第5章 1 分かたれた仮想世界。
現実世界 駅前にてー。
そわそわと前髪をいじる紗良は、落ち着かない様子で辺りを見回していた。
いつもの動きやすい服ではなく、少しゆったりとした今風の格好。
美咲が「休みの日に会おう」と言い出し、約束通り“お師匠”を連れてくることになったのだ。
「は〜、緊張する〜……」
いつになく固い紗良の様子に、迅は腕を組んで言う。
「人と会うのに緊張するなんて珍しいな。
それに、今日は服装も違うし」
「私だって高校生だし!
こういう格好くらいするんですけど!」
紗良はむっとして言い返す。
「ほんと、迅ってデリカシーないよね!」
「……よく言われる。
こういう性格なんだから、しょうがないだろ」
「そんな自信満々に肯定することじゃないでしょ〜!」
紗良はため息をつく。
「それにさ、美咲のお師匠って聞くだけで想像つかなくてビビる気持ちも、少しは分かってよ!」
「大丈夫。真子さんは優しいから」
柔らかく言う迅の表情に、紗良は一瞬きょとんとする。
――その時。
「おーい、紗良〜! 迅〜!」
遠くから、美咲の声が響いた。
視線を向けると、美咲が誰かの腕を引っ張るようにして、こちらへ向かってくる。
その姿は、まるで大型犬が飼い主をリードごと無理やり引きずっているようで。
「美咲、そんなに引っ張らないで〜」
「お師匠がちんたら歩くから遅れちゃうんですよ!」
鼻息荒く言い切る美咲。
「迅君、久しぶり」
「こんちは」
迅は軽く会釈しつつ、横目で紗良を確認した。
――固まっている。
隣の紗良は、目の前の女性のあまりの美人っぷりに、口が半開きのまま動かない。
(……俺の初対面の時と、まったく同じ反応だな)
口をぱくぱくさせたままの紗良に、美咲が顔を近づけて手を振る。
「ほほ~これは完全に気絶してるね〜」
迅が肩をトントンと叩くと、紗良ははっとして我に返った。
「こ……こんにちは……
よ、よろしくお願いします……
紗良……です……」
美咲は、こういう“可愛くてお洒落な女性”にとことん弱い。
男所帯のジムで育ったせいだろうか。
憧れと羨望が一気に押し寄せると、昔からこうして固まってしまう。
小学生の頃から、何一つ変わっていない。
その様子に、迅は少しだけ可笑しくなった。
「まあ、立ち話もなんだし。
ファミレスでも行こっか」
美咲の師匠――笹川真子の提案に、三人は頷く。
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席に座るとさっそく自己紹介をする。
「はじめまして。笹川真子って言います」
にこっと笑いながら、軽く敬礼する。
「美咲のお師匠、やってます!」
「……か、かわいい……」
紗良は完全に麺を食らった表情で固まっていた。
「師匠! 何頼みます〜?」
メニューを開いたまま、美咲が元気よく聞く。
「私、コーヒーで」
「あ、二人も遠慮しないで頼んでね〜」
どことなく気の抜けた雰囲気。
なるほど、確かに美咲の師匠だと一瞬で分かる。
迅もコーヒーを頼み、紗良はカフェラテを選んだ。
「で、紗良!
私のお師匠に会った感想はどう!?」
「美咲と全然違う!」
即答だった。
「常識人だし、めっちゃ大人の余裕あるし!」
「なにそれ!
私が常識外れで子供っぽいってこと!?」
「うん」
迅、紗良、真子――三人が揃って頷く。
「お師匠までヒドイ!」
美咲の抗議に、真子は楽しそうに笑った。
「そういえば、新型デバイスの設計にも
真子さんが協力してたって聞きましたけど……
本当なんですか?」
迅が尋ねる。
「ほんのちょっぴりね」
少しだけ肩をすくめる。
「今はもう関わってないし、
現行モデルもあまり触ってないから……
過去の話だよ」
どこか歯切れが悪い。
「それより」
話題を切り替えるように、真子は美咲を見る。
「この子、二人に迷惑かけてない?」
「めちゃくちゃ振り回されてます」
迅は即答した。
「裏切り者が……!」
美咲は口パクで抗議する。
「やっぱり〜」
真子は苦笑してから、少し声を落とした。
「最近、美咲が誘って例のゲームやってるみたいだけど……大丈夫?変な噂とか聞くけど…」
「噂…?」
三人が揃って首を傾げる。
真子は少し考え、言葉を選ぶ。
「……仮想世界で、違法薬物が出回ってるって話。
あくまで噂だけどね」
真子から日常では普段聞かない言葉を聞き緊張の糸が張り詰める。
「仮想世界なのに?」
紗良が素直な疑問を口にする。
「仮想世界で有利になるために現実で摂取すると、
反射速度が飛躍的に上がる薬があるらしいの。
仮想世界で直接取引を持ちかけてくる人もいるって」
その表情は、冗談ではなかった。
「気をつけてね」
「大丈夫ですよ、お師匠!」
美咲が胸を張る。
「二人は私と一緒ですから!」
「……だから心配なんだけど」
真子はため息をついた。
全く懲りていない様子だった。
「トイレ行ってきます!」
「あ、あたしも!」
美咲と紗良が席を立つ。
久しぶりの再会に会話に困り、迅は誤魔化すようにコーヒーを口に運んだ。
「迅君」
「…!はい!」
「で、どっちとお付き合いしてるの?」
「ブッ!!」
勢いよく珈琲を吹く迅。
「ああ!なにしてるの!」
「…だって急に変な事聞くので…」
2人は店員を呼び、布巾を借りる。
「美咲はそそっかしいけど明るくて可愛いし、
紗良ちゃんは迅君といつも一緒が良いって感じ…となると紗良ちゃんなのかな?」
真子は試すように問う。
「付き合うとか、そんなの全然考えてないですよ」
「……む」
真子は、少し不機嫌そうに机に肘をつき、手に頬をのせる。
「君はいつもそうやって先延ばしにするね」
真子は真っ直ぐに迅を見る。
「それに流されやすい性格してるから心配だな」
一瞬の間。
「……いつか、後悔するよ?」
冗談も、軽さもない声音だった。
「余計なお世話ですよ…」
迅は、その言葉の重さを受け止めるが、
しっかりと言い返す。
「確かに…余計なお世話かも…なのかもね」
真子は笑う。
「迅君、2人が戻ってきたら久しぶりにゲームセンターでも行こっか」
迅は少し安心したように頷いた。
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その夜――。
家に帰ってきた迅はデバイスを確認すると真子から
お礼のスタンプが送られてきているのに気がつく。
迅は思い出す、真子とよくゲームをしていた頃の記憶が浮かんでいた。
仮想世界で、
何でもないような雑談をしながら、美咲や真子と
時間を忘れて対戦していた日々。
――久しぶりに、対戦しませんか。
送信してから、ほどなくして、返信が届く。
> ごめんなさい……
> 仮想世界は、ちょっと事情があって。
> 今はやめておくわ。
一拍、間を置いて、続けて通知が鳴る。
> 街巡りなら、いつでも歓迎します♪
この人も大概思わせぶりな人だな…。
沙良以上に真子の返信に対して
動揺している自分がいた。
迅はしばらくベッドで身を捩る思いをするのだった。




