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餓鬼の反乱  作者: 春子
2/12

肌寒い針葉樹林。


そこに、一体の鹿が草をはんでいた。毛並みから見ると、まだ冬を一つか二つしか越した事のない若鹿であろう。


しなやかな体つきは、生き生きとした生命力が溢れている。


そんな鹿を息を殺して見つめる存在があった。


静かに静かに、心の平静を保ち、腰から矢を抜き構える彼。狙いを定めて腕を引くと僅かにキリと音がした。


木葉の囁きより小さな音であったが、若鹿はピクンと頭を上げた。軽く舌打ちした彼は矢を放った。


放物線を描いた矢は狙いは違っていなかったが、それよりも速く若鹿は跳ね、鏃は地面に刺さった。


「間抜け!」

「くそっ!アルベル頼む!」


体中に木の枝を括り付けた少年が、鹿の行く先に叫んだ。次の瞬間、一名の少年が木の上から飛び出て鹿の正面で弓を構えた。


彼の気配を感じなかった若鹿は、突然の乱入者の登場に一瞬戸惑う。


正面衝突しそうな至近距離に降り立った少年は、普通より小振りな弓を目にも止まらないスピードで構えて射った。


至近距離での早打ちに、鹿は避ける事が出来ず、眉間に一本の矢を受けてドウと倒れた。


体を震わせる鹿が段々と動かなくなる。少年が足でつっついても何の反応も返ってこなかった。


「ヤリィー!流石アルベル!」


少年が体の力を抜いた瞬間、地面がガバッと開きそこから新たな少年が出て来た。枝と木葉でカモフラージュされた穴の中に隠れていた赤毛の少年は、泥だらけの体も気にせずに這い出ると満面の笑みで跳びはねた。


「キムカ、喜ぶ前に解体しろ。血の臭いで獣がやって来る。」

「りょうかーい。」


小柄な痩せた体に粗末な服を着込んだキムカと呼ばれた少年は、懐から道具箱を出すと、鹿を器用に解体しはじめた。


血の臭いが香る中、最初に矢を射た少年が、きまり悪そうにやって来た。


黒鉄色のくすんだ長髪に目付きが鋭く、毛皮を着込んだ少年は感心したように鹿を眺めた。


「お〜凄いなアルベル、一撃じゃねーか。」

「バーカ、お前は射る時に力を入れすぎるんだよ。」


アルベルと呼ばれた少年は、ふてぶてしく笑いながら友人であるランドを見た。


何とも活力に溢れた少年である。北の大地に良く見られる金髪、翡翠を磨いたような碧色の瞳。サイズが合っていないツルツルテンの服から覗く、手足は少年らしく細いが日に焼けて筋肉に覆われている。


また、泥に顔が汚れてはいるが端正な顔付きの少年だった。粗末で不潔な衣服を着ているが、その稟とした美しさは損なわれていなかった。


「やっと銀鹿を狩れたな!」

「嗚呼、銀鹿は高値で売れるから、少しは村の足しになる。」彼等はこの土地に住む少年達だ。


アルベルは村長の息子、キムカは鍛治屋の息子、ランドは農家の息子である。


彼等は二度目の飢饉の到来に備えて、農業をサボり密に狩りを行い小金を稼いでいた。


銀鹿は敏捷で尚且つ数が少ない。しかも、毛皮が鮮やかな銀色に染まるのは冬ではなく夏の僅かな期間という珍しい獣だ。


それ故に高値で売れる銀鹿の毛皮と肉を抱えた彼等は、笑い合い笑い声を響かせながら家路についた。


「「「この馬鹿息子(弟)!!」」」

「痛!?」

「ギャ!」

「うげ!」



意気揚々と帰った彼等を迎えたのは、各自の保護者達の鉄拳制裁だった。手加減一切無し、愛に満ち溢れた鉄拳を受けて悶え苦しむ三人の少年。


村人達は彼等を見ながら笑っていた。


「この馬鹿弟が!大変な時期に、またサボりやがって!反省しろ反省!」

「何しやがる馬鹿アニキ!人がせっかく金めの物狩ってきてやったのに!」


タンコブを押さえながらアルベルが抗議するのは、逞しい偉丈夫だ。彼の名前はベルアル、アルベルの兄である。アルベルと良く似た顔の作りだが、何処か繊細な顔立ちの弟とは違い、体も鼻も口も各パーツが大きく、豪快な印象の男性だ。


ベルアルはニカッと笑いながら、弟の頭をゴシゴシと撫でた。


「おう!ありがとう!だが、それとこれは別だ!」

「イデデデ!抜ける抜ける!ジョニさんみたいにハゲる!」

「馬鹿!ジョニさんは禿げてねぇ。あれはオシャレスキンヘッドだ。」


ガシッと頭を掴まれて左右に振られたアルベル達は、忙しい農作業をサボった罰として晩御飯抜きの刑にされた。


そして夕方。


切なく鳴く腹を抱えながらアルベルとランドは村の入口で茣蓙を敷いてうずくまっていた。


「どうかどうか、お恵みを〜。」

「陰険な家族に虐げられた俺達に愛の手を〜。」


芝居がかった彼等の訴えに農作業から帰ってきた村人達は、クスクス笑らって彼等の脇を通っていた。


「また飯抜きか?アルベル、ランド。」

「そうでございます旦那様。あの陰険脳筋馬鹿兄貴は、可愛い弟にこんな非道を〜。腹減った〜。」

「何かよこせ〜。」


少年達の必死のアプローチにガハガハ笑った髭面の農夫は、背負っていた籠から乾いたパンを放った。


「ほら、昼飯の残りだ。」


スカスカのパンを見た二人は舌打ちして、コソコソと話しはじめた。


「チッしけてんな。」

「仕方ねーよ。トムおじさん、浮気がばれて奥さんと喧嘩してんだもん。」

「ヒューヒュー隅に置けないねー。てゆーか、俺この前、隣村のリンダおばさんと歩いている所を見たんだけど。」

「マジか!?リンダおばさんって確か未亡人だよな?」

「そうそう、あのエロいおばさんだよ。ちなみに、奥さんの小さい頃からの天敵。」

「あちゃー。そりゃ良い脅…ゲフン。オネダリのネタになるな。」


ヒソヒソとしてはいるが、しっかりとトムに聞こえるように相談をしていた二人は、ピッタリのタイミングでトムを見上げて両手を差し出した。


僕達、純粋無垢ですよと言わんばかりのキラキラした瞳も忘れない。


「「黙ってやるから、もっとよこせ☆」」

「何してやがる馬鹿ガキが!」

「「ぐはぁ!」」


言ったと同時にベルアルに殴られた二人は、襟首を掴まれてズルズルと引きずられていった。


「痛って〜。」

「二発はねーだろ。二発は…。お前の兄ちゃん馬鹿力なんだから止めさせろよ。」「んな事言ったら俺の頭がシェイクされるわ。」


こってり搾られた二人は、ふて腐れながら広場に体操座りしていた。愚痴る二人からは盛大にギュルギュルと腹の虫が自己主張していた。


苛々しているランドが、アルベルの脇を小突く。無言でアルベルは座った体勢のまま蹴りをくらわした。ムキーと取っ組み合う二人。


馬鹿な彼等の目に、同じように飯抜きになった筈のキムカが歩いている姿が映った。


家の庭先に置かれた桶やごみ箱の陰から、陰に歩いている。彼の赤いボサボサの髪が、物陰からヒョコヒョコ出たり入ったりしていた。


本人は隠れているつもりなのだろうが、丸見えなので、村人達が不審な目付きで見ている。二人は、不審な目付きで年下の友人を見た。


「何やってんだアイツ?」「知んねーよ。」


アルベルとランドは同い年の十一歳であるが、アルベルは九歳になったばかりだ。


育ち盛りのアルベル達だが、更に幼いキムカにとって空腹は殊更堪える。だから、てっきり今頃は、いつも通り母親に泣きついていると思っていた。


しかし、キムカは鳴る腹を押さえながら何処かに向かっていた。


「何かあるな。」

「飯の匂いがする。」


キラーンと目を光らせながら二人は立ち上がり、狩人の瞳でキムカの後をつけた。


キムカは村の近くを流れる川に来ていた。


彼は草むらに近付くと、その中に体を突っ込み中に入った。


二人が草むらに近付き耳を澄ますと、小さな足音が反響して遠ざかるのが聞こえた。


「洞窟になっているみたいだな…。」

「ん、俺達も行くか。」


二人は草むらに突っ込む。するとそこは洞窟になっていた。


どうやら自然に出来た洞窟ではない。子供である二人が中腰で歩くのがギリギリの洞窟は、所々道具が使われたの跡があった。大分深く、そこが見えない。


「キムカの巣穴だな。」

「今までで一番立派じゃねーか?」


キムカは何故か穴掘りが趣味である。狩りの際には落とし穴や待ち構える専用に掘ってもらい重宝しているが、彼は何も無くても穴を掘っている。


目的も何もない。そこに、地面がある限り、彼はせっせと穴を掘る。


彼に鍬を持たせると、いつの間にか畑に大穴が空くし、キムカの家の庭には大量の穴が空いていた。


穴には、良くキムカ本人が入って居心地良さそうにしている為、仲間達はキムカが作った穴を巣穴と呼んでいる。


彼等が入っている洞窟は、どうやらキムカが掘った物のようだった。いつも彼が掘っているのは一メートル程度の穴だが、これは随分と長い。


大分進んでいるが、まだ底や出口に着かない。


「なあ、この洞窟って避暑地に向かってないか?」

「お前も思ったか?」


頷くランド。


彼等のリーフレット村の近くには貴族達の避暑地があった。そこは整備され、沢山の豪邸が建ち並び正に天国のようらしい。当然のことながら、農民である彼等は近付くのは禁止されている。近付けば問答無用で殺される。


そんな危険な場所に洞窟は向かっていた。


二人の顔が険しくなる。貴族は彼等にとっては敵だ。気分で彼等農民を叩き、時には幼い子供や女をさらう。


幼いキムカが行くには危険な場所である。早く連れ戻さなければいけない。


彼等は進むスピードを上げた。


数分進むと、ようやく出口に出た。


穴を隠してあった草の塊をソロソロと退けると、目の前に飛び込んできた光景に、アルベルは思わず歓声を上げた。


「凄い…。」


後ろから顔を穴から出したランドも思わず呟いた。


彼等の目の前に広がっているのは、見事な庭園だった。良く手入れされた青々とした芝生が広がり、見たこともない華麗な花々が咲き誇っている。


上質な大理石の彫刻が飾られ、蔓薔薇などが優雅に絡み付いていた。


庭に作られた大きな泉には、沢山の蓮の花が咲き誇り、水の上を美しい桃色に染めていた。


彼等が驚いたのは、これだけ大量の草花が息づいているのに、枯れた花が一つもない事だ。彼等が慣れ親しんだ森とは違う、見苦しい物を全て排除された美しい庭に息を飲む二人。


暫くして我に返ったアルベル達は、慌てて石像の陰に身を潜めた。


「此処、避暑地どころか、貴族の館の庭だぞ!」

「何してんだアイツ!」


焦って囁き合うアルベルとランド。避暑地どころか、彼等がいるのは明らかに貴族の館の敷地内だったのだ。まだ、敷地内に入っただけなら、見つかっても逃げられる可能性があるが館に不法侵入したらダメだ。


見付かれば警護の兵士に殺される。


呆然と立ちすくむ二人の耳に、キイキイと何かが軋む音がした。その音は、鳥の鳴き声しかしない庭にやけに大きく響いていた。


「あっちか!?」

「さっさとキムカ捕まえて帰るぞ!」


二人はキムカを探し、草木の間を掻き分けるように這って進んだ。

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