10th Card 不穏だったり予感だったり
第一部、後半に入りました。
久々の登校日。
以前に衝撃波を放つモンスターが現れた道には、未だにその跡が残っているのが見えた。道路の両側にあった建物はまだ建て直し作業が続いている。きっと街のほうも、ここよりもいくらか酷いだろうが、そうなのだろう。こういった状況を目の当たりにすると、自分はのんきに学校へ行っていていいものなのだろうかと思ってしまう。だが、考えても仕方がないことだった。モンスターがどこにいるのかはわからない。やつらが活動するまでは、おれたちも行動できない。それに、おれの本来の肩書きは高校生なのだから、学校へ行くこと自体なにも間違ってはいないのだ。
ふと周りを見ると、高校へ向かう生徒の姿は少なかった。前後に関わらず、数十メートル離れたところにぽつぽつと何人かいる程度だ。いまの時間は登校には早すぎず遅すぎず、といったところだがいったいどういうことだろう。街のほうから来る生徒は少なくないが、前回の襲撃に巻き込まれた生徒がいるという話は耳にしていない。それでも不安は感じた。
「木崎くん、おはよう」
「よう」
伊部と会った。二人並んで歩くこととなる。それから挨拶したきり、おれは黙り込んだ。
伊部とは同じ部活の仲間ではあるが、おれは伊部と話すことは少ない。彼女と話すのは雅志の役割だ。おれではない。だからいま、非常におれのなかでは気まずい状態にある。こんなとき、雅志がいたら話題には困らないのだが、どうして肝心なときにあいつはいないのか。
伊部が口を開いた。
「今日、人少ないね」
「ああ、そうだな」
なんとも面白くもない反応だと思い、加えて言った。
「この前あった、モンスターの襲撃のせいかな」
「あのとき、結構な人がもう登校してたけど」
そう言われてみれば、あれは登校時のできことだった。なんだ、おれの不安なんて意味のないものではないか。
「きっと、休み続けたい人がたくさんいるんだよ」
「なるほど。おれも休みたいよ」
モンスターの襲撃から日は経っているが、最近疲れが溜まってきている。本当はまだ学校が休みだったらよかったのだが、学校側から登校しろと言われてしまえば、それに抗うことはしない。
「やあ、二人とも。なんの話だい?」
雅志と合流した。あとの会話は雅志に任せよう。
「お前の怪我は大丈夫なのかなって話してたんだ」
「心配してくれてたの? 嬉しいなあ」
「うん。普久原くんが元気そうでよかったよ」
「守護者の力のおかげかな。傷の治りがすごく早くなるんだ!」
そう、雅志の言う通り、守護者の力を手に入れた人間には、普通の人間と比べて少しばかりの変化がある。……どこが少しばかり、だろう。かなりの変化、の間違いだ。なにかしらの脅威に人が脅かされていることは察知できるし、身体能力は向上するし、雅志が言ったように傷の治りも早くなる。なにより痛みに強い身体になってしまう。人間を守る役割がある手前、そう簡単に傷ついてはいけない、ということなのだろう。
不自然にならないように、二人との距離を取ることにした。おれはおれで思考でもしていよう。先ほどの伊部との会話のことだ。たしかに、いままで連休の後に休む生徒はいたが、それほどまで多くはなかった。では考えられる可能性はなにか。
モンスターだ。
しかし、引っ掛かるのはモンスターが人を襲っているのを感じられないということだった。
決められた範囲しか読み取れないという制限があるとしても、多くの生徒が襲われていたらさすがにわかるはずだ。それにおれ以外にも守護者はいる。誰か一人くらい行動は起こしているだろう。つまりこの状況から推察するとモンスターは人を襲っていないということになる。少なくとも、守護者がいる範囲では。
もし、そういったことを察知させない、ステルス能力みたいなものを備えたモンスターがいるのなら話は別だが、そんなことを考えていたら切りがない。とりあえずは普通のモンスターであることを前提として考えるしかないか。……「普通の怪物」ってなんだ。
校門を越えても生徒の数は少なかった。
おれたち三人は校舎の三階までは一緒に行ったが、その階に着くとそれぞれのクラスに散らばった。自分の教室に入ってみると、やはり生徒の数は少ない。そのせいか、妙に静かだ。四十人一クラスの教室にはわずか十人程度が来ていた。このまま授業開始まで人数が変わらなければ学級閉鎖というレベルだろう。おれのクラスだけがこのような状況とは思えない。雅志がいる教室にも行ってみることにした。入ってみれば、そこも似たような状態だった。
「ここも少ないな」
自分の席に座っていた雅志に声をかけた。
「剣一のところもそうなんだね。なにかあったのかな」
あったのだろう、おそらくは。
「とりあえずはホームルームで先生の説明があるまで待つしかないか」
「そうだね」
おれは雅志のクラスから出る。そのまままっすぐ自分の教室に戻ることはせず、伊部がいる教室も覗いていく。やはり生徒の数は少ない。
これでは学級閉鎖どころが、学年閉鎖……最悪学校閉鎖になるかもしれない。夏休み前に集団で風邪か? それとも食中毒? どれも有り得そうではあるが、信じられなかった。
時間丁度に担任の男性教員が教室へ入ってくる。今日の日直が、いつの日に変わるとも思えない決められた文言を唱えることで、ホームルーム開始の合図となる。
起立。礼。おはようございます。
おはよう、と教員は言って言葉を続ける。
「どうやら体調を崩して欠席している人が多いみたいだね。このクラス、学年、学校を問わず。みんな、体調管理はしっかりとするように」
どこかで聞いたような、あるいは決められていたかのような、なんの特徴もない呼びかけだった。生まれつき身体の弱い人間にとっては、気を付けていても体調を維持するのは難しいものだろう。
「せんせー、学級閉鎖にはならないんですかー?」
能天気なことを大きな声で尋ねる男子生徒がいた。教室の後ろ側の席に座っている某だ。普段ならおれもそのことについて訊きたいとは思うが、今日に限っては別の情報が欲しい。例えば、病気が流行っているだとか、食中毒にかかっている人がいるだとか。
「よかったな、学級閉鎖だ」
教員の言葉は棒読みだったが、尋ねた生徒は大喜びしていた。しかし、そいつ以外の生徒は特に大きな反応を示さなかった。そいつの周りの生徒くらいなら、笑ったかもしれないがおれはそこまで見ていない。あいつが嫌われ者というわけではない。むしろこのクラスでも人気のあるほうだろう。大抵、やつの発言や行動にはなにかしらの反応があるのが常だった。それなのに、他のみんなは普段と同じことをしなかった。まさか、ここにいる生徒も体調不良者ということなのか。そんななかわざわざ学校に来るとは感心だ。
ホームルームが終わると、早速帰宅して良い、ということになった。みんなが教室から出ていく。おれは彼らと一緒に出ていくことをせず、担任の近くへ行った。
「体調不良の原因がなにかわかりますか」
「ん? いや、そこまで詳しくわからないな。ただ、みんなどうも風邪に近い症状がでているらしいよ」
「わかりました」
「木崎も風邪には気を付けろよ」
「はい」
おれは、担任に軽い会釈をして教室を出た。混んでいることが予想されたので、すぐに玄関には向かわない。人混みは苦手だ。
「いたいた、剣一」
廊下をうろうろしていると、雅志も教室から出てきていた。
「これからどうする気だい?」
「しばらくしたら家に帰る。お前は?」
「ぼくも帰るよ。ただ、帰ってから外出するけどね」
「一人でか?」
「もちろん。ちょっと気になることがあってね」
やはり雅志もなにかを感じ取っていたようだ。生徒が体調不良で大勢休むという、この違和感の正体を明かす気でいる。
「モンスターの仕業だと思うか」
「ああ。剣一もかい?」
うなずくことで答えた。
「里花を巻き込みたくないから一人で行くつもりだったんだよ。多分、ぼくたちが一緒にいると、里花のことだからわかっちゃうかもしれない」
「あいつはそこまで出しゃばりじゃないだろう」
「そうだけどさ……」
雅志はなにを気にしているのだろう。伊部を巻き込みたくないという考えには賛成だが、モンスターの調査に行くことを隠す理由はわからない。まあ、ここはこいつに任せるか。
そこへ伊部がやってくる。おれたちは話題を終わらせざるを得なかった。
「なにしてるのー?」
「やあ里花。玄関はきっと混んでるから、時間が経ってから降りようって話してたんだよ」
嘘は雅志なりの優しさ、のつもりなのだろうが、こうも切り替えが早いと恐ろしく感じる。それに、おれからしてみればなんとも嘘っぽい嘘をついたものだなと思うのも本音だ。その台詞はおれが言ってなんぼである気もしなくはない。
「ふうん」
伊部のこの反応。きっと雅志が嘘をついていることを見破ったに違いない。嘘を隠す場合、男と女であれば女のほうが上手いというのが一般的に思われていることだ。本当に恐ろしいのは、雅志ではなく伊部のほうなのかもしれない。
「ねえ、学校閉鎖らしいけど、例の新聞記事、いつやる?」
伊部の言う例の新聞記事というのは夏休み前に、我ら新聞部が学校に発行するものだ。記事の内容は伊部の案に決定した。たしか紫外線対策だったか。
「学校閉鎖って外出は駄目なんじゃなかったっけ」
「そんなことを気にする普久原くんじゃないでしょ」
「いやだなあ、そんなことないさ」
雅志、表情がひきつっているぞ。
「どうだろう……」
伊部は雅志という人間を充分知っているのだろう。これ以上雅志に任せてもいられないと判断したおれは伊部に声をかけることにした。
「伊部、資料はもうあるか」
「うん」
「なら記事は伊部が書いてくれないか。三人が集まる機会は少ない。学校が再開したときすぐにでも印刷できるようにしてもらえたら助かる」
「そうだね。できあがったらどんなものか見せたほうがいいよね?」
「どうやってだ」
「メールとかで。……あ」
伊部は気づいてくれた。おれは携帯電話もパソコンも持っていない。連絡手段として家にあるのは、せいぜいファクシミリが付いていない宅電だけだ。
「今回は、すまないがすべて伊部に任せることになる」
「……うん、いいよ」
今年の場合、夏休み前に発行できるかどうかさえ、現状ではわからない。おそらく、おれたち守護者の行動次第だろう。この原因不明の事態を早く解決しなければならない。
「もう玄関も空いてきたころだな」
誰に向けて言った言葉というわけではなかった。それに対する返答はなく、求めてもいなかった。ただ、おれが玄関へ向かおうと動き出したのに合わせて二人は後ろについてきた。
いつかのときと同じく、おれたちは三人で校門から出ていく。あのときは夕暮れだったが、いまはまだ日が高い。こんなに早い時間に下校するせいか、とても妙な気分になる。なんだか授業をサボっているみたいだった。それでいて得意気になっている自分がいる。なぜならおれたちは正当な理由で下校をしているのだから、誰からも非難されることはないからだ。
「じゃあ、あたしはここで」
いつの間にか伊部と分かれる道まで来ていたようだ。
「バイバーイ」
「気を付けてな」
伊部が遠ざかっていく。その姿が消えるまで見届けてから、雅志は言った。
「里花に悪いことしたかなあ……」
雅志は、伊部に新聞記事をすべて任せてしまったことを気にしているのだろうか。それとも隠し事をしていることを気にかけているのだろうか。その真意はわからないが、おれたちが行動するほかないとおれは思う。
「気にしても仕方がない。ひとまず帰るぞ」
おれは家へ急いだ。




