9th Card 愛の戦士
前回『8th Card』の続きです。これにて全員集結。
四人で通った学校の前の道を、いまは二人だけで通る。辺りは閑散としていた。このまままっすぐ家に帰るのもよかったが、それではせっかくの休日がもったいないと感じてしまうのはおれだけだろうか。そんなことを言う余裕があるのならば、モンスターを探しに行くべきなのだろうが、残念ながらやつらが活動しないことにはこちら側も動きようがない。
これからどうしようかと考えているとエルーが声をかけてきた。
「あの、けんいちさん」
「なんだ?」
「一つお願いしたいことがあるんですけど、いいですか?」
「内容によりけり。言ってみろ」
「無理難題は言いませんよ。私、この時代の風景をこの目で見たいんです」
なんだ、そんなことか。なにかもっと大きなスケールの願い事を予想していたせいか、内心、拍子抜けしている自分がいる。
「いいよ」
あっさりと答えたものの、どこへ向かえばいいのだろう。行き先もなく歩いてみる、というのも悪い気はしないが、それでエルーは満足するのだろうか。この時代の風景、とはまた随分とアバウトなことを言ってきたものだ。
街にでも向かおうか。しかし、街はいま復興作業中だ。見せるにはちょっと的外れかもしれない。できることなら綺麗なものを見せたい。
そのとき、一台のトラックがそばを横切っていった。
「以前から気になっていたのですが、あれはなんですか?」
「自動車といって、人や物を運ぶ道具だ」
「じどうしゃ……」
エルーはそれを、通り去るまでじっと見つめていた。
彼女は古代人。どんなものだろうと、その目に映るのは新鮮なものばかりなんだろう。改めて気づかされた。ならば特別な場所へ行く必要などない。今日の文明をその目に焼き付けさせてやればいいのだ。
「そういえば、説明したことなかったな」
「ええ。いつもてれびで見ているだけでした」
多分、前々から気になってはいたのだが、それをおれに訊く機会がなかった。仕方がないことではあるが、そのことに対してなにも感じていない、と言えば嘘になる。
「自動車がなくなるといまの世界は非常に不便になるだろうな。自動車に限った話ではないけど」
「人々の創造力はとても神秘的です。じどうしゃなんて私の世界では考えられませんでした。きっと、いつかそれらの便利なものがなくなったとしても、それに代わる新しいなにかを、人は創るのでしょうね」
「そうかもな」
それは古代の世界にも言えたことなのだろう。カードがなくなったあとにも、彼らは別の力を造ったのではないだろうか。それが、今日のおれたちの生活に繋がっているのだとしたら、なにか深いものを感じる。人の創造力は、留まることを知らない。それは明日への希望、そして未来への架け橋でもある。
……ここからそう遠くないところでモンスターが現れたようだ。人が感慨にふけっているというのに、全く無粋なやつらだ。
「けんいちさん」
おれの表情の変化から察してくれた。
「行こう」
「はい」
おれたちは走り出す。相変わらず、エルーの足の速さには驚かされる。しっかりと、今回も離されることなくついてきていた。
段々、モンスターの気配が自分にもわかってきた気がした。次の角を曲がればそこにモンスターがいるだろう。
曲がってみると、そこには信じ難い光景が広がっていた。倒れた雅志と、彼をかばうようにしている伊部、そしてモンスターを押さえる絢十の姿があったのだ。保険として、絢十にはあらかじめ今日の調査のことは伝えておいた。だからきっと、今日は予定を空けておいてくれたのだろう。絢十が来てくれたことは頼もしかった。しかし……。
「まさしさん……」
エルーも衝撃を受けている。
まさか、雅志が、やられた?
頭のなかをぐちゃぐちゃとかき混ぜられる思いだった。これは現実なのか、夢なのか。まだ夢のほうがよかった。これが夢落ちだったらどんなによかったことだろう。もちろん、おれの目覚めは一向に起こらない。現実なのだから当然のことだった。
モンスターがおれの存在に気づいた。続いて絢十も振り返ってくる。
全身が緑色の鱗で覆われていて、瞳が不気味に黄色く光っている。半魚人のようなモンスターだった。
「木崎くん! 普久原くんが……普久原くんが、あたしをかばって……」
最後まで言わずともわかった。雅志は怪我をしている。おそらく伊部を守るために攻撃を食らってしまったのだろう。それほどまでに、あいつは伊部を大切にしていたということだ。
「すぐにあいつを倒して、雅志を病院へ連れていく」
おれは刀を構えた。
「あのモンスターは耐久力が高いモンスターです。一点集中攻撃を狙ってください」
「わかった」
死ぬなよ、雅志。
心のなかでつぶやき、おれはモンスターへ突撃する。
雅志を巻き込みたくなくて、おれはやつに酷いことを言ってしまった。そんな会話が最後の会話だなんて絶対にさせない。
モンスターは絢十をおれに投げてきた。おれは絢十を受け止めざるを得なかった。
「絢十、大丈夫か」
「防御力高過ぎて攻撃諦めてたわ。お前がいればなんとかなりそうだ」
絢十は弾の節約をするために、先ほどまでモンスターに肉弾戦を挑んでいたようだ。ならばやることは一つしかない。
「二人で攻めよう」
「おうよ」
モンスターの様子をうかがいつつ、絢十に尋ねる。
「あと何発撃てる?」
「四発。三発無駄にした」
一点集中攻撃。攻め方は簡単だ。絢十が同じところに全弾命中させ、そこをおれが突く。問題は成功するかどうかだった。
「同じ箇所に全ての弾を命中させることはできるか?」
「余裕だな」
まさか余裕と返ってくるとは思わなかった。せめて、なんとやってみる、くらいだと予想していたのだが、いい意味で期待を裏切られた。ならばあとは、おれ次第というわけだ。
「腹に決める」
絢十が銃を構える。
モンスターは自身の武器である槍を構える。接近戦は、いま絢十に対応させてはいけない。まずはモンスターの動きを封じることが先決だと思った。
「絢十、まずはおれが攻める」
あの槍にいま対抗できるのは、接近戦用の武器である刀を持っているおれしかいない。
「待て、木崎!」
絢十の言葉を無視しておれは敵へ突っ込む。こいつを早く倒さなければならないと思うが故に、おれは焦っていた。敵は動じることなく、おれの攻撃を直に受けた。そのことによって、絢十がおれを止めた意味を理解した。しまった、これはまずい。
おれはまんまと敵の術中にはまってしまったのだ。自ら攻撃を受けることで相手の動きを止めて、そのまま相手を攻撃するという戦法。まさに釣りだ。こんなときに、いつか雅志がやった囮作戦を思い出した。
モンスターは特に痛がる様子もなく、おれの刀を手で掴んで、自身の武器である槍を突き出してきた。避けようとしたが、この距離なら、この速度なら、間違いなく腹部を貫かれてしまう。
ところが、槍はおれの腹ではなく腕をかすめただけだった。絢十が槍を狙撃してくれたおかげで槍の軌道がずれて、おれの腹に当たることはなかったのだ。
すぐにおれは敵との間合いを取る。絢十の一発を無駄にしてしまった。しかし、悔いている余裕はなかった。
すぐさま、絢十がモンスターの腹に向けて発砲する。防ぐ間も与えずに、一発、二発、と同時に撃ち、三発目で弾が尽きた。そして、おれの出番だ。今度はミスをしない。間合いを詰めて、相手の腹目掛けて刀を振るう。手応えあり。わずかにモンスターが後ろに下がる。
「木崎、離れろ」
絢十に言われたように、おれはモンスターから離れた。
絢十は黒のカードを用意していた。どうやら弾はなくても、黒のカードは使えるようだ。
カードが手から消える。銃口がモンスターを捉えた。発射。モンスターの全身は光線に包まれてしまう。衝撃がおれのところまで伝わってきた。
よし、これで雅志を病院へ運べる。心のどこかで、おれは完全に勝利した気持ちになっていたのだ。だから、絢十の攻撃が終わってもなお平然と立っているモンスターを見たとき、おれは心の底からまずいと感じた。
モンスターの様子に変化は見られない。変わっているところがあるとすれば、せいぜい立っている位置くらいだった。先ほどまでいた場所より、少し後ろにずれている。
すぐさまおれも黒のカードを出す。だが、敵が投げた槍にカードを弾かれてしまった。ならば、もう一度カードを出すまでだ。すると今度は、モンスター自身がおれに向かって突っ込んでくる。望むところだ。黒のカードが、おれの手元から消えた。【瞬速斬】発動。
正面対決。おれは再び腹を狙って一瞬にして斬りつける。手応えはある。では効果はどうだろう。振り返ってみると、モンスターは先ほど投げた槍を拾って再び投げてきた。
間一髪、刀でそれを防いだが、おれの構えは崩れてしまった。その瞬間を狙っていたのか、モンスターがおれに殴り掛かってくる。防ぐこともできずにまともに攻撃を食らってしまい、慣性の法則に従って後ろへ倒れるしかなかった。当たった場所が悪かったのだろう。かなり痛い。
さらに敵は、起き上がる隙を与えることなく蹴りまで加えてきた。さすがモンスターと言うべきだろう、やることなすことに、全くもって血も涙も感じられない。
蹴られた反動で地面を滑る。おかげで、おれは雅志たちからかなり離れてしまった。
全身に激痛が走っていた。目の前の敵はパワータイプのモンスターではないのだが、その力は人間の比ではない。並みの人間ならただ殴られただけでも、ちょっとした怪我では済まされない。
絢十が、雅志たちのほうへ近づこうとするモンスターの動きを止めようとしているのが見える。絢十の銃はすでに弾切れだ。すぐに使えるようにはならない。しかし、モンスターは槍を持っている。素手と武器の戦いでは、明らかに絢十の分が悪い。徒手空拳で応じるが、それも相手の防御力の前では意味をなさなかった。
やがて絢十も、モンスターの攻撃で弾かれてしまう。モンスターの先にいるのは、エルー、伊部、そして負傷した雅志だ。この三人でどうにかできるわけがない。おれは痛みをこらえながら、急いでモンスターのほうへ向かった。
そのとき、一体なにが起こったのか全くわからなかった。光が目の前に見えたのだ。
すぐに光が消えて視界が安定すると、雅志が金色の槍でモンスターに攻撃しているのがわかった。
金色の、槍。
まさか、そういうことなのか。雅志までもが、守護者の役割を背負うこととなってしまったというのか。思わず足を止めて、雅志の戦いに見入ってしまっていた。
「普久原くん」
伊部が漏らした言葉に反応することなく、雅志は叫び声を上げながらモンスターを槍で突いていた。攻撃は、防御を誇るモンスターに確実にダメージを与え続けている。
そうか、一点集中攻撃だ。
「雅志、腹だ! 腹を狙え!」
敵に先ほどまでのダメージが少しでも残っているのなら、槍での突き攻撃は文字通りピンポイントで決まるはずだ。
スピードではモンスターよりも雅志のほうが上に見える。槍で一突き、二突き、三突きと連続で攻めていた。その攻撃に耐えきれなくなったのか、モンスターが背中を見せて逃げようとする。そうはさせまいと、おれはモンスターの前に立ち塞がる。せめて雅志からの強烈な一発をもらってからトンズラしてもらいたいものだ。
雅志の手には黒のカードがあった。あいつは迷うことなく、それを使う。
モンスターを槍で一突きし、そのまま上空へ投げ飛ばす。そして自身も高く跳び上がり、まるで天空を貫くかのごとく、槍で敵を貫いた。
モンスターが地面に叩き付けられる。遅れて雅志が着地した。
「剣一、ぼくはいまなにをしたのかな?」
雅志は息を弾ませていた。
「敵を宙に上げて、お前が高く飛び上がって貫いた」
「やっぱり必殺技を出したんだね! それなら【天空突破】にしよう。……どうだい、ぼくの【天空突破】は」
雅志は得意気に言い放った。自分の技にもう名前をつけたのか。なんとも抜け目のないやつだ。
その攻撃は、敵には充分効いた様子だった。モンスターの身体が青く光り始める。やがて、モンスターは青のカードへと還元された。雅志はそのカードを拾う。
「普久原くん、怪我は大丈夫?」
伊部が真っ先に雅志のところへ駆け寄っていった。雅志は自分の身体を一度確認する。
「うん、大丈夫みたい!」
いつもの明るい笑顔を伊部に見せてくれた。
「きっと、まさしさんの強い思いに、守護者の得物は答えてくれたんでしょうね」
エルーがおれにだけ聞こえるように言った。さてはこいつ、なにかに気づいたな。まあおれから言えることはなにもない。ただ、そうか、とだけ返しておいた。
「また増えたみたいだな、守護者」
絢十が雅志を一瞬見て、そう言った。雅志にはそれが聞こえていたようだ。絢十のところまでわざわざ近づいていった。
「なんだかわからないけど、よろしくね!」
雅志は絢十と握手をしようと、笑顔で手を差し出す。対照的に、絢十は困惑の表情を浮かべていた。絢十の性格と雅志の性格では違いが大きすぎる。前者は人との馴れ合いをあまり好まない。対して後者は人と関わることに積極的だ。絢十、握手するのか?
しかし、そんなおれの不安やら好奇心やら、諸々の感情を他所に絢十はすぐに手を差し出した。多分、ノリでやったに違いない。周りの目を少しは気にしたのだろう。
これで守護者は四人集まった。以前聞いたエルーの言葉の通りなら、全員がそろったということになる。
全員が力を合わせれば、どんなモンスターが相手でも勝てる気がした。逆に、たった一人でどうにかしようとしても、モンスターには簡単に勝つことはできない。いままでの戦いがすべてを物語っている。
おれの役割は人間を守ること。でもそれは、おれだけに許された役割ではない。だからといって、おれが辞めてしまってもいい役割というわけではないのだ。
おれ、絢十、瀬戸、そして雅志。おれたちは「四人」で、人間を脅威から守らなければならない。




