14th Card 目覚め
ドレンの攻撃によって折れた封印の塔から、光の柱が空へ伸びていく。その衝撃が地面を通じて伝わってきた。ついに出るのか、この地に封印されていたモンスターが。
くそ、防ぐことができなかった。おれたちはみすみすモンスターを解放させてしまった。
おれはなんとか起き上がろうとする。身体に激痛が走った。まるで筋肉痛のような痛みだ。苦しくて立とうとすることなどできないほどのものだが、そんな甘えたことを言っている場合ではない。ここにはすでにモンスターが二体いるというのに、さらにもう一体増えてしまう。他の三人だけで三体を相手にすることができるだろうか。特に、ドレンは攻撃力、防御力が共に高い。先ほどまでほとんど敵わなかった相手だ。
だが待てよ。あいつは吸収したマナを、エネルギーとして外へ出すことによって封印を解いた。ということは、いまのあいつには先ほどまでの力は残っていない可能性がある。もしかしたら、あいつだけでも倒すことができるかもしれない。
ようやく立ち上がり、刀を構えたおれの前には新たなるモンスターが一体、現れていた。顔が白くて、黒い身体。一見すると人間の女に見えるモンスターだった。
「ご機嫌いかかですか、我が女帝」
「悪くはない。妾を目覚めさせたのはお前か、ウェアド」
「俺は指示を出しただけで、塔を破壊したのはドレンです」
いままで上級モンスターあるいは風のモンスターと呼んでいたやつの名前がウェアド、そしてたったいま目覚めたモンスターが女帝と呼ばれている、ということがわかった。しかしいまはどうでもいい。
相手方は油断している。それなのに攻撃しようという気になれない。封印から解放された女型のモンスター、女帝から醸し出される雰囲気がウェアドのそれを超えていたからだ。こいつも上級モンスターに違いない。しかもかなり上位の存在だ。その重圧感がおれに攻撃を許さなかった。戦うことなしに、おれとこいつとの決定的な実力の差が、そしてその強大な力が伝わってくる。とんでもない敵を目覚めさせてしまった。
「よくやった、ドレン。ならば他の者達の封印も解いたのか?」
「封印から目覚めさせるためには大量のマナを必要とする故、まだ全員といったわけではありませんが、おおむね解放しました」
だとすれば西部緑地の塔も、こいつらに破壊されたのだろう。
女帝はおれたちの存在に気づいているのかいないのか、まだウェアドとの会話を続ける。
「そう。……あの方もまだ封印されているか?」
「皇帝はすでに俺達の指導者として君臨しています」
しびれを切らした瀬戸は、ついにモンスターの会話を遮った。
「さっきからごちゃごちゃとなにを言ってるの!」
「なんだ、この人間共は」
たったいま気づきました、と言わんばかりの反応だった。
「守護者ですよ」
それを聞いた女帝が高笑いする。
「なにがおかしい!」
「お前達のその程度の力で守護者とは、言葉通り笑わせてくれるではないか」
「黙れ!」
瀬戸が女帝に攻め込んだ。実力的な差はあるが、このまま引き下がってしまっては守護者失格だ。おれも絢十も雅志も、攻撃に加わる。
雅志は、瀬戸に続いてモンスターに向かうおれについてきた。
絢十はいまいる場所から狙撃する。しかし【ラストシューティング】を除いても、いままでに結構な弾を使ってきた。残弾に余裕はもうないはずだ。絢十自身もわかっている。それなのに、攻撃は一発も当たらなかった。それどころか、絢十以外のおれたちのどんな攻撃さえも防がれてしまう。
どういうわけか、身体の動きが鈍くなった気がする。先ほどのドレンの攻撃による痛みのせい、というわけではなかった。そのせいか攻撃が決まらない。
「攻撃が当たらない?」
同じことが雅志にも起きているらしい。
これが女帝の能力なのか。だとしたら、攻撃を鈍らせる能力? エルーが教えてくれた上級モンスターのなかに、そのようなモンスターはいなかったと思うが。
「あまり能力が使えん」
女帝がつぶやいたのを聞き逃しはしなかった。
これでも女帝はまだ目覚めたばかりで本調子というわけではない。こちらとしては戦うのに絶好の機会ではある。だがこちらはマナが少ないというのも事実。そしてなにより、身体に激痛が走っている。
瀬戸は力の限り長刀を振るが女帝には当たらない。ついに、もう一枚の青のカードも発動した。使用者のスピードを上げるカードだ。どうやらすでに効果は切れていたようだった。
雅志が女帝に素手で払いのけられる。
速度を上昇させた瀬戸だが、女帝はその動きを読んでいるかのようだった。武器を持たない女帝は、瀬戸と互角に戦いを繰り広げていた。このままではいずれ彼女がやられてしまう。
「やめろ、瀬戸。一度逃げるぞ」
「うるさい! ここでこいつを倒さないとだめなんだよ!」
おれの言葉に聞く耳持たず、といった瀬戸はまた女帝に突っ込んでいってしまう。
「なかなかやりおるな」
「モンスターなんかに褒められたくないわ!」
ところが、感情を剥き出しにした瀬戸の動きが急に止まった。まるで石像であるかのように動かなくなってしまった。
「なにを……」
瀬戸の苦しげな声が聞こえた。後ろ姿しか見えないため、なにが起きているのかよくわからない。
「お前の行動は妾によるものとなった。自力で動くことはできん」
絢十が女帝に、隙を見て女帝に発砲する。しかし、それは瀬戸が防いでしまった。まさか瀬戸は……。
「身体が勝手に」
「お前はもう妾の操り人形だ。大人しくその身を委ねよ」
人の行動を操るモンスター。エルーはそんなやつがいると言っていた。いま目の前にいる女帝こそがそのモンスターというわけだ。
「い、嫌だ」
女帝の言葉を拒絶する瀬戸だが、身体の自由は奪われたままだった。
「ならば手始めにそこの刀の少年を攻撃させよう」
また標的はおれか。まあ、三人のなかでは一番近いところにいたわけだが。
最初は抗おうとしていた瀬戸だが耐えきれなくなり、おれに向かって長刀を振り下ろしてくる。防がずにそれを避けた。仲間同士で戦うことに抵抗があるのもそうだが、パワーとスピードが上昇している彼女とまともに戦って勝てる気がしない。
続いて二撃目。それも避けたが素早さが上がっている瀬戸はすぐさま三撃目を放ってくる。さすがに刀で防ぐことしかできなかった。いや……防ぎ切れない。おれは後方へ下がった。というよりも、防いだときの衝撃にこちらが負けてしまったというべきか。とにかく、瀬戸の一撃はやはり「強烈」の一言に尽きるものだった。
攻撃力やらスピードがカードの力で上がっているとしても、ここまでのものだとは思わなかった。
敵に回せば最悪な相手だな。
「よかろう、もっとやってもらおうではないか」
女帝はどこか楽しんでいるようだった。
長刀の切っ先が今度は雅志に向けられる。今度の標的は雅志となったようだ。これ以上、彼女と無駄な戦闘を繰り返すわけにはいかない。瀬戸の動きを止めよう。
瀬戸を後ろから捕らえようとする。
ところが、瀬戸は後ろを見ることなく、長刀の柄でおれの行動を遮った。瀬戸を操っている女帝からはおれの行動が丸見えではないか。そちらにまで意識が向いていなかった。
たとえ向こうにおれたちの行動が丸見えだとしても、瀬戸を押さえなければおれたちが傷つけ合ってしまうのも時間の問題。早くどうにかする必要がある。
おれ一人だけではどうにもならないと悟ったのか、絢十が青のカードを使った。咄嗟におれも青のカードを出して絢十のカードをコピーし、それを発動する。絢十が二人に分身し、おれも同じく二人に分身する。
瀬戸が驚いたような顔をしていた。それもそのはず。おれと絢十の計「四人」で瀬戸を押さえようとしているのだから。
「四人」で瀬戸を囲むとすぐに長刀を振り回されたが、それをくぐり抜けて彼女を押さえ込む。それでも抵抗を続ける瀬戸。あまり長い時間この状態でいることは難しい。瀬戸の腕力が上がっているためか、いまはこの人数でようやく、なんとかなっているのかもしれない。
「雅志、女帝を攻撃するんだ。やつを倒せば瀬戸へのコントロールも解けるはずだ」
「わかった!」
そう言って向かう雅志だったが、ウェアドに武器で弾かれてしまう。
「我が女帝、彼らを倒せることはわかりました。しかしここは一度退きましょう。彼らにマナを浪費するよりも同胞解放を優先されたほうがよろしいかと」
「たしかにお前の言う通り。ならば去るとするか」
「はい」
ウェアドは二体のモンスターを連れて飛び上がっていく。
今回はさすがに追うことができない。こちらのマナはかなり使ってしまったし、体力も減っている。なにより、女帝に操られた瀬戸が、まだおれたちを攻撃しようとしていた。
去り際に女帝がこう言い残していった。
「そこの娘。力が欲しければいつでも妾のとこへ来るがいい」
「誰がモンスターなんかに」
そうは言ったが、おれたちへ攻撃しようとする瀬戸の動きはまだ止まる気配がなかった。絢十と「四人」で押さえているのもそろそろ限界だろうか。
やがて女帝からの呪縛が解けたのか、瀬戸は大人しくなった。しかしその頃にはもう、モンスターの姿はすっかり見えなくなってしまっていた。
おれと絢十の「四人」は瀬戸から離れる。「四人」が二人に戻った。
「瀬戸、大丈夫か」
「……どうして」
おれの問いかけに対しての瀬戸の声は、声が小さくて聞き取れなかった。もう一度言うように頼みかけたところで、彼女は言った。
「どうしてわたしなんかに構ったの? さっさとわたしを倒してモンスターと戦えば逃げられずに済んだじゃない!」
たしかにそれはそうなのかもしれない。
モンスターのところへ行き着くまでに瀬戸は立ち塞がってくるだろう。それを退けることは不可能だ、彼女を倒すか、女帝を倒さない限りは。その女帝を倒すために近づくには瀬戸をどうにかしなければならなかった。このままだとどちらに転んでも瀬戸を倒すしか方法はない。どちらにせよ、瀬戸に「構わ」なければならなかったのは事実だ。しかし、彼女が言いたいことはそういうことではない。
なぜ自分を倒さなかったのか、言い換えればどうして自分を助けようとしたのか、それを問いたかったのだろう。
ただ、そのような理由なんて言う必要も義務もなかったので、おれは黙ることにした。
それなのに雅志が余計なことを言う。
「剣一と絢十くんは仲間思いなんだよ。だから瀬戸さんを傷つけたくなんかなかったんだ」
「仲間思い? わたしを仲間だと思ってるの? 木崎にあんなに酷いことを言ったのに」
さて、彼女はどのことを言っているのだろう。心当たりが多過ぎて判断に困る。まあ、そこまで気にしているわけではないが。
というよりも、雅志の言葉のせいでどうも勘違いしているようだ。絢十についてはおれもよくわからないが、おれは別にそのような理由があったから、瀬戸を倒そうとしなかったわけではない。守護者の役割が人を守ることだから人を攻撃してはならない、と思ったからに過ぎない。だが、否定する気もなかったのでそれでいいことにする。絢十も特になにも言うことはしなかった。
そんなことよりもモンスターをこれからどうするのか考える必要がある。いまはまだ追うことはできないが、また多くの人が傷つく前にどうにかしなければ同じことの繰り返しだ。
頭ではそう考えているというのに、身体は思うように動いてくれない。先ほどから続いている痛みが一瞬だけ、これまでのなかで最大級に激しいものとなった。この異変はなんだろう。
「剣一?」
雅志が心配そうに声をかけてくる。だが、その声が酷く遠くからのもののように聞こえた。
視界までぼやけてくる。どこに誰がいるのかさえわからなくなった。
次に足に力が入らなくなる。両手を地面につけなければ体勢を保てなかった。
意識までも薄れてきた。
これは普通じゃないなと思ったとき、そのまま世界は闇に飲み込まれた。




