表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
餓鬼の反乱  作者: 春子
5/12

「何してやがる爺!」

「後生じゃ、見逃してくれ!」


アルベル達が狩りに向かおうとした時、村の端で騒ぎが起こった。彼らが向かってみると、そこには毛皮を抱えて蹲る老人と、それを奪おうとする青年の姿がいた。


荒れくれ者で有名なパン屋の息子と、百姓の老人だ。


老人が抱きかかえているのは、先日アルベル達も狩っていた銀鹿の毛皮の様に見えた。


青年は腕力に言わせて毛皮を奪おうとするが、老人も必死の形相でしがみ付いている。いつも優しい老人とは思えない顔だ。


「行け!キムカ!」

「了ー解」


アルベルが叫ぶと、素早く走りよった少年は、小さな体を生かして老人と青年の間に割り込み、青年の顔に向かって飛び上がった。


ガツーン


「グフォァ!?」


タイミング悪く鼻面に頭突きを食らう青年だが、鼻血を出しながら屈みこむ。老人はその隙をついて毛皮を抱え込む。


「何しやがる悪がきどもが!」

「うるせぇ!爺様を苛めんなトムソン!」

「誰も苛めてなんかねーよ!俺だってなぁ!」


少年の罵詈雑言を浴びたトムソンが一瞬黙る。その時、アルベル達の頭にこぶしが落ちた。

頭を押さえたアルベル達が見上げると、そこにはベルアルがいた。いつものように盛大に文句を言おうとしたアルベルだが、兄の顔にふざけた雰囲気がなく真剣な顔をしていて口を噤んだ。


先ほどまで農作業をしていたらしいベルアルは、老人の前に立つと手を差し出した。


「じっちゃん、それはコイツが狩った奴だ。返してやってくれねーか?」

「ベルアル頼む見逃してくれ・・・。ワシでは狩ができないんじゃ」

「駄目だじっちゃん。」


静かなベルアルの声に、老人はボロボロと泣くと、毛皮を彼に渡した。ベルアルはそれをトムソンに渡す。鼻を手で押さえていたトムソンは何かを老人に言おうとしたが、ベルアルに制され打ちひしがれる老人を見ると口を噤んだ。


「爺様、あんたの気持ちは分かる。今日のことは何もなかったんだ」

「う・・・、ううううう。ワシの孫が・・・孫が・・・」

「爺様、あんたには同情する。けどな・・・、俺にも妹がいるんだよ」


そう一言だけ言ったトムソンは、毛皮を抱えると立ち去った。ベルアルは老人の背中を労わるように撫でる。


「大丈夫だじっちゃん。【アレ】はまだ正式な物じゃねーし、父さん達が何とかしてくれる。な?」

「ベルアル・・・」


暫く老人を撫でていたベルアルは、立ち上がるとアルベル達を見た。


「キムカ。すまねーが、じっちゃんを家に送ってやってくれ。アルベルとランドは俺の所に来い」

「え?うん」


アルベルとランドは、ベルアルの後を追ってアルベルの家に入った。簡素な家具しかない部屋に入った二人は座るように促される。


古くて軋む椅子に座った二人の前にベルアルも座る。からかおうとした二人だったが、真剣なベルアルの顔を見て口をつぐんだ。


「先日、領主様たちから御触れが出た。去年は不作だったから領主様のご慈悲で、税は少なくして下さった」

「はあ!?アレで少なくしたって言うのかよ?いつもどうり法外な量をとって行ったじゃねーか!」

「予定ではもっと上がる筈だったそうだ。そこで、免除された分を、今年支払わなきゃいけねえんだ。もし払えなければ、罰を与える予定らしい」


兄の言葉に不穏な物を感じだ二人は言葉を待つ。


「最近、村の女の子達がいなくなっただろ?何故だか分かるか?」

「……まさか…」


ベルアルは自分の顔を大きな両手で覆った。


「領主はこう言っている。税を払わなければ、別の物で払え。ソレを税として支払えば税金の未払いを不問とすると…。処女税を課すと言っているんだ」


その言葉に、二人の少年の背筋が凍った。忌ま忌ましい名前のソレは、文字通り少女達の処女を捧げる物。この辺りでは大体十五になると嫁に行く。


つまり十五歳以下の少女達は、全て領主に汚されるという事だ。


「まだ…、正式には決定されていない。だが、このままの発育なら作物は今年も不作だ。そうなった時、間違いなく処女税は執行されるだろう」

「だから…大人達の様子がおかしかったのか…」


唇を噛むアルベルとランド。少女達が別の土地に逃れようとした理由や、引きこもったり親達が必死に駆けずり回る意味が分かった。基本的に税は村単位で納めるが、各家庭毎に負担する額は決められている。もし村が納税できなければ、ノルマを達成出来なかった家庭が優先的に処女税を納められるかもしれない。


そもそも処女税なんて物を課す領主だ。まともな事を言う訳がない。ノルマを達成したとしても、どんな言い掛かりをされるか分からない。


娘を持つ家庭は全て残酷な税を払う可能性がある。


娘を持たない家庭も、もしノルマを達成できなければ、仲間達に非情なとばっちりが向かうかもしれない。だからこそ必死に金を稼いでいるのだ。「俺は農業でいっぱいいっぱいだ。だからこそ、お前達には、爺さん達みたいに狩りに行けない奴らの為に狩りをしてやってくれ」

「分かった……」


ありがとうと珍しく礼を言う兄の小麦色の顔は、窶れていた。


家を出るとキムカがスコップ片手に近付いて来た。


「二人とも終わった〜?」


ニコニコ笑いながら兄貴分達に駆け寄ったキムカは、二人の顔色を見ると不思議そうに黙り込んだ。


「二人ともあそこに行くぞ…」

「あそこって、キラキラさんの所?」

「嗚呼…そうだ…」


頷いたアルベルは、睨みつけるように前をひたすら見つめていた。




------------------------


貴族の少女はいつも通りブランコに揺られていた。だがしかし、少女が読んでいる手紙は何時もと違う。


何時もの、過剰にイラストが散りばめられた兄からの手紙だけではなく、無骨な事務的な手紙もあった。


それを読んでいた少女は、眉をギリギリ吊り上げながら呟いた。


「有能な副官がおられるようで、随分と恵まれておりますなぁ兄上は…」


皮肉げに唇の端を上げる少女は、手紙を畳むと眉を揉んだ。その動作は、年齢に似合わない歳経た雰囲気を纏っている。


手紙の内容とは、先日送った手紙の返信であった。


手紙には兄を慕う弟らしく、早く会いたい事を媚びへつらい哀れっぽく書き、最後に北の領主に黒い噂があり怖いと書き記したのだが、それが駄目だった。


兄の副官が見咎め、主が何か陰謀に巻き込まれるのではないかと勘繰ったのだ。


いや…、その勘繰りは大袈裟ではない。何せストラウ゛ィオス王子以外の王子は禿鷹よりも狡猾でずる賢い。自分の弟を性欲処理の道具にするような性根の奴らばかり。


わずか十代前半の少年だとしても、弟に甘い兄を陥れる為に何をするか分からないのだ。


その為に、今現在来るのが遅れているそうだ。兄からの手紙には、直ぐに説き伏せるから安心して待つようにと書かれていたが、いつ来るか分からない。


何故なら、兄とは別に副官から送られた手紙には、【貴方様の魂胆は分かっています。私達に何かさせたいなら、しかるべき証拠を提出なさって下さい】と書かれていた。兄を利用する気なのはバレバレのようであった。


別の人間が同じ内容の手紙をストラウ゛ィオスに送っていたら、おそらく副官は一応調べるくらいはするだろう。だがしかし、相手は一番警戒すべき弟王子。


副官は警戒して、調べる者を寄越していない。いや、恐らく少女の周りを探らせて監視させる程度なら、手紙を送った時点で間者を派遣しているかもしれない。だが、流石に優秀なストラウ゛ィオスの部下でも、それだけで領主の悪巧みに気付くことはない。




ただでさえ、避暑地は下界から隔離されているのだ。そこに居る自分を調べても何も出ないだろう。


どうするか悩んでいたら、いきなり騒がしくなった。


「何で怒ってんのさーアルベルもランドも落ち着いてよー。キラキラさん怖がっちゃうよ」

「うるせー黙れ!」

「お前、さっきの話し聞いてたのか?」

「キラキラさん関係ないじゃん!」


ギャーギャー騒ぐ少年達の怒鳴り声を聞いて、溜息を零す少女。とうとう彼等も知ったかと開き直った少女は、ブランコの上に踏ん反り返って待った。


現れた少年は、青い瞳をギラギラさせて少女を睨み付けていた。彼は弟分の制止の声を無視したアルベルは、少女に詰め寄ると問い詰めた。


「お前、知っていたろ!」

「何がだ?」


ふてぶてしく問い返した少女にランドが怒鳴った。


「処女税だ!俺達に村の様子とか聞いたのも、それを知っていたからだろ!何も知らない俺達を馬鹿にしやがって!」

「ふざけんじゃねーぞ!今まで騙しやがって、一体何のつもりだ!」


彼等は少女が知っていながら、何も知らない自分達を利用していたと考えていたのだ。


激しく罵る二人の剣幕は凄く、キムカは少女のブランコの取っ手を握ると、無言で涙ぐんでいた。


数刻後


全力で怒鳴った二人が息を切らせながら黙ると、少女は愉快そうに口を歪めていた。


「満足したか?」

「んだと…!」




再び口を開けようとしたアルベルの口に、少女は鮮やかな紫陽花の形をした生菓子を押し込んだ。


モグモグ…。


口の中に入った物は取り敢えず飲み込んでしまうアルベル。喉を動かした彼は不機嫌に呟いた。


「美味い……」

「当たり前だ豚が。貴重な生菓子だぞこれは…。最後だったのに…」


意地汚くクチャクチャと口を動かしていつまでも後味を味わうアルベルを見て、誠に残念に呟く少女。その傍らでは、いつの間にか少女に与えられた菓子をキムカとランドが貪っていた。


冷静に菓子が入っていた箱を仕舞った少女は、彼達を睥睨して告げた。


「さて、落ち着いた所で私の事情を話してやる。有り難く思え愚民共!」


アルベル達はお口直しの焙じ茶を飲みながら大人しく頷いた。何故なら高らかに告げる少女の片手には、みずみずしい羊羹が乗ったお盆があったからだ。


ビシッ!と姿勢良く正座する三人の少年達。この数日で、少女にガッチシと胃袋を捕まれていたのだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ