御触れ
最近、親達の様子がおかしい。
アルベル達は相変わらず村を抜け出して狩りを行っていた。他の子供達と一緒に鹿や兎を狩る日々。
しかし、兄達や親達は何も文句を言わなくなった。逆に、大人達も狩りをするようになった。
大人達は休まずに働き、疲れ果てた夜は狩りをする。いつもなら狩らないような小さな獣も狩り、狩り尽くしてしまわないか心配にならないかと様子だ。真剣な顔で皮を剥ぐ姿は、危機迫る様子で子供達は怯えた。
「どうしたの?」と聞いても大人達は「何もないと」答えてくれなかった。
もう一つ不可思議な事があった。村の中の娘を持つ家が、親戚を頼り他の地方に娘を連れていくようになったのだ。誰かから隠すように真夜中に出発する彼等。
時々、領主の私兵に連れられて戻ってくる。その時の少女達は真っ青な顔で震えていた。
それから、彼女達は家から出て来ない。そして、その家の大人達は死に物狂いで働き始める。少女達の母親と父親は倒れても、周りの助けの手を振り払い、幽鬼のような顔をして手を動かした。
働き盛りの息子がいない家では、狩りができない。そんな場合は、その家の母親が狩りをした家に訪れて必死に頭を下げて毛皮の切れ端を別けて貰っていた。
村の中の大人達がやつれている。全ての異変は、領主の私兵が御触れを持ってきてからだ。
アルベルが何かあったか聞いた時、兄はただの増税の御触れだと言っていた。それも大変な事だが、他に隠している事がある。
父親達と兄達が会合に行くのを寝屋で感じながら、アルベルは唇を噛み締めた。
その日、アルベル達は鳥を狩り、その帰りに貴族の別荘に向かった。庭の中に入ると、あの少女は相変わらずブランコの上に乗っていた。
厳しい顔で手紙を読んでいた少女は、彼等が来たら顔を上げて手紙をしまった。
「来たか豚ガキ」
「オイラ来たよ!キラキラさ〜ん」
満面の笑みで叫びながら抱き着こうとしたキムカを、スパーンと平手打ちで叩き落とす少女。
少女はアルベル達を見つめると、脇から包みを差し出した。
「報酬だ、受け取るが良い」
「お前…喧嘩売ってるのか?」
何で怒っているかと言うと、少女は木の枝の先に包みを引っ掛けて、枝の重さにプルプル震えながら彼に差し出したのだ。
まるで汚物を触るような様子である。
「汚物が何を言う」
いや違う、少女は彼等を汚物扱いしていた。
ムカチーンとした少年達は目線で会話すると、少女に向かって走り出す。
ガシッ
「誰が汚物だこらぁぁぁ!!」
「ギャァァァ!汚物に触られたぁぁ!止めろ離せ臭い臭い臭い!」
アルベルは少女の背に移動すると、繊細な細工のブランコの篭の背もたれに少女を押さえ付け、両脇から手を差し込んで拘束した。
密着する少女の体から、フワリと薔薇の香りがして少しドキッとした。
それをごまかすように、ランドに叫ぶアルベル。
「食わせろランド!」
「イエッサー!フフフ、お前も食べろよ。食べさせてやるぜ」
包みを解いたランドは、不敵に笑いながら中に入っていたドラ焼きを差し出した。
「ぐおぉ!?誰が汚物にまみれた菓子を口にするか!」
「食え食え食え!!」
差し出してくるランドの腕を掴み押し合う二人。少女はゲシゲシと彼を蹴るが全く痛くない。
ドラ焼きを押し付けられた少女は口をギュッと噛み締めた。
「あっ!コイツ口を閉じやがった!」
「任せろランド!」
後ろからアルベルの手が少女の頬に触れる。その柔らかさにゴクンと喉を鳴らしたアルベルだったが、構わずに頬を左右に引っ張った。
「ムニュ〜!?」
ニヤリと笑うランド。僅かに開いた隙間にドラ焼きを突っ込もうとした瞬間。
「キラキラさんを虐めちゃ駄目ー!」
そう叫んだキムカが、膝を抱えて座ったと思った瞬間、ランドの顎を目掛けて跳ね上がり、頭突きをお見舞いした。
「グハア!?」
倒れるランド。すかさずアルベルの手に噛み付いたキムカ。
悲鳴をあげるアルベルに、少女の怒鳴り声が響いた。
数分後
「こんな屈辱は、長きにわたる人生の中で始めてだ!私が幼くて助かったな!本来ならば、お前達なんて足の骨を折った後に打ち首にしてやる!」
怒り狂う少女は、目の前に正座をして座っている二人の少年を、木の棒でベシベシ叩きながら罵る。
脇ではキムカが野次を飛ばしていた。
「悪いんだ〜二人とも〜」
「お前は良く私を助けた、この中では一番見込みがある男だ。褒めて遣わすぞ」
「ンフフ〜褒められた〜」
少女が撫で撫でとキムカの頭を撫でると、キムカは小躍りして喜んだ。彼を見た少女がニヤリと笑う。
「お前には勿体なくも、私の番犬の地位を与えてやろう。今後も野蛮な汚物達から私を守れ」
「うん!守る守る!」
完璧に手なずけられているキムカは、ドラ焼きを食べながら頷いた。
「そうか、領主が増税を告げた…」
少女はアルベル達の言葉に唸る。
少女が菓子を彼等に与える代わりに、アルベル達が村や周りの情報を教えているのだ。
「なぁ、お前って貴族なんだろ?なんとかしろよ。」
「出来るか馬鹿。私はただの子供で政治を動かす程の力はない。何か言っても離されるだけだ」
「チッ!」
舌打ちするアルベル。苛立つ少女はアルベルに向かい、地面に落ちていた枝を投げた。
ソレを避けて少女に掴み掛かるアルベル、頭突きするキムカ、吹っ飛ぶ少年。
「まあ、私がある人物に話しをつければ、その混乱も治まるだろう。とりあえず、お前達は思い詰めた者が出ないように動いて平穏を保て」
「まあ、俺達の村だ。言われなくてもやるつもりだけど、何でお前は協力してくれるんだ?」
「私にも事情があるのだよ」
そう言った少女は、笑いながらブランコを漕いだ。
追伸:その後、ブランコを漕ぎたがったアルベル達と少女が揉めて、大喧嘩になった。