第8章 9 冬フェス ヴァーチャルリンク開催
明鏡止水は、自身を腰に帯刀し、手のひらを握ったり開いたりして、アバターの感触を確かめた。
そして静かに刀へ手を添える。
深く腰を落とし、重心を沈め――抜刀。
一閃。
高速で振り抜かれた刃が、糸のような細い線を宙に描き、正面の草木をまとめて断ち切った。
遅れて葉が舞い、大木がずるりと落ちる。
(紫炎と同等……いや、美咲が最適化したアバターの分、それ以上か?)
迅は、背筋に電気が走ったように鳥肌が立った。
「うん。調整できてるみたいだね!」
美咲は満足そうに頷き、明鏡止水のアバターの肩をコンコンと叩く。
「不思議な感覚だ。武器である私と、武器を振るう私が――同一の場に存在している。
貴重なデータだ」
明鏡止水は噛み締めるように言う。
「……なんか、凄いところに立ち会っちゃったのかな?」
リリカは戸惑いながらも美咲の手をぎゅっと掴んだ。
「それにしても美咲! あなた凄いわ!
こんな綺麗なアバター、即興で組み立てちゃうなんて!」
嬉しそうに、畳みかける。
「統一感あると思ってたけど、迅や紗良のアバターもあなたが作ったのね!
今度、私のアバターも作って!」
「お、お安い御用〜……!」
美咲は握手されたまま感無量で骨抜きになり、かろうじて小鹿みたいに立っていた。
「おい、リリカ。その辺にしてやれ……。
これから遺跡に入るのに、動けなくなるぞ」
迅が呆れ顔で言う。
「ほんとしょうがないんだから……!」
紗良もため息をつきつつ、慌てて割って入った。
気を取り直して意を決し、四人は転送ゲートへ足を踏み入れる。
視界が一瞬、白に塗り潰され
次の瞬間には、黒い壁と天井が構築されていく。
無機質な非常灯が足元を淡く照らしていた。
冷たい空気。
反響する足音。
どうやら、無事生物研究所の内部へと転送されたようだ。
「ここからはモンスターが出てくるから気をつけて」
美咲が小声で注意を促す。
その直後、通路の奥から獣の低い唸り声が木霊した。
……警告は本当らしい。
前後に伸びる通路は、闇に溶けるまでまっすぐ続いている。
どちらへ進むかー。
「とりあえずこのまま、真っ直ぐ行ってみない?」
リリカが提案する。
「そうだね。動かないと何も分からないし」
美咲が頷く。
リリカは腰のホルダーから護身用の拳銃を抜き、片手で構える。
「私、FPSにはけっこー自信あるのよね♪援護は任せて」
緊張と高揚が混じった声。
四人は足並みを揃え、暗い通路の奥へと歩みを進めた。
…暗闇の奥に、ぽつりと黄色い光が灯る。
モンスターの瞳だ。
一つではない。
揺らめくように、複数の影が闇の中で蠢く。
姿を現したのは、頭は狼、しかし身体は狼と猿を無理やり繋ぎ合わせたような歪な怪物だった。
逆立った黒い体毛。
口元から滴る涎。
低く唸りながら、今にも喰らい付こうと身を沈めている。
「キモチワル〜!?何あれ!」
紗良が声を引きつらせながら話す。
「この研究所は獣人種を生み出す為に作られた施設みたい。実験は成功してプレイヤーが使うアバターの素体になったみたいだけど、こいつらは失敗作って感じかな」
美咲は横目で生物研究所の情報テキストを読み上げる。
最前列に立つのは、明鏡止水。
明鏡止水は仁王立ちのまま、静かに待つ。
――三匹が同時に動いた。
壁を蹴り、天井を駆け、縦横無尽に跳躍。
四方から包囲するように爪と牙が閃く。
明鏡止水は重心を深く沈めた。
抜刀。
振り抜かれた刃が、空間ごと裂く。
二匹がほぼ同時に両断され、血飛沫が弧を描いた。
そして間髪入れず、背後に襲いかかるモンスターを明鏡止水は視界の端で捉える。
返す刀で真後ろへ踏み込む。
喉元へ刀を突き立て、そのまま抉るように引き抜いた。
モンスターは痙攣し、崩れ落ちる。
「……強い」
思わず迅が呟く。
明鏡止水が刀を払うと、血が黒い床へ飛び散った。
美咲が駆け寄る。
「思った通り、実戦もいけそうだね!」
そして腰に提げたランタンを倒れたモンスターへかざす。
すると、死骸から淡い光が浮かび上がり、ゆっくりとランタンへ吸い込まれていった。
ランタンの光が、わずかに強まる。
「なにそれ!? どういう仕組み?」
リリカが身を乗り出す。
「転換の光源は、倒した生物の生体エネルギーを吸収できるの。
吸収したエネルギーは、あそこで使えそうだね」
通路の途中に、閉ざされた金属扉があった。
電力が通っていないのか、反応はない。
美咲はランタンをかざす。
淡い光が一点に収束し、細い光線となって扉へ流れ込む。
次の瞬間、迸る出力が走り――
重い音を立てて扉が開いた。
「わお、凄い装置!」
リリカはランタンを見つめる。
「モンスターから吸収した光を消費して、扉や宝箱を開けられるの!」
扉の奥は保管室だった。
光る鉱石、培養槽のような装置、奇妙な植物標本。
美咲は目を輝かせながら、次々とストレージへ放り込んでいく。
再び通路の奥から獣の唸り声が響いた。
遠くで人の悲鳴が上がる。
モンスターの襲撃は、まだ終わらない。




