも同じようにした。

「いや、娘の友だちでね」

 友だちじゃねえ……。適当に言いくるめるには仕方がないか。しかし、木崎はともかく、エルーを友だちだと思ってくれるだろうか? 同じ国の人間には絶対に見えない。

「そうでしたか」

 信じちゃったよ。わたしの友人なんて大して気にしていない様子だ。

「それじゃあ、俺たちは帰るよ」

 父は報酬として受け取ったと思われる食料や資材、その他諸々の物を持ち上げる。木崎もいくつか持っていた。本当に力持ちだ。

「はい。お疲れさまでした」

「おつかれさん」

 職員と父が挨拶をして、わたしたちは車に向かった。

 車の近くまで来ると父が二人に尋ねる。

「ところで君たちはこれからどうするつもりなんだ?」

「公園でも探します」

「公園って、それじゃあ野宿じゃないか」

「いつものことですよ」

 男の木崎が普段からどこで寝ていようが知ったことではないが、さすがにエルーまで野宿させるのはどうかと思う。この野郎にはどうにも配慮が足りない気がする。エルーはよく一緒にいれたものだ。

 当然、父は提案することになる。

「うちに泊まっていかないか? さすがにこの時期に野宿は危険だ」

 ほら、やっぱり。

 木崎は戸惑っている様子だ。エルーの顔を一瞥し、再び父を見る。

「……では、お言葉に甘えさせてもらいます」

 木崎は会釈する。なんともぎこちないものだった。


 夕食は客人もいるということで最近のものよりは豪華だった。久しぶりに肉にありつけたのはありがたい。客人がいたせいで貪ることができなかったのがちと残念だが、仕方のないことか。

 食事が終わると早速父は、食卓テーブルを挟んで父の向かいに座る木崎たちに尋問紛いのことを始める。同じ屋根の下で寝る以上、相手の素性はしっかりと把握しなければならないのだから当然といえば当然の話だが、木崎が可哀想に思えてくる。彼でなくとも、居心地の良い空間とは言えない。

 わたしは台所で食器を洗いながら話に耳を傾ける。水道がまだ使えるのはありがたい。

「君たちはどこから来たんだい?」

 詰問といった口調ではない、あくまで柔らかく父は尋ねた。単刀直入な質問にしばし間を置いてから木崎は答える。その地名は、たしか最初にモンスターが現れた土地に近いはずだ。しかもここからかなり遠い。どれだけ健脚の持ち主なのか。それでいて公園で野宿しようという精神。信じられない。本当に同じ人間かよ。

「かなり遠くから来たんだな」

「はい」

「そこまでして、モンスターを追う理由はなんだ?」

「……」

「まあ、答えたくないなら答えんでもいいが。しかし大したもんだ」

 父が感心する。対して、わたしは彼らに呆れていた。よくここまでモンスターを足だけで追ってこられたものだ。せめて自転車くらい使えばよかったものを。

「幸か不幸か、ここから少し離れた町でモンスターが出たそうだ。いずれこの町も狙われるだろう」

「……立花さんは、逃げないんですか」

 今度は木崎が質問をしてきた。父は笑い飛ばす。

「どこに逃げればいいんだ。こんな世界じゃ、どこに逃げても同じことだと思うがね」

 自然災害も頻発するなか、モンスターまでうろついている世界。どこにも逃げ場はない。ただし、それだけが父の逃げない理由ではなかった。

洗い物を片付け終わり、リビングに向かう。わたしまで食卓テーブルの椅子に座ってしまうと本当に尋問になってしまうと思い、テレビの前にあるソファーに腰掛ける。

「それに、俺はこの町を守る立場にいる。逃げるわけにはいかない」

 いままで大して大きな反応を見せなかった木崎が、一番大きな反応を見せた。目を大きく見開いている。自警団がそんなに珍しかったのだろうか。軍が役に立たない以上、自分たちの町を守れるのは自分たちしかいない。

「そうでしたか」

 木崎はどこか納得した様子を見せる。

「いや、長い旅路のあとですまなかったな。今日はゆっくり休んでくれ。寝床は二階にある東華の部屋の隣を使うといい」

「はい」

「ありがとうございます」

 丁寧に頭を下げるのはエルーの役目なのだろうか。

 部屋まではわたしが案内することになった。木崎を隣の部屋で寝かせるのはいいとして、エルーはさすがにわたしの部屋で寝かせるべきだろう。

「あの、ええと、東華さん。エルーを一緒の部屋に入れてやってくれないか?」

 と、木崎が申し出た。同じことを考えていたものだ。

「もちろん」

 拒む理由はない。

「ここがわたしの部屋。木崎は隣のそこね」

「ああ」

 木崎はさっさと部屋に入り、扉を閉めてしまう。本当に愛想のないやつ。

 わたしたちも部屋に入る。

「お邪魔します」

 部屋に誰かを上げるというのは随分と久しぶりなことだ。散らかってはいないが、なんとも妙な感じがする。エルーは興味津々といった様子でわたしの部屋を眺めている。なにか話題でも出して会話でもないといけない気がした。

「ねえ、エルーと木崎ってどういう関係?」

 今日知り合ったばかりなのにぶっ飛んだことを尋ねてしまっただろうか。しかし、一応知っておかなければいけない。この先空気の読めないことをうっかり言ってしまっても面白くないだろう。彼らにも配慮すべきことはある。

「どういう関係、というのは?」

 は? この子天然か。真っ直ぐこちらに視線を注いでいる。

「その、例えば恋人だとか、さ」

 視線を逸らして答えた。わたしに言わせるなよ。

「恋人というわけではないですね。私にも上手く説明できません」

 いやいや、あんたに説明できなきゃ誰にもわからんでしょう。木崎に尋ねても真面目に答えてくれそうもないだろうし。

「強いて言うなら同居人ということでしょうか」

 ど、同居人?

「同棲してるってこと?」

「そういうことになりますね」

 こりゃまたぶっ飛んだ話だ。それを平然と言うエルーもぶっ飛んでいる。恋人でもない男女が同棲しているとは、この世は世紀末を通り越して新世紀になってしまったか。

「どうかなさいましたか?」

「大丈夫、大丈夫……」

 酷く驚いているわたしを気遣ってくれるのはありがたいが、その原因はお前たちにある。そのことは言わないが。

「ところで、どうしてモンスターを追ってるの?」

 ましてやあんたみたいな天然が、と付け足しそうになった。

「うーん、けんいちさんが言わなかったことですので言わないほうがいいのかもしれません。私としては話してしまってもいいと思うのですが」

 そういえば、車に乗ったときもあいつに止められていた。悪いことを隠しているというわけではないようだが、隠されると気になるのが人の定め。

「父さんには秘密にしておくよ」

 これでダメだったら諦めよう。それにいずれわかることではないかと思う。知るのが早まるかどうかの違いだ。

「……役割なんです」

「は?」

 唐突に言われて、なんのことだかわからない。

「けんいちさんの役割なんです」

 ああ、話してくれたのか、モンスターを追う理由を。

「モンスターを追うことが?」

 エルーは首を振って否定を示す。

「いいえ、モンスターを倒すことです」

 ……ええっと。

やっぱり、ぶっ飛んでいるということでいいのだろうか。


 翌日、エルーと木崎を引き連れてわたしは出かけることになった。というのも木崎がこの町を見たいと言い出したことが原因なのだが。見知らぬ土地を自由に歩かせるわけにもいかないので案内人としてわたしが父に任されてしまった。ここしばらく家に引きこもっていたのでリフレッシュも兼ねていたのでお前を出てきなさいとのことだ。父よ、昨日の食料調達がそれだぞ。まあ、昨日の食料調達でリフレッシュできたわけでもない。潔く了承した。

「どこか見たい場所でもあるか?」

「人通りが多いところだな」

「わかった」

 どうしてそんな場所を、とは聞かない。訊いても答えてくれないだろう。

 家を出て自転車と歩行者しか通れないサイクイングロードを通る。道の左右に木々が植えられており、頭上を緑が囲んでいる。

 直接見てはいないが、たしかに二人が恋人関係にあるようには思えない。しかし、ただの同居人同士というふうにも見えない。それに昨夜のエルーのぶっ飛んだ発言も気になる。そういうのは中学二年生くらいまでにしておけよとは思うが、まさか本当にモンスターを倒すつもりなのか? そのようなごっこ遊びに付き合うためにわざわざ一緒に徒歩で遠出するとは考え難い。ああ、もうわからん。一旦考えるのをやめよう。

「よう、立花じゃん」

 聞き慣れた声に呼ばれた。特徴的なよく通る声だ。見ると正面に三人の男が立っている。わたしにとっては見慣れた三人組だ。彼らは同じ高校の同じ部活に所属している。

 声をかけてきたのは秦野(はたの)翔太。丸顔で眼鏡をかけている少年。首を前に出すような独特の姿勢をしている。結構言い訳や言いくるめが多いが、それを展開されると話も賑やかになって面白いことも多々ある。三人のなかでは一番の盛り上げ役だ。

「こんなとこでなにしてんの?」

 続いて話したのが小瀬(おぜ)達也。小瀬も眼鏡をかけている。カラテ経験者で、よくふざけて秦野を小突くことがある。本気でやっているわけではないので秦野も笑いながら受けているが、空を切る音はなかなかにハッとさせられるものがある。なかでも蹴りが一番恐ろしい。

「彼らに町の案内をね」

 わたしは後ろの二人を指す。

「どうも初めまして」

 エルーに負けず劣らずなお辞儀をしてみせたのが岩井拓人。彼も普段は眼鏡を掛けているが今日はコンタクトなのか掛けていなかった。よう考えたらこいつら全員眼鏡くんだったな。

 岩井は見た目が縦に長く横は細いというなんとも理想的な体型をしている。いや、痩せすぎかもしれない。彼の透き通るような声は某歌手の真似さえできると言われている。大抵のバンドで必要な楽器のうち、ドラム以外を扱えるというなんとも器用な少年だ。

「彼女はエルー。彼は木崎剣一」

 さっと紹介を済ましてしまう。

「初めまして」

 エルーが岩井と同じ姿勢になる。

「どうも」

 対して木崎は会釈するだけだ。

「あ、どうも。小瀬です」

「秦野でーす」

「岩井です。よろしく」

 岩井以外、木崎と変わらず愛想がないかもしれない。というか、軽い。

「立花の知り合い?」

 秦野が二人に興味を示した。

「いや、昨日知り合ったばかり」

「昨日? ってことは他の町から来たの?」

 岩井も気になるようだ。わたしは頷く。

「なんでまた」

「モンスターを追ってるんだってさ」

 わたしは答えてから、木崎としては言いたくないことだったということを思い出した。後ろから刺すような視線を感じるが振り返らない。

「マジかよ、やめとけー」

 秦野が軽い口調で木崎に言った。本気で止めているのか煽っているのかわからない。続けて岩井も否定する。彼は真面目に言った。

「うん、ぼくもやめたほうがいいと思う」

「エルーさん、だっけ。エルーさんはどこの国から来たの?」

 今度は小瀬が尋ねた。わたしとしては一番気にしてほしいところだ。昨日訊きそびれた。

「私は……」

 エルーが言い淀む。三人は彼女の次の発言に注目する。わたしも注目する。彼女を取り巻く全てがエルーを注視しているなか、木崎に一瞬目を向けたのをわたしは見逃さなかった。

 木崎はそっと頭を振った。彼女はその意図を読み取り続きを言う。

「けんいちさんと同じところから来ました」

「どこー?」

 秦野の矛先は木崎に向けられた。その問いに木崎が答えると昨夜の父親よろしく三人は驚きを隠さない。

「遠いな、めっちゃ遠いな」

 秦野が大きな声で繰り返すなか、他の二人も同意している。

 そこから木崎とエルーは彼ら三人の質問攻めにあった。昨日と同様だが、今回は助け船を出してあげよう。

「これから行くところがあるんだ。ちょっと勘弁して」

「おっ、そうか」

 秦野はすんなりと引いてくれた。珍しいこともあるものだ。

 わたしは三人に別れを告げて、エルーと木崎の案内を再開する。

 三人の姿が遠くになってから木崎はわたしに言った。

「あれは友だちか?」

「そう。高校の部活のね」

「彼らもこの町からは出ていかないのか」

「ああ。それにあいつらも自警団みたいなもんだしな」

「そうなのか。子どもでも自警団になれるんだな」

「子どもって、多分木崎も同い年でしょ?」

「……十七だ」

「へえ、高二なんだ。でも、同じ高校生でしょ」

 たった一歳の違いなんてそう大きなものではない。同じ高校生に子ども扱いされるのはおかしな話だ。

「じゃあ、高校生でもなれるんだな」

 訂正してきたが、なんとなく嫌味に聞こえる。彼にそんな気はないのだろうけれど。

「自警団は志願制だしね。それに、なっておくと食料を多くもらえるんだよ」

 父は自警団もやっている上に食料の調達係もやっている。だから普通の人よりも多くの食料をもらっている。

「なるほど。仲がいいんだな」

 さっきの会話でそう思える箇所があったのだろうか。まあ、仲が悪いというほど悪くはないが。

「つけてきてる」

「えっ?」

「あいつら、尾行してるぞ」

 わたしは振り返る。しかし、彼らの姿はどこにも見えない。しばらく立ち止まっていても誰かが顔を出すことはなかった。

「誰もいないよ」

 木崎の勘違いだろう。当の木崎は肩をすくめている。わたしは先へ進んだ。

「人通りが多いところは遠いのか」

「もう着くよ」

 サイクリングロードの左手にある上り坂へ進む。上がってから左に曲がれば一般道路の歩道を歩くことになり、大きな通りに出ることができる。この辺りになるとマンションも高いものが増えてくる。交通の便もいい場所だ。

 車の通りが多い交差点にたどり着いた。しかし、いまはかつての半分以下の交通量となってしまっているが。

「ここだよ。前はもっと交通量がおおかったんだけどね」

 木崎は周囲を注意深く見回す。

「ねえ、これもモンスターの追跡に関係するの?」

 エルーに小声で尋ねる。

「ええ。モンスターは人を襲うので人通りの多い場所に出てくるとけんいちさんは予想しているのでしょう」

「へえ」

 本気で追っていることはわかるが、勝てると思っているのだろうか。

「この大きな道、向こうにも続いているけどそこも大きな通りか」

 木崎はわたしたちの正面に続く道路を指している。その道を真っ直ぐ進んでいけば駅がある。人通りはもちろん多い。

「うん、そうだよ」

 歩いて行くには少々遠いので今回は行くつもりはなかった。まさか、行くつもりなのか。

「わかった」

 予想通り木崎は進んだ。わたしは木崎の隣に並んだ。

「なあ、木崎はモンスターと戦うつもりなのか?」

「……ああ」

 木崎の目に迷いはなかった。いったいなにが彼をここまで駆り立てているのだろう。

「なにがあったのかは知らないけどやめとけ、死ぬ」

「普通の人間ならな」

「木崎は普通じゃないって言いたいのかよ」

 答えは返ってこない。

 そのとき、わたしたちが進んでいる道路の向こう側からなにかがぶつかる音がした。大きな衝撃音だ。事故だろうか。

 木崎は瞬時に走り出す。エルーもそのあとについていく。

「ちょっ、二人とも!」

 立ち止まってくれない。説明もしてくれない。必然的にわたしは慌てて追いかける。

 ……速い。わたしはそこまで足が遅いわけではない。むしろ速い部類だ。韋駄天と呼ばれたこともある。しかし、木崎の足の速さは異常だった。人間離れしている。それこそ、普通の人間じゃない。

 すでに一〇〇メートルくらい距離が開いた頃、交差点で木崎が立ち止まるのが見えた。ここまで全速力で長い距離を走ったことはない。手前のところでエルーが立ち止まっている。ひとまず、そこまで頑張ろう。

 ようやくエルーのところまで来たとき、わたしは息を飲んだ。人間サイズの茶色い狼が二本足で立っているのを見たからだ。口からは隠しきれない牙がはみ出ており、手には鋭い爪がある。そして、狼人間のそばには煙を上げながら正面をへこませた車が一台転がっている。

「あれは……」

「あれがモンスターです」

 モンスター。とうとうこの町に来たのか。呼吸が荒くなる。走ってきたせいだけではない。初めて見るこの世のものとは思えない生き物を見て酷く動揺していた。自警団の、いや、人間の歯が立つ相手じゃない。

「うわあっ、なんだあれ!」

 背後から叫び声がした。この声は秦野。振り返れば先ほどの三人組がいる。木崎の言った通り本当につけてきていたのか。

「なんで三人がいるんだよ」

「いや、ただの通りすがりで」

 秦野がわかりやすい嘘をつく。

「嘘言ってんじゃないよ」

「いまはそんなこと言ってる場合じゃないだろ!」

 岩井の突っ込みに対して小瀬が柄にもなく大きな声で言った。そう、小瀬の言う通り、茶番をやっている場合ではない。狼人間は、いつのまにか刀を持っていた木崎と戦っている。木崎は映画のアクションシーンでしか見たことのない動きで、しっかりとモンスターと競り合っている。本当に普通の人間じゃなかった。

「あれがけんいちさんの役割なんです」

 エルーが静かに告げる。

 木崎の役割。モンスターと戦うことが彼の役割? 信じられなかった。しかし、眼前の情景は間違いなく現実のものだ。

「すげえ、人間じゃないみたいだ」

 秦野が木崎の動きを見て、自分たちと世界が違うものに対するある種の感動とも取れるふうにつぶやいた。いつもの軽さは感じられない、心の底からの言葉のようだ。

 木崎は黒いカードを出した。それをかざすと黒のカードは光となって消え、木崎も姿を消す。と思った瞬間、彼はモンスターの背後に現れた。木崎はまるでなにかを斬りつけたような姿勢をしている。その直後に、モンスターが後ろに仰け反る。

 わけのわからないまま、モンスターは青く光り出す。いったいなにが起きたのか。誰か解説してくれ。

 そうだ、エルーがいる。エルーに尋ねよう。

「あれはどうなってるんだ?」

「還元されます」

 ああ、くそ。全くの説明不足だ。還元ってどういうことだよ。酸化銅が元の銅になるっていうあれか? 爆発しないってことはわかったけど全然意味がわからない。

 狼人間の姿を見ていると、やがて一枚の青いカードに変わった。あれが還元ということか。わからん。木崎はそのカードを拾い上げる。触っても大丈夫なもののようだ。

「エルー、行くぞ」

 木崎は一言告げると背中を向けて歩き出す。

「待って、木崎」

 木崎の足が止まる。振り返ることはない。

「あんた、何者?」

 木崎は首だけこちらに向ける。

「人間の守護者だ」

「またモンスターを追いかけるの?」

「ああ」

 再び彼は歩き出した。エルーがそのあとを追う。

 人間の守護者。ヒーローがいるなら、もしかしたらそれは……。

 わたしは去っていく守護者の背中をただ見つめていた。

主人公以外の目線から書いてみたくなりました。戸惑わせるような書き方で申し訳ありません。

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