32nd Card 人類の切り札
その日は、ベッドで寝ている絢十にマナを分け与えるために本部に訪れていた。雅志も本部内にはいたが、シャドウと遭遇したときに故障したバイクの修理のほうに顔を出している。絢十は雅志を苦手としている節があるので、気を遣っておれひとりが見舞いに行った。
「マナを分ければ絢十の回復が早まるかもしれない。エルーが教えてくれたんだ。ちょっと感覚でやってみる」
これが見舞いのフルーツ代わりになるのだろうか。
ベッドの上で寝ている絢十に、目を閉じて手をかざす。おれの身体のなかに流れる温かいなにかを感じる。それがゆっくりと、伸ばしている手まで進んでいく。すると、なにかが抜け出ていく感覚がした。掌から下へ向かっていくようだ。
よし、どんどん流れていけ。
一分ほどそれを続けた頃に、絢十が口を開いた。
「マナが送られてくるのがわかったわ、ありがとう」
おれは目を開けて、手を下ろす。
「少しでも早く良くなるといいな」
絢十はベッドから身体を起こした。
「おお! 効果ありだな、木崎」
ここまで早く、効果が出てくるとは思わなかった。ファジニとの戦いから日数も経過している。今日までに絢十の体内でマナが作られていたことだろうから、そのおかげでもあるに違いない。いずれにせよ、手助けになれたのならよかった。
絢十はベッドの上に座った体勢のまま、おれに言う。
「そういえば、また上級モンスターが現れたそうだな」
「ああ。シャドウという名の、完全擬態能力を持つモンスターだ。おれたちがこれまでに倒してきたモンスターの姿にもなることができてその能力も使える。この前は、よりにもよっておれの姿にまで化けてきやがった」
「それマジ? なかなか手強そうな相手だな」
この上なく面倒な敵だ。例えるなら、これまで授業で習ったことをまとめてテストとして出される状況、に近いのではないだろうか。しかもそのテストは本来のものと違って、おれたちが問題の解き方を知っていたとしても、それを復習するといったことができないまま直面する問題たちばかりだ。苦戦しながら解いた問題は、苦戦しながら再び解くことになると言っても過言ではないだろう。
それに、シャドウには他のモンスターにはない決定的な強みがある。
「手強いもなにも、向こうが人間の姿に化けてるときだけ攻撃が効かないんだ」
「なぜに?」
「『守護者の武器で人間を攻撃できない』ってルールが、人間に化けてるときだけはあいつにも適用されるんだよ」
「そんな相手と戦って、よく無事だったな」
無事ではなかった。何発か手痛い攻撃を食らってしまったのは百歩譲って良しとしても、そのうちの一つは【瞬速斬】なのだから笑えない。
「一応、向こうの弱点は見つけたんだ」
「おっ、さすが。弱点って?」
「あいつがなんらかの能力を発動するときにモンスターの気配を感じていたんだ。だから、そのときだけはもしかしたら、たとえ姿は人間でもモンスターとして攻撃できるんじゃないかと思った。それで機会を狙って攻撃してみたら、見事正解。つまり、あいつが人間の姿でいたとしてもモンスターの能力を使ったときになら攻撃できるっていうわけだ」
「へえ、それを聞くと案外大した敵でもない気がしてくるな」
いやいや、正攻法では意味を成さない相手に、それをさせるというのが困難な話なわけであって。今度戦うときまでには、向こうがそのことに気がついてなんらかの対策を講じてくる可能性も充分有り得る。次回も武器破壊を狙えるとは限らないし、それができたとしても敵がおれたちの前で武器を出すかどうかはわからない。
「でも、中身がいくら違っているとはいえ、見た目が木崎だとやりづらそうな相手だ」
おれではなくとも、同じ人間ならやりづらいだろう。
「そういえば、彼女、家に帰ってきたんだって?」
なんだろう。絢十が意味を含んでいそうな目でこちらを見ている気がする。
「ああ、エルーなら帰ってきたぞ」
「よかったな。この前までいろいろと大変だったし、あの子がいると気分も結構違ってくるんじゃないか?」
「まあ、たしかに……」
「モンスターだと疑って悪かった」
絢十から謝ってくるとは珍しいこともあるものだ、と思いながらおれは少し笑っていた。
携帯端末が振動した。なんらかの連絡が届いたようだ。モンスターが現れた気配はなかったが、距離が遠いこともある。絢十に「失礼」と一言断りを入れてから端末を見てみた。
……。
へえ。
「どうした?」
絢十の端末には届いていない。どうやらおれだけに来たものらしい。
「急用ができた。今日のところはもう帰るよ」
「わかった。マナ、ありがとな」
「おう」
絢十の部屋を後にした。もう一度、携帯端末に送られてきた文章を読む。
内密にお願いします。私の研究室まで来てください。
北条
なんの用があっておれを呼んだのかはわからないが、これは丁度いい。気になっていたことを一つ解決できるかもしれない。
誰にも言うな、と書かれていたので案内図を頼りに北条の研究室へ向かう。せめて、何階のどこにある、くらいの説明は書いていてほしかったものだ。小一時間本部内をさまよって、ようやく最上階に位置する部屋の前まで辿り着いた。扉をノックして名乗る。
「木崎です」
「……どうぞ」
許可が下りたので部屋へ入る。
研究者の部屋というのは、勝手な予想だが、かなり散らかっているものだと思っていた。机の上は研究や実験のレポートやノートといった類いで埋め尽くされていたり、本棚に収まり切らない参考文献で散らばっていたりするものだと思っていた。
どうやらそれは、北条には当てはまらないようだ。おれの視界に広がっているのは、整理された世界。本は大きさや向きをそろえられて丁寧に本棚へ収納されている。広い机があり、その机の上にはパソコンと電話に小型のテレビが一台ずつあるだけで、レポートやノートといった紙類は見当たらない。これならおれの部屋のほうがはるかに汚く思えてくる。
正面には机の向こう側で椅子に座ってこちらを見ている北条がいる。
「どうかしましたか?」
部屋のなかをじろじろと見過ぎていたようだ。
「あ、いや、研究者や科学者の部屋って、物がたくさんあるのかなと」
「あまりごちゃごちゃとした空間が好きじゃないものでして。それはそうと、どうぞお掛けになってください」
近くに椅子がある。遠慮せずに座った。
「それでなんの用ですか?」
「まずは話題に入る前に、いくつかの確認させてください。木崎くんは遭遇したそうですね、シャドウと名乗るモンスターに」
おっと。それはおれから話題に出そうと思っていたことに関係することだが、向こうから出してくるとは。おかげで話がしやすい。
「はい」
「なにか言っていましたか?」
なにを言っていたかな。シャドウと言えば、はおれたちを倒したがっていたり、皇帝を超えようとしていたりと覚えがある。それともう一つ。
「北条さんが用意している『切り札』に興味を持っている様子でした」
「なるほど、そうですか」
はっきりと表情に出したわけではないものの、北条がどこか笑っているように感じられた。
「どうしてやつはそのことを知っていたんでしょう?」
それが、シャドウと会話したときから、最も気になっていたことだった。
「ここへ呼んだのは、そのことにも関することです。木崎くん、実はシャドウは私たちのすぐ近くに潜んでいました」
まさか、そういうことなのか。北条の情報が渡っていることを考えればそれが妥当だが、大胆にも敵はそうしてきたということか。
「シャドウが誰かに化けているということですか?」
「はい」
「誰に?」
「それは……」
その人物の名前を聞いたとき、驚きを隠せなかった。おれがある程度は信頼を置いていた人物でもあり、化けるには大胆過ぎる相手だったからだ。文字通り虚を衝かれた。
「どうしてあの人だとわかったんですか」
北条は言いづらそうに間を開ける。
「実は……シャドウから最強にするために協力しろと脅されていました。具体的に言いますと、木崎くんらが手に入れたカードをシャドウに渡すよう言われていたのです。すみません」
なるほど。おれたちのカードを手にするチャンスがあったからやつは倒したモンスターの姿に変身できたということか。
北条の行動を責めるつもりはない。気づけなかったおれたちにも責任はある。だからこそあいつをすぐに倒さなければならない。
「もうこれ以上、やつに協力することはやめてください。あとはおれたちが……」
なんとかします、と言いかけたところで北条が言葉を挟んだ。
「敵が人間態でいる間は、木崎くんらの攻撃は通用しません」
そう、シャドウは人間に化けているときはモンスターとして認識されなくなり、守護者の力で攻撃することができなくなる。その点を攻略できればシャドウを倒すことはできるわけだが、いまのところ一つしか方法は見つけていない。
「しかし、正体がわかった以上、放っておくわけにはいきません」
「当然です。ここで鍵となるのは、シャドウをいかにして本来の姿に戻して戦うか、あるいは、人間の姿でモンスターの能力を使わせるか、ということですね」
おれは北条に、自分が見つけ出した方法を話す。
「やつは人に化けていても、武器を出すときはモンスターと認識されます。そのタイミングを狙えば倒せるはずだと思いました。しかし、それはこの前の戦いで使った方法です。相手も武器破壊に対しては警戒してくるでしょう」
「では、もう一つの方法を提案させてください。それは、人間態のシャドウに、人間の身体では耐え切れないダメージを負わせる、という方法です」
一度だけ、間近で衝撃波を放ってみたことはあったが、あれはモンスターの姿へ戻すためにやったわけではない。たしかに、その方法を用いて相手に傷を負わせていないので警戒されることはないかもしれない。だが、問題が一つある。
「おれはそのような強力な一撃を出すことができません。相手との距離を詰めたところで衝撃波を出せればどうにかなるかもしれませんが、それは一度やったことがありますし、衝撃波を耐える一瞬だけ、他のモンスターの力を使えばいいわけですから、攻撃する隙があるかどうか」
「そうですね。そこで私から報告をさせていただきたいのですが、ついに切り札が完成しました。今日、お呼びしたのはこの切り札を渡すためです」
ついに、切り札が完成した。これからの戦いにおいて、かなり影響を及ぼすと考えて間違いない。
一体どのような切り札なのかと待ち構えていると、北条が机の上に三枚のカードを並べる。文字通り、「切り札」だった。青、黄色、赤とおなじみの三色に思えたが、微妙に色が暗い。
「『解放の力』とエルーさんのデータを基に造り上げたエナジーカードです。このカードを使えば、シャドウに対して効果的な攻撃ができるでしょう」
「効果的な攻撃?」
「シャドウが人間態でいる間は守護者の力での攻撃は無効となりますが、エナジーカードを使用すれば強化されたオリジナルカードの効果を自在に操ることができるのです」
強力な衝撃波を撃ち放題ということだろうか。それなら非常に有効かもしれない。
「これらのカードの使用にはマナを大幅に消費します。反面、使ってからはマナも増加されるのでモンスターの効果を連続で使用することも問題ありません。木崎くんにはこのカードを渡します。これでシャドウとの戦いでも勝機があります」
北条は三枚のうちの一枚を前に出してきた。暗い赤、ワインレッドとでも言うべき色のカードだ。おれは手に取る。
「そのカードはエナジーカードの一枚である、『アウェイクニング』。自分が所有しているオリジナルのカードが秘めている力と、そのモンスターの姿を同時に使用者に付与する効果を持っています」
つまり、おれが使えば衝撃波のモンスターやコピーのモンスターなどと融合できるカードというわけだ。……融合か。あまり気は乗らないが、それでシャドウを倒せるのなら、それで人間の脅威がなくなるのなら安い話とも思える。
おれはアウェイクニングのカードをポケットに入れた。北条の力は信頼できる。
「他の二枚はどうするんですか」
北条の机の上にはまだ二枚のカードが残っている。ダークブルーのカードとデザートイエローのカード。おそらく、アウェイクニングとは効果が異なる。
「金澤くんと普久原くんに渡すことを考えています」
「カードの効果はどのようなものなんですか」
北条は、ダークブルーのカードを手に取る。
「こちらは『フュージョン』です。手持ちのカードのうち一枚のモンスターの身体能力と特殊能力を使用者に与えます。金澤くんは普段の攻撃が常にマナを消費するものなので、最もマナの消費が少ないこのカードを勧めます」
絢十は自身のマナを弾に変えて攻撃する。カードを使わなければ、マナの消費がおれたちのなかでは一番大きいのは事実だ。それに、銃は基本的に撃つことしかできないことを考えれば、カードの能力をいくつも付け足すよりもなにか一点に特化させて、狙撃力を上げたほうが得策な気もする。
一旦、北条はフュージョンのカードを置いて、デザートイエローのカードを手に取る。
「残りの一枚は『マルチプル』。持っているカードのすべての特殊能力を使用することができるカードです。多種多様な戦闘を期待できる普久原くんなら使いこなせるでしょう」
雅志の得物は槍。振ることも、突くことも、投げることもできる。さらに、おれの刀以上に広範囲の攻撃ができる。雅志ならマルチプルを使うことで、型にはまらない戦い方ができる気がする。
「一つ、訊いてもいいですか」
「どうぞ」
「どうして、おれはアウェイクニングのカードなんですか?」
「そのカードが一番、マナの消費が大きいからです。木崎くんは守護者のなかで最も多くのマナがあるので、必然的に木崎くんに渡すことになりました」
おれのマナが他の守護者よりも多い?
初めて知ったことだ。自分ではわからなかった。
「その理由、わかりますか?」
「たしか、木崎くんはマナを吸収するモンスターと戦ったときに特殊な攻撃を受けたんでしたよね。そのせいで体質になんらかの変化が起こったから、なのかもしれません」
そういえば、ドレンと戦ったときに、妙な力を身体のなかにねじ込まれたことがあった。あれは女帝を目覚めさせるために送り出したマナだったが、それがおれの身体を通ったことによって変化があったということか。
……マナが多いからと言って困ることはなにもない。おれはこのまま戦えばいい。
「とにかく、このカードを使ってシャドウと戦えばいいということですね」
「そうです」
シャドウ、今度こそ倒す。
今後の方針が決まった矢先にサイレンが鳴る。同時に、おれはモンスターがこの建物がある方向に迫ってくるのを感じた。
近づいてくるマナは強力なものだったが、それには覚えがあるものが混じっていた。最初に戦った上級モンスター、ウェアドのマナだ。他のマナはまだ遭遇したことのない上級モンスターのものだろうが、ウェアドのマナはわかる。
それよりも問題なのは、ウェアドたちが敵意を持ってこちらに向かってきていることだ。敵は明らかにここ、H.O.P.E.本部の位置を掴んでいる。
「北条さん、モンスターはここがわかっているようです」
「まさか、直接攻め込んでくるとは……」
ウェアドが来るとしたら、屋上からだろう。敵も嫌なことをしてくる。屋上は苦手だ。
「おれは屋上で敵と戦います。その間に、職員に避難の指示をしてください」
「わかりました」
おれは北条の研究室から飛び出して階段へ向かい、何段か飛ばしながら駆け上がった。
刀を握ってから屋上のドアを勢いよく開けると、そこにいたのはやはりウェアドだった。見知らぬモンスターも一体いる。そのモンスターは、黒い衣服に身を包み、どこかの国の伯爵やら公爵やらを連想させる格好だった。白い顔に赤く光る瞳。口を閉じても隠し切れない刃。吸血鬼にも見えるモンスター。
二体の上級モンスターを相手にするのか。
ウェアドがおれに目を向ける。
「ヴェルティナ、あとは俺に任せてくれ」
「わかったよ」
ヴェルティナと呼ばれたモンスターはそのまま姿を消した。姿を透明にできる能力かと思ったが、気配はまったくしないし、おれの後ろにある扉が開くこともない。どうやら、本当におれの相手をするのはウェアドだけのようだ。なんのために、さっきのモンスターはここへ来たのかわからない。それならそれで都合はいいが、どこか落ち着かない。
「また会ったね、キサキ・ケンイチ」
偶然、ここで会ったかのような言い方だ。
「明らかにここを狙って来ただろ。なにか企んでいるのは見え見えなんだよ」
「隠していても無駄か。でも、それは諸君にも言えることだ」
「どういうことだ」
「解放の力を諸君は彼をここに隠している、あるいは……誰かが隠し持っている。そうだろう?」
それを取り戻すために、本部へ攻めてきたというわけか。
「我々は彼を取り返し、彼の力で諸君に捕われた同胞も取り返す」
北条の予想が実現してしまう。
解放の力はモンスターをカードから、実体を持った存在へ変えることができる可能性。そのこと以上に、モンスターの力を強めてしまうかもしれない危険な力だ。絶対に渡すわけにはいかない。
しかし、敵も本気のようだ。本部にモンスターが近づいてくるのを感じた。数は四体ほどだが、そのうちの三体が上級モンスターだ。
まだ、時間はある。
「おれは、お前を倒す」
刀を構えた。
「いいだろう。自分の考えの浅はかさを、身を以て味わうがいい」
ウェアドも、二枚刃の槍を構える。
おれが前に進み、真一文字に刀を振る。ウェアドとの戦いが始まった。




