とある領主の愚見
「ひっ…ひぐぅ…あぎ…」
絢爛豪華な装飾品が飾り付けられた部屋の中、ベッドの上で女の体を貪る肉の塊があった。
豊かな柔らかい胸をわしづかみする指は芋虫のように太く短く、顎は肉に埋もれてなくなっている。世話しなく腰を動かす体は、肉の襞が重なり不潔にどす黒く変色している。
前後に動かす度に肉が波打ち、すえたような匂いが漂う。
それに組み敷かれる女性は、唇を噛んで暴行と変わらない行為に堪えていた。
彼女は平凡な女であった。昔から多少は可愛いと言われ、村一番の猟師と二年前に結婚し、子供が産まれたばかり。
昨日まで夫と獣の革を鞣す仕事を、赤子をあやしながら行っていた。
なのに、今目の前にいるのは夫に比べ物にならない醜悪な男。張る母乳を啜るのは愛おしい我が子ではない。
「ぅ…ぐぎぁ…うぶ…」
女は必死に自分に言い聞かせる。今さえ堪えれば家に帰れる。
優しい夫は汚された自分でも受け入れてくれる。幸いなのは、今日は安全日なので妊娠を心配する必要がない事だ。
村の皆に哀れまれても大丈夫、お手付き女と囁かれようとも大丈夫。
夫と子供と三人で傷を癒し、静かに暮らそう。
だから、彼女は堪えて腰を振る。目の前の男の体を夫の逞しい体だと自分に言い聞かせて、領主を喜ばせる。
帰る為に
夫の元に
子供の元に
娼婦すらも躊躇う事を躊躇せずに行う。
その性交は女が声が枯れ力尽きても続けられた。
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「側妃が村人と接触したとは本当か?」
「はい領主様。愚かな事に、側妃様は領主様に申し立ての書状を送ってきました」
執事から書状を渡された領主は中を見ると、破り捨てた。彼はベッドの上に腰掛けたままワイングラスを手にして、中身を汚く垂らしながら煽る。
領主はゲップをしながら嘲った。
「ふっ女だてらに学門なぞするから馬鹿な事をするのだ。女は所詮、政治に関われる頭はない馬鹿なのだから、学門なんてする必要ない」
「領主様のおっしゃる通りです。愚かな側妃は村人との会談も計画している様子。恐らく合法的に領主様を陥れる悪巧みでもするのでしょう。どう致しましょう?」
「クククク!馬鹿な農民どもに、そんな話しをしても理解できる訳がなかろう!だがしかし、動かれたら厄介だ殺せ」
「側妃ですが?」
「良い…どうせあの女は知識だけの、家柄もなく毒にも薬にもならない女だ。会談で集まった農民達を反乱罪を被せて不穏分子ごと殺せ。側妃様は巻き込まれて死んだとしろ。ついでに、あの不気味な王子もだ。邪魔物は全員殺してしまえ」
「はっ!」
立ち去る執事を呼び止める領主。
「コレを捨てろ」
「はっ」
使用人達がズルズルと息絶えた全裸の女性の死体を引きずる。女性の首は不自然な方向に向いていた。
薄汚れた馬車に乗せられた死体は、城から離れた森の中に運ばれる。
ボロを纏う老人が御者である馬車は、森の中に掘られた大きな穴にたどり着く。そこは城から出た【ゴミ】を捨てる穴であった。
関節痛に呻きながら御者台から下りた老人は、先客が居た事に気が付く。
「婆さんや、あんたもかね?」
「ええ爺さん。男と赤ん坊さね」
「ああ…。門で妻を返せと大騒ぎしていた、あの坊主か?止めろって忠告したのに、やっぱり門番が切り捨てたのかい?」
「ええ…可哀相にねぇ…。赤ん坊ごとですよ」
「可哀相になぁ…せめて一緒に埋めてやろうかねぇ」
「そうですね爺さん」
暗い森の中に、ザクザクと土を掘る音が響く。霧が満ちる中、ガリガリに痩せた老婆と老人がシャベルを振るう姿は悪夢のようである。
老婆と老人は、口々に「すまないねぇ」「すまないよぉ」と呟く。
穴の中に入れた夫婦の間に赤ん坊を置いた老婆は、一輪の花を添えて呟いた。
「こうして、もう何年になりますかね爺さん」
「さあなぁ婆さん」
「私のせいで…すみません」
「……婆さんは悪くない」
老婆は老人の手を固く握る。
「早く…早くお迎えが来ないですかねぇ」
「大丈夫じゃ婆さん。逝く時は一緒じゃ」
老婆と老人…。
かって先代領主に連れ去られた恋人を救おうと城に乗り込んだ男が居た。
捕らえられ殺される直前、先代領主の戯れで生かされる代わりに、死ぬまで死体埋めの任を押し付けられた恋人達。
恋人は凌辱により体を病み、逃げる事は出来なかった。
二人は互いを慰めに運命を受け入れた。
かっての自分達と同じような境遇の若者達を埋めた日々を振り返り、互いを抱きしめ合う老いた恋人達。
長すぎる人生。
他人の為に流す涙はない。
「ソフィー」
「ロニ」
愛してる
そう囁いた恋人達は神に祈る。救いも何もない生活だが、いや…何もないからこそ神に祈る事は止めなかった。
神よ
神よ
哀れな夫婦に救いを…