16th Card できることをやればいい
おはよう
目を開けて辺りを見回すと、エルーと目が合った。ここはどこだろう。おれになにが起きたのだろう。長い夢を見ていた気分だ。しかし、意識ははっきりとしている。
「けんいちさん、気がつきましたか」
身体を起こそうとすると痛みが走る。まだ完全には回復していないようだ。とにかく、いまは動かないでおこう。
「ここは? おれはどうなっていたんだ?」
「家ですよ。けんいちさんは気を失っていたようで、けんとさんたちが運んできてくれたんです」
「そうだったのか」
首だけ動かしてみると、たしかにここはおれの部屋だった。
外は夕暮れ。そういえば、女帝と戦ったときはまだお昼くらいだったかな。
「どのくらい気を失ってた?」
「三日です」
「み、三日!」
すっかり身体の痛みを忘れて、勢いよく身を起こしてしまった。時間差が生じて痛みに気がつくと、もう我慢できなかった。表情にそれが出てしまう。
「大丈夫ですか! 無理しないでくださいね」
「ああ……」
身体を寝かせた。三日も気を失っていた、ということは、あのモンスターたちは別の封印場所へ向かって、それを解いてしまったのだろうか。
「他のみんなはどうしてる?」
「モンスターの捜索に出かけています」
みんなは無事らしい。それを確認できてよかった。早くみんなと行動したい。
「まだ寝てないと駄目ですよ」
こいつ、人の心が読めるのか?
エルーの言葉になにも返さないでいると、あいつは微笑を浮かべてこう付け足した。
「あっ、当たりました? やった」
「冗談好きだったか、お前」
「いえ、そういうわけでもありません」
どうだか。まだ彼女は悪戯っぽく笑っている。
「お前は、ずっとここにいたのか」
おれの問いに、エルーは笑うのをやめた。
「はい」
「……ありがとう」
自然と声が小さくなってしまう。しっかりとエルーの顔を見て言うこともできなかった。
「誰か一人はついていないといけません。そこで、戦う力がなく、この家に住まわせてもらっている私が選ばれました」
それ、言う必要があったのだろうか。行動に移しはしないが、後ろへ転んでしまいたい気分になった。
「けんいちさんが目を覚ましたときは嬉しかったです。とても安心しました」
「そうか」
心配をかけて悪かったな、と口に出しては言わなかった。
「あとどのくらいで治るかな」
早く動けるようにならないと、それだけ多くの人がモンスターに傷つけられ、倒れていってしまう。それはできるだけ避けたかった。
「わかりません」
それもそうだ。エルーは医者でもなんでもない。
「でも、ゆっくり休んで確実に治すべきですよ」
「ごもっとも。だがそんな余裕があるのかねえ」
「けんいちさん一人が戦っているわけではありません。余裕はないかもしれませんが、仲間を頼ってもいいと思います」
強い眼差しがおれに向けられる。すぐにそらすことはしないでおれも見つめ返す。部屋が静まり返る。お互い、腹の探り合いでもしているかのように、ずっと見合ったままでいた。
張りつめた空気というのを実感する。居心地のいい空間では決してない。
「……わかったよ」
こういったとき、先に折れるのは大抵おれなのだ。まあ、仕方がない。いまの状態で上級モンスターに挑んだところで勝ち目はない。完璧な状態であっても勝てるかどうかわからないのだから、ここはゆっくりと休ませてもらおうか。
「はい」
エルーはうなずいた。
「そういえば、食事はどうしてたんだ?」
「まさしさんたちが持ってきてくれました」
おれが食事を用意できないせいで、いままで腹を空かせていたらどうしようかと思ったものだが、杞憂だったようだ。しかし、雅志が料理を作ってきたとも思えない。おそらくはコンビニ弁当だろう。早く動けるようにならないといけない理由が一つ増えてしまったな。
おれの考えを正解だ、と告げるかのように家のチャイムが鳴った。
「誰か帰ってきたのかもしれません」
エルーが玄関へ向かった。
よくチャイムの意味がわかったな。いや、それよりも帰ってきたという言葉は、ここはおれの家なわけだから、おれ以外に「帰ってくる」人間などいないのだが……。おれが眠っていた間にすっかり我が家は、守護者の基地となってしまったらしい。
ドアを開ける音がすると、雅志の大きな声が聞こえてきた。
「エルーさん、ただいま! ちゃんとチャイムのこと覚えていてくれたんだね」
ただいま、じゃないって。そしてお前がエルーにチャイムを教えた張本人か雅志よ。
「里花とそこで会ったから連れてきたよ」
「はい、どうぞ」
エルーもすんなりと家に人を入れて、すでに自分の家であるかのように振る舞っている。家主がこの状態だから、特に怒りを感じているというわけではないが、なんとも言えない複雑な気分だ。
エルーが雅志と伊部をおれの部屋へ招き入れる。二人はおれの近くへ来た。少し離れたところにエルーは立っている。
「やあ、剣一。身体の調子はどうだい?」
「木崎くん、大丈夫なの?」
「身体が痛いこと以外は、多分大丈夫だ」
「あのパンチはかなり強力だったみたいだね。守護者の力があっても回復が遅いなんてさ」
「まあ、な」
原因はそれだけに留まらないが、説明するのも面倒くさい。ひとまずはそういうことで片付けておこう。
「モンスターのほうはどうなんだ」
「いやあ、なかなか現れないね。まあ、そのほうがありがたいことではあるんだけどさ。またなにか企んでいるんだろうと思うと安心できないよ」
「そうか」
やつらはまた、強力なモンスターを解放するためにマナを吸収しているのだろうか。あるいはなにか別の計画を進行させているのだろうか。どちらにせよ、やつらの目的は結局「人間を殺すこと」にある。それが変わることはないだろう。
「剣一と話もできたし、ぼくはそろそろ捜索に戻ろうかな」
「まだ話したばかりだぞ」
本気で止めるつもりなど微塵もなかった。ただの冗談のつもりで言っただけだ。それは雅志にもわかっていたようで、苦笑いしながら答える。
「なら起きられるようになってから話そうか」
「そうだな」
おれが答えてから雅志が部屋を出ようとしたとき、伊部が言った。
「ねえ、二人はどうしてそこまでモンスターと戦おうとするの?」
考える様子もなく、雅志が答えた。
「まあ、それがぼくたちの役割だから、っていうのがあるかな」
「別に二人が背負わなくてもいいじゃない。二人が傷つく必要だってないよ。……それに、どうしてあたしはなにもできないの?」
叫び、というにはあまりにも小さなものだったが、それは伊部がここ最近まで募らせていた思いだったのかもしれない。つまり、伊部は自分一人がなにもできずにいることに、なにかしらの感情を抱いていたということになる。
守護者であるおれたちにとって伊部は守られる対象、それゆえおれたちと一緒に行動することはできない。いつも部長としておれたちを引っ張ってきた彼女の役割は、おれたちには全く通用しない。
そんな伊部に優しく声をかけたのは、やはりこの男だった。
「でも里花、別にぼくが戦う理由はそれだけじゃないんだよ。そして、一番大きな理由でもない。守りたい人がいるから、ぼくは戦うんだ」
「守りたい人?」
「里花のことだよ」
「あ、あたし?」
伊部は戸惑いを見せた。
「うん。だから里花が、なにもできないだなんて自分を責めないでね」
「そんなこと言われたって、普久原くんみたいな力を持ってないあたしは、やっぱりなにもできないじゃない。その事実に変わりはないよ」
すぐに答えることが、雅志にはできないようだった。人の部屋でなにをやっているのやら。
「たしかにそうかもな」
突然のおれの発言によって、二人の視線が注がれる。
「剣一……」
雅志はなにか言いたいようだが、とりあえず無視しておく。
「力があればできることは増える。でも、力がないからなにもできないってわけじゃない。力がなくてもできることはあるんだ」
非戦闘員であるエルーがいい例だ。あいつには戦う力はないが、モンスターの情報は教えてくれるし、こうやっておれの看病までしてくれた。エルーは自分ができる範囲で、おれたちと一緒に行動している。伊部もそれを目指せばいい。
「伊部がなにかをしたいなら、できることからやればいいんだと思う」
言ってから、らしくないことを言ってしまったものだな、と感じた。
自分の部屋での言い争いを早く終わらせたかったから、ということにしておこう。事実でもある。それに、人の部屋で二人だけの世界を築かれるのもこれまた面倒な話だ。やるなら他所でやってもらいたい。
「あたしに、なにができるのかな」
「自分で考えろ」
「うん」
一件落着、と言ってよいのだろうか。
「今日のところはもう帰るね。木崎くんを休ませてあげたほうがいいみたいだし」
その通りだ。まあ、口には出さないが見舞いにきてくれたことには感謝している。
わざわざどうも。
「里花、ぼくが送っていくよ」
「うん、ありがと」
二人は部屋の出入り口へ向かう。
「じゃあ、剣一、また今度ね」
「ごめんね。早く良くなってね」
雅志と伊部はおれの部屋を後にした。エルーが二人を見送るため、その後ろについていく。と、そのとき、一瞬だけ雅志が戻ってきて小声で言った。
「剣一、ナイスフォロー!」
それだけ言い残して雅志はすぐさま玄関へ向かった。別にお前のためにしたわけではない。
挨拶が聞こえてしばらくしてから、扉が閉じる音がした。
人は皆、役割を求めている。伊部のおかげで、それを再確認した。




