第8章 23 冬フェス ヴァーチャルリンク開催
その日の夜。
配信で、テレビで、SNSで――ある会見が大きな注目を集めていた。
仮想世界、各都市の会場に、スーツを着た白髪の老齢の男がホログラムとして姿を現す。
その瞬間、記者たちのフラッシュが激しく瞬いた。
現れた人物は一切怯むことなく、
まるで光の壁を悠然とかき分けるように進み、席へと着く。
そして会場をひと目見渡しただけで、
記者たちの手は自然と止まり、フラッシュは収まった。
「今回、お集まりいただいた記者の皆様、
並びにこの場を設けていただいたことに、感謝を申し上げます」
低く落ち着いた声が響く。
ウインドウに男の名前が表示される。
ボステック社 取締役 スタインフォールドー。
ゆっくりと一礼し、説明を続けた。
「仮想世界の運用開始から四か月。
経済規模は、当初の想定を遥かに上回り、
リリース当初から十七倍にまで拡大しています」
「また、二週間後にはヴァーチャルリンクの開催を予定しており、
皆さんも大いに期待されていることでしょう」
そこで一度、言葉を切る。
「しかし――物事には、良い面と悪い面があります」
含みを持たせた一言に、会場がざわめいた。
その背後にウインドウが展開される。
「違法賭博、非合法取引、闇社会の流入。
莫大な利益には、こうした社会から根絶されるべき癌が付きまといます」
「我々は身体《社会》を守る義務があります。
そして日々巧妙化していく犯罪に対抗するため、既に新たなシステムを導入しております」
「imシステムです」
会場の空気が張り詰める。
「このシステムは、自己成長を促すプログラムとAIによって構成されています。
社会情勢と人間のアルゴリズムを学習・解析し、犯罪を予見し、
その予防策を導き出します」
「待ってください、スタインフォールド氏!」
ベテランの豪胆な記者が、ここぞとばかりに話へ割って入った。
カメラが記者を映し、各会場に映される。
「違法薬物についてはどうなんです?
正直に言って、仮想世界の急激な市場の変化に社会情勢は混乱しています。
こんな新システムをひけらかされても、世間は安心できませんよ」
その隣で、もう一人の気弱そうな記者が挙動不審に周囲を見回しながら、
ベテラン記者の腕を掴む。
「まずいですよ、町馬さん……!まだ質疑応答前ですよ!?それにこんな注目集めて…!」
眼鏡をカチャカチャと直しながら、なんとか止めようとする。
「バカヤロー!ここで聞かねぇでいつ聞くんだよ……!」
睨みつける町馬の視線を、スタインフォールドは真正面から受け止める。
弱気な記者を振り払うと、町馬は続けた。
「そのimシステムも眉唾物ですな。
システムが暴走する危険性は?」
「プレイヤーの人権侵害には当たらないんですか?」
その質問に、各会場は徐々にざわめき始める。
スタインフォールドは携帯マイクをマイクスタンドから外すと、
それを軽く、トントンと机に打ちつけた。
高いノイズ音が各会場に響き渡り、静まり返る。
スタインフォールドは静かにマイクを口元へ運んだ。
「皆さんのご心配は、ご尤もです」
「ですが、混乱する必要はありません」
「仮想世界は、日々進化しています」
「我々はすでに、
違法薬物使用者が発する特殊な脳波を感知できる段階に到達しました」
スタインフォールドの背後には、
ここ数日で犯罪件数が著しく低下していることを示すグラフが映し出される。
「仮想世界は、我々をさらに豊かにするでしょう」
そして、わずかに間を置いて続けた。
「続きまして、ヴァーチャルリンクにおける新たな――」
会見は、なおも続いていく。
――会見後。
ベテラン記者と弱気な記者は、現実世界で立ち食いそば屋に入っていた。
かけ蕎麦を勢いよくすすりながら、町馬は悔しさを露わにする。
「町馬さん、また編集長に怒られますよ……!
はぁ、お腹痛くなってきた……」
弱気な記者――日下部は、えび天の入ったそばを見つめながら腹をさする。
「日下部!!おめぇのその弱気な態度、さっさと直せ!」
睨みつけるが、日下部は気にせずそばをすすった。
「今日のは本当に肝を冷やしましたよ。
いつ追い出されてもおかしくなかったのに……。
どうしたんですか、あんな強引な質問」
町馬はかき揚げを音を立てて頬張りながら、
そばの汁に箸をくぐらせる。
「仮想世界の市場拡大が早すぎるんだよ……。
資産管理や会社運用も、外部に一切漏らさねぇ徹底ぶりだ」
「人間業じゃねぇ。何か企んでるに決まってやがる」
町馬はごくごくと汁をすすり、器をテーブルに置く。
「こうなったら、意地でも尻尾を掴んでやる……!
いつまで食ってやがる、早く行くぞ!」
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ…!」
日下部は慌ててそばをすすり、
置いていかれないように店を飛び出した。




