表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
36/45

6-3

 ライブの会場は、心斎橋の雑居ビルの地下にあった。五十人も入れば一杯になるような広さだ。


 何組かが出演するイベントの二番手。プロとはいえ、まだ固定ファンは多くはないようで、オリジナル三曲を披露し、それなりの盛り上がりで終わった。


「どうでした?」

「あーしは、音楽はデュエット曲とジャズしか聞いたことがないからな。評価できない」

「デュエットはマリンさんとして、ジャズは誰です?」

「じいちゃんだ。庭仕事を始めるとき、ラジカセでいつもテイクファイブをかけてた」

「うちの中の庭師のイメージが、だいぶ変わりました」


 ホールの外、狭い物品売り場の前で、そんな無駄話をしていると、彼女の表情が硬くなった。


 その視線の先、廊下の奥から、ギタリストがどこか照れくさそうに歩いてきた。彼は綺里にはほとんど目もくれず、まっすぐ涼葉の前に立つ。


「来てくれたんや。ありがとう。どうやった?」

「すごく良かったです。特に最後の曲、ダウンロードして、何回も聞いてるんですよ」


 今度、スマホを調べさせてもらうぞ。


 男はそんなお世辞に、声調を一段上げた。


「き、今日、このあとやけど、時間あったりする?メンバーと一緒に軽い打ち上げ、行くことになってるんやけど――」


 その言葉に、涼葉ののどがごくりと動くのが見えた。体の横でこぶしが軽く握られる。


「そのこと、なんですけど――。実は、うち、付き合ってる人がいるんです。この夏から」

「えっ」


 男の意識が一瞬なくなったのが、外からでもわかった。彼は両足を必死に踏ん張る。


「へ、へえ、そうなんや。知らんかったな、はは……」

「今、紹介していいですか?」

「ええっ。今日、一緒に来てたんか。そう、やったんか……」


 気の毒に、顔から血の気が引いていく。最後の声はほとんど聞こえなかった。


 涼葉は一瞬の間をおき、ためらいがちに、体を半分だけ開いた。


「こちら、江坂先輩です。うちの、こ、恋人……」


 消え入るような声だったのは、彼女も負けていない。そのせいか、男は何を言われたのか、認識できていないようだ。


 口を半開きにし、瞬きもせずに綺里を見つめているギタリストに一歩近づき、その手を掴みながら、耳元に口を寄せた。


「悪いが涼葉は譲れない。一生、あーしが大事にするから、お前は遠慮なく次を見つけてくれ。今後、友達付き合いくらいは許可してやるが、もし彼女を困らせるようなことがあれば、この人指し指と中指をくっつけて、Fコードを押さえられなくしてやるぞ。いいな、理解したか?」


 異議を封じ込めるため、早口にそう言って、すかさず背を向けた。


「涼、行くよ」


 そばで、もじもじしていた後輩の腕を取る。これ見よがしに体を密着させ、会場をあとにした。


「ホントにあんなやり方で良かったんでしょうか」


 駅の改札を抜け、誰も追ってこないことを確認して、彼女はどこか不安げにそう言った。


 男からの告白を断るとき、「他に好きな男がいる」は、できる限り避けたほうが無難な言い回しだ。理由は簡単、その相手より自分が下になったことで、自尊心を傷つけてしまうから。ただ、今回のように、比較対象が女であれば、そもそも土俵が違うことになり、その感情が発生しない。


「マリンさんの長年の研究成果だ」

「それは説得力がありますけど――。ちなみに、一つ聞いていいですか?あの人に話すとき、あそこまで体を近づける必要、あったんですか?」

「念のための保険だよ。男はどれだけ気のない女であっても、あの距離まで近づくと、異性として意識する。やつらの恋愛成分の大半は性欲だから、つまりは、涼への気持ちの一部をあーしに振り分けるという高等戦術なんだ」

「な、なるほど。珍しく露出の多い服だったのは、身を挺してくれたんですね。うれしいですけど、ウソだって気づかれないよう、これからあの人とやり取りするときは、よくよく注意しないと、ですね」


 そうか――。


 あの言い訳は、完全にウソというわけでもないのだ。


 涼葉を誰かに取られるのだとしたら、その相手は、綺里を納得させる程度の人間でなくては気が済まない。


 きっと男親の気持ちと同じ。


 図らずも、彼女に対する感情を再確認した出来事だった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ