34th Card 落日
ちょっと前までは、ほとんど頭上にあった太陽だったが、いつの間にか傾きが大きくなっていた。あと一時間もすれば完全に沈むだろう。
ウェアドの槍での突きを刀で受け止めてから横に払い、相手の胴体を狙って横一文字に刀を振る。おれの攻撃は相手の腹をかすめる程度しか与えられなかったが、続けて、左肩を狙って袈裟斬りをする。だが、それも防がれてしまう。次に、真一文字に右の胴を狙ってみたところ、攻撃が当たった。が、直後にウェアドの槍の先端が向かってきて、おれも攻撃が当たってしまった。
左肩を斬られた。しばらく、両手で刀を使うのはできないかもしれない。でも、おれもウェアドに攻撃を当てている。かすったのも含めていいなら二回、当てたことになる。その事実がおれの士気を高めてくれる。
距離を取ったウェアドは攻撃を受けたことに驚きを感じている様子だ。
「なるほど。たしかに、前回よりも腕を上げている。だが、それでも、俺との差は埋まっていない」
雰囲気が変わった。仕掛けてくるな。
身構えた。
速さで来るか、術で来るか。
前方から風がおれを目掛けて集中的に吹いてくる。術で来た。前回と同じくらいか、それより威力を上げている。吹き飛ばされないように踏ん張るも、急接近してきたウェアドが振る槍を防いだ反動で、身体ごと弾かれてしまった。まさか、術と速さで来るとは……。
くそ、まだおれはウェアドを倒すことができない。
ウェアドと会ってからどれくらいの月日が流れたか。おれは今日まで、どのくらいの数のモンスターと戦ってきたか。おれの経験値は、絶対に前回よりも上がっている。
なのに、まだ勝てない。
すでに、他の上級モンスターは下の階に攻めてきている。応戦はしているようだが、雅志一人にアーマード・ソルジャーたちでは時間の問題だろう。絢十は……。そうか、病み上りの身で瀬戸と戦っているのか。
なのに、まだウェアドを倒せずに、おれは屋上に留まっている。
おれは瀬戸をこの戦いに巻き込んでしまった。おれがモンスターを逃がしてしまったばかりに、彼女の親と友人を死なせてしまった。雅志も、おれが至らなかったばかりに守護者にしてしまった。いったい、どのくらいの人をおれは巻き込み、いまここにいるのだろう。
もうこれ以上、誰も傷つけたくない。誰かが傷つくところを見たくない。
モンスターにH.O.P.E.本部を襲撃された状況で、誰も傷つけないように解決する方法は、二つに一つしかない。
一つは、おとなしくモンスターの要求を呑み、解放のカードを差し出すこと。もう一つは……。おれは一枚のカードを取り出す。シャドウと再び戦うまでは取っておこうと思っていた力だ。いま、ここでそれを使ってしまっていいのか。使ったところで、ウェアドを倒せるのか。みんなを守れるのか。
「キサキ・ケンイチ、お前はここで終われ」
ウェアドが槍を振り下ろす。
選ぶまでもない。おれは守護者だ。人間を守るのが、その役割。力を出し惜しみしている場合ではない。
この状況を打破する方法、それは、北条から与えられた切り札を使うことだ。
アウェイクニングカード、発動。
おれの周囲から放たれた光の波動が、ウェアドを後ろに下がらせた。
「な、なんだ、その力は!」
視界がさっきまでとは段違いによく見えるようになり、音も遠くのものまで聞こえる。自分の手足や胴体を見てみると、赤い鎧のような皮膚に包まれ、手足は人間のものではなくなっていたことがわかった。
これが、モンスターと融合したおれの姿。
「さあな」
ウェアドに答えてやった。
すごい。力がみなぎっているのがわかる。これなら、ウェアドを倒せる。
ウェアドが再び風を放ってくる。おれはカードを出すことなく、衝撃波を手から放つことで相殺した。続いて、刀を振るう。普通ならこの距離でおれの斬撃が届くことは有り得ないが、いまのおれはモンスターの能力を自由自在に使うことができる。斬撃を衝撃波として飛ばした。ウェアドは斬撃波を槍で防ぎ切れてはいない。さらに、手にある刀をコピーし、二刀流で攻撃する。手応えあり。
ウェアドが膝をつく。おれはトドメを刺すために近づいた。ウェアドの目が光るのを見逃さなかったが、突如、やつが出してきた大剣で反撃されてしまう。
「まだだ。まだ、俺との差は埋まっていない!」
油断していた。まだ完全な決着はついていないのに、もう半分以上は勝った気持ちでいた。
反撃を食らったとはいえ、傷は深くない。わずかに後ろに下がったのが良かった。次の一撃で、決める。
空気が揺らいだ、と思ったときには、この空間に新たなモンスターが四体現れた。先ほど、ウェアドといたヴェルティナというモンスターに、女帝、ファルゲン、そして、未知のモンスターだ。
おれは未知のモンスターから目を離せなくなった。姿形は人間のものとそこまで変わらないが、黒い顔に黄色い稲妻のような模様が描かれ、大きな黄色い瞳が人間離れした異常な雰囲気に拍車をかけている。黒い衣の上に黒い鎧を纏い、血の色に似た赤いマントを羽織っていて、頭には角のような棘のある冠を被っていた。
身に着けているもののせいで、おれはなにかを感じているのか。違う。このモンスターは大きさが人間の大人と大差ないのに、まるで山のごとく大きな存在に思えてならないからだ。こいつからは、絶大な力を感じられる。
おれにはわかる。こいつが、皇帝だ。
すべてのモンスターを統べる存在。おれたち守護者が、最終的には倒さなければならない相手。
「ウェアド、ご苦労だった。あとは我らに任せよ」
皇帝が、低いその声を発した。膝をついていたウェアドが立ち上がる。
「申し訳ありません。陛下の手を煩わせてしまって」
「構わん。この目で城としての価値を見ておく必要もある」
城? どういうことだ? まさか、本部を乗っ取るつもりなのか。
「……そこの者は、人間にしてはひどく姿が変わっておるな」
皇帝は、おれの姿を見てもまったく驚かないどころが、たったいま気づきました、と言わんばかりの反応を見せてきた。
「ひとまず、挨拶といこうか。我が名はエンベイル。破壊の力の化身を束ねていることから同胞からは皇帝と呼ばれている」
絢十ならば、こういったとき、相手の顔面に光弾をぶち込んでいるだろうか。相手が相手だからそれはないと思うが、きっと自己紹介はしないだろう。
「君はなんというのだ?」
おれは名乗り返さなかった。残念ながら、おれの意志によるものではない。
「答えぬか。……ファルゲン」
「はい。彼の名は『キサキ・ケンイチ』といいまして、人間の守護者です」
「キサキ・ケンイチか。ふむ、覚えておこう。ではキサキ・ケンイチよ、我々はここを拠点に人間の敵役を担おうと思っているのだ」
なぜ、ここを拠点にする。「解放の力」を取り戻すことが目的ではなかったのか。それに、人間の「敵役」というのもおかしな話だ。モンスターは人間の「敵」そのものだろう。
だめだ、声に出せない。
「我々は元々、人間の生活を豊かにするために生み出された力。時の経過によって人がその用途を間違えたことにより、破壊の力と成り果てたがそろそろ元の役割に戻るべきだと思ったのだ。しかし、我々はすでに、人を殺すことを本能とする存在へ変貌を遂げてしまった。そのうえで、人間社会のために役立てることを考えた結果、人間にとっての敵役を担うことによって、つまりは人類共通の敵となることで、人間同士の争いごとを失くすために役立とうとしているわけだ」
自身の行動が人間の役に立てると同時に、自身の欲望を満たせることができる、まさに一石二鳥の立場。いや、本当の意味で人間の役に立つとは思えない。この提案はとても信じられたものではない。それに、人類に共通の敵ができたことで人々が争わなくなったからといって所詮は仮初めの平和だ。認められるはずがない。
……全部、言いたいことは言えない。敵との圧倒的なまでの差が、おれに発言する力を奪っている。
「キサキ・ケンイチ自身が感じているはずだ。我との圧倒的な力の差を。君らが我々と敵対しないのであれば、我々も守護者とは戦うつもりはないのだ。むしろ、我々はお互いの役割を尊重し合う関係に立つべきなのだよ。君が協力すれば我々の敵役という役割が永遠に続くことになり、我々が協力すれば君の守護者の役割は永久に続くことになるのだ」
……永久に?
「守護者の役割は人間の脅威たる存在が現れる度に選ばれる。しかし、脅威が去れば守護者の役割も消える。君が我々を倒してしまえば、君の役割はなくなるのだ。君は、自分だけの役割を求めていたのではなかったか?」
皇帝の言う通り、おれは自分にしかできない役割を求めていた。ようやく手に入れた役割は命がけで損なものだったかもしれない。だとしても、おれに与えられた役割なのだから、おれにしかできないものであることに変わりはない。でも、モンスターをすべて倒せば、せっかく与えられたおれの役割はなくなる。そうなると、また役割を求める生活に戻ることになるだろう。
与えられた役割ではなく、自分で望んで手に入れる役割……。少なくとも、いますぐに死ぬ可能性はなくなる役割だ。このままモンスターと共に、作られた平和の世界を守る、という役割に就いてもいいかもしれない。
違う。
以前にエルーは言ってくれた。
多くの人を守ろうとする思いは、おれにしかないものだ、と。
ここで、おれがモンスターの誘いに乗ってしまうわけにはいかない。自分だけの役割は欲しいが、モンスターに協力することはおれの役割じゃない。
「おれは……」
五体の上級モンスターからの視線が注がれる。
「おれは、人間を脅威から守る守護者だ。モンスターの言いなりには、ならない!」
「つまり、我々に協力する気はない、と」
水と油のように、おれたちが混じり合うことはない。そうなってはならない。
「ふん、人間というのは現在も過去も誠にわからぬものだな。よかろう。守護者の本質は変わらぬということだ」
ファルゲンとヴェルティナが前に出てくる。二対一か、分が悪い。ファルゲンは幻を操る力で、ヴェルティナはなんだったかな……と思った矢先に、皇帝が二体のモンスターを制する。
「待て、お前たちは手を出すな。キサキ・ケンイチとは我が相手になろう」
二体の動きがぴたりと止まった。代わりに皇帝が前に出てくる。入れ替わるように二体は下がった。
「我に対して威勢のいい言葉を吐いた褒美だ」
褒美とは名ばかりの制裁か。望むところだ。
おれは刀で攻め込んだ。が、途中、身体が前へ進まなくなった。
どういうことだ。
まさか、女帝の能力である行動を操る力によるものだろうか。いや、皇帝が手を出すなと言った以上、他のモンスターがなにかを仕掛けてくるとは考えにくい。ならば、これが皇帝の能力だと考えるのが妥当。
「他者に触れることなく圧倒する力、念力。君はそれを前にして、どう戦う?」
皇帝が言い終わると同時に、おれは屋上から落とされる。どう戦おうか考える暇もなかった。
前にもセントラルタワーの屋上から落とされることがあったが、今回はそれよりも遥かに高い建物からだ。なのに、命の危険は感じない。慣れというのもあるし、切り抜ける自信もある。いまのおれはモンスターと融合しているのだ。地面にぶつかる前に、衝撃波を放てばどうということはない。
だが、待て。下に人影がいくつか見える。
しまった、雅志たちが戦っているのか。おれが衝撃波を放てば、彼らを巻き込むことになりかねない。
仕方がないので本部の壁に向かって刀を突き刺す。それによって落下のスピードを殺し、着地するのにちょうどいいと思える高さになったところで飛び降りる。
「ほう、考えたものだな」
まったく気がつかないうちに皇帝も地上へ降りてきていた。おれは皇帝と同時に着地する。遅れて、屋上にいたモンスターたちも下に降りてきた。
地上で戦っていた雅志たちの動きが止まり、皇帝たちのほうに視線が向けられる。
おれの背後にいるのは、雅志、相川、レイモンド、それに瀬戸までいる。絢十と沖田は……どこだろう。でも、おれたち五人がいればまだどうにかできるはずだ。アウェイクニングのカードもある。うまく使えば他のモンスターも倒せる。
皇帝はおれたちに背を向けて、両手でH.O.P.E.の建物を指す。
「この建物の全貌は把握した。我が城に相応しい」
それから、おれたちのほうへ向き直り、右手を前に出した。
「我が臣下たちも渡してもらおう」
先ほどと同じく見えない力によって、おれたちの所有しているカードが皇帝の手に渡ってしまった。
「ああっ、ぼくたちのカードが!」
「我が臣下、返してもらったぞ」
やばい。このままでは太刀打ちできない。
「いや、すべてではないな」
絢十は持っている分のことだ。解放の力も絢十が持っていたはず。
皇帝は素早く振り返り、建物のなかにいた絢十を見えない力で引っ張り出す。
「させるか!」
まだアウェイクニングカードの効果は続いていたので、おれは衝撃波を皇帝に向けて放つ。しかし、ヴェルティナによって防がれてしまった。ならば接近戦でどうにかしようと、刀でヴェルティナを退けてから皇帝に攻撃を仕掛けるも、もう片方の手を前に出され、見えない力で進行を阻まれる。
空中で拘束された絢十から、カードが皇帝へ流れていく。すべてのカードが抜き取ると、絢十をおれにぶつけてきた。
「絢十、大丈夫か!」
「あれ、イメチェンしたのか、木崎」
「お前、マナが全回復したわけじゃないのに、無理したんだろ」
「……」
わかりやすいやつ。瀬戸が戻ってきたのは、絢十のおかげだろう。一体、なにをどうやったのかはわからないが、意外なところで活躍するのが、いまもむかしも金澤絢十だ。
皇帝がおれたちから取り上げたカードのうち、一枚の黄色のカードを掲げる。それ以外のカードはすべて地面にばらまかれている。
「解放の力、ネオよ。我が臣下たちを、解き放て!」
沈黙の後、地面に落ちているカードが次々と光り出す。十秒も経たずに、いままで倒してきたモンスターがすべて復活を果たした。
「この瞬間を待っていた!」
上のガラスが割れる音と共に、本部のなかから一人の男が飛び降りてきた。白いスピードアーマーを着ている、沖田信司。
「沖田くん、無事だったか!」
相川が喜びの声を上げた。それに対して、沖田はなにも反応しない。
「沖田くん?」
相川が沖田に近づく。まずい、と思い、おれは大声で注意した。
「駄目です、相川さん! そいつはモンスターだ!」
「え?」
振り向いた沖田は、相川に斬りつけた。相川の叫び声が響き渡る。
「まさか、沖田さんがシャドウだったのか!」
「どういうこと……?」
瀬戸が状況を飲み込めずにいる。無理もない。瀬戸はシャドウのことを知らないのだから。雅志がさっき言った通り、シャドウは沖田信司に化けていたのだ。思い返せば、おれに化けるために行動できたのは沖田だけだったかもしれない。おれの家に来たのは彼だった。
「皇帝、あなたもここまでだ」
沖田=シャドウはそれだけ言うと、皇帝に向かって攻め込んだ。スピードアーマーの力をフルに稼働させ、モンスターにも負けない速さで動く。
モンスターたちは皇帝を守ろうと、壁を作る。どうやら、皇帝は先ほどの解放でマナを大量に消費させてしまったようだ。そこを、反皇帝派のシャドウにつけこまれた、というわけか。
この隙に、傷ついた相川のもとへ行き、無事を確認する。
「相川さん、大丈夫ですか?」
「あ、ああ……」
アーマーのおかげで大事には至っていないが手当ては必要だ。
絢十も戦うのは無理だ。逃げるならいまだろう。しかし、この人数でいかにして逃げるか。
そういえば、まだおれはアウェイクニングカードの効果は続いている。なら、できるかもしれない。
コピーの力を発動。対象は、ヴェルティナだ。
おれの考えが正しければ、ヴェルティナの能力は瞬間移動。その能力を使って、この場から離れる。
「みんな、おれに掴まって」
雅志、瀬戸、レイモンド、絢十、相川の五人が掴まったことを確認して、おれは瞬間移動の能力を発動させた。
気がつくと、おれの家の前に立っていた。どうやら、この瞬間移動の能力は一度足をつけたことのある場所に移動することができるようだ。今後、ヴェルティナと戦うこともあるだろうから、あらかじめ能力を知ることができたのは大きな収穫だ。
先ほどとは打って変わって静かな周囲に違和感を覚える。瞬間移動でマナの限界を迎えたのか、アウェイクニングの効果は切れて、おれは元の姿に戻っていた。
ひとまず、連れてきたみんなを家に入れる。
「一体、どうしたんですか?」
「雅志、説明を頼んだ」
「あっ、うん。実はね……」
エルーが驚いた反応をしていたので一通りの事情の説明は雅志に任せて、怪我人の相川をベッドまで運んだ。これは薬箱がいる。取ってこよう。
パワードアーマーを外し、出血箇所をガーゼで当てて圧迫する。出血が止まったところで消毒液を傷にかけ、未使用のガーゼを当てて包帯を巻くことにした。ひとまず、応急処置らしいことはできただろうか。出血は止まっているので安心できると思うが。
「調子はどうですか、相川さん」
「ああ、大丈夫だ。それよりも、沖田くんがモンスターだったことのほうが、応えるな」
仲間だと思っていた人物が実は敵側の存在だった。心苦しいことこのうえない。
いまは、相川を一人にしておこう。
「なにかあったら呼んでください」
「ありがとう」
おれは部屋から出た。
「H.O.P.E.はもう、壊れているかもしれない」
リビングに戻ると、重苦しい顔つきで雅志がつぶやいた。
そうなっているだろう。皇帝派だけではなく、シャドウもいて大乱闘が起こっていたのだから、無事であるはずがなかった。
なんでもいいから情報が欲しい。そう思い、誰もつけていなかったテレビをつける。
「――いま入った情報です。突如、町に怪物、怪物が現れ、人々を襲っているとの情報が入りました」
男性アナウンサーが原稿を読み上げている映像から切り替わり、画面に映し出されたのは、すでにモンスターの手に落ちたH.O.P.E.本部の建物と、人々を襲うモンスターの姿だった。
第二部、完




