31st Card スターライト
UNLIMITSの「スターライト」という曲を聴きながら書きました。
家に帰ってからシャドウにやられた傷を見てみたが、大きなものだった。おれの腹にはしっかりと「一」が刻まれている。ニセモノとはいえ瞬速斬を食らってしまったのだから当然だろう。しかし、そのせいで絢十にマナを分け与えるどころではなくなってしまった。早くおれは自分の傷を癒さなければならない。そのためには自分のマナを消費するわけにはいかなかった。
……一人、うるさいやつもいるし。
「この傷、かなり酷いじゃありませんか!」
数週間ぶりにエルーが家に帰ってきたというのに、開口一番の台詞が「傷を見せてください」。はぐらかそうとしたがしつこく見せてくださいと言ってきた。ようやく出た別の言葉がこれ。結果的におれは自分の傷を見せることになる。黙っていたのに隠し通すことはできなかった。
「守護者の力ですぐに治るだろ」
見た目は心配されるほどのものだが出血はすでに止まっている。マナを浪費しなければ治るのに数日もかからないはずだ。
「そうかもしれませんけど、どこか大丈夫なんですか。さっき訊いたときは大丈夫だって言ってたのに!」
「言ったかな、そんなこと」
「言いましたよ!」
「まあ、ほら、こうして話せているんだし大丈夫だ」
久々に我が家が賑やかなのは大変結構な話だ。……ちょっとうるさいけど。
さすがにエルーもそれを察したのか、急に声を抑えた。
「治るとは言っても心配です。まずは手当をしましょう。薬箱は棚の上から四段目でしたよね?」
「ああ」
エルーが洗面所の近くにある棚から薬箱を持ってくる。消毒液を取り出し、染み込ませたティッシュでおれの傷に軽く当てる。当てられる度にジーンと刺激が走り、表情が歪む。
「けんいちさん、本当に無理はしないでください。守護者も一人の人間なんですから」
これだよ。これを言われると思ったからおれは黙っていたのに。
心配されるのが嫌だというよりかは、答えに困ることを言われるのが苦手だと言ったほうが正しい。約束のできないことにうなずくのは難しいからだ。
「……染みるな」
「それは我慢してください」
はい。
一通り消毒液を塗ると傷の上にカーゼを巻き、さらにその上に包帯を巻いた。
「ここだとこれくらいしかできませんが……」
家でなければこれ以上の処置がエルーにできるかのような言い方だが、まさかできるのだろうか。この状況下で必要な処置は充分できている。及第点は与えられるはずだ。
「いや、上出来だろ。あとは治るのを待つだけだな」
「はい」
「じゃあ、晩飯の用意でもするか」
「ええっ! その身体で大丈夫ですか?」
「大丈夫だって」
心配し過ぎだろ。
おれはエルーの横を通ってスタスタと台所へ向かう。
「あの、私、手伝います」
慌てた様子でエルーがついてくる。
「いらないよ。料理するわけじゃないんだ」
熱湯で温めるだけでできるレトルトカレーを二袋取り出した。カレーを温めて、ご飯を炊くぐらいならおれ一人で充分だ。
「ごちそうさま」
「ごちそうさまでした」
食事を終え、食器を台所まで運ぶ。
カレーライスの皿、スプーン、コップがそれぞれ二人分あるが大した量ではない。三分もかからずにすべて洗い終えた。
居間に戻る。エルーはソファーに座っていたがなにかをしているわけではない。ぼうっと窓の外を眺めていた。こうやってみると絵になる顔をしている。おれはエルーの隣に腰掛けた。
「H.O.P.E.にいたときの食事はどうだったんだ」
「お米と汁物をいただいていました」
「味は」
「……まずまずといったところでしょうか」
「へえ」
別に気を遣わなくてもいいのに。
「ところで、さっきのご飯、なんと言いましたっけ?」
「カレーライス。レトルトカレーと言ったほうが正しいが」
「カレーライス……。美味しかったです。あの、今度また作ってもらってもいいですか?」
「気に入ったのか」
「はい」
笑顔を浮かべてエルーは答えた。
気に入ってもらえたならなにより。
まだ残りがあったか確認してみたが、残念ながら品切れだった。
時計に目を向ける。まだ八時だった。近くのスーパーは九時まで営業している。食後ということで気は進まないが、今日を逃せばいつ自分に余裕ができるかわからない。腹を休めてから買いに出かけよう。
そのとき、ポケットのなかに入っている携帯端末が振動した。慣れない音がしたせいか、エルーがびくっ、と反応する。
端末を取ってみると画面には雅志からの通話であることが表示されていた。応答し、端末を耳に当てる。やつの声が聞こえてきた。
「やあ、剣一。傷の調子はどうだい?」
「まだ残ってる。そんなにすぐに治る傷じゃなかったんだろうな。お前はどうだ」
「ぼくはほとんど治ったよ」
「そうか。よかったな」
世間話をするために雅志が電話をしてくることはたまにあった。今回の電話もそうだろうと思い、それじゃあな、と言いかけたときだ。
「いま家にいる?」
「ああ」
「じゃあ、エルーさんも一緒だよね?」
「ああ」
なにか用でもあるのだろうか。
「もしかしたらさ、傷の治りが遅い原因って彼女じゃない?」
「……あっ」
一瞬考えて、すぐにわかった。
エルーにこの会話を聞かれたくないと思い、おれはそっと自分の部屋に移動した。
「エルーさんって、人や大気中に存在するマナを吸収しなければならないんじゃなかったっけ」
「そうだ。雅志も北条さんから話を聞いていたんだったな」
「うん。それでさ、いま家にいるならちょっとみんなで散歩でもしない?」
「散歩?」
唐突な提案だった。
「ぼく、剣一、エルーさん、里花の四人で散歩。いいもんだよ、夜空の散歩は」
この誘いはたしか二、三ヶ月前にも聞いた気がする。
「今回は遠慮しないでね」
雅志が言いたいことはなんとなくわかった。エルーがマナを吸収してしまう対象を、おれ一人から草木や大気、そして雅志と伊部に増やそうということだろう。たしかにそうなれば、おれも自分の傷を治すことにマナを費やせそうだ。
「わかった」
「待ち合わせ場所はいつもの交差点で。それじゃあ後でね」
雅志が通話を終了したのでおれもそうした。
居間に戻り、早速エルーに話す。
「雅志が散歩しようって言ってきた。行かないか?」
「はい、ご一緒させてください」
そうと決まれば準備をしよう。
外の気温が気になるが、夜だとしても夏なら特に気にする必要はないだろう。虫除けスプレーくらいはしておいたほうが良さそうだ。薬箱を置いてある棚にあるスプレーを取って玄関まで向かい、そこで腕、足、首に吹きかけた。
「それはなんですか?」
「虫除けスプレーと言って虫に刺されないようにする道具だ。エルーにもスプレーするよ」
「はい」
同様に、腕、足、首といった露出している部位に吹きかける。
「準備ができたな。行こう」
おれはドアを開けた。
やはり外は上着を気にするほどでもなかった。七月の夜の体感温度がおれとしては望ましい。着込まなくていいのが一番の理由。
「けんいちさん、星がきれいですよ」
エルーが空を指す。見上げると夜空に瞬く星がある。冬の星は美しいと聞くが、それは夏にも言えることだと思った。目に映る星々はどれも小さなものばかりだが、おれたちをたしかに照らしてくれている。
「そうだな」
すでに雅志と伊部が交差点でおれたちを待っていた。雅志が微笑みながら片手を上げてくる。
「やあ、早かったね」
「木崎くん、エルーちゃん、久しぶり」
「お久しぶりです、まさしさん、りかさん」
エルーが頭を下げた。
「よう。それで、どこに行くんだ」
「決めてない」
雅志は笑顔のまま答えた。そんなことだろうと思ったので別段驚きはしない。自分から言っておいて思うが、目的地のある散歩なんてそもそもあるのだろうか。
「とりあえず歩こうよ」
雅志の言葉に従って、おれたちは歩き出した。
車道では、自動車のヘッドライトやテールライトが行き交っている。空に広がる輝きを眺めるのもいいが、そばに流れる光の川を眺めるのも悪くはない。普段、歩いているときはここまで周りを意識したことはなかった。
「ねえ、剣一」
先頭を歩いている雅志がこちらを向いて声をかけてきた。逆光で雅志の顔が見えない。
「夜の散歩も乙なものだろう?」
「まあな。静かじゃないけど」
「それは時間帯と場所によるね。まだ八時台だし、ここは車の通りが多いから。なんなら静かな場所に向かおうか?」
「あっ、それいいね!」
横から伊部が賛成の意を示してきた。おれも反対はしない。
結局、行き先はできてしまったわけだが、それはそれ、これはこれ。
衝撃波を放つモンスターが現れた場所を通った。以前とは変わって建物の修理は終わっていた。窓から明かりも見える。住人が戻ってきているようだ。
あの日、初めてエルーのことを名前で呼ぶようになった。理由はいくつかある。それはおれがエルーのことを認めるようになったから。エルーにおれの本音を伝えたから。どれも正解だし、不完全解答でもある。
「ここ、以前に来たことがありますよね」
「覚えてたか。衝撃波を放つモンスターと戦った場所だ」
「覚えています。あの日のことはなぜか忘れられないんです」
理由は訊かないでおく。
「おれもだ」
だから訊いてくるな。
おれの思惑とは裏腹にエルーは口を開いた。しかし、雅志の言葉と重なる。
「みんな、もうすぐ着くよ」




