二階のアパート
ドアを開けると男と女がいた。
二人してジャージ姿で、別段楽しくもなさそうに駄弁っていた。
彼らの手元にはタラチーなどが置かれ、手にはチューハイが握られている。目は疲れているように、とろんとしていた。テレビはいつものように、つけっぱだ。ラジオはなぜか消されている。
僕は彼らのことをよく知っていた。男は村田で、女は加藤。もちろん、彼らも僕のことをよく知っているはずだ。
僕は彼らの話に割ってはいる。
「お前ら、今週で何度目だ?」
「そうだな……、二度目ぐらいじゃないか?」と村田が答えた。
「そうだ。あっている。そして今日は火曜日だ」
「えー、じゃあ毎日のように来てるじゃん」今度は加藤が大げさに笑った。
「よく考えてみろ加藤。毎日のようにじゃないぞ。お前たちは毎日、俺の部屋に入り浸っているんだ」
「あらそうだったたわね」彼女はあっけからんと言い、そうして手にしたチューハイを口にした。うまそうに息をもらす。
「まあ、いいじゃんか。お前の下宿なんて共同で使っているようなもんだろ?」
「あほか。いくらなんでも限度ってものがあるだろ。今月ほぼ毎日来てるじゃないか」
「毎日じゃないだけましでしょ」加藤がうふふと嬉しそうに笑った。どうやら、彼女はすでに出来上がっているようだ。ほんのりと顔が赤らんでいた。
「まったく、おまえらはどうしようもないクズだな」
僕は疲れたように顔をしかめ、ひととおり文句をたれる。そうして手に持った袋をちゃぶ台に置いて、ダウンを脱いだ。ダウンをハンガーにかける僕に村田は「サンキュー」と声をかけた。村田は袋の中身をまさぐり、弁当を取り出していた。袋の中には弁当が三つ、入っているはずだ。
「ちゃんと金払えよ」
「なんだ、俺たちのこと歓迎してくれているんじゃないか」
「俺が買ってこなかったらどうせ酒で胃袋膨らませる気だろ? そんなんじゃ倒れるぞ」
この部屋には、いくつもの空き缶が散乱している。それは今夜、彼らが飲み干した酒だけではなく、次のごみの日を待つ潰した空き缶の山を合わせれば呆れるほどの数になるだろう。彼らは、大学生ながら酒を入れなければ寝れないぐらいアル中になっていた。
「そうだな。感謝してるよ」そういい村田はから揚げ弁当のふたを開けた。安い油のにおいが、部屋に漂い始めた。
「加藤にもあげてくれ」
「はいよ」村田は袋から弁当を出した。そして弁当を加藤に渡そうとしたが、彼女はすでにうとうととしていて寝入りそうだった。村田は僕に目配せし、肩をすぼめた。
「おいといてくれ。冷蔵庫にでもいれとくよ」
「はいよ」と村田が言った。
この部屋は、いうまでもなく僕が借りている部屋だ。書類もあるし、なにより大家さんがそれを知っている。今月分の家賃だって僕が払った。
「なんでお前らはおれん家をたまり場にするんだ」このセリフを、僕は何度口にしたかわからない。それでも、腑に落ちる答えを得たことはない。
「俺たちのいる場所にお前の家があるから」
村田は悪びれもせずこういった。昨日は「大学に近いから」だった。一昨日は「加藤がきたがっていた」だったような気がする。
「今日の返しはなんだか挑発っぽいな。イライラする」
「そんなことはないさ。俺らはお前を慕っているんだぞ」
「慕わりをこういう形で表して欲しくはないな」
村田は僕の言葉を咀嚼するように聞きいった。しぐさはなかったが、そう感じた。そののち、僕たちはなにもしゃべらなくなった。聞こえるのは加藤の寝息のみで、部屋は沈黙に支配されていた。しゃべろうとすると、沈黙が僕の口を塞ぎにくるような雰囲気だった。
僕はテレビを消し、電気も消した。僕は闇が自然とおりてくるのを待った。
心配しなくていい。
気づけば眠っていて、明るい朝がきているから。