29th Card 潜在能力
日はまだ高い空。
雲の流れが早い。髪がなびく。風が吹いていた。静まり返った辺りにその音だけが響く。
発光現象が起こる瞬間までしか見ていなかったが、どうやら先ほどの二人の攻撃でモンスターは倒されたようだ。絢十に撃ち抜かれ、雅志に貫かれた攻撃。おれもモンスターだったら、いまごろは発光現象が起きているのかもしれない。
面白いくらいに不安気な表情をしている雅志といつもは見せない焦った様子の絢十がおれを見ていた。
「剣一、大丈夫かい! いま、沖田さんが担架を持ってきてくれるから待っててね」
不思議と痛みはなかった。死ぬ、というときはこういう感覚に陥るのか。
絢十が出した技は、いつも撃っているビームあるいは光線一つを放つ【ラストシューティング】とは違ったものだった。また、雅志のも同様で、普段の相手を突き刺して上空へ放り投げてから空中で貫く【天空突破】とも異なっていた。どうやら二人の技は進化したようだ。
足音が近づいてくる。早い。
「担架を持ってきました」
声の主は沖田だった。果たして運ばれたとして、おれは助かるのだろうか。
「ありがとうございます! よし、絢十くん、持ち上げよう」
雅志がおれの肩を支え、絢十がおれの足を掴む。掛け声と共におれを持ち上げ、担架に載せた。二人が担架を持ち上げて歩き出した。
「しかし、木崎くん、どこか怪我をしていますか?」
沖田が尋ねた。痛みを感じていないのでわからないが、考えると妙な話かもしれない。腹に穴が開いたとして、痛みを感じないことはないだろう。たとえ感じないとしても、だ。出血していないというのはどういうことだろう。
「……おれ、大丈夫かもしれない」
試しに起き上がってみる。意外とすんなりできた。二人に担架を下ろしてもらう。
一番驚いていたのは絢十だった。
「守護者二人の攻撃をまともに食らっていて大丈夫って、なんでなんだ?」
まるで、おれがモンスター、みたいな言い草だ。無事だったのだから良かったではないか。先ほどの絢十の顔を写真に収めていたなら見せてやりたい。
沖田が腹のあたりを触ってくる。
「痛くないんですか?」
「痛くないですよ」
沖田の手を軽く払った。
「そうか!」
突然、雅志が声を上げた。
「きっとぼくたちが人間の守護者だから、じゃないかな。人間を守るための存在だから人間を傷つけることはできないんだよ」
そうなのだろうか。もう一度攻撃を受けてみればそれがわかるかもしれないが、自ら進んで受けようとは思わない。そこまでして知らなければならないことでもない。
「では、ひとまず本部へ戻りましょうか」
沖田が担架を持って自動車を停めているところまで走った。
H.O.P.E.本部のミーティングルーム。いるのは、おれ、絢十、北条、そして雅志。雅志がこの建物に来るのは、北条への報告以来だった。
定例通り倒したモンスターのカードを北条に渡す絢十。
「ありがとうございます。先日回収していただいた塔に封印されていたカードの研究が終わりましたのでお返しします」
黄色のカードを返される絢十。第三者の目から見たらどれがどのカードかわからないかもしれないが、カードに触れることで大体の能力を感じることはできる。この状況で、少なくとも守護者である絢十が間違えることはない。
思えば封印の塔から回収したこの黄色のカードだけ、調査や研究の時間が長く費やされていた。同じときに渡した重力を操る力とマナを吸収する力はすぐに返ってきたが、このカードだけは調査にかなり時間がかかったようだ。
「このカード、なにか変わっていましたか」
「ええ。いままで渡してもらったどのカードよりも強力な力を秘めていました。そのため、じっくり時間をかけて調べる必要があったのです」
「オレも調査に立ち会ったけど、たしかにこのカードは強い力を持ってた。マナを大幅に消費するんだ」
「このカードは一体どんな力を秘めているんだい?」
雅志は絢十に尋ねたが答えなかった。未だに雅志とは性格が合わないようだ。
代わりに北条が答える。
「閉じられた鍵を開けることから自身の潜在能力を引き出すことまで、かなり幅広い範囲での『解放』を可能にする力があるようです」
解放の力……。たしか、エルーが教えてくれた上級モンスターの一体にその能力を持つ者がいたはずだ。上級モンスターの力か、なるほど強大なわけだ。敵の手に渡ってしまえば、文字通り大変な脅威となる。
さらに北条は言葉を続ける。
「これは私の予想ですが、『解放の力』をカードに対して使った場合、倒されたモンスターが復活する可能性があるのではないでしょうか」
いまの発言は、絶対にそのカードは敵の手に渡してはいけない、持つ者は充分に注意しなければならない、といったことを宣告されたに等しい。
部屋のなかに漂う雰囲気が重くなった気がする。たった一枚のカードなのに、絢十が持っているそれは、おれたちの目には酷く重たく映っていた。「解放の力」をモンスターに渡すつもりもなければ、その他のカードを渡すつもりもないが、改めて自分の役割の重さをも感じることになった。
「もちろん、私たちもそんなことをさせるつもりはありません。ですが、モンスターが強力なものしか残っていないのも事実。守護者の力だけに頼ることはできません。
そこで、私はモンスターに対抗するための切り札の開発を、密かに進めてきました。『解放の力』を調査したおかげで完成まで大分近づきました」
そのようなものまで北条は用意していたのか。彼は本気でモンスターをどうにかしようと、人間の未来を守ろうとして考え、行動している。ときどき冷血漢的側面を見せる北条だが、彼の行動はいままで守護者の助けとなっていた。
今回もその彼の切り札とやらを信じてみよう。もちろん、それに頼り切ろうとする姿勢でいくわけではない。
「おれたちも、その分頑張ります。よろしくお願いします」
ミーティングルームを出てからは休憩スペースにて、三人でジュースを飲んでいた。おれと絢十と雅志とは、珍しい組み合わせだ。
「結構、戦いがきつくなってきたな」
おれは手にあるコーラを一口飲んだ。まだ下級モンスターは残っているのかもしれないが、敵のほとんどは上級モンスターばかりだろう。
「今日の戦いはヒヤヒヤしたよね。剣一が犠牲にならなきゃ勝てないかもしれないって本当に思ったよ」
「あの強さでも上級じゃなかった。知性はなくても、ひとりで戦うには手強いモンスターは他にもいるかもしれない」
絢十の考え方は正しいと思う。ああいったモンスターが他にもいた場合、おれたちは単体で戦うことは避けたほうがいい。
「それに、厄介なのはモンスターだけじゃないんだよね」
雅志が言いたいことはわかる。
忘れてはいけない存在。ここにはいないもうひとりの守護者。
そして、おれたちの仲間。
「瀬戸だな」
「うん。瀬戸さんはモンスターに操られているからね」
瀬戸は戦いを挑んでくるだろうが、おれたちはそれに対してどうにか対抗しなければならない。先ほどわかった「守護者は人間を傷つけられない」という雅志の予想が正しければ、瀬戸に攻撃を仕掛けたところで意味はない。
簡単な話ではなかった。
「ぼく、今日の戦いで剣一を……殺してしまうかもしれなかった。もう、あんな思いはしたくない。絶対に瀬戸さんを助けたいんだ」
おれも同じ気持ちだ。仲間を犠牲にしてまで自分の役割を貫きたいとまでは思っていない。
おれたちは残っていたジュースを飲み干し、駐車場へ向かった。雅志はバイクに乗ってきていなかったのでおれの後ろに乗せる。自動操縦の目的地を雅志の家に設定する。
時間の割に外はまだ明るい。絢十は先に家に帰ることなく自動操縦の速度に合わせて走行してくれた。ただ、会話は一切なかった。
赤信号で一旦停止する。雅志を家まで届けるため、絢十とはここで分かれることになる。
「またな、絢十」
「ああ」
「じゃあね」
短く挨拶を交わし、信号が青に変わると同時におれたちは別の道へ進んだ。
雅志を家まで送り届けると、ひとり考え事にふける。もしもこのバイクが普通のバイクだったならば、考え事をしながらの走行は非常に危険なものだっただろう。自動操縦でよかった。
おれが考えていたのは、「解放の力」の使い道だった。
あのカードを使えば、エルーの記憶を取り戻してやることができるのではないだろうか。エルーの記憶が本当に封印されたものならば、それを解放してやることは可能なはずだ。事態が落ち着いたら使ってみようか。しかし、エルーが記憶を取り戻したとして、なにも起こらないという保障はない。万が一、それが本当は思い出したくなかった記憶だとしたらどうする。おれの親切はお節介となってしまう。それだけは御免被る。
もしかしたら思い出したくないことかもしれない。
もしかしたら思い出さなければならないことかもしれない。
それは誰にもわからないことだ。いま悩んでも仕方がない。それよりも瀬戸を助け、上級モンスターとどう戦うかが目の前の課題だ。
気がつくとバイクは家の前で止まっていた。
明かりのない我が家。おれの帰る場所。そして、エルーを待つ場所。
夏休みには一般的な高校生は、学校側より生徒泣かせとも言うべき量の課題が出されることになる。それは当然、おれに対しても例外ではないが、おれは宿題課題をやらずに本部へ通うことが夏休みの日課となっている。課題を怠けているというわけではなく、ただそれが力を入れるべきものではないと認識し、行動した結果が課題の放置に繋がっているだけのことだ。
課題は本来ならやらなければならないことではあるが、それよりも重大な責務がおれにはあった。
本部へ通うことでより早く、モンスターが出現した情報を集めたかった。モンスターが現れたことがおれにわかる範囲は限られている。その範囲から離れたところでモンスターが現れたとしても、本部にその情報が入ってからおれの携帯端末に連絡が届くまでにタイムラグが生じてしまう。できるだけそれを減らそうと考えた結果、いまに至る。
雅志は伊部の近くにいたい、といったことを言わなくなったし、以前よりも積極的に本部へ顔を出すようになった。本音としてはきっと伊部のそばにいたいのだろう。
おれと雅志と絢十の三人で交代しながら、モンスターと瀬戸を探している。それには毎回、戦闘員の人たちが同行してくれた。ファルゲンとの戦闘により死傷者を出してしまったことによる人数不足や、本部に残って対応しなければならないものもいたため、人海戦術を使って分業することができなかったが、それでも彼らの助けは心強い。
今日は絢十が外回りで、おれと雅志が本部で待機する日だった。
「モンスター探しを始めてからそろそろ一週間。どこかで動きがあってもいい頃だよね」
「そうだな」
「瀬戸さんは女帝のところまで行ったみたいだけど、それって瀬戸さんは女帝の居場所を知っていたってことなのかな」
「さあな。詳しいことはわからんが、あいつのモンスターに対する強い憎しみが女帝のところへ連れていったのかもしれない」
マナが導いたとでもいうべきか。それを考えるともう一つの可能性が浮かび上がってくる。
女帝から瀬戸を呼び寄せたのではないかということだ。目的はもちろん自分にとって都合のいい手駒とするためだったり、おれたち守護者に手を出しにくくさせるためだったり、といったところだろう。
携帯端末に連絡が入る。同時に本部内にサイレンが鳴り響く。
来たか。
画面には「モンスター出現」といったメッセージと具体的な場所が表示されていた。おれと雅志はすぐに駐車場へ向かい、バイクに乗る。携帯端末をバイクに取り付けて目的地をセットし、自動走行を開始する。そこまで遠いというわけではないが、モンスターを察知するにはなんとも微妙な距離がある。
少し走ってからようやくモンスターの存在を感じ取ることができた。この重圧感からして上級モンスターだ。銃声が聞こえてくる。また、おれたちの進行方向とは真逆の方向へ向かう人たちや自動車も見受けられた。ここから近い。
次の交差点を左へ曲がって直進すると、モンスターに応戦する絢十と戦闘員の姿があった。
深緑色の大きな顔に、全体的に茶色と緑色の中間色の胴体、ワニか他の爬虫類に似ているモンスターだ。幼い頃に見たことがある特撮映画に出てきた怪獣を、小さくしたものにそっくりかもしれない。その怪獣は道具を使うことなど一切なかったが、この上級モンスターは黒い杖を握っていた。ファルゲンが持っていた、魔術的な仕掛けがありそうな杖とは異なりただの棒にも見える。
絢十が引き金を引き、銃口から光弾が吐き出される。相も変わらず狙いはかなり正確で、上級モンスターの顔に光弾は飛んでいく。しかし、その攻撃は回避されてしまった。狙いが正確なだけに、弾道の先読みをして回避するのは容易だということだろうか。
戦闘員も所持しているライフルで銃撃をおこなうが、それに対して上級モンスターは避けることさえしない。やはり、モンスターに効果があるのは守護者の得物だけだった。
上級モンスターが杖を振り回す。ただ振り回しているだけなら、モンスターの近くに人間がいないから誰かに被害が及ぶ心配はないと思えた。
杖の先端が赤い光を纏い、そこから炎がばら撒かれる。
周囲の物体が燃え始めた。戦闘員は炎から遠ざかる。
こいつ、炎を操る上級モンスターか。
おれと雅志はそれぞれの得物を手に、炎の中心にいるモンスターへ攻撃を仕掛ける。辺り一面焼け野原にされてしまう前に、こいつを倒さなければならない。
上級モンスターはおれの刀での攻撃は避け、雅志の槍での突きを杖で捌いた。
敵に休む暇を与えずにおれは斬撃を与えようとするが、炎を纏った杖で防がれ、思うように近づけない。周囲も炎が上がっていて、さらにその中心で激しく動いて戦うとなれば、体力の消耗が激しい。
おれと雅志が上級モンスターから距離を取った瞬間に、そのタイミングを見計らっていた絢十が銃撃した。攻撃は上級モンスターに命中したが、相手が後ろに少し下がるくらいの効果しかなかった。
「燃えろ」
上級モンスターに杖を向けられた絢十の身体が炎に包まれる。鎮火させるために絢十は地面を転がった。
「やめろ!」
絢十への炎攻撃を止めるため、上級モンスターに刀を振るが避けられた。もう一度仕掛ければ杖で防がれ、さらに攻撃を加えようとするとそれよりも先に炎で攻撃された。
赤く燃える炎は耐えられないほど熱いというわけではないが、長時間耐えることはできそうにない。炎は徐々に、それでいて確実に体力を奪っていく。
絢十がモンスターに蹴りを入れる。光弾に比べればはるかに遅いその攻撃は易々とかわされてしまったが、直後の雅志の突きがやつにダメージを与えた。
この上級モンスターに、おれたち三人がかかれば勝てる。
「ふん。やるじゃねえか、小僧ども」
上級モンスターは杖を振り、再び炎を撒き散らす。おれや絢十に雅志は回避行動を取るが、そのたびに安全な場所を失っていく。この状況では敵に地の利を与えてしまっている。炎を消したいところだが、生憎、こちらに消火活動を行える手立てはない。
大火事を消すために爆弾で火を吹っ飛ばす、という言葉をなにかで知った。爆弾は持っていないが代わりになるものならある。
おれは赤のカードを出し、衝撃波を火柱に向かって放つ。炎を吹き飛ばしたところには焦げ後だけが残った。
絢十もカードを出す。青のカードを使い、得物である銃を強化した。そして光弾をモンスターへ放つ。避けられはしたが雅志が攻撃できる機会を与えることができた。
用意していた黒のカードを使う雅志。今回の技も【天空突破】ではない。ミノタウロス型モンスターに使った技だ。
雅志は地面を、勢いをつけて踏んだ。狭い範囲で地震が起きた。立っていることが精一杯なくらいには強い。踏みつけた反動で高く跳び上がりモンスター目掛けて槍を突き刺そうとする。
その攻撃を厚い炎の壁が遮った。炎の壁は雅志の攻撃を防ぐと同時にダメージも与える。
「同じ手を何度も食らうかよ」
炎の壁の向こうからモンスターが吐き捨てるように言った。直後、壁を通り抜けて火球がこちらに飛んでくる。背後には戦闘員が複数いた。避けることはできない。おれは刀で攻撃を受け止める。雅志も同様に槍で押さえ、絢十は火球に向かって光弾を撃った。
すべての火球を防ぎ切った、と思ったときに、上級モンスターが炎に包まれた杖でおれに攻撃してきた。防ぐことに精一杯で、刀で押さえる形になってしまったが、相手の勢いに耐えることができずに後方へ飛ばされる。
「ぼくの新しい技、【天地騒々】を防ぐなんて、やるじゃないか!」
雅志は槍を振り下ろすも回避され、炎の杖で反撃を食らっていた。
続いて絢十にモンスターの矛先が向けられた。敵の炎の杖に対して絢十はそれをかわさずに素手で受け止める。モンスターは絢十から離れようと杖を引き離そうとするが、絢十はそれを許さない。さらに敵の身体に銃を密着させ、超近距離からの射撃を試みた。一方は攻撃を食らった衝撃により、もう一方は攻撃の反動により、後ろへ倒れる。
先に起き上がったのは上級モンスターだったが、ダメージがまったくないわけではない。武器強化のカードのおかげでもあり、絢十の接射のおかげでもある。
「少しは効いたか、モンスター」
後ろ姿しか様子は分からないが、痛みを堪えながら絢十も立ち上がる。その手には赤のカードが握られていた。
「オレはモンスターなんて名前じゃねえ。ファジニだ。特別に教えておいてやるぜ、小僧!」
相手が名乗ってくれるとこちらも名乗り返したくなる。それが強敵であるなら尚更だ。そこで「ならおれも教えてやる」と言って名乗らないのが、絢十が絢十である所以とでもいうべきだろうか。彼は「興味ない」と一言返すだけだった。
「木崎、しばらく時間稼ぎを頼む」
「わかった」
雅志にも頼む、といったことを絢十はしない。いつまで心理的な壁を作っているのやら。当の雅志本人はそのことに気づいている様子はなく、青のカードを使って鎧を身に纏っている。
「雅志、行くぞ」
「オーケー」
その返事を聞くとすぐにファジニへ近づく。鎧の分、雅志の動きは遅くなっていたが二人同時に攻撃を仕掛けるよりかはテンポのずれた攻撃のほうが、敵にとってしてみれば休む暇はない。
刀を振る。槍で突く。敵はその攻撃を回避することができない。
刀を振る。槍で突く。敵はその攻撃をただ防ぐばかり。
だが、おれが攻撃しようとしたときに反撃は来た。ファジニが横に回転し、広範囲に及ぶ炎攻撃が迫る。避けるには敵との距離が近いため、防ぐ他なかった。完全に自身の身体を守り抜くことなどできるわけもなく、腕も脚も火傷を負ってしまう。痛みに強い守護者でもさすがに限度がある。
こういうとき、アーマーや特殊装備をしている戦闘員と鎧を装着している雅志がうらやましい。
ふと、絢十を見てみると赤のカードを持ったまま動いていなかった。そういえば、おれはあいつにマナを吸収するカードを貸したままだった。絢十は上級モンスターのマナを吸収するつもりなのだろう。
「待たせたな」
絢十は赤のカードから黒のカードへ替えた。時間稼ぎをした甲斐があったな。
「まさか小僧、オレのマナを……!」
「自分のマナが吸われてることくらい気づけ」
「させるか!」
ファジニは絢十が攻撃する前に杖から炎を飛ばす。これを凌げればおれたちの勝利は確実だ。絢十が当てられぬように、おれは刀で炎を叩き落とす。雅志は槍を回して炎を打ち消そうとしていた。
炎を数発食らってしまい、おれは地面に倒れてしまう。その瞬間に絢十が必殺技を放った。これも雅志と同様にいままでの【ラストシューティング】ではなく、前回の戦いで見せた新たな技だ。一つの銃口からいくつもの光線が出ている。武器強化のカードのおかげ、というわけではないようだ。あいつの守護者としての力が変化したのだろう。その技を【ワールドオーバー】とおれは呼んでおく。
全弾、敵に命中。土煙が舞い上がり、視界が遮られた。
やった、勝負ありだな。あれだけの攻撃を受ければ、還元を現す発光現象の一つや二つ、起きてくれてもおかしくない。
それなのに一向に始まる様子がなかった。
「やるじゃねえか、小僧。絶対に逃がさねえからな。全員ぶっ殺してやる!」
火に油を注ぐとはこのことを言うのだろうか。煙のなかからファジニが姿を現す。ボロボロではあるがそれは見た目だけだった。あの攻撃を耐えたというのか。笑えない冗談だ。
「まるで化け物だ……」
化け物で間違っていない、と雅志の独り言に対して心のなかで突っ込みを入れておく。
ファジニが杖を天に向けると、おれたち三人とファジニを囲む炎の円が形成された。火柱の群れがおれたちに覆い被さる。完全に逃げ道を封じられてしまった。
「てめえらが燃え尽きるか、オレが倒されるか。二つに一つだ」
熱い。おまけに酸素も薄いのがわかる。
このままじゃ、みんな死ぬぞ。
ファジニの杖から、炎がおれたちに向かって飛ばされてくる。叩き落とす、鎧で受けるか槍で押さえる、撃って相殺する、といった行動をおれたちは何度か繰り返した。
動きを止めたときには熱さや酸素不足も重なって体力が削ぎ取られ、限界が近づいているのがわかる。
おれも黒のカードを使うべきか。いや、いまのおれではマナが足りない。雅志も黒のカードを使用したうえに鎧まで着ているのだからそれほど残ってはいないだろう。おれたち二人ではファジニに効果的な一撃を、与えることはできない。
ならば、ついさっきマナ吸収のカードを使ったばかりの絢十が最後の希望だ。絢十なら、まだマナがあるはずだ。それでもやつを倒せなかったら、おれたちは本当におしまいだろう。
「絢十……」
声があまり出ない。煙で喉がやられたか。
「マナは……残っているか」
「ああ」
「なら、もう一度、あいつに黒のカードを、使ってくれ」
「……わかった」
絢十は黒のカードを握るが、すぐにそれを使おうとはしなかった。使ったところでファジニを倒せるかどうか、定かではないと悩んでいるのだろうか。
黒のカードとファジニを見た後に、絢十はカードを仕舞う。
まさか、諦めたのか。
いや、違った。絢十は黄色のカードに替えただけだった。
あれは、もしかして、解放の力。
「ふん。やっぱりてめえらが捕らえていたのか、オレたちの仲間をよ!」
ファジニが絢十へ炎を飛ばし、さらに自身も迫ってくる。これまでにないスピードで、手負いのおれたちを相手にするには充分過ぎる速さだ。
ファジニの絢十への攻撃を妨げようとするも身体が思うように動かない。
雅志も自ら盾になろうと前に出る。飛んでくる炎攻撃を耐えることはできたものの、ファジニの突進攻撃にまでは耐えることができずに弾かれてしまった。
「絢十ぉ!」
なんとか回避してもらいたかった。
しかし、とうとう絢十にまで攻撃は及び、目の前で彼の身体は炎に包まれる。おまけに炎の杖での直接攻撃まで食らった。
炎の勢いが、倒れているおれのすぐ近くまで来る。
盛んに燃え上がる火柱のなかから、絢十の叫び声が聞こえるも、すぐに静かになった。
絢十が、やられた。
「間に合ったぜ」
絢十は間一髪のところで攻撃を受け止めていた。しかも、接射のときのように苦痛を我慢しながらかろうじて押さえているわけではない。
見た目に大きな変化はないが、雰囲気ががらりと変わっている。まるで別人だ。仲間であるおれですら近寄り難いと感じるものがある。それでいて上級モンスターが纏っている嫌な感じはしなかった。
これが「解放の力」によって引き出された絢十の潜在能力。
異変を察知したファジニはすぐに下がる。上級モンスターと呼ばれるだけあって、さすがに状況判断は的確なようだ。
ファジニは離れたところから絢十の身体を発火させるが、絢十本人はまったく意に介していなかった。読みが甘かったな。
炎に身体を包まれたまま、絢十は銃を前に出し、再び黒のカードを出す。
先刻とは比べものにならないほど多くの光線が銃口から素早く吐き出された。ファジニは炎の壁を作り出して防ごうとするも、防ぎ切れずに被弾した。
ファジニの身体が黄色く発光する。ようやく、上級モンスターが還元される。
「馬鹿め……」
そう言い残して、やつはカードへ戻った。ただの負け惜しみを言っているようには見えなかったが、一体なんの意味があるのだろうか。
周囲で激しく燃えていた炎が、風船がしぼむように勢いを失っていく。
「木崎、大丈夫か」
絢十がカードを拾ってから駆け寄ってくる。身体中火傷だらけだ。大丈夫、と返すには強がりが過ぎるな。
「ビタミンCが欲しい」
「オレもだ……」
雅志もこちらへやって来る。鎧を装備していたおかげか、元気そうに見える。
「やあ。みんな、お疲れさま」
雅志の言葉におれは、おう、と一言返したが、絢十は無言だった。それくらい、返してやればいいのに。
「絢十くん、大丈夫かい?」
「ああ、大丈夫っす」
冗談を言うくらいの余裕ならあるのかと思っていたが、突然、絢十が倒れた。これが演技なら俳優になることを勧める。
「おい、絢十! 本当に大丈夫なのか? おい!」
揺らしてみても、絢十は答えなかった。絢十も相当深手を負っていたのだろうか。そこへ相川とレイモンドが駆けつける。
「すぐに彼を本部の治療室へ連れていくよ」
「お願いします!」
おれは頭を下げた。相川は絢十を担ぐとおれたちのほうを見る。
「剣一と雅志も来るんだ。二人とも、そんな怪我をしてるんだから」
雅志はともかく、おれは絢十に負けず劣らずの怪我人だろう。
「わかりました」
「はーい」
雅志はH.O.P.E.の車両へすたすたと向かう。おれは歩くのが少しばかり辛い。
「おつかれさま」
誰が言ったのかわからなかったが、声の主はレイモンドだった。初めてレイモンドの声を聞いた気がする。戸惑うなか、彼はおれに肩を貸して車両に乗せてくれた。
今日、初めておれたちは上級モンスターを倒した。いや、おれたちではなく絢十がやったことか。いずれにせよ、それを支えたのは「解放の力」に間違いない。今後もこの力は上級モンスターと戦ううえで欠かせない存在となるだろう。
上級モンスター、強敵であることを再認識した。次の戦いまでにこの身体を癒さなければならない。
自動車の窓から移りゆく景色を眺めながら、おれは目を閉じた。




