23rd Card 揺らぐ心
長らく更新していなかったのですが、ネタに詰まっていたというわけではなく、ごたごたしていたというありきたりな理由です。言い訳にもなってない。
楽しんでくれたら幸いです。
塔を持ち帰るための工夫はおれが考えた。自分のバイクに台車を取り付け、その上に塔を載せて運ぶという案だ。台車の材料となるものはレイモンドに用意してもらい、万が一のモンスター襲撃に備えて沖田たちの車に囲まれながら走行し、本部へ向かった。
無事に本部に着いたのはいいが、塔が持つ人間を近づけまいとする効果は続いていて、塔の調査をおこなう部屋までおれが運ぶこととなった。瀬戸の青のカードがあれば、というか瀬戸がいたらおれがこんなに疲れることもなかっただろうに。
塔をゆっくりと床に置く。ゆっくりとやるのが最も力を使い、一気に腕が軽くなった。
北条が部屋へ入ってくる。
「木崎くん、ありがとうございます」
一瞬、北条の表情が歪んだのをおれは見逃さなかった。塔の効果が、北条にも効いたのだろう。普段感情を表に出さない北条でもさすがに耐えられなかったか。
「これ、どうやって調べるつもりなんですか」
おれには調査まで協力することはできないだろう。新聞部で調査をやったことはあるがそれとこれとはタイプが違う気がする。それに守護者の役割もあるし、なにより文系だし。
「我々が調べたいのは、この塔に封印されている力です。木崎くんがこの塔を壊してくれたらそれを調べることができます」
当然、このまま調べることは不可能に近いのでそうなることは予想していたわけだが、塔を壊してしまったらモンスターが現れてしまわないか不安だ。
「モンスターが解放されませんか」
「それは塔にマナを流したときや、守護者以外の人間がカードを乱用したときです。木崎くんが持つ守護者の力で塔を破壊するなら、モンスターを解放することなくカードを出すことができます」
一応、訊いておこう。
「根拠は」
「古代の文献と、これまでの情報です」
現に二度に渡ってドレンがマナを吸収してから塔を破壊しようとしたことからも、それはわかる。モンスターを解放するにはマナが必要だということを表している。
「わかりました」
本日何度目かの黒のカード。
塔に封印されていたのは黄色のカード一枚だった。【連続瞬速斬】によって崩れた塔の残骸から、それを拾い上げる。たった一枚のためだけに強固なセキュリティを設けていたことから、とてつもなく強大な力がこのカードには宿っているのだろう。モンスターとなって出される前に回収できたことは幸運だったのかもしれない。
北条に黄色のカードを渡した。
「黄色のカードとは。初めて見るケースですね」
言われて先ほどの戦いで得たカードのことを思い出した。ドレンは赤のカードだったが、重力を操るモンスターは黄色のカードだった。
「そういえば、あの二体のモンスターを倒しました」
手に入れた赤のカードと黄色のカードを差し出す。
「ということは、塔に封印されていたのが二枚目だったんですね。早速、これらのカードを調べます」
北条は三枚のカードを手にし、出入り口の扉へ向かう。おれは北条を呼び止めた。彼がカードの研究を始めてしまう前に聞いておかなければならないことがあった。
「エルーはいつ帰してもらえますか?」
北条の足が止まる。
「彼女の能力と正体が明らかになったら、ですね」
エルーの正体?
エルーがなんだというのだろう。封印の役割を背負う古代人ではないというのか。
「彼女は人間にしては大量のマナを身体に宿しています。封印の力を持っているから、と考えることもできますが、その性質はモンスターのそれに近しい」
北条は一体なにを言っている?
エルーのマナがモンスターのマナと同じ?
それは、つまり……。
「エルーがモンスターだと言いたいんですか?」
「それを明らかにするための検査でもあります」
「そんな馬鹿な」
エルーがモンスターであるはずがない。そう叫びたかったが、ぎりぎりのところで理性が抑える。ここで取り乱しては話を進められそうにない。
「もし、彼女がモンスターだった場合、その始末は金澤くんに頼んであります」
絢十がエルーを倒す……。そうか、だからあいつは北条に本部に呼ばれ、封印の塔へは一緒に行かずにここに残っていたということか。万一の場合、エルーがモンスターとしての正体を現したとき、なにが起こるかわからない。ここで働く人間を襲うかもしれない。そうなった場合に、守護者として対抗するためにあいつは残ったのだ。
間違った判断ではないが、どうにも腑に落ちない。
「おれじゃ、駄目だったんですか?」
「木崎くんの場合、エルーさんと共同生活を送っているため、多少の情が移っている可能性はあるので却下しました」
否定はできない。
「普久原くんにも連絡を入れてみましたが、本日は学校の部活動があるのでそもそも来られないとのことで却下し、瀬戸さんは連絡に応じませんでした。よって金澤くんが最有力候補となり、彼にだけ詳しい事情を伝えて来てもらいました」
どうして絢十はその言葉を信じた。エルーがモンスターであるならば、おれたちを手にかける瞬間などいくらでもあったはずだ。でもエルーはそれをしなかったし、そのような素振りも見せなかった。つまり、そのことがエルーはモンスターではないという証明に、少なくとも手がかりにはなるはずだ。
「エルーがモンスターなら、おれたちを生かしたままでいたのはおかしいです」
こんな仮定の話をするだけでも気分が良くない。窓を見れば、先ほどまで太陽でまぶしかった空が陰っていた。一雨降るかもしれない。
「彼女は記憶の一部を失っています。それが、自分はモンスターである、という記憶だったとしたらどうでしょう」
記憶を失くし、自分がモンスターであることを忘れていたからおれたちを襲わなかったと言いたいわけだ。
「だとしても仮説に過ぎない。それに、そんな記憶を戻そうとしているのなら、かえってあなたたちの行動は危険です」
「そうですね。我々は綱渡りをしています。しかし、いつの日に戻るとも分からない記憶が、突然戻ってくるのが木崎くんの油断しているときだったらどうしますか。下手をすれば死にますよ」
なぜ、エルーを真っ向からモンスターであると決めつけた話を展開する。エルーの失った記憶が、そうだと決まったわけではない。それなのに。
「どうして、おれたちのことは信じたのに、エルーのことは信じてくれないんですか?」
「封印者に関する記載は文献にはありませんでした」
たったそれだけのことで。
おれはあいつと何日もの間、一緒に過ごしてきた。まだそこまであいつのことを理解していないかもしれない。それでも、この世界にいるどこの誰よりもあいつのことはわかっているつもりだ。だからといって、それがエルーの潔白を証明する材料となるわけがないこともわかってはいる。それでもおれは自信を持って言える。
エルーはモンスターではない。
それを客観的な立場から証明するためにはやはりこの検査とやらが必要なのだろう。すべてはこれにかかっている。
北条に聞こえないように舌打ちする。
「わかりました」
「検査は早急に終わらせるつもりですが、時間がかかると思われます。彼女がモンスターだと明らかになった場合、普久原くんと瀬戸さんにも連絡します。それではまた」
北条が部屋から出ていく。おれも出るが、向こう先は一緒ではない。何度かこの建物のなかを移動しているうちに大体の場所へは案内なしで行けるようになった。
数分でエルーが入った検査室の前に着いた。その入り口には数時間前と変わらずに絢十が立っている。
「モンスターを倒したのか」
おれの存在に気づいた絢十が尋ねてきた。ああ、と答えるおれだが、そのことを伝えるためにわざわざ来たわけではなかった。
「絢十は、エルーをモンスターだと疑ってるのか?」
「……北条さんがなにか言ったのか」
「おれの質問に答えてくれ! どうしてエルーを疑うんだ。エルーがモンスターであるはずなんてないのに」
「それだよ。木崎はそうやって、一度信じてしまうと疑うことをしない。不安を感じたって結局は信じる。いつもそうやって損な目に遭ってきたよな。だから、お前が信じようとするならオレが疑ってかかるしかない。木崎が傷つかないようにな」
「意味わからん。絢十がそこまでする必要はないだろ」
知らず知らずのうちに語気が荒くなっている自分がいた。
「木崎はそう思うのか」
表情はなに一つ変わらない絢十だったが、その言葉がおれに引っかかった。おれは答えなかった。代わりに背を向けてその場から去る。まさか絢十と女絡みのことで喧嘩する日が来ることになるとは思わなかった。ちょっとニュアンスが違うか。
廊下を歩きながら感情の整理をしよう。
絢十がおれのことを案じてくれて、エルーを疑っているといのは充分わかる。
いや、本当はわかってなどいない。おれはただエルーがモンスターではない、と根拠のない主観的な叫びを繰り返すだけの子どもに過ぎなかった。自覚はあっても、エルーへの疑いを受け入れることはできなかった。だから反発した。
雅志は、エルーがモンスターかもしれないと疑うだろうか。
瀬戸が、エルーがモンスターの可能性があるということを知れば真っ先に行動を起こすだろう。
エルーのことを信じる人間は少ないかもしれない。だからこそおれがエルーを信じるべきなんだ。いや、「べき」なんて言いかたはふさわしくない。
おれはエルーを信じたい。
その夜、北条から連絡が入った。
エルーがモンスターに近しい量のマナを持っているのは間違いないこと、モンスターと同様の身体能力を有していること、常に本人の意思とは無関係に微量のマナを大気中や他の生物から吸収していることを伝えたれた。また、封印の力が本物であることもわかった。試しに適当な物体を使って封印させてみたそうだ。その後は、マナを大量に使ったのでエルーを休めるためにしばらく研究が止まったらしい。
「それらから導き出される結論というのは……」
携帯端末を握る掌に汗がにじみ出てくる、質問の結論は見えているはずなのに。
「彼女はモンスターです」
北条の口調は随分とあっさりしたものだった。
夕方から降り出した雨が未だに窓を叩いている。夏の雨はときに激しい。
「姿形は人間ですが、中身はモンスターと同じです」
エルーがモンスター。可能性でしかなかった結論を、現実として突きつけられてしまった。なにかが崩れていく。おれが間違っていたのか、だまされていたのか、それともわかっていながら逃げていただけなのか。どれも有り得そうで、どれも受け入れ難い。
「間違いはないんですか」
「はい。以前捕獲したモンスターより収集したデータと比較した結果です。
木崎くん、なにか思い当たる節はありませんか?」
そんなことを言われても……。
こんな状況では思考がまともに働くわけがなかった。
「いまはなにも」
「そうですか。たとえば、身体能力の高さに気づいたりしませんでしたか?」
身体能力の高さ、そういえば以前あいつの足の速さに驚かされたことがあった。守護者の力で肉体強化されたおれの走りについてきたときのことだ。あのときのおれは、古代人は健脚だったのだなと思っただけだったが、あれがモンスターと同等の身体能力を示していたというのか。
「……エルーはどうなるんですか?」
北条の質問には答えなかった。答えずとも北条はその結末を知っている。それよりも、エルーの今後が重要だ。
「現状ではモンスターの研究のために協力してもらうつもりです」
「そうですか」
「本日回収したカードにつきましては、後日改めて連絡します。それでは失礼します」
通話が終了した。端末を耳に当てたままおれは考えていた。
おれは守護者。守護者は脅威から人間を守らなければならない。守護者の敵は人間の脅威。現在の脅威はモンスター。そしてエルーはモンスター。つまり、おれはいずれエルーを倒さなければならないということか。
今日はもう眠ろう。雨の音が、おれを眠りへ誘ってくれることを祈って。
さて、来週も忘れずに投稿したいものです。




