27th Card やすらぎのとき
久しぶりの投稿です。下書きは完結したので、徐々にあげていきます。
負傷者、十四名。死亡者、三名。幻を操るモンスター、ファルゲンによる被害だ。守護者がその場にいながら、このような結果になるとはなんたる失態。H.O.P.E.本部を訪れ、ミーティングルームにて相川が北条に報告しているのを見て悔しさを痛感していた。
「本日の敵、上級モンスターは幻を自在に操る敵でした。敵の術を受けた隊員から話を聞いたところ、自分の周りに件の上級モンスターが複数いるように見え、咄嗟に攻撃してしまったとのことです。また、その上級モンスターに守護者の一人である瀬戸紫苑が操られていました。そのため、木崎剣一と普久原雅志は彼女の相手をせざるを得なくなる状況にありました。隊長の沖田信司が上級モンスターに攻撃し、超振動ブレードの効果があったのか敵を退散させることはできました。その際、我々が敵の仲間を捕らえているのではないか、と尋ねてきました。以上で、報告を終わります」
「はい、お疲れ様です」
報告会は終わり、相川が部屋から出ていく。続いて部屋から出ようとする北条をおれは呼び止めた。小声で話す必要はないだろう。
「エルーは、いずれ倒さなければならないことになりますか?」
「なんとも言い難いですが、彼女は我々に対してとても協力的です。現状ならその心配もいらないでしょう。彼女は、どうやらモンスターの力を焼き付けているカードと同じなようです」
「どういうことですか?」
「そもそも、モンスターはカードでした。カードというのは力を留めておくための器です。彼女も封印の力を留めておくための器だったのではないか、というのが私の見解です」
よくわからないが、悪い傾向ではないようだ。このままいけば、ファルゲンがおれに見せた幻が現実のものとなることもないかもしれない。
「いま、会えますか」
北条は時計を確認する。
「大丈夫ですよ。検査室に彼女はいます」
おれは北条に頭を下げ、エルーがいる検査室まで向かった。
検査室の入り口近くに絢十が立っているかと思ったが姿はなかった。扉を開けて近くにいた研究員に声をかける。入り口の外で待つよういわれ指示に従う。
壁にもたれかかっていると、ほどなくしてエルーが出てきた。無意識に壁から離れる。
「こんにちは、けんいちさん」
「よう」
会いたいと言ったのはおれだが、うまく話を続けられない。普段通りの姿で安心したが、それを確認しに来たわけではない。
あの事実を伝えられてからエルーと会うのはこれが初めてだ。エルーは自身のことをどこまで知っているのだろうか。
なにをどう尋ねようか迷っているとエルーが先に言ってきた。
「私、モンスターと同じみたいです」
特に気にしている様子はなかった。
「ああ。もう知ってたんだな」
「はやとさんから聞きました」
はやと、と言われて誰のことだったか一瞬分からなかったが、北条のことだと思い出した。下の名前で呼ばれていることを耳にしないのでしっくりこない。
「モンスターと同じ、と言うと語弊があるんじゃないか」
「そうですね。私の身体はカードと同じだそうです」
「北条が言っていたが、よくわからなかった」
「力を宿したカードは、生命のマナと大気中のマナを、マナがない物体を媒体とすることで生まれます。封印の力の場合、その媒体がカードではなくて私だったということです」
「つまり、エルーはマナがなかったってことなのか」
「そのようです」
マナを持たない生命がいるとは知らなかった。
「封印の力を調べるのに、その能力を使ってみせました。直後に私から観測されるマナが大幅に減少し、周囲から少しずつ吸収していた、と観察していた方から言われました」
「エルーは自分でマナを作ることができないんだな」
「はい」
その点もモンスター、いや、カードと同じだ。モンスターと同じというよりもカードと同じといったほうがまだ言い易い。
「ところで、記憶は戻ったのか?」
「いいえ、まだです。はやとさんは、もしかしたら私自身が記憶を封印したのではないかと考えているようです」
有り得る話ではあるし、そのほうがなぜ記憶の一部がないのか納得がいく。封印の理由は、もしかしたら自分が人間ではないことになんらかの感情を抱いたからではないか、とおれは思った。でも、エルーは自分が人外と等しい力を持っていることを深く悩んでいる様子はない。多分、この考えは外れだろう。
「私、自分の記憶を封印しなければならなかった理由が分からないんです。おそらく、私以外の誰かが、私の記憶を封印したのだと思います」
北条の考えとは真逆のものだった。
エルーの考えの場合だと、こいつの記憶にはなにか知られてはまずいことでもあったと考えることができる。犯人は特定できないがモンスターを封印した後で、モンスターがそれをおこなったとは考えにくい。よってモンスターは容疑者から外される。と、ここまで考えてみたはいいが、先はまったくわからない。
「まあ、それに関してはなんとも言えないな。北条さんたちが解明してくれることを願うしかない」
「そうですね」
「エルーは記憶を取り戻したいか?」
「もちろんです。私の記憶ですからね」
「それもそうだな」
ならばエルーは、まだ帰ってくることはないだろう。もう少しだけ、おれの非日常が長引きそうだ。
「早く、家に帰ってこられるといいな」
「ふふ」
おかしなことを言っただろうか。いや、おれはおかしなことを言ってはいたが、エルーにとって笑えるようなことだっただろうか。
「嬉しいです。……この世界で帰る場所を用意してくれて」
「あ」
思わず言葉に詰まってしまう。
会話の続きを考えようとしたが、いい言葉が思い浮かばない。
「もう日が暮れてきましたね」
窓に目を向ける。エルーの言う通り、空は茜色に染まっていた。鮮やかな色彩は、いつか雅志と伊部の三人で見たものと同じだった。
「夕日はいまもむかしも綺麗です」
「他にも……」
おれの声は小さかったため聞き取りづらかったのか、エルーがもう一度言うように促してきた。
「いや、なんでもない」
無愛想に返す。二度も言うつもりはなかった。エルーもしつこく訊いてはこない。その代わり頭を下げてきた。
「ありがとうございます」
それはおそらく先ほどのおれの言葉に対する返答だろう。さてはこいつ、聞こえていたな。意地悪なやつだ。
「……そろそろ戻りますね」
「わかった。またな」
「はい。お気をつけて」
検査室に戻るエルーを最後まで見届けてから、おれはその場を後にした。おれはこう言ったのだ。「他にも変わっていないものがあるかもしれない。今度それを探しに行かないか」。
駐車場には絢十がいた。バイクに乗ろうとしているところだった。声を掛けようかと思ったが、なにを話せばいいのかわからない。とりあえず、挨拶だけでもしておこう。
「よう」
我ながら軽やかな調子だった。エルーとの会話のおかげかもしれない。
「よう」
向こうの声も、相変わらず覇気はないが、悪い印象を感じさせないものだった。
「今日はもう帰るのか」
「あいつがモンスターとして人を襲う可能性は低いから、今日のところは帰って休んでいいって言われたんだ」
「エルーがモンスターだったときのために、ずっとここにいたのか?」
絢十は上級モンスターが現れたときに、アーマードソルジャーと共に駆けつけてはこなかった。だから残り続けたのだろう、という予想はすぐに浮かぶ。
「そうだな。北条さんに協力を求められて、そっち手伝ったりしたけど」
協力ってなんのことだ、と訊こうとしたが絢十はヘルメットを被ってさっさとバイクを走らせていた。結局、仲直りとまではいかなかったが、話すことができただけましだろう。次の日には仲直りがきっとできる。
と思っていたのだが、なかなか絢十と本部で会うことはなかった。さらに日が過ぎ、その日は学校へ行くことにした。守護者だからといって、常に学校を休み続けているわけにもいかない。
教室に入ればみんなの机の上にはなにかが置かれている。おれの机にもあったので、それを手に取って見る。なんと我が新聞部による学校新聞だ! どれどれ。表題はこれか。
『西部緑地に現れる影。そして空へ上る光の柱。すべてはここから始まった!』
ついに完成し、発行までいったのか……。二人とも朝早くから学校へ来てそれぞれの机の上に置いていったのだろう。呼んでくれればおれだって協力したものを。
自分の教室を出て、雅志の教室まで向かう。入り口から見ると、あいつはクラスメイトに記事を見せながらなにか熱く語っていた。いまはおれが出ていくべきではないだろう。二人には後でお礼を言っておく。
教室に戻ってみれば、記事の内容で会話がにぎわっているようだった。おれは会話には参加していなかったが、クラス一の人気者の某がおれに尋ねてくる。
「木崎って新聞部だろ。モンスター見たのかー?」
あれ、某に名前を覚えられている。
二年生になるとこの学校ではクラス替えがある。おれはこのクラスにいるやつの半分くらいの名前は覚えていない。さすが人気者、みんなの情報は一通り集めているということなのか。ちなみに某の本名は澤田だったかな。
「見たよ」
「マジで? どんなんだった?」
興味津々に訊いてくる。そのせいか、某と会話していたやつまでおれのほうを見てきた。これが人気者の状態なのだろうか。
「オオカミみたいなやつだった」
へー、と返ってくる。多分、一度見ないと上手く伝わらないだろう。
「おめー、よく生きてたな」
某の取り巻きの一人が言った。こいつの名前はなんだったのかはっきりと覚えていない。たしか小川という名前だった気がする。
「最近ニュースにもなってるけど、それと関係があるのか?」
今度は別の取り巻き。こいつは田中といったか。どこまで話していいのかわからないが、話してはいけないと決めたこともない。別に構わないだろう。
「関係あるよ」
「やけに詳しいじゃねーか」
ええ、関係者ですから。
「あ、木崎が最近学校休みがちだったのはモンスターを追っていたからなのか?」
田中は勘が鋭いやつだった。いや、実際のところ、当たってはいるのだが微妙に違う。きっと田中は「記事のため」に追っていたと解釈しているのだろう。
「まあ、そんなところ」
「いいなー、学校休めてー」
澤田が声を上げる。休みたいのなら休めばいいのに。
それからはまた澤田が中心となって会話が盛り上がっていた。おれは彼らの会話に入ってはいない。入りづらい雰囲気というのがある。普段日の目を見ないやつの一時の人気などそんなものだろう。
放課後、新聞部の部室に寄ってみると雅志と伊部はすでに集まっていた。今日の記事がみんなの話題となっていたことが相当嬉しかったようで、二人で盛り上がっていた。
「やあ、剣一! 見てくれたかいぼくらの記事!」
「ああ。二人とも、協力できなくて悪かったな。言ってくれれば今朝くらいなら手伝えたんだが」
「なあに、気にすることないさ。ね、里花」
「うん。木崎くんも守護者のほう大変なんでしょ? 普久原くんも見習わないとね!」
「え、それを言うかい、里花……」
雅志は苦笑している。痛いところを衝かれた、といったところだろうか。
「いや、雅志は、雅志の役割をちゃんとやっているから心配することでもないさ」
「え、そうなの?」
「あっ、うん、そうだよ!」
笑顔で返す雅志。おれのほうを何度か見てきたが無視する。
今日は久しぶりに穏やかな一日を過ごしていた。こんな一日がおれの日常だったのに。
翌日。学校では今日から夏休みであると宣言する儀式がおこなわれた。といっても、ただ校長から長いお話を聞かされるだけの簡単な儀式だ。簡単ではあるが面倒ではある。それが終わってから本部に向かい、以前モンスターを倒して手に入れたカードを北条から返却された。マナを吸収する力と重力を操る力のカードだ。ただ、それをもらって帰るというのもなにかもったいない気がする。今日こそは絢十と仲直りしよう。
あいつと喧嘩したのは中学のとき以来か。そういえば、あのころもこうなってしまうとしばらく会話をしていなかった気がする。大抵謝るのはいつもおれからだった。やはり今回もおれから謝らなければ元には戻らないか。
今日も絢十は検査室の入り口で番人をしているのだろうか。ひとまず、向かってみることにした。
本部内にサイレンが鳴り響く。モンスター出現を伝えるサイレンだった。ここからは少し距離があるのか、おれ自身は存在を感じ取っていない。携帯端末を見るとどこに現れたのか知らせが届いていた。なんと、おれの住んでいる地域に近いではないか。人を守るうえで差をつけるつもりはまったくないが、やはり地元となると気持ちも変わってくる。急いで向かわなければならない。
モンスターが現れたらそれを倒しに行く。これがいまのおれにとっての日常だ。




