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4-3

 彼が去ったあとも、涼葉は頬を上気させたままだった。


「どうするつもりなんです?あんな強引な方法で」

「とりあえず一回は会うことが決まったんだし、問題ないよね」

「でも、あの子、すごく悩んでたじゃないですか。良心が痛んでたんだと思うんですけど」

「男女の出会いに必要なのは性欲だよ。良心など不要。マリンさんがそう言ってた」

「教義が特殊すぎるんですよ。うちには、うまくいくとは、到底思えないですけど」

「ダメな理由がメガネなんだから楽勝だって。任せなさい」

「その自信はどこからくるんですか。綺里姉だって彼氏いたこと、ないですよね?」

「寝言かな。中学時代も合わせれば、十人以上と付き合ったことがあるけど」

「えええっ」


 秋の淀川の堤防。すすきをなびかせる風に乗って、涼葉の絶叫が、巻雲の広がる空に吸い込まれていった。


「聞いてないですっ。それ、高校時代もですかっ?十人以上って、好色家やないですかっ。相手、誰ですっ?なんでうちが知らんのですかっ!」

「落ち着きなよ。関西弁が復活してるって。話してないのは聞かれたことがなかったから。誰かと問われて、思い出せる名前は……。やばい、ないかもしれない」


 おそらくは、声をかけやすい、軽い女だと思われていたのだと思う。断られても、あまりショックを受けないだろうと。


 ただ、綺里から拒否したことは一度もなかった。


 なぜなら、デート代はすべて相手が支払ってくれるから。映画も食事も全部タダ。


 対価として必要なのは、たった一つの所作だ。


 どの男にも当てはまる現象だが、やつらは何度目かのデートから、やたら体に触れたがるようになる。そこをいかにやんわりと断り、手を繋ぐだけで満足させるか。女として必要な技術は、ほとんどその一点だけにあると言って過言ではない。


 もっとも、それでは割が合わないと最後は判断するのだろう、どの相手も長くて半年程度で別れることになったのだが。


「信じられない。デートした翌日、何もなかったようにうちと会っていたとか。それに、一度も断わらなかったって……。相手は誰でも良かったんですか?」

「コスパ優先だよ。選り好みしてる場合じゃない」

「き、キスはどうなんです。したんですか……」


 露骨に動揺してそう言った。


「それはまあ。二人ほど」

「えええっ。信じられない。誰ですかっ?!」

「涼はどっちも知らないよ。中三と高一だし」

「ちょっと待って下さい。さっき、相手の名前を思い出せないって、そう言ってましたよね?まさかその中に、キスした男子も入っているんですか?だいたい、中三の人はファーストキスですよね?!」

「名前は思い出せないな。でも、そいつはこれを買ってくれた。三万以上したんだ」


 シャツの袖をまくり、左手首を彼女の前に突き出した。


「ファーストキスの相手がG-SHOCK……。ちなみに、二人目は何を買ってくれたんですか?」

「ネックレスだよ。それも結構な値段だった。でも、こっちに引っ越すことになって、マリンさんにあげたんだ」


 そう言うと、彼女は、「はあーっ」と、大きく息をはいた。


「もう、いいです。とりあえず綺里姉の恋愛という概念が、うちの語彙では搾取、あるいは商取引という名称だということが判明しただけでも」


 そう言って、脱力したように、隣に腰かけたとき、どこかで振動音がした。


 涼葉がバッグを探り、携帯を手にする。画面を見て、はっと息を止めたのがわかった。


 どうやら、早速、滝井からメッセージが送られてきたらしい。


「良かった。喜んでるみたいです」


 指の動きが見えない速度でやり取りをしている。


 美しい横顔で、懸命に世話を焼く姿に愛らしさを感じていると、下流から自転車の一団が近づいてくるのが見えた。藤阪の部活メンバーのようだ。


 彼らはすぐ先にある道路橋の下で、次々と停車した。


 それぞれにヘルメットと脱ぎ、二人ほどが近くのゴルフ練習場の自販機へと向かう。


 五分ほどして、ユニフォームではない残りの一人が、ようやく追いついてきた。


 他の部員たちはすでに休息を終えている。


 遠目にも肩で息をしているのが見えた藤阪は、自販機ではなく、少し離れた場所にある、公園などでよく見かける、真上に水が出る飲水場所へと向かった。


 男子たちは立てかけてあった自転車に再びまたがり、それぞれに去って行く。


 残っているのは二人。ただ、走り出す気配がない。彼らは周囲を、というよりは藤阪が消えた方向を気にしながら、一台の自転車に近づいたかと思うと、そのうちの一人が、うしろのタイヤのあたりに手を触れたのがわかった。


 ほんの数秒のことだ。


 その後、彼らはすぐに自分の自転車へと戻り、走り去った。


 あまり良い予感がしない。


 果たして、戻ってきた藤阪が車体を起こしたあと、その動きが止まる。


 すぐに後輪に目をやり、肩を落とした。


 それから、サドルの下につけられていた小さなバッグから何かを取り出したが、それが携帯用の空気入れだと判明したのは、彼女のその後の動作を見たからだ。


「何しているんですかね。また掃除当番になっちゃいますよ、あれじゃ」


 涼葉は何があったのか、理解していないらしい。


 声をかけるには距離が遠く、何もできないまま、やがて藤阪は再充填を完了し、視界からいなくなった。


 いじめなのかもしれないし、好きな女子に対するいたずらなのかもしれない。


 卒業生でもない人間が口出しするのはルール違反か。


「そろそろ行きません?日も落ちてきましたし」


 彼女が立ち上がったときだ。


 走路にまた二台、自転車が現れた。


 成人の男女で、市販品とは明らかに違う、胸と背中にチーム名らしきロゴがデザインされた揃いのウェアを着ている。


「あれ、どういうこと?」

「どうって……。一般のサイクリストじゃないですか?バイカーとも言うんだったかな」

「そうじゃない。部活でもないのにどうしてペアルックなのかってこと」

「え……。それはそういうのを作ったから、ですよね」


 彼女は綺里の疑問を理解していないらしい。


「もしかして、チームがあるんじゃないのかな」

「はあ。それはあるかもしれませんね。草野球とか、ママさんバレーだって、ウェアくらいは揃えるでしょう」


 チームがあるところには、試合があるはずだ。いや、この場合はレースか。


 自転車の男女が、部活メンバーと同じところで停車し、同じように休息を取り始めた。


「ちょっと待ってて」


 ほとんど反射で階段を走って下りる。


 背中で、涼葉が、今日、何度目かの「ええっ」と驚きの声を上げるのが聞こえた。



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