第4章 5 遠征調査
迅たち三人は、宿屋を出る準備を整えていた。
「……本当にいいの?」
アナマが少し心配そうに、美咲へ声をかける。
「大地に遠慮してるわけじゃないわよね? 査定に出せば、昇格できると思うけど……」
「大丈夫です!」
美咲は迷いなく答えた。
「この花は、私にとって大切なアイテムなので。査定には出せないんです。……あはは!」
その笑顔に、アナマは小さく息を吐く。
「そうですよ、アナマさん!」
今度は大地が身を乗り出す。
「美咲さんもこう言ってますし、好意には甘えましょうよ!」
「……大地。あなたは少し慎みを覚えなさい」
アナマはぴしりと釘を刺す。
「は、恥ずかしいでしょう」
「……はい」
大地の声は、小鳥のさえずりのように小さくなった。
「また昇格したくなったら、三人で来ますから!」
美咲が明るく言う。
「そうね。じゃあフレンド申請しておきましょう」
アナマはにっこり笑う。
「何か困ったら、いつでも連絡してちょうだい。ほら、二人も」
三人はそれぞれアナマとフレンド登録を済ませた。
「……それと」
アナマは少し照れたように続ける。
「もうお友達なんだから、敬語はやめましょう。よろしく、美咲」
「……!」
一瞬驚いた後、美咲は大きくうなずく。
「うん! よろしく、アナマ!」
二人はしっかりと握手を交わした。
「おい、新人ども」
低い声が割り込む。
サルトーだった。
「アナマが甘く言ってやってるがな、遠征調査は簡単じゃねぇ。挑むときは、覚悟しろよ」
「あはは!」
大地が軽口を叩く。
「サルトーさん、さっそく先輩風吹かせてるじゃないですか!」
「お前は黙ってろ!」
サルトーの拳骨が、大地の頭に落ちる。
「いってぇ!」
二人はそのまま宿屋の中を追いかけ回し始めた。
「……いつも喧嘩してるな」
迅は呆れたように、だがどこか温かい目で見守る。
「はは……ごめんね」
アナマが申し訳なさそうに言った。
「うちのギルド、いつもこんな感じだから。気にせずフランクに話しかけて」
「それと!」
アナマは大地の肩に手を置く。
「冬月草が必要になったら、この子に依頼してね。すぐ取ってくるから」
「……え?」
大地は「聞いてませんけど?」といった表情を浮かべる。
しかし、アナマの無言の圧に耐えきれず、何度も首を縦に振った。
「よ、喜んで……行かせていただきます……!」
なぜか、その姿を見ても三人は少しも不憫に感じなかった。
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飛行船に乗り込み、離陸する。
アナマは大きく手を振り、
大地は何度も頭を下げ、
サルトーは腕を組んだまま、肩をすくめて静かに見送っていた。
宿屋は、あっという間に小さくなる。
こうして、初めての遠征調査は幕を閉じ、三人は大樹の森を後にした。
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コクピットで操縦席に座る美咲を、紗良がまじまじと見つめる。
「……なんか意外」
「何が?」
美咲は首をかしげる。
「美咲って、ちゃんと敬語使えるんだね」
「あはは」
美咲は少し照れたように笑う。
「アナマがね、私のお師匠にちょっと似てて……無意識に、あんな感じになっちゃったのかも」
「え!? 美咲にお師匠様なんているの?」
「いるよ。プログラミングとか、3Dモデルの設計を教えてくれた人」
「ちなみにタツローも、その人の弟子なんだ」
「えっ! 気になる! どんな人?」
「凄腕のプログラマーで、すごく優しい人」
「タツローも昔は職人気質だったけど、お師匠の影響で丸くなったしね」
「へぇ〜……会ってみたいな〜」
「迅は会ったことあるの?」
紗良が振り返る。
「あるよ。この前一緒にゲームした」
「えっ! ずるい! あたしも会いたい〜!」
紗良は美咲の肩を掴んで、ぶんぶん揺さぶる。
そのたびに、飛行船が左右に揺れる。
「やめて〜!」
美咲が悲鳴を上げる。
「運転に集中できない〜!」
「今度会わせるから!」
「なら良しっ!」
勝ち誇る紗良と、安堵する美咲。
――飛行船を人質に取られると、何も言えなくなるのか。
迅は、そんな美咲の新たな弱点を静かに心に刻んだ。
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