25th Card 蜃気楼
紫苑の家に向う途中、剣一は事件に巻き込まれてしまう。
携帯端末に送られてきた地図のデータをバイクに読み込ませる。それを終えると早速、自動走行で瀬戸の自宅へ向かった。
制限速度を守りつつ、自動走行ではあるけれどしっかりと前を見て走る。直線的な道路なため、見晴らしはいい。対向車線には離れたところから前進してくるトラックが一台。歩道には二人組の歩行者。
平和というのは突然壊される。トラックが歩行者に向かっていったのだ。すぐさまバイクから飛び降り、歩行者二人をかばう。なんとか彼らへの衝突は避けることができたが、トラックは歩道の向こう側へ突っ込んでしまった。
ありがとうございます、と女性が言ってきたが、なにも返さず動きの止まったトラックへ近づいた。運転手の安否が気になる。居眠り運転だろうか。
「大丈夫ですか」
ドアを開けて尋ねてみる。見た様子だと、それほど大きな怪我はなさそうだった。
「あ、ああ……。これは一体どういうことだ?」
運転手は酷く混乱していた。文字通り、夢でも見ている気分ということだろうか。ひとまず、ここは警察に連絡しよう。
そのときだった。モンスターの存在をすぐ近くに感じた。
「すぐに逃げたほうがいいぞ」
運転手にそれを伝えると、おれは急いでトラックから離れた。周囲を見回す。姿は見えないがこの感じは上級モンスターのものに間違いない。一体どこにいる。
「ここじゃ」
背後から粘着質な声が聞こえ、モンスターが姿を現した。灰色の体色と群青色の顔をしたモンスターだ。頭の形が蛇のコブラに似ている。手には杖が握られていた。状況を見ていた通行人とトラックの運転手は悲鳴を上げて逃げ出した。
すぐに刀で斬りつける。攻撃が当たった、と思ったが相手の姿は消えていた。どういうことだ。
意識を集中させて相手の気配を探る。
また真後ろか!
振り向き様、刀を振るう。
「お〜、やるじゃないか」
モンスターは攻撃を杖で防いでいた。お前のほうこそやるではないか。
刀を素早く戻し、もう一度振るが距離を取られてしまって当たらなかった。相手は杖をおれに向ける。なにか仕掛けてくるな。
おれは赤のカードを出し、その効果を発動させる。衝撃波が当たったことで相手は後方へ飛んだ。空中を舞うなか相手の杖が光りを放つ。まぶしさで目を手で覆ってしまう。その瞬間、しびれに似た感覚が身体を襲う。
なにが起こった。毒でも出したのか。身動きが取れない。
「おぬしをどう料理してやろうかの〜」
上級モンスターがこちらに歩み寄ってくる。立ち上がろうとしても立ち上がれない状況。結果論でしかないが、雅志と一緒に来るべきだったと強く後悔した。
意識まで遠のいていく。
目を開けると白い天井が見えた。周りを見てみると絢十が立っている。
「目が覚めたか」
どうやら、自分はどこかのベッドの上で眠っていたようだ。あの上級モンスターと戦ったときに一体なにが起きたのだろうか。
「おれ、どうしてたんだ」
「モンスターと戦って、やられてたところを相川さんたちに助けられて逃げてきたんだ」
あの後、相川たちが応援に駆けつけてくれたのか。それは助かった。あのままでいたら、ここにおれはいなかっただろう。
「いま、モンスターはどうしてる」
ベッドから下りる。
「知らない。おい、どうするつもりだ」
「あいつは上級モンスターだ。早く倒さないと取り返しのつかないことになる」
「それはそうだけど、木崎はまだ寝ていたほうがいいんじゃないか?」
「大丈夫だよ」
おれは扉に向かい、ドアを開けた。
「オレも行く」
絢十が後ろからついてくる。
爆発音が響き、建物が揺れたのはそのときだった。同時にモンスターの存在を察知した。まさか先ほどの上級モンスターがここを嗅ぎ付けてきたのだろうか。
いや、違う。
この雰囲気はやつのものではない。やつとは異なるモンスターの仕業だ。
「まさか」
絢十がつぶやき、おれを抜いて走り出した。一体どうしたのかわからないまま、今度はおれがあいつについていく。心当たりがある様子だった。モンスターに知り合いでもいるのか、などとくだらないことを考えてしまったが、そこでふと気づく。
……知り合い。そうか、そういうことか。
絢十がどこへ向かっているのか分かったおかげか、自然と足が速くなる。一刻も早くそこへ向かわなければならない。だが階段を駆け下りる絢十を追い抜くことは難しい。
非常口の扉を絢十が勢いよく開ける。向かったのは検査室の入り口だった。その扉は内側から破壊されていた。思った通り、ここが爆心地のようだ。なかを覗いてみると、研究員たちが倒れているのがわかる。
本当にこんなことが起こるなんて、肉眼で確認したいまでも信じられない。
「木崎、覚悟を決めろ」
絢十が銃を構えている。
「あの女を倒すんだ」
「ま、待てよ。まだエルーがやったと決まったわけじゃない」
咄嗟に言葉が出てしまったが、それで自分でも気づく。そう、エルーがやったという証拠はなに一つない。もしかしたら、モンスターがエルーをさらいにやってきたのかもしれない。エルーは封印の力を持っているのだから、モンスターから狙われても不自然ではなかった。
近くにモンスターの気配がする。
「そこまで言うなら、本人に訊いてみるのが一番だな」
絢十がおれに銃口を向ける。正確にはおれの後ろ側に。
振り向いてみればエルーがおれたちを見つめて立っていた。
「けんいちさん」
おれを呼ぶ声は、普段のエルーの声ではない低いものだった。
「私の記憶が戻ったんです」
北条の言葉が再生された。
『彼女は記憶の一部を失っています。それが、自分はモンスターである、という記憶だったとしたらどうでしょう』
「遅かれ早かれこうなる定めだったんですよ、私たちと人間は」
本当にそうだったのか。
エルーがモンスターであり、人間にとって脅威となる存在であるというのは可能性の話だけではなかったということだ。すべて事実だった。
「正体を現したか!」
相川たち三人が合流した。彼らはすでにアーマードソルジャーとして完全武装している。
「俺たちであいつの動きを止めるぞ」
相川とレイモンドが左右二方向からエルーを押さえにかかる。
そのとき、エルーの身体が光を帯びた。光のなかでエルーの手が四本になり、身体も大きくなった。赤い鎧に身を包まれ、刀をそれぞれの手に一本ずつ持っている。エルーに近づいた相川とレイモンドは、アーマーの上から刀でそれぞれの腹を貫かれてしまった。
倒れる二人。
エルーが、人を傷つけた。
信じ難い光景に目を逸らしたくなる。
頭が正常に働かない。
「相川さん! レイモンドさん!」
沖田が超振動ブレードを片手にエルーへ近づく。エルーは二人を貫いたままの刀を手放し、応戦した。
その隙に絢十がエルーを狙い撃つ。光弾が顔面に直撃したエルーは悲鳴を上げた。さらに沖田が一太刀浴びせる。
エルーが後退した。
「ボクは二人を逃がします。金澤くんと木崎くんで彼女を倒してください!」
沖田は相川とレイモンドの二人を肩に担いでこの場を去っていく。
「お前も、沖田さんの手伝いに行ってもいいんだぞ」
絢十がエルーに銃口を向けながら言った。おれだって守護者の端くれ、これくらいできなくてどうする、と言ってやりたいところだがいまは無理だ。心が状況に追いついていない。エルーを倒す覚悟ができない。
だからといって、このまま引き下がって目の届かないところでエルーが倒されるのも耐えられない。
これが事実だとしても、やはり疑う気持ちは拭い切るなんてできるはずがなかった。
「エルー、本当にお前はおれたちと戦うつもりなのか?」
構えを解いてエルーに尋ねる。答えはノーであってほしい。だが、現実なんて思った通りにいくものではない。
「人間たちが、本来人の役に立つよう作られた私たちを、そうさせたんです。自業自得です」
エルーが刀を投げてくる。おれはそれを守護者の刀で弾いた。壁に突き刺さった刀が振動する。本気、なのか。
「なにかがお前を操っているのなら、おれはそれを解いてやりたい。お前を、助けたいんだ!」
「木崎、なにしてる! そいつはモンスターだ!」
絢十がまくしたてる。
「だけど、そう簡単にエルーが変わったなんて諦められない! 記憶が戻ったとしても、おれたちといた記憶が消えたわけじゃないんだ」
おれたちがともに過ごした時間は、決して蜃気楼ではない。わかってくれ、エルー。
「本来の私を取り戻した、それだけのことです」
エルーが迫ってきた。会話を中断してそちらに対応する。やはり、戦うしかないのか。
刀での攻撃はおれが防いだ。同時に、絢十はエルーの刀に光弾を撃った。
もう一発、絢十が光弾を放つ。相変わらずの命中率だ。胴体に被弾したエルーが苦しそうな声を上げる。
そんなエルーと目が合った。
おれは距離を取って刀を下ろした。
エルーがモンスターであろうと、人を傷つける存在であろうと、そう簡単に気持ちを切り替えることができるほどおれは器用ではない。いまのエルーが人間にとって脅威だとしても、おれと過ごした日々は嘘ではない。
おれはあいつと戦うつもりはない。なのに、どうして戦わなくてはならないのか。
考えている間に近づいてきていたエルーの斬撃がおれを襲った。




