第8章 25 冬フェス ヴァーチャルリンク開催
イベント当日。
渋谷の交差点で、
音響信号機が歩行者に青信号を知らせる。
「ピヨピヨ……」
いつもと変わらないはずの音。
だが――
歩行者たちは、どこか落ち着かない様子で周囲を見渡していた。
「あれ……今日、日曜だよな?」
「なんか……人、少なくない?」
通行人たちは言葉を交わしながら、
横断歩道を渡っていく。
違和感は確かに存在していたが、
それはすぐに都会の喧騒の中へと溶けていった。
――その遥か上空。
宇宙に、月が浮かんでいる。
現実世界に月があるように。
アップデートを終えた仮想世界にもまた、
同じ位置、同じ大きさで、
“月”が再現されていた。
星ひとつない暗闇の中で、
ただ一つ浮かぶ天体。
しかし――
そこは、どの場所よりも騒がしく、
どの都市よりも熱を帯びていた。
月の都市。
その中層エリアへ、
プレイヤーたちが次々と降り立つ。
視線の先には――
光に包まれた巨大なライブ会場。
ステージでは、
各アイドルたちが入れ替わり立ち替わり現れ、
圧倒的なパフォーマンスを披露していた。
火柱が立ち上がり、
レーザーライトが空間を切り裂く。
それらすべては仮想の演出に過ぎない。
だが――
その熱量は確かに、
プレイヤーたちの心と身体を揺さぶっていた。
歓声が上がる。
それは歓喜というより、
ほとんど“発狂”に近い叫びだった。
――イベントが、始まる。ピンクのスポットライトが会場を染め上げる。
その光の中、
転送装置が輝き――
四人のアイドルが姿を現した。
リリカたち、《愛ロイド》。
可愛らしさと力強さを兼ね備えたダンス。
指先にまで神経が通っているかのような、
洗練された動き。
メンバーの動きに呼応するように、
光のエフェクトが弾ける。
「すげぇ……!」
「マジでライブやってんじゃん……!」
観客たちは、思わず息を呑み、
その場に釘付けになる。
音と光、
そして身体で叩きつけられる熱量。
それはただの映像ではなく、
“体験”だった。
観客席の中で、
迅たちはリリカの姿を見つめる。
美咲は前のめりになり、
真剣な眼差しでステージを追っている。
その隣で、
紗良も静かにリリカへ視線を向けた。
「いつもは掴みどころがない感じなのに……
ライブだと全然違うね」
「“私はここにいる”って、
全身で叫んでるみたい……」
紗良の言葉に、
「リリカは、いつも一生懸命なんだよ……。
だから、みんな応援したくなる」
美咲は、どこか誇らしげに答えた。
やがて――
リリカのパフォーマンスが終わる。
そして、
最後のアイドルが姿を現した。
会場に舞う花吹雪。
ステージ中央に、
静かにスポットライトが落ちる。
――いつの間にか、
そこに一人の少女が立っていた。
中国のトップアイドル。
汐花。
花吹雪の中、
柔らかく、儚く、
まるで散りゆく花のように舞う。
その一挙手一投足が、
観客の意識を一瞬で奪っていく。
先ほどまでの熱とは違う――
“静かな圧倒”。
観客の声が、消える。
視線、
仕草、
重心の移動――
すべてが美しく、
無駄がない。
彼女の踊りは
四季を描いていた。
場面が切り替わるたびに、
舞い散る花吹雪もまた、
春、夏、秋、冬へと姿を変えていく。
圧倒的なパフォーマンス。
「……中国No.1アイドル、伊達じゃないね」
美咲は、わずかに顔を引きつらせる。
その隣で、
迅は、静かに目を細めた。
これから戦う相手を――
その目に、焼き付けるように。




