大学生三人
僕らは大学生だ。三人して同じ大学の二回生で、知り合ってちょうど一年になる。
こんなふうに仲はいいが、僕らは全員学部は違っていて、同じサークルに入っているわけでもない。会うのもこうして彼らが僕の部屋に押し入ったときぐらいだ。
村田とは、バイト先で初めて出会った。喫茶店のバイトだ。彼のほうが元々古株で、僕が後輩として入った。小さな店だったのでバイトは僕と彼の二人だけだった。なので仕事の全ては彼から教わった。彼が止め、バイトが僕ひとりとなってしまった今では、店に必要な人材になるまで成長した。それもこれも、すべて彼のおかげだと感謝している。
「俺は村上春樹にあこがれて喫茶店のバイトを始めたんだ」
「小説家の?」
「他に誰がいるんだ?」
「いませんね」彼は薄く鼻で笑った。
「大学時代、村上春樹は喫茶店でバイトをしていたらしい。そしてお金をため、いくらかは借金をしてまで自分の店を持った」
「そんなんですか。僕はまだ読んだことないです。村上春樹は」
「おもしろいよ。是非読むべきだ。だが、読むならもう少し若い時期に読むべきだった。まあ今からでも遅くはないけどね」
村田さんの趣味は読書だった。しかし、その知識は聞いてる側からしてどこか薄く思えた。それに彼は電気電子専攻なのだ。文学とは程遠い、理系の人間なのだ
加藤は村田の彼女だった。商学部の人間で、二浪して大学に入ったらしい。僕が加藤について知っているのはこれだけだ。村田と付き合い始めた時期も知らなければ、彼女の出身地も知らない。まあ、色々と聞かない僕も悪いのだが。
加藤は美しい女性だった。
おそらく学内でも目を引くであろうその美貌は、初めて顔を合わしたとき、僕をどぎまぎさせた。通った鼻筋や、大きな目が印象的な彼女の顔は、村田への嫉妬をわかせるぐらいきれいだった。
「はじめまして加藤といいます。村田がお世話になっています」加藤は丁寧にお辞儀をした。まるでできた若妻を思わせる対応だった。
「いえいえこちらこそ村田さんにはお世話になっています」この頃、僕はまだ村田のことをさん付けして呼んでいた。
「嬉しいわ。まさか村田の友達に鍋で呼ばれるなんて思いもしないもの」加藤は感慨深そうにうなずいた。僕らは僕の部屋で鍋をしようと集まっていた。
「それに、村田に鍋をする友達がいたことも意外だわ」よく考えれば、知り合って一年経った今でさえ、村田が友達と一緒にいる姿を見たことはなかった。
「村田さんは加藤さんの前ではどんな人なんですか?」
「んー、たぶんあなたの知っている彼そのものよ。たとえ恋人の前であってもね。何もかわらないのよ。そういう人なの」加藤は少しも考えず、そういった。愛しているんだな。直感で僕はそう感じた。
「それにね、村田は君の事をよく話してくれるわよ。まるで村上春樹の小説にでてくるような人間だって。ハードボイルドで夢とか希望とかにまったく望みを抱いていない男だってね」
「それはかなり心外ですね」それは、遠まわしに暗いといわれているのではないだろうか。
「そうかもしれないですね。でもわかってあげてね。君には夢とか希望とかはあるの?」
「なくはないです。それが叶うかどうかは別ですけど」
「じゃあきっと。君は”そういったもの”を隠すのがうまいのね」加藤の口調にはどこか、意味深に感じられた。
「うまくても得することはありませんけどね」僕はそう思った。けれども加藤はそれを否定する。
「そんなことはないわよ。ほら夢を持っている人がかっこいいとかいう人がいるじゃない。かなりたくさん。でもね、やっぱりその反対で夢を持っていて、それを語る人を毛嫌いする人もいるのよ。例えば村田みたいなね。そんな人に好かれるわよ」
「随分と小規模ですね」
「なにごとも小さいほうが良いわよ」加藤は薄く笑った。
僕たち三人は、そんなこんなで仲良くなった。
そんなこんなでアパートを覚えられ、馴染まれ、居座られた。でも驚いたことに、そこまで僕は彼らのことを迷惑とは思っていなかった。むしろ、ドアを開け彼らがいることに、僕は安心を覚えはじめた。いなければ、心がすっぽりと失われてしまったような喪失を感じただろう。
すごくくだらないことだが、僕にとって彼らは家族のようなものになりつつあったのかもしれない。