1st Card 解放される力
西高校の新聞部の狭い部室に、数少ない部員全員が集まっていた。テーブルを囲んで、俺を含む三人が椅子に座っている。この集まりは、夏休み前に発行する新聞記事についての話し合いをするためのものだった。
まだ夏休みまではかなりの時間がある。夏休み前すらも遠いが、いまのうちから記事の内容を決めてしまう、というのが我が新聞部の伝統となっている。その恒例行事に苦労させられたという話は聞かなかった。代々続く伝統を廃らせてしまう明確な理由も存在しない。だからというわけではないが、無意識のうちにおれたちはしっかりと従ってはいるものの、果たしてどれほどの影響力があるのかは全くわかっていない。
「今日は夏休み前の記事の案を出し合って、そのなかから一つを決めるっていう予定だけど、みんな考えてきた?」
メンバーのなかでは唯一の女子部員であり、また部長でもある伊部里花が、俺ともう一人の部員を交互に見た。まとめ役としては充分な力を持っている。
「もちろんだよ」
自信満々に答えたのは、情報収集能力に長けている普久原雅志。高校に入ってから知り合ったとは思えないくらい、向こうから距離を縮めてきたやつだ。
「ああ」
無愛想な調子なのが最後の部員である、おれだ。新聞部員は全員が二年生。先輩方が卒業してからはおれたちの独壇場となってしまっている。上の方々がいないことよりも、後輩の部員がいないことのほうが重要だった。
「じゃあ、あたし、木崎くん、普久原くんの順番で発表ね」
時計回りの順番に発表をすることになった。
「あたしの案はね、『夏の敵、紫外線と熱中症対策』っていうものなの」
健康というか美容というか、こういったものは女子が考えそうなネタといった感じがする。実際に女子が考えたネタだけど。
「なるほど。そういうことを気にする人は決して少なくないし、なにより健康面を気遣うっていうのはいいね」
雅志の言葉を聞くと、読者、つまりは生徒からの支持を得られるのではないかと思えたが、積極的にその記事を推したくはない。去年のことを思い出したからだ。当時、おれたちは「夏休みに読むおすすめの本」という内容の記事を載せた。これがなんと、図書館だよりの内容と被ってしまったのだ。伊部の健康ネタも、保健だよりなんかとそうなってしまうのではないかと不安なのだ。
「でも、健康だよりとかと被ったらさすがによろしくないだろ」
「うん、あたしもそこが心配」
「じゃあ、剣一の案は?」
「おれのは」
と、そこで二人の視線がおれに集中する。凝視されるのも気持ちのいいものではなかった。さっさと言ってしまったほうが身のためだ。
「『受験の天王山・夏休みを制覇する方法』だ」
正直に言おう。まったくつまらないものだと思う。考えた本人が思うのだから、他の二人もそう思っているに違いないはずなのに、こう言ってきた。
「ぼくもそれについては知りたいところだね」
「学生の本業も大切、か」
もしかしたら本気でそう思っているのかもしれない。なんと言ってもおれたちは高校二年生なのだ。あと一年経てば受験生となる。受験を意識するのは当然だった。とはいうものの。
ぜひともやめておきたい。発案者だけどすごくそう思う。内容がつまらないというのも当然あるが、おれたちでなくても教員がそういったことを伝えてくるだろう。わざわざ生徒が言うべきことでもない。
いいや、雅志の案を聞こう。きっと面白い案を持ってきてくれているはずだ。
「次、頼む」
「任せてよ。こんな噂を聞いたことがあるかな? 『西部緑地の影』っていう噂」
西部緑地とは学校から歩いてすぐのところにある森林地帯のことだ。体育会系の部活が走るのに使う場所でもある。何度か足を運んだことはあるが、奥のほうまでは行ったことがない。とにかく広い森だ。時間のあるときに散策するのは楽しいかもしれないが、あいにくそういった体力は持ち合わせていない。
その森に、なにかしらの噂があるとは知らなかった。絶対にそんなものはない、とは言い切れないが、まさかあるなんて信じられない、というのが感想である。
「緑地に、夜になると人影があるっていう噂のこと?」
雅志の言葉に伊部が答えていた。
「伊部、知ってるのか」
「あたしも今朝まで知らなかったけどね」
身近なところから情報収集しているな、と感心させられた。さすが新聞部の部長さまだ。おれは、周りの連中からのではなく、新聞やニュースからしか情報を得ていない。最近の印象深かったニュースと言えば、どこかの誰かがなにやら歴史的発見をしたとかどうとか言われるものだったか。大して覚えていない。
「さすが里花だ。それについて記事を載せるっていうのはどうかな」
「怪談特集ってことか?」
「そうだよ」
当然、といったふうに返してくる雅志である。
「夏の風物詩じゃないか。どうもぼくたち新聞部はお固い印象を持たれているみたいだしね。それを拭うためにもお決まりのネタを取り上げることも悪くないと思うんだ。運が良ければ新しい部員の確保にも繋がるんじゃないかなあ」
「なるほど。一理あるかも」
「悪くはない」
偉そうに答えてみたものの、実はちょっと興味がわいてきたのも事実。ホラーはあまり好きではないが、謎に迫るというのは嫌いではなかった。
「流れとしては、普久原くんの案を採用したい感じなのかな?」
「ああ。調べる側としても楽しめそうだ」
「ははは。ありがとう、二人とも。なら、善は急げ、って言うし、明日にでも現地へ行ってみようじゃないか」
明日は休日。予定は空いていたのでうなずいてやった。
「あたしも大丈夫」
こうして新聞部全員で西部緑地へ行くことが決定した。雅志はとても楽しそうだった。
三人そろって校舎から出る。校門を過ぎれば、生徒が通る道のうえで夕焼けが目に染みて、思わず顔をしかめた。
「綺麗だねえ」
雅志がしみじみとした様子でつぶやいた。するとおれを見て、
「そういえば、今日は剣一がぼくの意見を推してくれたよね。いままでそんなこと、あまりなかったから嬉しかったよ」
などと言ってきた。そうか、とだけ返しておく。
雅志の案を推したのは新聞部員確保に繋がるかもしれないと思えたからだ。一年活動してきて、新聞部に自分の役割があるのか疑問だった。たしかに自分の役割を見つけたい。とはいえ、どんな役割でもいいというわけではないのだ。
自分の役割が、他の誰かが代わりにできる役割であるなんて御免だ。たとえばそこら辺にいる「名も無き通行人」みたいな役割があるとしよう。そんなことはおれにもできるし、おれ以外の奴にもできる。自分である必要性がないのなら、その役割に価値を見出すことなど不可能に近い。
新聞部でのおれの活動は調査やら記事を書くことだ。他の二人に比べて特に何かの能力に優れているわけではないのだから当然のことだろう。だが、もしも他の部員が入ったとして、そいつがおれと同じ内容のことを、おれ以上の腕前でできてしまったならば、それはおれの役割ではなかった、ということになる。少なくとも、おれのなかではそう決定づけられる。
自分の目で、そうなるのかならないのか確かめたい。結果として新聞部での自分の役割がないと判断できたときには、潔く部から去るつもりだ。そして、役割を求めて再びさまよおう
「じゃあ、またね」
伊部が小さく手を振った。
「またな」
「バイバーイ」
大きく手を振る雅志。普段と変わらないやりとりを見て、途端に心がざわめく。以前から自分だけの役割でないと感じればそこから離れていたというのに、いまはなぜか抵抗を感じてしまう。留まった期間がおれには長過ぎた。
「ぼく、明日が楽しみで仕方がないんだ」
雅志が突然言い出した。理由を訊こうとしたが、そのまま続けられてしまった。
「三人で調査するっていうのが久しぶりで……。いつもは三人ばらばらだったけど、明日は違うからさ。一緒にいるから仲が良いってわけじゃないけど、仲良くするなら一緒にいたいって思うんだ」
不意打ちには充分な重さのある言葉だった。それでも、おれはこう考えてしまう。おれ以外の人間にもできるのではないか、と。もちろん口に出してしまうわけにはいかない。
「いい記事にできるといいな」
「一緒にがんばろうね」
雅志の笑顔が夕日と重なった。
翌日、土曜日。
休日だというのに、平日と同じく高校への道のりを辿る。辺りを見れば、歩道に生徒が歩いている姿はおろか、散歩をしている人さえ見かけない。住宅街から少しばかり離れたところに高校があるのだから、当然といえば当然かもしれない。
周りには木々が生い茂っている。西部緑地はかなり広い敷地であるため、学校へ向かう歩道の横には緑の海が広がっていた。しかし、ここから入ることはしない。入り口は高校の近くにあるのだ。
自然いっぱいで人影のない道を歩いていると、後ろからおれを呼ぶ声が聞こえてきた。振り返ると雅志がこちらに向かって走ってきているのがわかった。まだ待ち合わせに遅刻する時刻ではないが、一体どうしたのだろうか。
「なにかあったのか、そんなに急いで」
「これだよ!」
一枚の写真を差し出してきた。夜に撮ったからなのか、暗いせいでなにがどうなっているのか、はっきりとわからないが一部から光の線が放たれていることだけはわかる。雅志は息を切らしている。まだ訊くのはよそう。とりあえず自分で判別してみる。
どこかで見たことがある景色な気がしたというのに思い出せない。すごくモヤモヤするこの感じが焦れったい。
「剣一って、鈍感だったっけ?」
こいつ、もう体力が回復していたのか。というより、おれは試されているようだ。ここで「わからない」と言ってしまうのは実に悔しいことだ。なんとしてでも把握してやる。
細かい部分を見てはだめだ。全体を見て、イメージを掴む。
……わかった。
「西部緑地か」
「正解だ!」
一つの問題は解決したが、却ってこのことが新たな謎を呼び寄せた。
「どうして」
「なぜ緑地が光っているのかは、ぼくにもわからないよ」
訊こうとしたのはそういうことではなかったが、なるほど、たしかにそれも疑問ではある。
「違う。どうしてこの写真を撮れたのかを知りたかったんだよ」
「あれ、前に話さなかったっけ。ぼくは出歩くとき、いつもカメラを持ち歩いているんだよ。新聞部としてのたしなみだね」
「……そういえば、夜に散歩するのが趣味だったか」
「うん。夜は静かでいいよ。よかったら剣一もどうだい?」
実にいいご趣味をお持ちで。
「遠慮する」
それでなんの話だったか。写真だ。おれは歩を進ませながら写真を眺める。雅志もおれのあとに続いた。
「どう思う?」
「合成だったら上手くできてるな」
「ところがどっこい、違うんだなあ。ぼくも驚いたよ。いきなり光が出てきてさ」
「ネタになるかもしれないな」
本当にそう思い、ふと気づいた。いま、おれたちは西部緑地に関わる噂の調査をしようとしている。ならば調べようとしていることとの関係性を疑うのが当然というものだろうか。そこまでおれだって鈍感というわけではない。偶然にしてはでき過ぎていて、少し怖いと感じるのも事実だ。
「おはよ」
別の声がして、写真から目を離す。歩いているうちに伊部が合流していた。
「里花、おはよう」
「よう」
早速、雅志が写真のことを話し始める。伊部は真剣に耳を傾けていた。三人並んで歩くにはこの歩道は狭い。彼らの後ろを歩くことにしよう。
「夜の緑地に謎の光、か」
つぶやいた伊部に、おれは持っている写真を手渡す。
「あ、本当だ。なにか関係があるのかな?」
「それも調べられたら調べてみようよ」
悪くはないと思った。ネタが増えることに問題はないのだから。
突然、歩道の隣側の茂みから、おれたちの前になにかが現れた。
「危ない!」
咄嗟に雅志が伊部の前へ、庇うように立つ。
眼前には一体の正体不明の生き物がいた。
なんだ、こいつは。
オオカミに似ているが、一般常識としてオオカミは二本足で立たない。おれのなかにあるボキャブラリーでこの生き物を一言で表すのならば、「モンスター」という言葉があてはまる。
日常生活を送っていて、モンスターが目の前に出てくることなんて有り得ない。どういうことだ、この状況は。
「刺激しないほうがいい……」
雅志が声を潜めて言った。その声にはわずかながら震えが感じられた。伊部も酷くおびえている様子でいる。
見るからに向こうは敵意を剥き出しにしている。この状況だとこちらが刺激を与えなくてもいずれ襲ってきそうなものだ。誰がどう見たってまずい展開にしかならない。
モンスターの鋭い目がおれたちを恐怖で縛り上げる。
本能的に、逃げようとすれば真っ先にそいつが殺されることを悟った。だから逃がしてやることもできない。逃がしたやつも助かる保証はない。そんな思い立った行動を取れる人間が普通いるだろうか。世の中にはいるかもしれない。でもそれがいまのおれたちにあてはまるとは言えない。
うまく働いてくれない頭でどうすればいいのか考えていると、モンスターに動きがあった。素早い動きでおれたちに襲い掛かってくる。いや、おれ「たち」のほうではあったが、モンスターの行き先は雅志だった。雅志のそばには伊部もいる。
二人が危ない。
二人を助けないと。
いま行動できるのは、世界でおれひとりだけだ。
だが、おれにその力はない。くそ、どうすればいいんだ。
『お前に、人間を守る役割を与える』
突然、頭のなかに声が響いてきた。誰のものかはわからない。
世界は光に満ち、おれは真っ白な空間に立っていた。気がつけば、おれの右手には金色に輝く刀が握られている。
再び言葉がささやかれる。言っていることはさまざまだが、いまはこれだけを理解すればいい。
モンスターから二人を守らなければならない。
「剣一!」
雅志の声で我に返り、モンスターの攻撃を受け止めようとした。敵の攻撃の速さに驚きながらも、しっかりと身体は反応することができた。なんとか刀で攻撃を防ぎつつ、モンスターはとても鋭い爪を備えていることに気づいた。二人に当たっていたらという想像はしたくない。
すぐにおれとの距離を取り、モンスターが再び突撃してくる。ヒット・アンド・アウェイというやつか。これではこちらが攻撃できない。
「ほおら、こっちだよ!」
雅志が前に出ていた。
なにをするつもりだ。自ら攻撃してくれだなんて……。
そういうことか。
案の定、モンスターは雅志を標的と捉えてくれた。動きは速くても、頭の回転はそれほどでもない。
モンスターが雅志目掛けて突き進んでいく動きに合わせて、おれはモンスターの前に立ち塞がる。急には立ち止まれないモンスターの足を狙って刀を振るう。攻撃は見事命中し、モンスターは倒れた。
「やったね、剣一!」
雅志が近づいてくる。伊部も、恐る恐るといった様子でおれたちのほうへ寄ってきた。礼を言うよりも先に、能天気な雅志に一言言ってやらないと気がすまなかった。
「お前、どういうつもりだ。危ないだろ、囮になるなんて」
「そんなことを言ったら、剣一だって立ち向かうなんてどうかしてるよ」
こいつとの口争いは時間の浪費か。まあ、二人とも無事ならそれでいい。
「……二人とも、怪我とかしてないか?」
雅志と伊部はうなずいた。それを確認してから、おれはモンスターのほうへ目を向けた。倒れただけで、傷はほとんどない様子ではあるが、攻撃されたことが面白くなかったのか、おれのことをにらみつけている。
しばし目を合わせていると、モンスターが立ち上がった。反射的におれは刀を構え、雅志は伊部の前に立つ。しかし、おれたちに襲い掛かってくることもなく、背中を見せて逃げていってしまった。
速い動きだ。いや、そういう場合ではなくて……。
「あっちは人がいるところだよ」
雅志の言うとおりだ。あのモンスターはおれたちを襲ってきた。ということは、人を襲うということにならないだろうか。だとしたら、あいつを人がいるところへ行かせてしまったのは失敗だ。おれはモンスターを止めるために駆け出そうとした。
そのとき、誰かの悲鳴がはっきりと聞こえた。
「悲鳴だ」
「え? 聞こえないよ」
「はっきりと聞こえたぞ。緑地のなかからだ。この様子だと襲われてる」
おそらく先ほどのモンスターと同じ、あるいは類似したやつがまだいる。早く行かなければならない衝動に駆られて、すぐさま駆け出した。
「ちょっと待ってよ!」
「あ、あたしも行く!」
雅志はともかく、伊部までもついてくることになってしまったが、おれは速度を落とすことはしなかった。
緑地のなかを進んでいると、前方から人が迫ってくるのが見えた。悲鳴の主だろうか。
おれはその場で立ち止まる。雅志たちは後ろへ置いてきてしまったようだ。まあ、仕方がない。
じっと目を凝らした。こちらへ迫ってくるのは女であることがわかった。白くて長い髪が印象的だ。何かから逃げているようだ。
おれは再び動き出した。女はモンスターに追われていたのだ。だが、先ほどのやつとは姿形が全く違う。全体的に赤い身体もそうだが、なにより目につくのは二つある首だ。先ほどのオオカミに似たモンスターとはなにか関係があるのだろうか。
女が何かにつまずいて転んでしまい、モンスターに追いつかれそうになる。直前に、なんとかモンスターと女の間に入ることができた。
「早く逃げて」
女に言ったのだがなかなか動こうとしてくれない。腰が抜けたのか、足をくじいてしまったのか。とにかく、逃げようとはしなかった。
モンスターに目を向ける。やつの瞳が一瞬光ったのがわかると、やつの手におれが持っているのと同じ刀が現れた。戸惑いを他所に、モンスターが刀を振ってくる。攻撃を防ぎ、モンスターを押し返して距離を取る。
「立てるか」
尋ねるも女からの言葉は返ってこなかったが、黙って立ち上がり、刀を握っているおれの手を掴んできた。謎が謎を呼ぶとはこういうことを言うのだろうか。違うか。
女を見てみると服装が民族的というか随分と古めかしいという印象を覚えた。そういうファッションということも充分に有り得るが。
「……大丈夫です」
やっと口を開いてくれたと思ったら、掴んだおれの手を放して離れていった。よくわからないことばかりが起こっているのだが、気にするべきではないのだろう。
ひとまずモンスターへ視線を戻すと、すぐさまモンスターの攻撃が迫ってくる。反応して防ぐおれ。単調な攻防戦かと思いきや、敵も単純ではなかった。やつのもう一つの手に、もう一つの刀が握られる。二刀流だ。
二つの刃がおれを狙ってくる。身体で覚えた攻防のリズムが一気に崩された。速過ぎて、攻撃を防ぐだけで精一杯だ。かなり疲れる。このままではおれの体力が尽き、負けが来てしまう。負ける、すなわち死ぬということか。
余計なことを考えていたら隙が生じてしまい、モンスターの一撃が腕に命中した。思わず声が漏れる。後退りし、斬られた腕を確認する。傷もなければ痛みもなかった。
「剣一、大丈夫かい!」
離れたところから雅志が言った。なにに対する問いなのか突っ込もうかと思ったが、答えている場合ではなかった。
構え直す。モンスターの余裕な態度が鼻につくがおれからは攻めない。にらみ合いをしていると、やがてモンスターから向かってきた。厄介な二本の刀による攻撃だ。
1、2、1、2、……このリズムか。さっきのリズムを殺したリズムを読み取ったぞ。
次の攻撃を防ぐのではなくかわし、モンスターの背後へ回り、一発かます。手応えあり。前のめりになったところでもう一撃。モンスターは倒れた。
やったのか。
次になにが起こるのか、いくつか予想をしながらモンスターに近づいてみる。
やはり、モンスターは起き上がった。けれども一つだけ予想が裏切られた。目標はおれかと思いきや、なんと雅志たちのほうへ向かっていったのだ。
なんてやつだ。あいつらを狙う気かよ!
そのとき、おれの手に黒いカードが現れた。これを使ってあいつを倒せということだな。
空中にカードをかざした。まもなくカードは消え、おれの身体は光に包まれていった。続いて意識が飛んだ。
気がついたときには、モンスターはおれの背後で倒れていた。今回の攻撃を受けては、すぐに起き上がることができないでいる。いわゆる必殺技というものだろう。
「怪我は大丈夫かい!」
雅志たちが駆け寄ってくる。あの女も一緒に来る。自分の斬られた箇所を見てみるが、傷は見当たらなかった。
「なんとかな」
「一瞬のうちにモンスターを斬り伏せるなんてすごいね。あれを名づけるなら、【瞬速斬】ってところかな」
一体なんのことを言っているのかわからなかったが、そうか、必殺技のことを言っているのか。一瞬の速さで相手を斬る。だから【瞬速斬】というわけか。安易というかなんというか……まあ、いいか。
「モンスターを見て!」
伊部が声を上げたので、モンスターへ目を向けてみると、青白く発光しているモンスターの姿があるではないか。
爆発でもするのではないだろうかと思ったおれは、雅志たちの前に出た。同じく、おれが助けた女も前へ出てきた。そればかりか平然としておれに言ってきた。
「還元されます」
いきなりカンゲンという言葉が出てきても、何のことかわからなかった。言葉の意味を理解できたのは、モンスターの姿が青いカードへ変化したのを見たからだ。還元とは、もとにもどること、という意味がある。では、あのモンスターは元々がカードだったとでもいうのだろうか。女はそのカードを拾って、自分の懐へ入れた。
目の前に立っている同い年に見える女に、おれは訊かずにはいられなかった。
「なにか知っているのか」
「ええ」
隠す様子もなく女は答えた。
「落ち着こうよ、剣一。まだお互い初対面なんだから、ここはひとまず自己紹介といかないかい」
ごもっともな意見。相手の情報も聞きやすくなる。
「ぼくは普久原雅志。すぐそこの高校で新聞部をやってるんだ」
「あたしは伊部里花です。普久原くんと同じく新聞部に所属しています」
「……木崎剣一」
名前以外に伝えるべきことが思いつかなかった。二人と同じことを言うのに気が引けたというのもあるが。
「では私のことをお話しさせていただきますね。私の名前は、エルー。いまの時代よりも遥か昔、古代の世界に生まれました」
平気な顔をしてこいつはなにを言っているのか、と本気で思った。しかし、この女が嘘をついているには見えない。モンスターを見た後というのもあるが、疑う気持ちにならないのだ。
「こ、古代人……。あなたが古代人?」
雅志が言葉に詰まっていた。当然の反応といえば当然であろう。おれもいま、表には出さずに驚いている。
「エルーさん、古代の人がどうして現代に?」
伊部が至極当然な疑問を口にした。
「どこから話せばよろしいのでしょうか……」
古代人は悩み始めた。ただ質問に答えるだけでは足りない、ということなのだろう。回答を得られるまで、おれは自分の役割について考えることにした。




