錆び付いたブランコ
今回から一人称視点に変わります。とある人の過去を振り返る話。
俺は、とある荒れ果てた庭に佇んでいた。
荒れ果てた芝生
沼となった池
もはや林と呼ぶのが相応しい花壇
そして、あの大きな木に掛かる錆び付いたブランコ。
俺は煙草を吐き捨てながら、片手でブランコを押す。するとギイギイと鈍い音を出して軋むソレ。
十四年前はあんなに綺麗だったのに、見る影もない。
俺は先日、忍びの者から受けた報告を思い出した。
王族の姫達が殺された。公式には病死となったらしいが、王が直接殺害を命じたらしい。
狂気としか言いようのない所業。だがしかし、一部の人間は「やはり」といった感想を抱いた。
王家に巣くう悪魔は新たな段階に進もうとしている。
その為に姫達は殺されたのだ。恐らく…アイツも…。
『私の言うことを聞け!この豚ガキが!』
あの甲高い声や、菓子を片手に嘲笑い蔑むアイツの憎たらしくて憎めない顔が脳裏に蘇る。
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名も知らないアイツに出会ったのは、夏の日だった。
あの頃は二度目の冷夏で、村の皆は不作の気配に怯えていた。怯えるのは不作による餓えだけじゃない。
馬鹿領主の増税を何よりも恐れていた。
増税のお触れを受けた、俺の親父を含む村長達は役人に無理だと訴えた。
すると、役人達はまるで待っていたように代税を村長達に命じた。
それが処女税。
税が払えなければ代わりに処女税を払えと言う。
早い話しが、未成年の少女を全員領主に差し出せと言うのだ。
村の皆は必死に働き、獣を狩った。
そんな日々が始まる直前に、アイツに出会ったのだ。
キムカが忍び込んだ貴族の避暑地の館の一つにいた少女。
名前は知らない。だけど、キムカはキラキラさんと呼んでいた。
貴族の女のくせに強気で全然可愛いげもなく、糞生意気で性格が悪かったが、貴族としては優しかった。
なんだかんだ菓子をくれたり俺達の話しを聞いた奴は、相談に乗ってくれた。
皮肉屋で傲慢な奴で何度も喧嘩したけど、貴族のアイツはやっぱり頭が良くて俺達が知らない知識を沢山知っていた。
そのお陰で狩った獣を高く売れたし、村の子供達の問題の解決に役立った。
その対価に、奴が知りたいことを俺達は調べた。奴は何かを知っていた。
後から知ったのだが、奴は俺達が知る前から処女税を知っていたんだ。奴はとある目的でその執行を止めたいらしい。
見る限りでは、俺達農民を守る為とは思えない。だがしかし、語る奴の瞳は澄んでいた。
税を払う為、毎日手の皮を擦りむいて鍬を握り働いている兄貴と同じ瞳。
守るために動いている奴の瞳だ。
俺達はアイツを信じた。
アイツは処女税の証拠が欲しがった。それさえあれば処女税どころか領主の政治生命を終わらせる事ができるそうだ。
キムカとランドと三人で駆け、証拠を見つけようとしたが幼い俺達に大層な事は出来なかった。
そこで領主の館に行く友人を思い付いた。それは旅芸人の踊り子であるアイリだった。
その旅芸人の一団では、少年が女装して踊るのが有名だった。アイリもその一員だ。
不本意ながら俺が女装して、ランドとキムカが楽隊のフリをして紛れ込んだ。
だけど、ガサツな俺達の演奏やタコ踊りはすぐにバレ、団長に捕まりそうになった。ちょうどその時、屋敷の執事に俺とアイリが呼び出されたんだ。
どうやら俺達の踊りを領主の息子が気に入ったらしい。特別に息子の為に踊れと言われた。
あんなタコ踊りをよく気に入ったな、同じ貴族なのに見る目ないんだな。アイツなら、いつも持っている小さな鞭でシバかれるような出来だったからな。
だがチャンスだ!
真っ青な顔で執事に断ろうとする団長を慌てて宥めすかし、執事についていく事になった。団長は「まだ小さい」とか言っていたが気にしなかった。
そんなこんなで連れられたのは息子の寝室だった…。中には裸の男がいた。
俺はアイリを庇いながら迫り来る裸の息子、もとい脂肪の塊の股間を蹴り上げて逃げる。
屋敷の中を逃げ回る俺達…だけど、地の利は奴らにある。暫くもしない内に使用人達に捕まりそうになった。
その時。
「何をなさっているのですか?」
稟とした声がした。
振り返ると、そこには長身の女の人がいた。くすんだ金髪にたどんだ青い瞳の、黒のドレスを纏った女の人は、扇を口元に当てて瞳を細めた。
「領主の館で、このような無法を見るとは思いませんでした」
その瞳には紛れも無い侮蔑の色が滲んでいた。女性の後ろに控えるメイドさん達も、異様な空気があって怖い。
「側妃様!これは!」
「その子達を置いて行きなさい。妾は本日、機嫌が悪いのです。あの子ったら来たくないと言って仕方がない。せっかく新しい服を新調したのに」
小さな声で呟いて少しシュンとした女性は何だかアイツに似ていた。
俺達を助けてくれた女性は全然優しくなかった。高飛車でこれまた意地悪そうで、臭い臭いって言われて、少し口を滑らすと「お行儀が悪い」と叱られた。ガミガミネチネチうるさいけど、たけど何だか不快じゃなかった。
俺達の手を繋いで歩いていた女性の手は柔らかくて温かかった。
女性は俺達に、何で領主の息子の使用人に追われていたのか聞いた。俺達は、別に馬鹿息子を庇う必要なんてないので正直に話した。
そしたら【みせいねんにたいするわいせつこうい】は唾棄すべき事だと怒り狂っていた。何だか愚痴の中には私情が挟みまくっていたけど…。内容が非常にえげつなく、おどろおどろしい。
ゴゴゴと凄まじい暗黒オーラが滲み出ている。
プルプル震える俺達。何だか…凄まじい駄目夫がいるらしい。俺は庶民だから分からないけど、貴族もいろいろと苦労してんだな。
だけど、俺はこの人なら協力してくれそうだと思った。俺達を助けてくれたし苦労しているみたいだし、しかも領主の息子の使用人を下がらせれるんなんて、きっと偉い人だ。
処女税の事を話すと、女の人は怒り狂った。
領主を引きずり落としてやると叫んだ女性は、また難しいことを沢山言っていた。何だかストレスが溜まっているらしいとアイリが言っていた。
俺はワクワクしながら女性を見つめた。
やった!証拠は見つからなかったけど、貴族の協力者が手に入った。この人なら領主なんてパーと倒してくれる。
馬鹿な俺は本気でそんな事を考えていた。
その時、俺は貴族の愚かさを知らないでいたんだ。