第8章 27 冬フェス ヴァーチャルリンク開催
控室にアナウンスが流れる。
「開始三十分前になりました。選手の皆さんは、控室から待機室へ移動してください」
その声を合図に、迅たちは席を立ち、控室を後にした。
廊下には、すでに多くのチームが集まり始めている。
各控室から続々と選手たちが姿を現し、同じ方向へと歩いていく。
威圧と高揚感が入り混じった、独特の緊張感。
目に見えない圧のようなものが、廊下全体を満たしていた。
だが、迅たちはその空気に呑まれることなく、堂々と歩みを進める。
その時――
リリカの隣に、見慣れた姿が並んだ。
愛ロイドのメンバーの一人、ティーナ。
「リリカ〜。今回は敵同士だから、容赦しないよ〜?」
笑いながら、軽く挑発するように声をかけてくる。
「当然!悪いけど、私たちが勝つから」
リリカは即答する。
迷いのないその言葉に、ティーナは一瞬だけ目を見開く。
その背後には、迅たちが並んで歩いてる姿が映る。
「へー、やる気じゃん。プリンとラリーにも聞かせてやりたいわ」
ティーナはくすっと楽しそうに笑った。
「そういえば2人は?」
リリカが問いかける。
「パフォーマンス終わってすぐ、二人で昼ごはん食べに行ってたよ。
控室、反対側にもあるから、そっちじゃないかな?」
軽く肩をすくめながら、ティーナは答える。
「そっか」
「じゃ、あたしは二人に発破かけてくるから。またね〜♪」
鼻歌交じりに、ティーナはひらりと手を振り、先へと歩いていった。
待機室に到着すると、すでにいくつかのチームが中で準備している。
後から入ってくるチームへ、刺すような視線が向けられる。
視線を向けてくる中に――サオリ、神崎、天藤の姿があった。
サオリとリリカの視線が、静かにぶつかる。
サオリは唇を強く噛み締め、鋭く睨みつける。
だが――
リリカの目には、もう迷いはなかった。
その視線を正面から受け止め、
リリカは一歩、サオリへ歩み寄る。
「サオリ……あの時は、ごめん。
酷いことをしたと思ってる」
一瞬だけ、間を置く。
「でも――これで謝るのは最後にする。
私は、前に進むから」
言い切ると同時に、
リリカは振り返り、迅たちの元へと戻っていった。
取り残されたように、
サオリは目を見開いたまま、小さく呟く。
「……何それ……何なのよ……」
言葉を飲み込めず、
サオリは前髪をぐしゃりと掴む。
丁寧に整えられていた髪が、崩れた。
「なんかさ、遺跡の時と変わったよな、あの子。
別人みたいじゃん」
天藤が軽く肩をすくめながら言う。
「そんなのはどうでもいい……」
神崎は低く吐き捨てるように言い、
首筋に血管を浮かせながら、迅へと視線を向けた。
「おー、こわ。
言っとくけど今回のイベント、
プレイヤー同士の戦闘は禁止だからね。
……聞いてる?」
天藤がひらひらと手を振るが、
神崎の焦点はまったく揺るがない。
その視線を、
迅もまた、真正面から受け止める。
――静かな衝突。
だがその裏では、
遺跡での戦闘音が、まるで再生されるように
両者の脳裏で鳴り響いていた。
迅と神崎の視線がぶつかり合う中――
その緊張を断ち切るように、
列の最後から二人の人物が姿を現した。
汐花と、葵時雨。
入室の直前、
汐花は一切の淀みなく、優雅に一礼する。
その所作はあまりにも美しく、
同じ参加者でさえ、思わず息を漏らした。
空気が、わずかに変わる。
その隣を歩いていた葵時雨は、
迅の姿を見つけると、迷いなく近づいてきた。
「先日は我がギルドへお越しいただき、
誠にありがとうございました」
先ほどまでとは打って変わった、
丁寧でどこか他所行きの声音。
中国式の礼を添え、深く頭を下げる。
「……なんだその口調?お前おかしいぞ?」
迅が素直に疑問を投げると、
葵時雨は一瞬きょとんとした後、吹き出しそうになる。
「っ……ふふ、形式的な挨拶は要らないみたいだね」
堪えきれずに笑い、
すぐにいつもの軽い口調へと戻った。
「いやー、ちょっとそれっぽくしてみただけ」
肩をすくめながら、楽しそうに笑う。
「それよりさ、驚いたよ。
まさかこんなに早く再開するとは思わなかった」
どうやら、
参加者名簿を確認したのはつい先ほどらしい。
「で、どう? 緊張してる?」
探るような視線が向けられる。
迅、紗良、美咲、キャットは顔を見合わせる。
多少の緊張はある。
だが――ここが仮想世界であることもあってか、
普段と大きく変わらない様子だった。
「まあ、少しはな」
迅が肩をすくめる。
「うちは平気やで。商人が人にビビってどうすんの」
キャットが胸を張って言い放つ。
その様子を見て、
葵時雨はくすりと笑った。
「いいね。落ち着いてる」
そして、ふと周囲へ視線を流す。
「でもさ――見てみなよ」
その一言に、
迅たちも周囲へ目を向ける。
そこには、明らかに浮き足立ったプレイヤーたちの姿。
そして――その中に、サオリの姿もあった。
葵時雨は静かに言う。
「緊張はね、失敗に直結するから。
気をつけた方がいいよ」
変わらない余裕。
――そのとき。
「ワタクシを差し置いて品定めするその態度、気に入りませんわね」
落ち着いた、しかしよく通る上品な声。
同時に、葵時雨の背後に“黄金の輝き”が差し込む。
カツ、カツ、とヒールの音が響き、
周囲の視線が一斉に集まる。
「このワタクシを前にして、
そのような振る舞いが続けられるかしら?」
場が、一瞬で凍りつく。
声の主は白を基調としたドレスに金の刺繍が施され黄金のヒールとティアラを付けている。
舞台衣装のような出で立ち。
葵時雨は周囲を見渡し、
自分に向けられた言葉だと気づく。
「えーと……どなた?」
葵時雨は首をかしげながら聞く。
「ふっ。無骨な武人には、
このエレガントなワタクシの名を知らぬのも無理はないわ」
胸を張り、高らかに告げる。
「よくお聞きなさい――
この美しき、ゴールデン・ヴィクトリアの名を!」
一瞬の沈黙。
ぽかんとする葵時雨。
美咲が、はっと思い出したように声を上げる。
「え……貧乏金無没落貴族設定ネタ系ヴァーチャルアイドルの⋯
あのゴールデン・ヴィクトリア?」
(なんだその面倒くさい設定は……)
迅は心の中で呟いた。
美咲からすぐさまデータが転送される。
本人の経験を元に貧乏ネタをお嬢様がするというのが一部で流行り、流行に乗ったヴァーチャルアイドルのようだ。
お嬢様らしからぬ、紅茶を嗜みながら腹筋マシーン使ってみた等のくだらない動画が上がっている。
「ワタクシをご存知のようね……。
おっしゃる通り、ワタクシを表すならば――」
ヴィクトリアは誇らしげに腕を広げる。
「金無し! 風呂無し! トイレ無し!
元名家の淑女ですわ!」
ヴィクトリアに付き添っていたプレイヤーたちが一斉に頭を抱える。
「すまない……!この人はデビュー当時の設定を、今も忠実に守り続けているんだ……!許してやってくれ⋯!」
サポート役らしきプレイヤーたちが身を捩りながら、必死にフォローする。
だが、ヴィクトリアはどこ吹く風。
「イベント中、油断しないことね。
ワタクシがあなたに“素敵な言葉”を送ってあげるわ――それは……」
――その瞬間。
待機室にアナウンスが響いた。
『これよりイベント会場への移動を開始します。
参加者の皆様は誘導に従ってください』
間の悪いアナウンスに言葉を遮られたヴィクトリアは、
一瞬だけ口を閉じ――
「……ふふ、続きは本番で」
そう言い残し、
優雅に笑ってその場を去っていく。
まるで嵐が通り過ぎた後のように、
場の空気が止まる。
「……い、行くか」
迅が小さく呟く。
「……そうね」
葵時雨が気まずそうに頷く。
誰もがまだ戸惑いを残したまま、
足を前へと進める。
――いよいよ、本番が始まる。




