亜麻色の踊り子
現在、ガタガタと馬車に揺られるアルベルは不機嫌だった。
何故なら
「プ…ククク綺麗だぞアルベル」
「本当にお綺麗やわぁ。本職であるウチが霞んでしまうわぁ」
「うむ…」
「綺麗〜」
「うるせぇ!」
後方で勝手な事を言う友人達を、振り返って怒鳴るアルベルの服の裾が翻る。
何時もはボサボサの金髪は丁寧にくしけずられて美しく結われている。体には幾つもの可愛いらしい装飾品が輝き、身につける衣服は露出が多いがふんだんにフリルで飾られた踊り子の衣装である。
幼い肢体に纏うソレは独特な妖艶な雰囲気を醸し出していた。
そう、現在彼は思いっきり女装しているのだ。
馬車の荷台には沢山の少年達が座っていた。そんな中の隅に固まるように座っている五人の少年達。
その中の三人はアルベル達であった。
彼等がこんな場所に居るのには訳がある。彼等三人が貴族の少女に頼まれたのは情報収集であった。
何か処女税を証明する物を持って来いと言うのだ。
少女からしてみれば、彼等が大それた事が出来るとは思っていない。各村人を回り証言を集めたり、各村長に配布される命令書程度を持って来れば良いと思っていた。
だが、アルベル達は右斜めを突っ走った。
そんな不確かな物より確実な物を少女に渡そうと思ったのだ。
そして、彼等はとある友人を頼った。
それが先程アルベルを見て感心していた少年達だ。
クスクスと笑っているのは、まるで絹糸のような豊かな亜麻色の髪で神秘的な紫色の瞳の少年だ。少女と間違えるような美貌の持ち主で、髪に挿した大輪の華も合間ってまるで華の妖精のようだ。彼もアルベルと同じ衣装に身を包んでいるが、彼の方が着こなし、仕草も合間って一個の完成された人形のようだ。
傍らにうずくまるのは、恐らく同い年と思われる少年だ。ガタイが良く背が高いので年上に見える。だがしかし、緑色の垂れ目や癖のある柔らかい黒髪からノンビリとした年相応の雰囲気を醸し出していた。
二人の名前はアイリとスルドと言う。この地方を回る旅芸人の一団の一員である。
その旅芸人ではとある見世物が有名である。それは美しい少年達による剣舞だ。
美少年達が女装して女顔負けの妖艶な踊りを見せるのである。
当然彼等のそんな踊りは大衆向けではない。彼等は貴族相手を専門とする旅芸人なのだ。
貴族の中では美童趣味は一種の文化として根付いている。なので、その需要は驚く程高く、彼等に贔屓の貴族達から自由に領土を行き来する権利を渡されている程である。
「あかんなぁ、アルベルに仕事奪われそうやわ」
そう言ってコロコロと笑っているのはアイリ。まだ十二歳だが、その言動は少年と思えない程に妖艶だ。
それも一団の中で仕付けられたお陰である。
アイリは旅芸人の一団に拾われた孤児だ。一年前までは相棒のスルドと一緒に南の土地で、年頃の少年達と一緒にガサツに野原を駆け回っていたが、山賊によって村を焼け出され両親を失ったのだ。
同じくスルドも両親を失っていた。貧しい村では親を失った子供は奉公という名の元に商人に売られるのが通例だ。それは休みも給料も殆どない奴隷と同じような身分で、売られたら最後、結婚も出来ずに一生を奉公先に捧げないといけない。
それが嫌だった二人は村を逃げ出し、町をさ迷った。そんな時に旅芸人の一団に拾われたのだった。
旅芸人達は優しく彼等を受け入れてくれた。踊り子の少年達は皆二人と同じような境遇の孤児ばかりで、仲良くなるのに時間は掛からなかった。
アイリは踊り子見習いとして一団に所属し、スルドはアイリと違い体の成長が早かった為、雑用兼用心棒見習いとして働いた。
此処に来たのは領主に舞を見せる為である。
そんな彼等が駐留していたのがアルベル達の村の近くであった為、持ち前の好奇心で忍び込んだアルベル達と知り合い友人になったのであった。
館は厳しい監視だが、踊り子達に関しては監視が甘い。だからアルベル達は踊り子にふんして忍び込み、処女税に関する書類を盗み出そうと思ったのだ。
「だから!何で!俺だけなんだ!」
「仕方ないだろ?似合うのお前だけだったんだから」
「うんうん」
「ムキー!」
アルベルだけが女装している理由。それは単純に他の二人が似合わなかったのだ。
踊り子達は誰もが美貌を誇る。そんな中に紛れ込むには、いくら化粧があっても相応の美しさが必要なのだ。
整ってはいるが男らしいランドや、落ち着きのないキムカには無理だったのだ。二人は雑用係の格好をしている。
「ヒューヒュー綺麗だよーアルベル」
「ヒューヒュー」
「…して…や」
「??」
「キスしてやるぅ!受け取れ俺の熱いベーゼ!」
ギランと睨み付けたアルベルは、まるで猿のように跳び上がり友人達に襲い掛かった。
「ギャー!?」
「おえー」
唇を蛸のように突き出してドタンバタンと暴れ回るアルベル。それを見て困ったように眉をひそめるアイリとスルド。
「今日は僕の初舞台なんや。あまり暴れんといてや」
「うん…」
今日はアイリの初舞台である、一団に恩返しする為に気合い満々なアイリは三人に釘を刺した。
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「なぁ、あんたらが言ってる貴族の女の子って何なんや?」
「あ?」
唐突にアイリが言った言葉に、彼に化粧を直してもらっていたアルベルは首を傾げた。
「そいつは貴族で協力してくれるんだろ?」
「ああそうだ」ランドの言葉にスルドは首を傾げた。
「それが納得いかへん。貴族の女の子がそないな物騒な事に関わるなんて思われへん。そもそも女の子は何物なんや?」
「スッゴク綺麗な人だよ!」
自信満々に答えるキムカを張り飛ばしたアルベルとランドは考えながら答えた。
「そういや…アイツって何物だ?」
「名前は?」
「「知らね」」
アルベルとランドの見事に揃った返事に頭を抑えるアイリ。
「そ…そんなんで信用したんか!?」
「だって…」
「菓子くれるし」
「菓子美味いし」
「菓子甘いし」
三人のアホ丸出しの返事に呆れたように笑うスルド。見事に餌付けされている。
「ちょろ過ぎるやろあんたら。大丈夫なん?」
「……大丈夫だ。アイツは信用できるし、嘘は一度も言ってない」
「何で分かるん?」
「コイツだ」
やけに自信満々なアルベルに不思議な顔をしたアイリにキムカを指差す。
「コイツは他人の嘘に敏感なんだ。コイツが懐く奴は大体信用出来るし嘘は言わない」
試しに何かいってみろと言われたアイリとスルドが嘘を織り交ぜて問題を出してみると、百発百中で正解した。
「凄いな…何故分かるんだ?」
「う〜ん、嘘いわれると何かツムジがムズムズすんだ!」
スルドに不思議そうに尋ねられたキムカは首を傾げながら頭頂部を指差した。それを見たアルベルとランドは神妙な顔でウンウンと頷いた。
「野生の勘だな…」
「猿だからな…」
「二人ともオイラに失礼だぞ!」
苦情を訴えるキムカを見た二人はハッと嘲るのであった。