24th Card 打明け話
エルーの秘密を知ってしまった剣一。
その心は、重たい。
部屋のなかには微かに日の光が差し込んでいる。昨日の雨はもうすっかり止んだようだ。
そんなことを思って目覚めた朝はいつも通りのものではなかった。
おはようございますと誰にも言われない。起きてくださいとも誰にも言われない。家のなかにいるのはおれだけだから当然のことだ。
思わず笑いが込み上げてくる。それでいて虚無感に襲われた。本来のおれの日常というものはこうであった。誰かが起こしてくれることなんて久しくなかったことだ。そう、エルーがいたこと自体が非日常だったのだ。それがいつの日か、非日常だったものが日常に入れ替わっていた。
なんだか面白くて、なんだか切ない。
いままで体験したことのない気持ちだった。
二人分作ってしまわないよう充分注意しながら朝食の用意をし、食事を終える。それから暇になった。休日だから学校へ行く必要はない。勉強をしたほうがいいのかもしれないが、生憎そういう気分ではない。ひとりの時間がこれほど退屈だったとは思ってもみなかった。
気晴らしに外へ出てみる。夏の日差しに顔をしかめる。そうだ、もう少しで夏休みだ。記事は順調に進んだだろうか。昨日、雅志は伊部と作業をしていたはずだが。
携帯端末を出し、雅志に通話してみる。すぐにあいつは応答した。
「剣一かい? 昨日はモンスターを二体も倒したそうじゃないか。お疲れさま。それだけに留まらず塔まで回収するなんてまったく素晴らしい成果だね!」
「わかったわかった」
朝一番から口の減らないやつだ。
「記事のほうはどうなんだ」
「それなら里花と協力して書いてるよ。今日中に仕上がるからお楽しみに!」
「そうか」
おれの役割はなさそうだ。二人の、というよりかは主に雅志の邪魔をしてやるつもりは毛頭ない。ここで通話を切ろうとしたとき、雅志が言った。
「剣一、あのさ」
「ん」
「北条さんから他にも聞いたよ」
「なあ、それは会って話さないか」
機械越しに話すのも悪くはないが、いまは誰かと面と向かってこの話題を共有したかった。
「そうだね」
通話をやめてから数十分で雅志は来てくれた。いつものと変わらぬ笑顔で走ってくる。
「やあ、おはよう」
「よう」
会話が途切れた。どう切り出せばいいのか分からない。それは向こうも同じだろう。意地悪をするつもりはないのでおれから単刀直入に言うことにした。
「エルーがモンスターだった」
「うん」
「おれは、あいつがモンスターではないと信じていた。でも現実は違う。受け入れなければならないのはわかってるが、おれには難しい」
簡単に言ってしまえば、おれは現実逃避をしたいということになる。多分、心のなかではまだ逃げ道があると思っているからだろう。なにせ、おれはエルーが人間を襲っている姿を見ていない。もしそれを目の当たりにしてまえば、完全におれは逃げることができなくなる。
「剣一はどうしたいの?」
「エルーを倒したくない。が、役割は果たしたい」
「ジレンマだね。でもいま悩むことなの? このままエルーさんが人を襲うことがなければ倒す必要もないんじゃないかな」
「あいつの記憶が戻ったらどうなるかわからんぞ」
もし、モンスターとしての本能を取り戻せばあいつは人を殺すかもしれない。
「あくまで可能性の話だよね? それに、いますぐ倒せと言われたわけでもないんでしょ?」
たしかに、倒せとまでは言われていない。いずれ言われるかもしれないし、そうせざるを得ない状況がやってくるかもしれない。だが、雅志の言う通りそれは可能性の話であっていまはまだどうなるのかわからない。
「なら、そうなったときの覚悟が欲しい」
「いま、無理にそうしたって苦しいだけだよ。急がなくたっていいじゃないか。まだ処遇が決まったわけじゃない。北条さんだって、エルーさんを信じているから協力してもらおうとしているんだよ」
雅志の考え方は楽観的だと思うが、いまのおれには必要なものかもしれない。
「モンスターであっても、ぼくたちが友達であることに変わりはないよ。エルーさんはエルーさんだ」
エルーはエルー、か。
モンスターはすべて倒さなければならないものだと思っていた。だがそれは、間違いだったのではないだろうか。単純に決めていいことではないのかもしれない。現に、エルーはモンスターだが、いままではなにもしていない。モンスターだと明らかになってもエルーはエルーのままでいる……はずだ。会っていないからわからないが。
「エルーさんはモンスターだったけど、別にぼくたちを裏切ったわけじゃない」
そうだ。エルーはおれたちを裏切っていない。そこにまだ希望があった。まだ信じることはできる。
「ありがとう」
「なあに、気にすることないさ」
清々しいまでの得意顔をされてしまい、礼を言って損をした気分になった。
「今日は何時から伊部と会うんだ」
「あと一時間くらいしたら会うよ」
「そうか。まあ、記事を書くのに参加しなくて申し訳ないが、頑張ってくれ」
「ううん。ぼくのほうこそ、モンスターのことを任せきりにしてごめん」
実際のところ、雅志もモンスター討伐には参加しなければならないところだ。守護者の役割のほうが部活動よりも大きい。昨日の戦闘はおれ一人しか守護者がいなかったが一応なんとかなった。だがこのまま雅志が加わらないでいるのもよくないことかもしれない。
「伊部の近くにいたい気持ちもわからなくはないけど、守護者の役割も忘れるなよ」
説教をするつもりで言ったわけではなかった。ただ、軽い冗談半分のつもりだった。それなのに、雅志は急に黙りこくって、先ほどの得意気で腹を立たせた表情から真剣なものへと一変させた。
「……ぼくはね、モンスターに襲われたとき、里花を守りたいって強く願ったから守護者になったんだと思うんだ。だから、里花のそばを離れたくない」
「だが、守護者の役割は人間を守ることだぞ」
「知ってるさ。剣一は大勢の人々を守ろうとする。でも、里花を守るとは限らない。ぼくは里花だけはなんとしてでも守り抜きたいんだ。里花のいる世界を守りたいんだよ」
なるほど。だからH.O.P.E.の人たちが協力すると言い出したとき、真っ先に賛成したのか。
「もちろん、『絶対に来い』と言われればこちらも赴く方針だよ。ただ、昨日の連絡はそれほど重要そうに思えなかったから断ったんだ」
雅志には雅志なりの信念や使命感やらがあるのはわかる。余計な一言かもしれないが、それでも言いたことがあった。
「伊部のために他人を犠牲にするのか」
「ぼくだって……ぼくだってそんなこと望んじゃいない! でも、誰が里花を守ってくれる? モンスターが現れた場所へみんなで向かったら、そのときもしも里花が襲われたら、誰が守ってくれる? ぼくが守るしかないじゃないか。ぼく以外に里花を守れる人間はいないじゃないか!」
雅志は叫び声が響く。守れるのは自分しかいない、か。
雅志がモンスターに襲われたときのことが自然と思い出された。あのとき、幸運が降ってこなければ雅志は確実に死んでいた。もしかしたら伊部もそうなっていたかもしれない。大切なものを守ろうとする気持ち、ついさっきの自分にも当てはまる、か。少しくらいなら納得できなくもない。
「雅志、おれたちが協力してモンスターをすべて倒せば、その分伊部への危険はなくなるとは思わないか」
「そうなんだけどね……」
雅志は理解している。それでいながら、自分の行動を貫こうとしている。わがままといえばわがままだが、自分と重なってしまう部分があるがゆえに、そう言い切ってしまうことはできない。
「分かった。お前は伊部を守れ。……お前にしかできない役割だ」
誰にでも役割がある、というのがおれの持論だ。しかし、それを取り上げたり取り上げられたりすることは好ましく思わない。また、人と役割が被ることについて、それがいいと感じていなかったのはおれ自身だ。なら、別に雅志が守護者の役割を果たせないでいようとも、咎める必要はない気がしてきた。雅志の分もおれが動けばいいだけの話だ。簡単なことではないが、それがおれの役割。おれだけにできる役割だ。
「ありがとう」
「なに、気にするな」
おれは肩をすくめてみせると雅志が微笑んだ。
「ところで、気になることがあるんだ」
再び雅志の表情が変わる。今度は不安気な様子だった。
「気がかりのほうが正しいかな。エルーさんに関する情報って、きっと瀬戸さんにも伝わっているよね。大丈夫かな」
なんの心配をしているのかは大体察しがつく。が、一応確認はしておこう。
「なにがだ」
「瀬戸さん、モンスターを強く憎んでるみたいだから……」
予想通りだ。あいつならモンスターを手当たり次第倒していくだろう、という固定観念が、いつのまにかおれたちに形成されてしまった。
「エルーがモンスターだと知ったら、倒そうとするだろうな」
「だよね」
「最近、瀬戸には会っていなかったからな。いい機会だ。会ってみる」
「うん」
携帯端末を取り出したおれの手が止まる。
「伊部との約束があるんだろ」
「大丈夫だよ。一時間もかかるわけじゃないんでしょ?」
「どうかな。いい、おれ一人で充分だ」
「そうかい?」
「ああ」
雅志ほどおれは弁が立つとは思えないが、ある程度のことは伝えられるだろう。北条もエルーの協力を求めているのだから、瀬戸の行動を止めさせることもできる。さすがに人間相手に守護者の力を使ってしまうこともないはずだ。絢十もいることだし、そうなっても大丈夫だろう。
「わかったよ。じゃあ、なにかあったら連絡ちょうだい」
「了解」
雅志が来た道を戻っていく。
さて、どうやって瀬戸と会おうか。
昨日、北条は瀬戸と連絡が取れなかったと言っていたが、いまもそうだとは限らない。端末から連絡を入れてみる。
出ない。ならば考えがある。
瀬戸がどこに住んでいるのかおれは知らないが、H.O.P.E.の誰かはそれを知っているはずだ。ということで、相川に電話をかけてみた。
「剣一か? なにかあったのか」
「瀬戸と連絡を取りたいんですが、住んでるところを知らないんです。教えてもらえませんか」
「わかった。地図のデータを送るよ」
すぐにデータが送られてきた。バイクで向かったほうがいいだろう。一度家に帰ることにした。




