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2-3

 それからしばらくは、家ではCSの視聴、昼間の空き時間は大学の運動部を見て回った。


 四時前に授業が終わる日は、滝井を頼って母校に出向いたりもした。


 部活はすべて把握していたが、涼葉の言う通り、直接見ることで新たな発見があるかもと期待してのことだ。


 そんな行為自体に意味があるのかは不明だったが、何もしないで過ごす勇気がなかったのだ。


「悪いね。そっちも受験で忙しいだろうに」

「大丈夫です。推薦で桜桃に行くことに決めてますし」


 生徒会長が三代続けて女である上、全員が同じ大学に進学とか、新しい伝統でも作るつもりか。


 それにしても――。


「一つ聞きたい。どうしていつも腕にまとわりつくんだよ。歩きづらくて仕方ないんだけど」

「ヤンキーは敵に回すと怖いですけど、仲間にいると何かうれしいからです」

「あーしはヤンキーではない、と自覚している」

「こんな派手なスカジャン、どこで買うんです?」

「これはスカジャンではなく、ブルゾンで――」

「あーしって、家族の前でも使ってるんですよね。お母さんは何て言うてはりますか?今度お家に行ってもいいですよね」


 涼葉とは違うタイプだが、綺里を先輩として敬わないところは同類とも言える。


 二人で体育館に向かっていたとき、普段、車が通ることのない中庭を業務用の白いバンが低速で通り過ぎ、同行者から笑顔が消えた。


「あれ、測量です、たぶん。例の太陽光発電の」

「設置が確定したのか」

「さあ。あたしには、偉い人の考えてはることは、ようわかりません」


 高校生の頃、教師を含めた大人たちは、漠然と敵方の認識だった。だが、大学生になった今、はっきりそう突き放せないのはなぜだろう。大人と子供の境界線。これが中間管理職の悩みというやつか。


 その日は、練習試合があるという剣道を見学し、勝負がどうやって決まったのかがまるで判別できず、候補からは除外した。


「バドミントンや卓球も初速だけで見れば速いんでしょうけど、結果の判定は素人でもできますもんね」


 なるほど、同じ日本の古武道だが、その点がオリンピックにも採用されている柔道との違いなのかもしれない。であれば、興行という観点では、現段階で、多くの競技の選別と淘汰はすでに済んでいるのではないだろうか。


「そんなこともないんと違います?カーリングとか、テレビ放映され出したのは比較的最近やし、卓球かて、有名な選手が出ることで、時間はかかったけど、すそ野が広がったりしたやないですか」

「確かに。ちなみに、滝井のおすすめのスポーツはある?あーしはクライミングに興味があるんだけど」


 そう言うと、彼女は足を止め、綺里に顔を向けた。なぜかその目を輝かせ、頬を桜色にして。


「スポーツクライミングですか?それやったら、知り合いの高校でやってるとこ、ありますけど。見たいですっ?」


 喋る速度も二割り増しになっている。


「あー……そうだな。話を繋いでもらえたら助かるけど」

「仕方ないですね。怖い先輩の命令とあらば、断れませんもんね」


 滝井の、意味不明の盛り上がりの理由が判明したのは、翌週のことだ。


 その日、母校ではなく、高槻駅が待ち合わせの場所だった。


 改札を出たところにいたのは、遠足に行く前の小学生のように楽しげな後輩の姿。近づくと、例によって、腕を組んできた。


「今日の目的地は?」

「春に合同体育祭をしたとき、顔なじみになった学校です。そこはクライミング部と自転車部があるんですよお」

「ちなみに、相手にはいったいどういう説明をしているんだ?」

「普通に部活見学したいって。たぶん、向こうの生徒会長、清水(しみず)って言うやつですけど、あたしに惚れてるんやと思います。今日のことも二つ返事でオーケーしましたし」

「ほほう……」


 到着したのは、私立の学校だ。校門のところに、男子生徒が一人、面倒くさそうに立っていた。お世辞にも、好きな女子が来ることを期待しているようには見えない。


「清水、久しぶり。今日は悪いな」

「ああ……。一人と違うかったんや」


 滝井が声をかけると、相手は綺里を興味深そうに見つめた。


「紹介するわ。あたしらの先輩で、暴走族のリーダーしてはる江坂さん」

「おい」

「暴走族やのに歩きか。こんにちは、清水言います」

「あーしは普通に女子大生だから。今日は悪いね」

「いえ。それで、部活見学って何かあるんですか?」


 校内を歩きながら簡単に事情を説明した。


「バイト先の会社が協賛する競技を探す役目、ですか。まあ確かに僕んところは部活の種類だけは多いです。大して強くはないですけど」

「あんたところは大学までエスカレーターやし、ハングリー精神とかないもんな」


 そう言いながら、滝井は清水の背中を軽く叩いた。


 彼は、最初にスポーツクライミング部の活動場所へと向かった。


 真新しく塗装された校舎の、その壁面にあるカラフルな突起。部員たちが腰のペットボトルホルダーのようなポーチに手を入れるたび、白い粉が空中を舞う。


 競技の映像も見たことがあるが、登頂するまである程度の時間、選手が大写しになる。背中に企業名を入れれば宣伝効果はそれなりにあるのではないだろうか。


「ちなみに、今度試しに登らせてもらうことはできるかな」

「やりたいんですか、こんなん。きついだけで何もおもしろないと思いますけど」

「あんたなあ、自分ところの部活にこんなん扱いってひどない?」


 そう言って、シャツの袖を取った。清水を見る目の光を診断するまでもなく、どうやら惚れているのは滝井のほうらしい。


「ちなみに、卒業生でこの競技を続けている人とか、知ってたりするかな?」

「えー。どうですかね……」

「あんた、そこはちょっと聞いて来てえな。ほら、すぐそこにいるんやし」


 今度は手首を掴み、校舎へと誘導した。


 清水はしぶしぶ、部員の一人のそばへと向かい、何ごとかを話して戻ってきた。


「まだできて三年しか経ってないらしくて。たぶんそんな人はおらんと思う、ってことでした。あと、部外者に使わせるのは、安全面もあって無理やって」

「そっか。そうだよね。ありがとう、助かった」

「じゃ、次、自転車部に行きます?」


 続けて、部活棟へと移動する。


 建物の一番端の部屋の前に、鉄棒のような器具が二つ置かれていて、自転車が二台、サドルの部分を引っかけられていた。


「どうしてあんな洗濯物みたいに扱われてるんだ」

「さあ、僕もようわかりません」

「ちょっと。あたしらの先輩に、もう少しやる気を見せてほしいんやけど」


 滝井は怒る素ぶりを見せ、体当たりする仕草で、実際には体をぴたりと密着させた。


 後輩の恋愛活動の一助になっていることは別にして、競技選択の観点では、綺里の心はおおむねスポーツクライミングに傾いていた。


 どうせ最終的な決断に、明確な判断基準があるわけでもなく、単純な興味が理由であっても、問題もないだろう。


「練習場所は、さすがに校内ってことはないよね。じゃあ、もういいかな」


 周囲を見回したあと、今来た道を戻ろうと、体の向きを変えたときだ。


 車輪の空回りする音がしたかと思うと、前方から自転車の集団が近づいてきた。


 全員が揃いの、やたら体のラインを強調したユニフォームを身につけている。車体はどれもフレームが細く、カラフルで、素人目にも、普通の買い物自転車とは格が違うことがわかった。


「あいつらのロードバイク、一台十万以上するみたいですよ」


 合わせて五台の、高価で精巧な工業製品が、続々と綺里たちの前を通り過ぎる。


「何か聞くことあります?」


 清水は部室の前に停車する一団を見ながらそう言った。


 すぐに目についたのは、信じられないくらいに小さなサドルだ。おしりが痛くならないのかと尋ねようとしたとき、うしろから再び走行音が聞こえた。


 振り返ると、遅れて戻ってきた生徒が一人。ただ、先行集団とは違って、その生徒はユニフォームを着用していない。そばを通るときに見た自転車も、使い古された印象だ。


 何の競技用かよくわからない、くたびれたスポーツウェアには、下着の形がうっすらと浮き出ていて、女子だということはわかった。


 仲間の部員たちが、部室の前の地べたに座り、ジャージの前を半分ほど開け、体から湯気を立たせて雑談をしているそばに降り立った彼女は、息を切らせながらヘルメットを取った。


 ショートヘアから汗がしたたり落ちる。


「遅れてすみません」


 謝罪を口にしながら、例の鉄棒にサドルをかけたが、誰も彼女に注意を払おうとはしない。


 棒立ちになっていた彼女の息が整った頃、男子の一人が顔を上げた。


藤阪(ふじさか)先輩。最下位ですし、全員分のメンテ、お願いしますね」


 どこか馬鹿にしたような口調だった。声をかけられた女子は返事をせず、部室へと姿を消し、しばらくして、道具箱のような物を手に再び姿を見せると、中からボロ布を手にして、端の自転車からフレームの汚れを落とし始めた。


 どうやら戻ってきた順位が理由のようだが、体力を含め、他の条件が公平なのかという疑念が、綺里の心に波紋を作る。


 滝井の視界には一人しか入っていないようで、他愛のない話題を、就職の面接官のような熱量で話していたが、その相手は、来客が手持ちぶさたにしていることに気づいたのだろう、綺里に体を向けた。


「江坂先輩、このあとどうします?」


 自転車部の男たちに、女子に優しくするよう説教したい、と言いたかったが、越権行為にもほどがある。


「だいたい雰囲気はわかったし、今日は帰ろうかな。すごく参考になったよ」


 彼に礼を述べ、すっかりご機嫌になった滝井とともに学校をあとにした。


「お役に立てました?」

「そうだね。やっぱり直接見るっていうのは大事だって思う」


 夕刻の秋空は、来たときより、太陽の光量が減少していた。


 手配してくれた彼女の手前、明るく答えてはみたものの、任務の道筋にかかる霞が晴れたわけではない。


 競技選びはともかく、有力な新人を探し出すなど、一般の大学生に可能な芸当とは、とても思えなかった。


 やはり、この仕事を受けたことが、そもそもの間違いだったのかもしれない――。


 油断すると、すぐに弱気な思考にとらわれる。


 駅直結のショッピングモール。体を寄せて歩く瀧井が、飲食店の前を通るたび、期待に満ちた表情を綺里に向ける姿が、今は救いだった。


「色々と世話になっているからな。食事くらいおごるよ」

「ほんまですか?何かすみません、催促したみたいで」


 そう言って、彼女が迷わず入ったのは、有名とんかつ店だ。


「おかわり自由のお店は、女子同士で入るに限りますよねえ」


 味噌汁をがぶ飲みし、キャベツをカバのように口に入れる後輩の姿を見ていて、自転車部での光景が頭に浮かんだ。


 何かが引っかかっているのは、あの女子生徒の待遇に対して、だろうか。


 説明のできない、何か別の違和感もあったが――。


 まあいいか。


 二度と関わることのない連中だ。


 食事のあと、滝井と別れ、閉店の準備が始まっていた専門店街の中を駅へと向かっていると、食料品売り場の前に人だかりができているのが見えた。時間は八時になるところで、どうやらタイムセールが始まるらしく、それ目当ての客が集まっているようだ。


 群衆を避けて進もうとしたとき、視界の端に見知った顔があった気がして、思わず立ち止まった。


 大人たちの中にいて、ひときわ真剣な表情だったのは、まさかの、あの女子だった。確か藤阪という名前だっただろうか。制服の上に、なぜか大きめのエプロンをつけている。


 偶然にしては出来すぎだ。違和感の正体を確かめる機会が与えられたように思えて、無意識のうちに足が動いていた。


 声をかけようとすぐうしろまで近づき、気迫のこもったその表情のわけを知る。


 そばに立つ綺里に気づかぬほど、彼女は携帯の操作に集中していて、その画面に見えたのは、野菜や卵などの食材、トイレットペーパーや洗剤といった日用品などの一覧表だった。どうやら複数の店の価格を比較しているらしい。


 やがて店員の声とともに、客たちがいっせいに移動を始める。藤阪は、機敏に人波をかきわけつつ、おそらくは目的としていた場所を的確に移動していた。


 こんな競技があれば、きっと好成績を残せるだろうに、などと見入っているうちに、会計を終え、戻ってきた。


 祖父の元にいたとき、周囲の女性たちはさほど裕福ではなかったが、金にはおおらかだった。


 これまで綺里の周囲にはいなかったタイプで、どうやら、彼女から苦学生の気配を感じたことが、学校で気に留まった理由らしい。


 マイバッグに商品を入れ出したのを見て、吸い寄せられるようにそばに行くと、相手は顔を上げ、不安そうに綺里を見た。


「あの……自分、ちゃんとお金払いましたけど」


 不良扱いされたことは数あれど、生まれて初めて万引きGメンに間違われた。


 何と声をかければいいのか、何の準備もしていなかった。


「藤阪さん、だよね。あーしは桜桃女子大の江坂という者なんだ」

「桜桃女子大……の人が何で自分の名前を知ってはるんです?」

「多少込み入った事情なんだけど。今、時間あったりする?」

「え……と。自分、まだバイトの途中なんですけど」


 怯えたような表情に、はっとした。これではただの変質者だ。


「そう、だよね。ごめん、忘れて」


 慌てて手を振り、逃げるようにその場をあとにした。



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