17th Card 秘密基地までご案内
天井を眺めていても特に面白いことはなにもない。それ以外にいまの自分にできることは、言い換えれば暇つぶしにできることは、なにもなかった。ずっと真っ白な天井を見ているとなんだか目がおかしくなる。どこからが天井なのか区別できなくなってしまい、酔いに似た感覚を覚える。できるだけ身体を動かさずに退屈を紛らわせようとした結果がこれだった。しかし、何度も繰り返しているうちに飽きてしまう。気持ち悪くもなってきたのでもうやめよう。
雅志と伊部を見送ったエルーと「まさしさんとりかさんがお帰りになりました」「ああ」「りかさん、なにかできることを見つけられるといいですね」「そうだな」という会話をしてからすでに二時間が経過し、辺りはもう暗い。
昔の守護者はどう戦ってあの上級モンスターを倒したのか考えたりもした。
古代の世界で守護者の得物が創られた、あるいは必要とされたというのだから、それは頻繁に使うことがあったということだろう。最初に持った人間には経験のないままそれを使うことになるだろうが、後の人間はその経験が知識として受け継ぎ、知識は経験に磨きをかける。
経験も知識も浅いおれたちには、いずれやつらと戦うことになるとしても、まだ上級モンスターと戦うには早かったのではないだろうか。そんなおれたちの課題は明白だった。
そういえば、意識を失っていたときに夢を見ていた気がする。ただ真っ白な空間で、ひたすらモンスターと戦うだけの夢だ。あれがもし現実だったならばおれは少しばかりの経験を得られたことになるだろうか。
どちらにせよ、いまのこの状態ではそれを確認することも難しい。いまは経験がどうこうよりも、まずは回復を待つべきか。
「……」
暇だ。なにもやることがないならまだしも、なにもできない時間は本当にただの時間の無駄にしか思えない。もう天井は見たくないから目をつぶるとしても、三日も眠り続けてから再び睡眠を取ろうとすることは簡単なことではなかった。
そうだ、晩ご飯の支度でもしよう。
やることが決まって起き上がろうとしたとき、声をかけられた。
「けんいちさん」
エルーが部屋へ入ってくる。
「身体の具合はどうですか?」
「そんなすぐには良くならない」
「いえ、もしかしたら逆に悪くなっていないか心配だったんです。違ったのなら、ひとまずは安心ですね」
「……おれが気を失っている間、お前はなにをしていたんだ?」
その問いに対して、エルーはどこか申し訳なさそうに返した。
「てれびを見ていました。とても興味深くて、釘付けになってしまいましたね。すみません」
別に謝るほどのことでもないが、モンスターの捜索にみんなが出かけているなか、一人くつろいでいるのはいいことではないかもしれない。とはいってもおれしか知らないことだ。誰かがそれを咎めることもないだろう。
「そんなに面白い番組でもやっていたのか」
考え事をしていたからか、音はあまり聞こえてこなかった気がする。バラエティ番組なら番組内での笑い声の一つくらい聞こえてきてもおかしくはないのだが。
「えいが、というものです。長いお話なんですが、見ているうちにその世界にどんどん引き込まれていってしまって……」
エルーの言葉の最後のほうは、声が小さくなっていてほとんど聞き取れなかった。とりあえず、彼女が映画に熱中していたことはわかった。そんな面白い映画がやっていたのか。古代人が見て面白いと思える映画とはなんだったのだろう。少し興味がある。
「どんな映画だったんだ?」
「若い男女が恋仲になっていくお話です。話が進むにつれて、実は彼には秘密があることが明らかになって……。二人の恋はどうなっていくのかととてもどきどきさせられました」
まさかの恋愛映画だった。しかも現代の女子好みなありきたりなストーリー。まあ、エルーも女だし、そういうのが好きということなのか。
映画学に精通しているわけではないが、こんなことを思うのだ。何度も見ていない限り本来ならばそういったストーリーも面白いものなのかもしれない、と。だが現代ではそれが溢れ過ぎてしまった気がする。それがいいことなのか悪いことなのかはわからない。ただ、刺激が減ったという視点から見れば悪いことなのかもしれない。
「ただ、そのお話のなかで気になる場面があったのですが、けんいちさんならそれがわかりますか?」
「おれは恋愛映画に詳しいわけじゃない」
ましてやその映画がなんなのかも知らない。だからといってエルーにそこまで確認する気はなかったが、たとえタイトルを聞いたところで彼女の疑問に答えられるとは思っていない。おれにそんな質問をするというのはお門違いというものだ。
「その疑問を解決したいなら、伊部に聞くのがいいと思うぞ」
「わかりました」
伊部ならおれよりかは詳しいだろう。女子だし。
「どうして若い男女が唇を重ねていたのか、訊いてみますね」
……疑問はそれか。訊かれる立場でなくてよかった。
「そういえば、唇を重ねる前に、男性が女性に対して『目を閉じて』と言っていたことも気になります」
そのとき、家のチャイムが二時間ぶりにその役割を果たした。エルーが玄関へ向かう。今度は誰が「帰って」きたのだろうか。どちらにせよ、この話題が終わってくれて内心ほっとした自分がいる。訪問者が誰かは知らないが、そいつには礼を言っておいたほうが良さそうだ。
玄関のほうへ耳を傾ける。
「ここは木崎剣一くんの家ですか?」
おっと、おれの客人のようだ。声の感じから男だろう。ところがおれには声の主に心当たりがない。それになにより、おれを訪ねてくる人間がいるとは思えなかった。この家に一人で暮らし始めてから家に訪ねてきたのは雅志や絢十ぐらいなものだ。あとは、宅急便や郵便配達といった業務的な人々だけ。
「はい、そうですよ」
「君は……彼の彼女ですか?」
「はい? かのじょ?」
なにふざけたことを言っている、あの男は。
「まあ、そんなことは置いておいて。いま、彼はいますよね?」
「はい」
「呼んでもらえますか」
「実はいま、体調を崩していまして、横になっています」
「へえ。モンスターにやられたんですか」
この男、一体何者だ。まさか、おれが守護者であることを知っているのか? いや、断定するにはまだ早い。モンスターが暴れていることは少しずつ世間に知られている。ただモンスターに襲われたからだと本当に思っているのかもしれない。
「どうしてそれを……」
「やっぱりそうだった。あがらせてもらいますね」
「えっ、あの、ちょっと」
どうやら男はエルーの制止を振り切って、おれの部屋へ向かってくるようだ。一体、そんなことまでしてどういった用があるというのだろう。
部屋に入ってきた男はおれよりも幼く見えた。しかし、それでいて身長はそれなりにあるので、そのことが彼の見た目とのギャップを生み出している。男は不敵な笑みを浮かべていて、なにを考えているのか全く読めなかった。その男は部屋の窓の外を見たかと思うと、突然振り返って簡単な自己紹介を始めた。
「こんにちは、木崎剣一くん。ボクは沖田、沖田信司です」
どう言葉を返せばいいのかわからなかった。
エルーが部屋の出入り口近くで状況を見守っている。そんなおれたちを差し置いて、沖田は言葉を続けた。
「木崎くんがモンスターと戦っていることはわかっています。そこで、ボクと一緒に来てもらいたいんですけど、どうです?」
「意味がわかりません」
「君の特別な力が必要なんですよ」
「……何者なんだ」
「君たちと同じ、モンスターに抗おうとするものです」
こいつの言うことが本当なのか知るためには、こいつについていくしかない、のだろうか。
この沖田という男は、おれだけじゃなくて、他の守護者のことも知っているようだ。もしかしたら絢十や雅志、それに瀬戸ともすでに会っているのかもしれない。
一応、訊いてみるか、
「どこまで知ってるんですか」
「そうですね、モンスターと戦っていること、そんな人間が一人だけじゃないこと、くらいかな。すでにぼくの仲間が、木崎くんの仲間にコンタクトを取っているはずです」
ビンゴだ。
「わかった。行きますよ」
「よかった、手間が省けて」
ただ、起き上がるには少々時間がかかりますが。
痛みを我慢しながらゆっくりと身体を起こしていく。
「そんなに深手を?」
おれはうなずいた。
「仕方がないな、部下を呼びましょうか。担架でも持ってきてもらおう」
「いらないです」
寝床から立ち上がる。歩けないわけではない。それに、どのくらいいるのかわからないが、大人数でおれの家に勝手にあがられたくなかった。
「けんいちさん、大丈夫ですか?」
「ああ」
おれは部屋の出入り口へ歩を進める。その後ろから沖田がついてくる。
「外に車があるからそれに乗ってください」
「それで、どこへ向かうんですか」
「ボクたちの基地ってところですよ」
基地か。それは彼らが本格的な組織、ということなのだろうか。もしこれで、貧相な建物に連れていかれたら、なかなかレベルの高いジョークだと思う。おれの家のほうが基地としては立派だったりして。
玄関の外には、たしかに車が一台あった。しかも特大型のトラックだ。さらに少し離れたところには乗用自動車が三台止まっており、なにやら武装した集団が、自動車のなかからこちらの様子をうかがっているのが見えた。かなり大袈裟な様子に、ここまでおれが警戒されていたのかと驚かされてしまった。
沖田の部下と思しき一人がこちらに近づいてくる。彼も、遠くでこちらの様子をうかがっている連中と同じように、武装していた。どうやら全員が同じ装備のようだ。身体は丈夫そうなプロテクターで覆われていて、顔はフルフェイスのヘルメット、あるいはマスクで守られている。その見た目から与える印象は、特殊部隊にほかなかった。
「お疲れさまです」
ちょっと失礼、と言いながら沖田が前に出る。
「お疲れさま。ね、大丈夫だったでしょ?」
「はい」
「まったく、君たちは用心し過ぎなんですよ。それだとかえって木崎くんたちに警戒されちゃう」
「万が一、ということにも備えなければいけませんので……」
どちらかというと、おれは普段なら沖田の部下の意見に賛成するが、今回ばかりは当事者として、沖田の側につく。
「ちゃんと、外から計測してくれました?」
計測? なんのことだ?
「はい。ただ気になる点が……」
そのあとの会話は、声が小さ過ぎて聞き取れなかった。行くなら行くで、早くしてもらいたいものだ。おれは晩ご飯の準備をしなければならないというのに。
「沖田さん、まだですか」
「木崎くん、あの女性とは一体どういった関係で?」
沖田が小声で尋ねてきた。今回は、どうやらふざけているというわけではないようだ。
まさかエルーの正体まで知られているのか。おれと一緒に行動していたところを見られていた可能性は充分に有り得るが。
「あいつは、ただの居候です」
「そうですか」
どうも納得した様子には見えない。おれもそれが気になって、ついつい余計なことを言ってしまう。
「彼女がなにかありましたか」
「木崎君からは強いエネルギー反応があったとの報告をもらいました。それ自体は君がモンスターと戦っていることから不思議はないけど、彼女にもそれが見受けられる、というのは納得できないなあと思いまして」
沖田が言うエネルギー反応というのはマナのことだろう。おれは守護者の力のおかげで常人と比較してとてもマナが多い。
エルーもマナが多いということは知らなかったが、モンスターを封印する力がある。ただの人間にそれができるわけがないから、おそらくそのせいだとおれは思うのだが。
エルーのことを言ってしまっていいものだろうか。そう思いあぐねいているうちに、エルーが答えてしまった。小声で話していた意味などなかった。
「私にはモンスターを封印する役割があるんです」
「封印。へえ、そいつはすごい」
どうやら今回は納得したようだが、まさか彼女も連れていく、なんて言い出すのではないだろうか。
「一応、上に報告はしておこうかな。あなたに関しては後日また改めて、ということになるかもしれません。そのときはよろしくお願いします」
予想は裏切られたが、結局のところ延期しただけのことだった。
「では、そのトラックに乗りましょう」
相手方の指示に従っておれが通されたのはトラックの荷台だった。曲がりなりにもおれはゲストという肩書きであると思っていたのだが、この扱いはなんなのだろう。ええい、責任者を呼べ。とまあ、冗談はさておき、ここが荷台といってもそれほど居心地が悪いわけではなかった。外見はただの荷台だがなかはしっかりと椅子も用意されており、むしろこの荷台は荷物を載せるのではなく、人が乗ることを目的とした作りになっている。残念な点といえば、窓がないことくらいか。外の様子が全くわからない。代わりに液晶画面やその他なんらかの機械も備えられていた。
「どのくらいで着きますか」
「一時間少々です」
それなりに長い道のりになりそうだ。いまのうちにできるだけ質問でもしておこうか。
「いったいどういった組織なんですか、沖田さんたちは」
「ボクたちは、人類の進化を保護し、促進する組織、通称H.O.P.E.」
ホープ? 聞いたことのある組織だった。ニュースや新聞記事、あるいは教科書などで見たのだろう。
「そんな組織がモンスターと戦うと」
「まあ、詳しい話はボクよりも最高責任者である理事長に聞くのがいいと思いますよ。ボクはあくまで戦闘要員ですからね」
最高責任者とは、これはまた本格的な組織という予感が現実味を帯びてくる。




