13th Card 封印の塔
現に作戦は無事成功したかに思えた。
マナを吸収するモンスターが落下していく。それを上級モンスターが空中で掴んでいった。そのまま上昇しておれの眼前まで来てやつは言った。
「どうやら今回は諸君の作戦勝ちのようだ。しかし二度と同じ手は食わん。今日のところは退散するが、次はないと思え」
よくフィクションで悪役が逃げるときに言う捨て台詞を吐いて、やつらは飛び去っていく。屋上にいることが幸いしたのか。どこへ逃げたのか方向はわかる。これにてひとまず作戦は果たされたことになるが、やつらを完全に逃がしてしまうわけにはいかなかった。
「あいつらを追いかけるぞ!」
精一杯大きな声で、ビルの屋上にいる三人に言った。彼らにはそれが届いたようで、すぐに行動に移していた。おれもタワーを急いで駆け下りる。
タワーから出ると、待っていたエルーの姿があった。
「モンスターを追いかける。お前はここで待っててくれ」
「はい」
本来ならば、先に一人で帰っていろ、と言うところだ。しかし、エルーを一人で家に帰すにはその道を教えなければならない。そのようなことをしている時間は全くなかった。
すまない。心のなかで詫びる。
近くのビルから絢十たちも出てきた。
「青のカードの効果はまだ続いているか?」
おれの問いかけに三人はうなずいた。よし、ならば問題ない。おれ自身もまだ速く移動することができる。
「瀬戸、返すぞ」
瀬戸に青のカードを返した。すると、すぐに瀬戸はカードを使った。それは自分だけに、ということではなかった。絢十と雅志も、そのカードの効果を浴びたためか、一瞬だけ身体が光に包まれる。
「モンスターに対する憎しみもマナに変わるんでしょ?」
多分、そうだとは思う。エルーは「強く、なにかを念じたり、思ったりすることでマナは作られる」と言っていたことがあった。それを知って吐いたが、おれが答えてしまうよりかは、エルーが答えたほうが説得力はあるだろう。目でエルーに促す。
「はい、そうです」
「ならよかった」
「よし、行くぞ」
絢十の一言で、おれたちは一斉に行動を起こした。おれたちの移動速度は遥かに上昇している。黒のカードと一緒に使ったときには勝らないが、それでも車道にいる自動車なんてすぐさま追い越してしまう。しかし、雅志の場合は鎧を着ていることもあってか、他の三人よりかは少しばかり速度は遅かった。
絶対に逃がさない。ここで出会ったが最後、あいつらをカードへ戻してやる。同じ過ちは繰り返したくない。
モンスターは上空を移動している。そのためか移動速度が格段に上がっているおれたちでもなかなか追いつけないでいた。いや、追いつかないほうがいいのかもしれない。こちらとしては、気づかれずに行動できて助かる。
上空へ向けた視線を落としてふと周りを見ると、街行く一般の人々がおれたちの動きを見ているのが視界に映ってきたではないか。自動車道を高速で走る少年少女。目立たないわけがなかった。人々に目立つことで、敵に悟られてしまわないだろうか。それだけは避けなければならない。
「二手に分かれよう」
前を走っている絢十と横を走っている瀬戸、そしておれの後ろを走る雅志に言った。雅志とは他の二人よりも距離があったため、しっかりと耳に届いたのか不安だったが、うなずいたところを見ると聞こえたようだった。
おれと絢十は右へ向かい、雅志と瀬戸はそのまま真っすぐ進んでいく。
モンスターは一体どこへむかっているのだろうか。また、マナを大量に吸収していたその理由とはなんなのだろう。マナを吸い取ること自体がモンスターの能力だったから、というのでは説明がつかない点がある。上級モンスターが一緒にいたことだ。上級モンスターはマナ吸収モンスターを運ぶ役割があったに違いない。それにしても上級モンスターがわざわざ運ぶためだけに一緒にいたとも思えない。仮にも上級モンスターが、その程度の役割を担うということにはどうも腑に落ちない。
駄目だ、走りながらでは思考がまとまらない。
雅志と瀬戸に合流した。いつの間にか、おれたちは街から離れていた。結構な距離を走っていたようだ。
モンスターが高度を下げ始める。おれたちは気づかれないように速度を上げる。降りたところで決着をつけてやる。走っている間にマナも充分に作られたはずだ。
やつらは人気のない林のなかへ降りていった。
もしかしたら、ここがモンスターの巣窟なのかもしれない。だとしたらどうなる。おれたち四人だけで相手ができる可能性は極めて低いのでないだろうか。それは深追いというものだ。
どうする、引き返すのか。引き返したところでなにかが解決するわけでもない。とりあえずは、観察してから判断したほうがいい。追跡続行だ。
「もしかしたら、ここがモンスターの住処だという可能性もある。慎重に進んでいこう」
三人に小声で伝えた。みんな、同じことを思っていたようだ。険しい表情をしている。
移動速度を上げるカードの効果はすっかり切れてしまっただろうか。ゆっくり進んでいるいま、それはわからない。しかし、絢十たち三人が使っていたカードの効果なら、まだ続いているのか切れてしまっているのかわかるかもしれない。
「絢十もビルの屋上で青のカードを使ったんだよな。まだ効果は続いているのか」
「オレは二人と違って一つしか使わなかった」
それは二人が二つのカードを使ったことを意味している。なぜ絢十は二つとも使わなかったのだろうか。
「どういうことだ」
「あのとき、瀬戸さんが使った青のカードは腕力を上げる効果を持ってたんだ。オレには必要ないからな」
「それなら、なにを使ったんだよ」
「オレの青のカード」
そのカードを見せてきた。
「これは五感を鋭くさせる効果を持ってるみたいだからな。使うと遠い敵にも照準を合わせることが難しくなくなった」
絢十が持っている青のカードは、おそらく街にモンスターが襲撃してきた際に回収したものだ。おれはてっきり空を飛ぶ能力のモンスターなのかと思っていたのだが、どうやら違っていたらしい。
「じゃあ、いまモンスターがどこにいるのかもわかるのか?」
五感が鋭くなるということは、音もよく聞き取れるようになるということだ。音から敵の居場所を把握できるのではないかとおれは思った。
「それ考えてなかったな。いまやってみる。……ああ、わかるぞ」
絢十の青のカードの効果はまだ続いていた。
「ぼくもやってみるよ。……おお、本当だ!」
雅志も効果は続いている。ということは、なにも言わないが瀬戸もそうなのだろう。ならば直感で相手方の行った方向を探るよりも、索敵は三人に任せたほうがいい。
「敵の数はわかるか?」
「……多分、二体だけ」
「ここは住処じゃないみたいだよ」
それなら好都合だった。先ほどの二体ならおれたちだけでもなんとかできるかもしれない。上級モンスターは先ほどの攻撃を耐えたようだが二度目はそうもいかないはずだ。
「でも、もしここが住処だったらどうする気だったんだい?」
「どちらにせよ、モンスターは全部倒す」
「瀬戸さん、本気だねえ」
「本気だよ。黙っててくれないと、相手の居場所が掴めないんだけど」
そう言われて、雅志は黙った。雅志よ、そいつにはお前の冗談は通じないと思うぞ。相手が悪かった。
三人の誘導に従って進んでいくと、思いのほか早くモンスターの近くへ来てしまった。しかもやつらの後方に。喜んでいいのか、悲しむべきなのか、なかなか複雑な気分だった。
モンスターの行動を陰から観察する。やつらは柱のような、縦に長い人工物の前に立っていた。いや、あれは柱ではない。塔だ。あの塔は以前に西部緑地でも見たことがある。たしか、モンスターの封印を助けるためのものだ。そんな塔の前にモンスターがいる。どう考えてもやつらはそれを破壊するつもりだ。そこに眠るモンスターを呼び起こすために。
考えている余裕はなかった。行動は一つだけだ。
「あいつらを倒すぞ」
「うん。あれはモンスターを封印してる塔だったよね」
「あれを壊されたらモンスターが出てくるってことか」
「そんなことさせない」
瀬戸が真っ先にモンスターへ攻撃を始めた。おれたちも後に続く。計画性がないのはこの際だから仕方がない。出たとこ勝負だ。封印を解かれてしまっては元も子もない。
「ほう、追ってきたのか」
上級モンスターがこちらを振り向き、掌を向けてくる。
一箇所にまとまっていたらあの風の攻撃を食らってしまう。一旦、離れるしかない。声を大にして言った。
「みんな、散れ!」
なんとかみんなが離れることで、敵が放った風の攻撃を避けることに成功した。ところが、一人になったところをマナ吸収モンスターは狙っていた。標的はおれだった。二回も同じやつに捕まってしまうわけにはいかない。身を翻して攻撃をかわし、距離を取る。
絢十は風のモンスターに向けて発砲し、雅志はそれに乗じて槍で突き、トドメの一撃として瀬戸が長刀で斬りつけていた。それでもやつは倒れない。すべての攻撃は、先端に二つの刃を備えた槍で弾かれていた。
「効いてない!」
驚いた雅志が槍を下ろす。
「諸君の攻撃は無意味だ。いい加減やめたほうが身のためだぞ」
「そうかい。でも残念ながらそういうわけにもいかないんだよね。モンスターをこれ以上増やされても困るんだ」
「たとえどんなモンスターが相手だろうと、倒すまで」
雅志も瀬戸も、モンスターの言葉に負けてたまるか、といった感じにそれぞれの得物を構えた。二人には戦う理由というものがしっかりとある。そのことがいまの二人を動かす原動力となっている。
「他の二人はどうだ。諸君もまだ戦うつもりなのか」
「黙れ」
問いかけに対して、言葉と発砲で答える絢十。いや、モンスターが言い終わる前には撃っていた気がする。光弾はモンスターに命中していた。防ぐ隙を与えない早撃ちだった。
これはありなのだろうか、仮にも守護者なのに。絢十の攻撃を卑怯だと思うのはおれだけではない気がする。それを言ってしまえば、複数人で単体のモンスターを攻撃するのもどうかという話になってしまうか。
刀を構えることで、おれはその意志を伝えていたつもりだったのだが、モンスターは絢十の攻撃を受けていたために顔をそらしていた。だからおれの意志はあいつには伝わっていない。
「それが諸君の答えか」
上級モンスターがおれたちへ顔を向ける。おれが構えたところを見ていないはずなのに、なぜか全員の意志として片付けられてしまった。間違っているわけではないから問題はないのだが気持ちのいい話ではない。
「ドレン、塔を壊せ。お前は彼らの相手をしている場合ではない。彼らの相手は俺がやろう」
マナ吸収モンスターの名前はドレンというらしい。こいつらに個体別の名前があるとは思っていなかっただけに驚かされた。
そんなことよりも、塔を破壊されることを防がなければならない。ドレンは塔へ向かっていく。こちらだって、風のモンスターの相手などしている場合ではない。
「四対一で勝てると思われてるなんて、ナメられたもんだねえ」
「勝つ必要はない」
雅志と上級モンスターの会話を絢十が再び風のモンスターへ発砲することで遮った。またやりやがったよ、と思ったが、さすがに二度も同じ攻撃を食らってしまうような甘い相手ではない。攻撃は、やつの武器によって弾かれていた。
モンスターは続けて言った。
「ただ、塔を破壊するまでの時間稼ぎをすればいいだけだ」
上級モンスターが手から風の攻撃を放つ。絢十は素早く避けた。雅志は鎧のおかげでその攻撃を耐えぬいてみせる。おれと瀬戸は敵との距離があったため、少し移動するだけでなんとかなった。
移動したままおれはドレンを攻撃するが、ただ斬りつけるだけでは効果があるようには見えない。おれに構うことなく、ドレンは命令通りに進んでいく。耐久力やパワーにおいては格上だが、移動速度に関しては比較的かなり低いものだった。
瀬戸は青のカードを使って、再び腕力を上昇させ、ドレンの前方へ先回りして、取り押さえる。力はこれで互角のようだ。
「木崎、早く攻撃してよ!」
「ああ」
言われなくてもそのつもりだ。
このまま背後から斬りつけて、万が一にもその衝撃で前に倒れられては意味がないので、瀬戸と同じくドレンの前に立ち、そこで赤のカードを使うことにした。ドレンに向けて衝撃波を放ち、後方へ飛ばした。
ところが、宙に舞ったその身体を風が受け止めた。上級モンスターの仕業だ。絢十と雅志の二人の相手を同時にしながらその余裕。まさに上級モンスターの名に相応しい。
感心している場合ではない。
体勢を立て直したドレンは再び進行してくる。その進行をさらに手助けするためか、上級モンスターは風を放って、ドレンを塔の近くまで飛ばそうとした。
風の力がおれと瀬戸のところまで来る。飛ばされないように堪えようとしたが、よく考えてみればドレンを押さえるためには一緒に飛ばされるべきだった。堪えようとするのをやめて、風に身を委ねる。ドレンとほぼ同じタイミングで宙に浮き、塔の近くまで飛んで来ることができた。瀬戸も同じだ。彼女はすぐにドレンを押さえようとする。だが、それをドレンは払いのけた。激した瀬戸が、長刀でドレンに攻撃する。その一撃は防がれてしまったが、やつの動きを止めることはできた。
よし、いまこそ決着だ。
おれは黒のカードを使った。【瞬速斬】で相手に一気に近づく。直後、ドレンの右ストレートを食らった。まさかおれの攻撃が見えていたのだろうか。
違う。あいつは瀬戸を攻撃して、瀬戸ごと塔を破壊する気だった。そこへ運悪く、というべきか、おれが攻め込んでしまったのだ。拳を直撃したおれの身体が塔に叩き付けられた。
思いっきりぶつかってしまったが、塔を壊してしまっただろうか。いや、全然問題はないようだ。頑丈な作りで助かった。
しかし、ドレンはもう一度攻撃してくる。避けることは絶対にできない。だから受け止めるしかなかった。やつの掌がおれの身体に当たった。
その一撃は特別なものだった。なにかしらの力をねじ込んでくるかのような攻撃だ。防げない。いままでで受けた攻撃のなかで最も重いものだ。一体、どういうことだ、これは。力が、おれの身体に流れ込んでくる。見えない波がおれに押し寄せてくる。
再び塔に叩き付けられた。ドレンはそのまま、おれに当てた掌を押してくる。やがて塔が軋んだ。塔が破壊されるかもしれないが、それよりも前におれの身体が壊されてしまいそうだった。
痛い。くそ、もう押し返せない。どうすればいい。
瀬戸はドレンを攻撃しているが、やつは構うことなく掌を押し続けてくる。その度におれは声を上げ、塔も悲鳴を上げた。
ドレンの手から、目に見える形で力が流れてきた。緑色のような光がおれに向かって進んでくる。正確にはおれの後ろにある塔に向かって。これはいままでこいつが吸い取ってきたマナだ。それがおれの身体を通って塔にぶつかった。
そのとき、塔が、折れた。




